古竜騒動2
俺が虹竜の話で悩んでいたところに、遠征依頼から戻ってきたバルさん。
「トールに、ちびっこに聖剣姫も……随分面白そうな組合わせだな。どういう集まりだこれは?」
「……バル」
「ちびっこいうな……馬鹿バル」
バルさんが手で頭をポンポンするのを払いのけようとするティナ。
二人の身長差のせいか、丁度手を置きやすい場所にティナの頭があるようだ。
同じ冒険者で実力者同士ってこともあってなのか知らんけど。
バルさんはティナとも知り合いらしい。
「どうしたトール? 久しぶりに会ったってのに、随分辛気臭い顔してるじゃねえか」
「あ~、ま~、え~」
バルさんの言葉に苦い顔を浮かべる俺。
特に話したわけでもないのだが。
今の自分の態度は外から元気がないのが丸わかりのようだ。
「もしかして、ランクアップ試験に落ちたとか?」
「ああ……いや、それは無事受かったんですけどね」
「私……模擬戦で相手して負けた」
「このちびっこに勝ったのか? やるじゃねえか……はは、やっぱ推薦した俺の目は正しかったみてえだな」
そう言って笑うバルさん。
「じゃあまさか、この二人と三角関係的な痴情のもつれか? その類の悩みなら俺も慣れてるから手のものだぜ」
「違いますよ」
バルさんの普段の生活が実によくわかる発言である。
「それも違えのか。わかんねえなぁ……じゃあなんで凹んでるんだよ」
バルさんが俺の返答に眉を寄せる。
「なんだか知らねえけど、とりあえず話してみろよ、てめえには演習でできた借りもあるしな。女関係だろうがなんだろうが、できるだけ力を貸すぞ」
「演習で助けられたのはお互い様だと思うんですが、それにバルさんでも、さすがにこれは……いでっ」
軽く俺の頭を小突くバルさん。
「なんなら相談じゃなくて愚痴でもいい。抱え込むな。てめえ一人で解決できない事ならなおさらだ」
バルさんが正面からしっかりと俺の目を見る。
あ、相変わらず強引な人だな。
とはいえ。
無理やりでも前を向かせてくれるのは少しありがたいかもしれない。
「……て、わけです」
「な、なるほど。そいつぁまた……」
事情を説明すると、とんでもないことに巻き込まれたなとバルさんが言う。
「虹竜に目を付けられるたぁ……ギルドマスターはまだ帰ってきてねえのかよ?」
「それが、父さんはまだ……手紙はかなり前に送っているんだが」
セルがバルに答える。
「どうしたらいいですかね? 駄目元で聞いてみますが、虹竜をどうにかする手段とかご存じないですか……」
「ない。好き放題されて腹も立つだろうが真っ向から敵対するという選択だけは絶対にやめろ」
バルさんが強い口調で言う。
虹竜は魔法使いにとって最悪の相手であり、天敵。
出鱈目な魔法防御性能に加えて、竜にしか扱えない固有の魔法もある。
「虹竜に対抗できるのはトップクラスの魔族か、同じ古竜、本当に一握りの存在だけだ。それならまだ、その黒竜が選んだ奴と戦う方が数万倍マシだ」
はっきり言って攻守両面において虹竜は隙がない。
バランスの良さは竜の中でも随一とバルさん談。
「ま、なんだ。これからどうなるか……もし戦うことになるとして対戦相手が誰か、どんな戦い方をするのか。わかんないことだらけで不安になるだろうが、考え過ぎて変な対策を立てるくらいなら、まずは自分に確実にできることを探したほうが建設的だと思うぜ」
自分にできることか。
「トール、一先ず明日にでも装備をしっかりと整えよう。幸いというか、どうなるにせよ虹竜から聞いた話通りなら、戦いは今日明日という話ではない」
「わ、私も手伝う……装備品以外も魔法関連なら詳しいから任せる!」
「セル、ティナ……ありがとう」
こうして大変な時に誰かが近くにいてくれるのは本当に助かるな。
バルさんも言った通り、一人で考えると抱え込んでしまいそうだった。
装備品か。そういや戦利品であるブラッドヒュドラの生首とかも、加工を考えていたがギルドに保管したままだ。
どうなるにせよやれることをやっていこう。
(でもまぁ、今日はもう夜だし店も閉まっているし……)
「よし、じゃあ今日はとことん飲むか!」
「ま、また急だな」
「でも……その提案のった」
「てめえらしい感じに戻ったな……俺も付き合うぜ」
大変な時だけど、明日は明日の風が吹くさ。
今日はこれからに備えてしっかり英気を養おう。
「ティナは未成年だから、お酒は駄目だぞ……」
「ちょっとぐらい、いいのに……セル厳しい、私だけ仲間はずれ?」
「そ、そんなこと言われてもな」
セルが注意すると拗ねるティナ。
そんなやり取りを見て笑ったりしながら、俺たちは注文した料理を楽しむことにする。
それから三十分ほどして。
「そうだ。せっかくだし……トールにすげえ酒を飲ませてやるよ」
「すげえ酒?」
「おう、前に話したのが完成したんだ」
意味がわからず困惑していると、バルさんが空間魔法のかけられた荷袋から細長い瓶を取り出す。
その中には少し赤白く濁った酒が入っていた。
バルさんが用意したグラスへと酒を注いでいく。
「……こいつだ。飲んでみな」
「なんか、独特な色合いしていますね」
苺ミルクが濁ったような感じ。
見た目はちょっとあれだが、せっかく用意してくれたのを拒否するのも悪い。
少しだけ躊躇したが喉に流しこむ。
「っ! こ、これは……きくなぁ」
「はは、だろ……俺特製だ」
結構アルコールがキツい。
それにかなり辛口というか。
「このお酒、何でできてるんですか?」
「ああ、ブラッドヒュドラの首をつけ込んでつくった酒だ」
「へぇ……ブラッドヒュドラを……ブラッドヒュドラあぁ?」
「おうよ!」
楽しそうに笑うバルさん。
なんつうもん飲ませてくれんだこの人。
バルさん前に一緒に飲んだとき、ブラッドヒュドラの首で試してみたいことがあるって言ってたが、これのことだったのか……。
「でもなんだろ、妙に癖になるぞ。言い方は悪いけど中毒性があるというか、喉の熱い感じが薄れると凄く寂しく感じるというか」
「お、トールわかってんじゃねえか」
バルさんが嬉しそうに言う。
そういうわけで、もう一口。
飲むと喉が焼けて、ちょっとピリピリする。
でも……その刺激がなんか癖になる。
自分でもちょっとおかしなコメントなんだが。
「トール、よくそんなの飲める……」
「お、美味しいのかそれ」
「俺は好きだけどな。気になるなら一口飲んでみるかセル?」
「い、いや……いい」
遠慮する女性陣。ティナは未成年だけどな。
日本でもハブ酒、スズメバチ酒なんてのがあったしな。
そういうもんだと思えばまぁ……あんまり抵抗はない。
向こうでは未成年なので飲んだことねえんだけど、本当だよ。
「……ぷっはぁ」
「いい飲みっぷりだぜトール。こいつはヒュドラが必要だからなかなか作れねえんだ。ヒュドラ酒は健康にもいい薬酒でもあるんだ。滋養強壮、疲労回復、あとは精神を安定させる効果もある。嫌なことを少しの間忘れさせてくれるお酒なんだ……ぐっすり眠れるぜ」
なるほどなるほど……あ、いつのまにかグラスが空になった。
「ほらよ、飲め」
俺が物欲しそうにヒュドラ酒の瓶を見つめていると。
バルさんがおかわりを注いでくれる。
すみませんね。
「おおおう……ぷっはぁ」
「トール、ちょっとペース早すぎじゃないか?」
「平気だよこれくらい……今は酔うために飲んでるんだから」
「だって、私の中でトールが派手に酔っ払うと碌なことが起きない印象というか」
「ろ、碌な事って……」
俺と最初に会った時のことを思い出しているのだろうか?
あの時はマンドラゴラを武器(?)に新人三人組と揉めていたな。
セルの前で吐きそうになったんだっけ?
「ま、もし泥酔したらまた酔い覚めの薬でも飲ませてくれ」
「仕方ないなぁ……」
二時間後。
「うぃ~……ちょっと失礼、トイレに行って参ります」
トイレに向かおうと皆に一声かける。
「ほらティナ。トイレ行くからちょっと椅子引いてくれ」
「……ん~」
肩を揺すってもテーブルに突っ伏したまま動かないティナ。
「聞こえてるか? トイレ行くから椅子引いてっつってんだよ、トイレ行くから……何度も言うの恥ずかしいんだよ」
「ほ、本当に恥ずかしいのか? ……お前」
あら……ティナは完全に眠っちまったか?
途中から会話に参加しないなぁとは思っていたが。
仕方ない。狭いが椅子と壁の隙間に強引に身体をねじ込みトイレへと向かう。
「できあがっているなぁ……トール」
少しふらつきながら席を外すトールを見て、セルが呟く。
「ま、いいんじゃねえか。今日ぐらいはよ」
「そう……だな。あと、ティナはいつの間にか眠ってしまったな」
「酒を飲んだわけじゃねえんだけどな……まさか酒の匂いで酔ったのか?」
はは……と笑うバル。
トールが座っていた席の横では穏やかな寝息を立てるティナ。
「トール、思い知る。私の本当の力を……何回負けても、最後に勝てばそれでいいの……ふふ、でもちょっとそれは数が多い……すみません」
「な、なんの夢を見ているんだ。こいつは……」
涎を垂らして寝言を呟くティナ。
それから適当な会話で盛り上がる二人。
「しっかし……あれだな。話は戻るが……」
「なんだバル?」
お酒も入り、楽しく談笑するセルとバルだったが。
バルの声が少しだけ真剣なものに変化する。
「戻ってきたらこんなことになっているとは、初心者演習の件といい、トールはやっかいごとに好かれる性格なのか?」
「本人が聞いたら嫌な顔をするぞ」
「はは、だろうな……」
トールがいない今だけの話題だ……と、バルが話を続ける。
「だがな。正直言うと俺は今回の件でそこまでトールを心配してねえんだよな」
「……バル?」
「アイツは馬鹿っぽいし、調子に乗ったり、へたれな部分も目立つがな……今日も随分凹んでいたしよ」
「そ、それは……大丈夫じゃないのでは?」
「心配いらねえよ、それは普段のアイツの話だ。てめえはいなかったが、ブラッドヒュドラ戦の時がそうだった」
魔の森でのことを思い出し、バルが口を開く。
「アイツはやると決めたらきっちりスイッチが入るタイプっつうか。土壇場でのメンタルが強い」
「…………」
「つい先日冒険者に成り立ての奴が、あのブラッドヒュドラに正面から立ち向かえるか? 与えられた仕事を十全以上にこなせるか? 勇気があればとか口にするのは容易いが、実際はそんな簡単な話じゃねえ」
くびりとエールを流し込むバル。
「仮にこのまま代理戦争で戦うことになったとしても、黒竜が選んだ対戦相手の方が俺は心配だぜ」
「黒竜が選んだ相手……か」
「ああ、誰になるかはわかんねえがな。余程、想定外の相手にぶつからなければ負けねえはずだ」
「…………」
バルの台詞にほんの一瞬、セルの額に皺が寄る。
「どうした? てめえまでそんな顔してよ」
「いや……私も少し飲み過ぎたのかもしれない。外で風に当たってくるよ」
「そうか」
セルの反応にわずかに訝しんだバルだったが。
バルが声をかける前に、セルはギルドを出ていった。




