古竜騒動4
「大丈夫か、セル?」
「あ、ああ……」
トールの声に黒竜が反応し動きが止まる。
その隙をついて私は黒竜から離れてトールの方へと駆け寄る。
「ど、どうしてトールはここに?」
「いや、バルさんと飲んでいたんだが、セルが戻ってくるのが遅いんで俺だけ様子見に……そしたらってわけだ」
黒竜に視線を送るトール。
『……ほう』
黒竜もトールをじっと観察していた。
『結界の中に入り込んでくるとは、汝もなかなかやるようだ。感じるぞ、かなりの魔力を……だが汝に用はない。私はこの娘と大切な話をしているのだ、邪魔をするな』
「邪魔するに決まってる。セルはどう見てもてめえを嫌がっていたじゃねえか」
『……汝はこの娘のなんだ?』
「彼女は俺がここに来てお世話になった大切な友人だ。さすがに見て見ぬふりはできねえんでな」
面と向かい、はっきりと断言するトール。
あ、相手はあの黒竜だというのに……。
「ト……トール」
胸がじ~んと暖かくなる。
そ、そこまで私のことを考えていてくれたのかトールは。
恐怖のせいなのか、微かにトールの足は震えている。
それでもこうして私のために……。
こんな非常時なのに。
トールの言葉を凄く嬉しいと思ってしまう。
(やっぱりトールと戦いたくない)
正面から黒竜と張り合い、普段より強気なトール。
普段とのギャップもあるのかもしれないけど、数割増しで凛々しく見えた。
実はよく見ると整った顔をしているんだな、トールって。
「っと……うっぷ、や、やべえ……少し走ったせいか、ちょっと気持ち悪い」
「ちょ、だ、大丈夫か?」
ふらつくトール。
え? も、もしかして震えているのお酒のせい?
さっきまで飲んでいたトールの表情は近くでみるとかなり赤い。
だ、大丈夫だろうか。
今は酔い覚ましの薬を持っていない。
私はそんなトールの様子に少しだけ不安を覚えたが……。
そんな事情など黒竜は当然知らないわけで。
『ふん、その気概は見事だ……だが』
ゆっくりと言葉をつむぐ黒竜。
『誰にそんな口をきいているのか、本当に理解しているか小僧っ!』
「「っ!」」
瞬間、黒竜から発せられる凄まじいほどの威圧。
空間を満たす膨大な魔力に全身が震える。
周囲の温度が一気に下がったような感覚。
絶対的な存在から発せられる死の気配。
「はぁっ」
「な、なんつう……」
その圧力に息を荒くする私たち。
なんとか呼吸を整える。
(……待、て)
この状況は……よく考えるとまずいかもしれない。
今トールを黒竜と引き合わせるのは。
トールが虹竜に選ばれた人間であることを黒竜が知れば何をするか。
もし黒竜が賭けに勝とうと本気で妨害行為をするなら、下手すればトールを殺そうと動く可能性もある。
「ト、トール……だ、駄目だぞ、黒竜には……」
「ああ……わかってる」
私はトールにそれとなく伝える。
絶対に虹竜の件を黒竜に話さないように。
「対峙してわかる。こいつがとんでもねえ奴だってことは、絶対に戦っちゃ駄目な奴ってことは……俺の本能が全力で戦いを拒否しようとしている」
酔っているから少し不安だったが、トールは理解してくれたようだ。
「今も心臓がバクバクしていやがる」
『それでもなお、我を真っすぐ睨むか……』
黒竜が興味深げな視線をトールに送る。
「黒竜……セルへの話とは何だ?」
『ふむ、まぁいい……ついでだ、汝にも話してやろう』
黒竜が私に伝えたことと、同じ内容をトールに話す。
『……というわけだ。理解したか?』
「なるほど……そういう話かよ」
事情を知り、顔を顰めるトール。
『そういう事情でな。その娘には虹竜が選んだ者と戦ってもらう』
「み、身勝手だな。てめえはよ……」
(……うん?)
トールの発言にほんのかすかな違和感を覚えた。
てめえ? ……ここは複数形ではないのか?
ああ……いや、虹竜との関係をここで悟られるとまずいからか。
私の考えすぎだったようだ。
「トール……いい」
「セ、セル?」
黒竜に抗おうとするトールを私は制止する。
「い、いいって……何言ってんだ! いいわけねえだろ! このままではセルが黒竜に選ばれちまうんだぞ……そうなったら」
「わかっている。わかっているさっ! ……だがっ、だが!」
一先ず、ここは黒竜に返事して考える時間を作る。
そのあとトールと一緒に切り抜ける方法を考えるしかない。
だが、どうすればこの状況を変えられるのか。
古竜の誘いを拒否し、私がトールと戦う未来を回避できるのか?
そんな抜け道的な方法が本当にあるのかは疑わしい。
最悪、最終的には玉砕覚悟で立ち向かうしかないかもしれない。
(くっ! せめて父さんがここにいれば……)
立ち塞がる絶望的な未来を前に。
俯き、血が出るほどにぐっと強く拳を握る私だったが……。
「……え?」
「……大丈夫だ、セル」
そっと優しく私の手に、自分の手を重ねるトール。
「……トール?」
顔をあげると、そこに見えたのはトールの笑顔。
少しでも、私が安心するように微笑みを浮かべている。
自分がこの場を全部どうにかする。
ここは任せておけ……と言っているように。
私も冒険者だ……その顔に覚えもある。
あれは覚悟を決めた男の顔。
ゆっくりと、一歩ずつ黒竜へと近づいていくトール。
「黒竜……セルはてめえの思い通りにはさせない。セルはてめえの玩具じゃねえんだ、戦いの駒になんてさせねえ」
『ほう……ならばどうするつもりだ?』
黒竜とトールの視線が交錯する。
(な、なんだ、とてつもなく嫌な予感がする)
何か……私は何かとても大事なことを見落としてないか?
後の話だが……。
この時の私の予感は本当に正しかった。
思い返す度にこの時のことを激しく後悔することになる。
この時、意地でもここでトールを止めるべきだったと。
そうすればあんな事態にならなかったのに、と。
「聞け黒竜。だったら、だったらよぉ……」
トールが黒竜へと、大声でその決意を叫ぶ。
「セルの代わりに俺が戦ってやらぁ! 誰が相手だろうと全力でぶっ潰してやる!」
(な、何を言ってるんだ? ……この酔っ払い)
その言葉の意味を理解するのに私は長い時間を要した。




