古竜騒動5
「セルの代わりに俺が戦ってやらぁ! 誰が相手でも全力でぶっ潰してやる!」
『ほう……汝が娘の代わりに戦うと』
「そうだ!」
(…………え?)
トールの口から飛び出た言葉に呆然とする私。
人間は本当に想定の付かないことが起きた時。
なんの反応もできなくなるのかもしれない。
「俺が虹竜が選んだ人間と戦うっ!」
『……ふむ』
考える素振りを見せる黒竜。
二人の話についていけずに、一瞬放心状態になってしまったけど、必死に頭を落ち着かせる。
虹竜と黒竜の間で生じた争いの代理戦争。
黒竜の代理として巻き込まれそうになった私。
その代わりに自分がなるという、トールの提案。
トールがあまりに堂々と言うから……勢いに飲まれそうになったが。
「ち、ちち、ちょっと待てっ! ト、トール! お前は何を言っているんだっ! どう考えてもお前が戦っていいわけないだろっ!」
やっぱり、どう考えてもおかしいわけで。
焦った私はトールに詰め寄り、おもいっきりトールの肩を揺らす。
「セル、わかってるさ」
「な、何がわかっているというんだっ!」
トールは一体何を考えているんだっ!
激しく動揺する私。
な、なんだ……このあまりに予想できない展開は。
確かにここでトールが私の代わりになれば、私たちが戦うことにならなくて済むかもしれない。
だが……これは絶対違うだろう。
だってトールは虹竜の代理を頼まれているわけで。
ここで黒竜の代理まですることになれば、凄まじい矛盾が……。
「理解している……自分でも馬鹿なことを言っているのは」
「いや、本当に馬鹿なことなんだぞっ! このままだと、とんでもない事態になるぞっ! 大体お前はにじっ……」
『娘、少し静かにするのだ』
「っ!」
黒竜が低い声を出すと同時、その巨体から放たれる黒い魔力。
な、何をされた。
くっ……こ、声が出ないっ!
身体も痺れて思うように動かないっ!
『小僧を心配する気持ちは理解できるが、男の決意を邪魔するでない』
そう言い、私を見下ろす黒竜。
「……っ!」
だ、駄目だ。
喉を動かそうと頑張るが、どれだけ声を絞りだそうとしてもでない。
これでは二人のやり取りを見ていることしかできない。
「てめぇ……セルに何をした?」
『なに……私の魔力で娘に強力な威圧をかけて自由を奪っただけだ、そう怖い顔をせずとも話が終わったらすぐに解除する、約束しよう』
黒竜を睨み付けるトール。
『確かに私としては虹竜との賭けに勝つことが最優先だから、そこの娘でなければならないという絶対の理由はない……が』
「だったら……俺でも問題ないんだな」
どんどん進んでいくトールと黒竜との会話。
まずいまずい……この流れは本当にまずい。
頼むっ、動いてくれ……私の身体ぁ。
『……ふむ』
思考する黒竜。
十秒ほどして、ゆっくりとその大きな口を開く。
た、頼む……お願いだ黒竜。
お願いだからトールの話を断ってくれ。
『そうだな……娘を守ろうとする汝の姿は見事だった。ここで汝の覚悟を無視するのは不粋かもしれん。その意志を汲んでもいいだろう』
(ああ……ああああっ!)
もう……どうなっているのかわからない。
そもそもどうして、トールはこんな言動をした。
まったく考えが理解できない。
こんな古竜たちを騙してからかうような真似をしたら、絶対激怒するに決まっている。
(ま……まさかトールは、自分一人で犠牲になろうとしているのか?)
自分に二体の竜の怒りをぶつけさせることで……私を助けようと。
だ、駄目だトール。
そんな自己犠牲で助かっても私は嬉しくもなんともない。
『……む? 気のせいか』
「……なんだ」
『小僧、汝の身体から微かにだが、一瞬虹竜の魔力の残滓を感じたような』
しかも、いきなりバレかけているし。
黒竜はトールを見て不思議そうな声を出す。
「虹竜の魔力? ……なんのことだ?」
な、なに?
『汝は虹竜とどこかで会ったことがあるのではないのか?』
「虹竜なんて知らないぞ、会ったこともない。というか……不思議とその名前を聞くだけで滅茶苦茶イライラしてくる。はっきり言って存在そのものが不愉快っていうか、胃がキリキリするぜ……名前聞いただけで吐きそうだわ」
『そ、そうか……』
思いっきり嫌そうな声のトール。
『すまないな、確かに感じた気がしたのだがな。そこまで堂々と断言するのなら私の気のせいだったのだろう』
強気なトールに押されたのか、何故か黒竜がトールに謝っていた。
私は最初、トールが演技で言っているのかと思ったがどうにも違う。
トールの顔は真剣で、嘘をついているようには見えない。
(ど……どういうことだ)
まさかトールは本当に忘れているのか? ……虹竜の件を?
そ……そんな馬鹿な。
いくらたくさんお酒を飲んだからって、あれだけの事件を忘れるなんて。
もしかして、あのブラッドヒュドラの酒に何かよくない成分でも混じって……。
(そ、そういえば……あの時)
思い出されるバルとトールのやり取り。
バルは酒の効果を何と言っていた。
『ヒュドラ酒は健康にもいい薬酒でもあるんだ。滋養強壮、疲労回復、あとは精神を安定させる効果もある。嫌なことを少しの間忘れさせてくれるお酒なんだ』
重要なのは一番最後の効果。
い、嫌なことを忘れるって……比喩ではないのか?
まさか文字通り記憶を忘れるってことか。
だとしたら、なんて物をなんて最悪のタイミングで飲ませてくれたんだバル。
じ、冗談じゃないぞ。
『いいだろう! では小僧……汝に賭けるぞ。必ず虹竜の選んだ人間に勝て!』
「ああ、てめえらのいいように踊らされるのは癪だがな……やってやる」
『では、私はこれから虹竜に決まったことを伝えにいくとしよう。戦いは数日中には行われるはずだ。その間、この街から出ないようにな』
「既に覚悟は決めた。逃げはしない。相手がどんな奴だろうが関係ない。叩き潰すのみ……これは最早、自分自身との戦いだと思っている」
『ふふ、その意気だ……期待している』
ああもうっ!
これ、絶対後でとんでもなく後悔するパターンだぞ。
確かにバルはここ一番でスイッチが入るタイプと言っていたが。
ここは格好つけるところでも、頑張るところでもないのに。
本当に自分との戦いなんだぞっ!
くっ! こんな時にどうして私の身体は動かないっ!
「……う、ぐっ!」
『ではな……と、そうだ。この娘の拘束を解除しなくては……』
私への拘束が解かれる。
口を開こうとするが、身体の痺れがとれるのが即時とはいかず。
黒竜は私が言葉を発する前に、飛び去っていってしまった。
「ったく、とんでもないことになっちまったな」
「…………」
上空、遠く豆粒のように小さくなった黒竜を見てトールが呟く。
ようやく、動けるようになった私。
だがもう二人の誤解を解きようもないわけで……。
「まぁ、とにかく後は……」
「こ、の……馬鹿ああああああああああああっ!」
「な、なんだ?」
私の大声に驚き、ビクッと肩を震わせるトール。
「馬鹿っ! 馬鹿っ! トールの馬鹿あああっ! 馬鹿馬鹿馬鹿あああっ!」
「な、なんだよ? そんな子供みたいに馬鹿を連呼して」
「う、うるさいっ! そうとしか言いようがないんだから仕方ないだろうっ!」
戸惑うトール。
勿論、私のためにトールが本気で動いてくれたのは嬉しい。
お酒の勢いかもしれないけど、それでも嬉しかった。
凄く、すご~く嬉しかったよ……感謝しているよ、だけど。
だけどおおおおおおおおおおぉっ。
「ああもうっ! いいから早くギルドに戻るぞっ!」
「セ、セルさん?」
「いいから戻るっ!」
「お、おう?」
事態をよく理解できていないトールの手を掴み、強引に引っ張っていく。
黒竜と虹竜にこの件が知れるまで時間の余裕はないかもしれない。
戦いは数日中と言っていたが、下手すればその前にトールのしたことがバレる可能性だってある。
まずギルドに戻り、この酔っ払いの目を覚まして正気に戻さないと。
そして、そして……。
(ど、どうしたらいいんだろ……この状況)
各自の思惑が混じり合ってこんがらがったせいで。
おそらく出口のない迷路を前に、頭を悩ませる私だった。




