平和な時間
セルの詠唱練習を手伝ったり、外から見たら何してるんだかわからない詠唱検証を終えるとお昼の時間になっていた。
まぁ……あれだ。
細かいことは後でまた考えるとしよう。
三人で昼食のサンドイッチを食べながら談笑する。
「セルは午後も練習するのか?」
「どうしようかな」
「セル、昨日魔の森から戻ってきたばかりなんでしょ。身体を休めてもいいと思うけど」
ティナがセルを心配して言う。
「そう、だな……私も少しのんびりしようか」
「ん、そのほうがいい」
「時間をかければ絶対練習効率が向上するわけじゃないしな」
「いや……それもあるんだが、さっきのトールの詠唱が今も脳裏から離れなくて、練習に集中できない気がする」
「ああ……それはなんつうか」
あんなクレイジーな詠唱を聞けば、ペースを乱されても仕方ない。
一体何の詠唱が正しいのかわかんなくなる。
どこまで元の言葉を変化させるくらいなら相手に意味が通じるか。
昔、テレビ番組で検証していたのを思い出す。
コーヒーだったか紅茶だったかの言葉を変化させて、飲食店で店員さんに注文が通じるか試すやつ。
「すまんが頑張って忘れてくれ。そもそも、あんなの実戦で役に立つとは思えないしな」
「そ、それはそうだが」
あの母音だけのフル詠唱はネタ枠だと思う。
短縮詠唱と違い詠唱に時間もかかるしな。
正直、いい使い道が思い浮かばない。
「ふぅ……」
優雅に紅茶を飲みながら食後の時間を楽しむ。
ティナが所持していたカップとポットをお借りした。
お皿に並べられた美味しそうなクッキー。
バルさんが持っていたのと同様に、ティナの荷袋は空間魔法が付与されているらしく色々入っているらしい。
「せっかくだし、水着も持ってくればよかったかも……今年のは用意してなかった」
ティナが湖の水面を見て呟く。
水着だと?
男の本能というか、つい反応してティナの方をじっと見てしまう。
「なんかトールの視線がいやらしい」
「……え?」
「もしかして……見たい? 私の水着姿……」
からかうように、挑発するようにティナが言う。
じ~っと俺の目を見つめてくる。
「う、あ、え~と」
「……ふふん」
「あ、ああああ、あの、そ、その……そのクッキーとってくれよセル、ジャムが挟んであるやつ」
「え? あ……うん」
「……は、腹立つうぅ」
拳をぎゅっと強く握るティナ。
お前は俺に何を期待してんだよ。
残念ながらそこまで純情な性格じゃないぞ。
「そういや、ティナって歳いくつだよ」
「……レディに年を聞く?」
「き、聞いて失礼な年齢でもないと思うんだけどな」
「十三、来月で十四歳になる」
地球でいう中学二年生ってところか。
まぁ見た目の印象通りではあるけど。
「だが……ティナの言う通り、偶には湖で泳いだりするのもいいかもしれないな。トレーニングにもなるだろうし」
ポツリとセルが呟く。
「そうだな。そん時は俺も付き合うよ」
「その前に水着を買わなきゃ駄目だが」
「ああ、付き合うよ」
「わ……わたしの時と露骨に対応が違い過ぎる」
「じ、冗談だってば。ごめんって……」
頬を膨らませるティナをなだめる。
さっきのティナへのからかいも、何割かは照れ隠しみたいなもんだ。
それから俺たちは川の字に草むらに寝そべって、ボ~ッと空を眺める。
適当に空を移動する雲を見ていると。
隣からス~ス~と寝息が聞こえてきた。
いつの間にかセルが寝ていた。
こんなに無防備な彼女を見たのは初めてだな。
「トール見て。あの雲……ドラゴンみたい」
「どれどれ?」
「あの真ん中にある一番大きい雲、左右のひろがりが翼、後ろに伸びている部分が尻尾」
「なるほど……あれか」
なんか、ふわふわしていて美味しそうだな。
「「……」」
なんとも平和な時間だ。
ああ……ずっとこんな日が続けばいいな。
ティナと何気ない話をしていると、少しずつ眠くなってきた。
そうしていつの間にか俺の意識は消え、眠りに落ちていた。
「トールッ! ティナ! 起きろおおおおっ!」
「んぁ?」
「うん?」
セルに身体を激しく揺さぶられて目が覚める。
「なんだよぉ、一体?」
「んんう……ご飯の時間?」
あれからどれくらい時間が経過したのか。
中途半端な深さの眠りから起こされるのはかなり辛い。
「た、大変なんだっ! ティナも寝ぼけている場合じゃない! 早くっ、早く起きてくれっ! 逃げるんだっ!」
「「……」」
緊急事態なのがセルの口調や必死の表情から伝わってくる。
本当にただ事じゃないのだと知り、すぐに起き上がる。
だが……時は既に遅く、巨大な影が湖を覆った。
(な、ななな、なに……あれ?)
ソイツの姿が視界に入る。
バッサ、バッサと翼をはためかせるような音。
巻き起こる風に吹き飛ばされないよう、足元に力を入れる。
『お前たちか? ……我が探し求めていた人間は?』
ソイツは巨大な眼球をギョロリと動かし、上空から俺たちに語りかけてきた。
「……う」
「……っ」
セルとティナが恐怖のせいか小刻みに震えている。
な、なんつうでかさだ。
体長二十メートルくらいはある。
尻尾を含めればもっとだ。
あのブラッドヒュドラすら小さく見えるほどの巨大生物。
伝わってくる威圧感もその比じゃない。
(こ、こいつは……)
二翼の翼が上下に動く度、強烈な風が発生する。
爬虫類を思い起こす不気味な目。
先ほど見たあの雲に類似した形状。
気のせいか、あの生物が動く度に微妙に鱗の色が変化して見える。
赤に見えたり、別の箇所は青に見えたり……虹のような多彩な色合い。
前に副ギルド長やセルから少し話を聞いていたが。
まさかこいつが……。
「……虹、竜」




