詠唱検証2
本日二話目です、ご注意ください
「さて……と」
始めるとするか。
「もしかして、魔法の練習をするの? トールが?」
「まぁ練習というよりは検証だがな」
「検証?」
セルの邪魔にならない位置へ移動すると、ティナが付いてきた。
「ああ、どうすれば詠唱に失敗するのか調べようと思ってな。一度も詠唱に失敗したことがないから失敗条件がわかんないんだ」
「何馬鹿言ってる? なにその、この世のすべての魔法使いを敵に回すような発言……」
顔をしかめるティナ。
だが俺の顔を見て、ふざけているわけじゃないのが伝わったのか。
「え? もしかして……本当に?」
「ああ、真面目な話だ」
ティナの言葉に頷く。
ここ一番でミスするようなことになったら笑えないからな。
どの程度までなら声を外しても魔法が発動するのか、調べておきたい。
「確かに、昨日覚えたばかりの魔法の短縮詠唱も一発でできていたし……でもそれって、さっきセルに使っていた調律スキルで詠唱を補助しているからじゃないの?」
昨日の模擬戦を思い起こすティナ。
「俺も最近までそう思ってた。だけど、前に強い魔物と戦闘した時、酷い火傷を負って死にかけたんだが短縮詠唱が発動したんだよ」
「?? どういうこと?」
「つまりだな……」
調律はスキル所有者の抱いたイメージに、発した声を近づける。
だが……それにも限度がある。
あまり音が外れていたら修正できない。
ブラッドヒュドラのブレスを受けて酷い火傷を負った時、俺は痛みで普通に声を出すのもきつかった。
正直万全ではない状態だったが魔法は発動した。
当時のことを思い返すと調律の補助を込みにしても、微妙に外れていたような気がする。
「なるほど……そういうこと。興味あるし私も協力させてもらっていい?」
「ああ、知恵を貸してくれ」
俺よりもティナの方が魔法や詠唱には詳しいだろうし。
「とりあえず得意な魔法で、詠唱を少し変えたのを比較して見せて欲しい」
「わかった」
得意魔法か。
ならやはり、ファイアボールで試してみるか。
『ファイアボール』
『ファイアボォル』
飛んでいく二つの火球。
一回目はいつも通りに、調律を使った自分の中で完璧と考える詠唱。
二回目は、一回目からほんの少し音を変えてみたが……。
「どう思う?」
「なるほど……確かにこれは変、二回目はフル詠唱なら十分発動しそうだけど、精度が求められる短縮詠唱となると疑問が残る」
口元に手を当てて考えるティナ。
「ここから、どの程度までの変更ならファイアボールが成功するか調べようか」
「その前にトール。何か詠唱にわかりやすいルールを設けて調べた方がいいと思う」
「というと?」
「魔法全部で確認するのはとても手間、どの魔法にも共通して通じる失敗のルールがあれば、検証効率がいい」
なるほど、頭いいなティナ。
俺が習得しているのは初級魔法だけ。
とはいえ、回復魔法込みで九種類もあるわけだしな。
「あえて詠唱精度を下げるとして……どんなルールがいいかな?」
「いっそ母音だけで短縮詠唱してみたら?」
「さ……さすがにそれは無理じゃないか?」
「無理なら無理でいい。失敗条件を調べるんだから……最初は大雑把で、徐々に条件を細かくしていけばいい」
「そりゃそうか」
んじゃ早速試してみよう。
ではいくぞ。
精霊よ……わが願いを聞き届けたまえ。
俺はスッと息を吸い込み。
『アイアアオオウ!(訳、ファイアボール)』
「「……」」
しーん……と。
そんな擬音が聞こえそうな空間ができあがる。
無言で見つめ合う俺とティナ。
予想通りというか、火球は出現しなかった。
「は、初めて失敗してしまった……この俺が」
「あれで短縮詠唱が発動したら、それはそれで大問題」
まぁそりゃな。
「母音で試すパターンをやめるか?」
「ううん、それはまだ早い。次は条件をもっと易しくして、短縮詠唱ではなくフル詠唱してみる。さっきと同じ母音だけのパターンで」
「わかった」
何気にフル詠唱は久しぶりだな。
えっとファイアボールの詠唱は『炎よ、我が前に立ち塞がる敵を撃て、ファイアボール』だから……母音にすると。
『オオオオ、アアアエイアイウアアウエイオウエ、アイアアオオウ!』
「………ううゎ」
これは……酷いな。
そして当然だが、魔法は発動はしない。
つうか、やらしといて引いてんじゃねえティナ。
「さ……さっきから何をやっているんだ。お前たち」
「セル、俺たちのことは気にしないで、練習していいぞ」
「うん……自分のことに集中する」
とても困惑した顔のセルが、自分の練習を中断してこちらに歩いて来る。
「い、いや、だって……隣からそんな意味わからない声が聞こえたら気になるなんてものじゃないぞ」
「意味わからなくない。トールはとても真剣……」
「そうだ……今のは詠唱なんだ」
「え、えい……しょう?」
首を傾げ、やっぱり意味がわかんないとセルさん。
「そうだ。さっきのはファイアボールだ」
「ふぁいあ、ぼうる? ……あ、あれが?」
セルは頭大丈夫かと口にしないだけで、心の中で思ってそうだ。
セルに俺たちのしていることを簡単に説明し、検証を続ける。
「トール……一応、他の属性の魔法も試してみる」
「え~またかよ? それに、さっきと言ってること違くないか?」
「ボール系だけでいいから」
「お前……何気に俺の様子を見て楽しんでないか?」
「まさか……私はすべてトールのためを思って言っている」
本当かよ。
渋々ながらも俺はティナの言う通り詠唱する。
『アエオ、アアアエイアイウアアウエイオウエ、ウインオオオウ!』
『ウイオ、アアアエイアイウアアウエイオウエ、アアウオオウ!』
『イウオ、アアアエイアイウアアウエイオウエ、オオアアオオウ!』
一応どれがどの魔法か解説しておくと。
順にウインドボール、アースボール、ウォーターボールなんだけど……お判りいただけただろうか?
「「「……」」」
奇声のあと、場が静まり返る。
セルの無言の視線が痛い。
お願いだからあんまこっち見ないでくれ。
「くそっ! ……恥かいただけじゃねえか!」
「やっぱり、無理かな」
「あ、当たり前だ! あれで成功したら理不尽すぎて私は泣くぞ」
「う~ん……となると次は……んん?」
そこでティナの目が一瞬細まる。
ティナが俺を見て何かに気づく。
「トール……すごく気になったんだけど」
「なんだ?」
「模擬戦の時に装備してた詠唱補助の腕輪、今日つけてないよね」
「あ?」
ふと、自分の腕を見るとそこには何もなく。
フリーマーケットで購入した詠唱補助の腕輪。
それをつけないで俺は詠唱していた。
「なんで、それで短縮詠唱が発動するの?」
「…………まぁその色々と」
「色々ってなに?」
セルから前に聞いたが、素の状態で短縮詠唱が発動するのはハイエルフだけって話だっけ。
当然のように疑問符を浮かべるティナ。
「トール、前に私が魔法を教えた時のことを詳しく説明しても大丈夫か?」
「ああ」
まぁ、ティナは殆ど俺の能力を知ってるしな。
言いふらすようなことはしないと思う。
セルからティナが話を聞く。
俺が魔法を習得していくまでの経緯、セルとの模擬戦の様子、指輪なしで短縮詠唱をしていることなど。
「な、なるほど……改めてトールがおかしいことを理解した」
ティナが大きくため息をはく。
最近、ランクアップ試験に合格したりと、強くなった気になって、色々とガードが緩くなっているのかもしれない。
朝ゴタゴタしていたからってのもあるが気をつけよう。
詠唱補助の腕輪、それと魔力隠蔽の指輪も付け忘れていたので一緒に装着する。
引き続き再検証してみることに。
「じゃあ、もう一度同じようにファイアボールを母音でフル詠唱してみる。詠唱補助の腕輪をつけて」
「腕輪をつけても、あれでは無理だと思うんだが……」
「というか、あんな精霊を馬鹿にしているとしか思えない詠唱が成功したら真面目に練習している私は一体……」
セルも俺と同じ考えだ。
さすがにこの条件は無茶だとは思う。
「いいからやる」
「「……」」
俺とセルの反対意見を無視して押し通すティナ。
まぁここまで来たらヤケクソだ。
ティナの提案にとことん付き合ってやる。
いくぞ、ファイアボール。
『オオオオ、アアアエイアイウアアウエイオウエ、アイアアオオウ!』
ボンッ!
「……え?(トール)」
「……おぉ?(ティナ)」
「……あぁ?(セル)」
三者三様の呟きが空に消える。
大空へと元気に飛んでいく火球。
まるで生みの親である俺の成功を祝福する花火のように。
「「「……」」」
まさかの展開に、しばらくの間三人とも口を閉じたままだったが……。
「なんか……できちゃったな」
「……ね、狙い通……り」
嘘つけや。滅茶苦茶呆然としてた癖に。
でもまぁ……とりあえず。
「い、いえ~い」
「いえ~」
成功したのでティナとハイタッチする。
「はは、もう…………トール、意味がわかんない」
そんな俺たちの後ろでセルは頭を抱えて唸っていた。
「理由はわからないけど、トールには間違いなく、とてつもなく大幅な詠唱補助補正がかかってる」
ファイアボール以外のボール系魔法や、火属性以外の魔法でも詠唱検証を終える。
その結果を見て、ティナがはっきりと断言する。
あの後、詠唱補助の腕輪を装着して色々と試してみたところ。
基本、フル詠唱だと母音でいけた……滅茶苦茶過ぎる。
ただ、短縮詠唱はさすがに母音では無理だった。
それでもティナ曰く、成功条件はかなり緩和されており、指輪ありなら通常のフル詠唱が成功するのと同程度の精度があれば十分発動するって印象だそうだ。
「トール、何か理由に心当たりはない?」
「んなこと言ったってな」
「腕輪抜きでも、凄まじい補正がかかっているんだから、装備品に関係ないトールが持つスキルが原因……とか?」
俺のスキルか。
習得したスキルについてもう一度考えてみる。
神様からプレゼントしてもらった『魔力増量(特大)』『魔力回復(特大)』。
それから吟遊詩人のスキル『歌』『残響』『調律』『言語伝達』『言語理解』。
この中で詠唱成功率に影響を与えるとなると……。
「一生懸命考える。あんなふざけているとしか思えない言葉が精霊に伝わる理由を……」
「……ん?」
ティナの台詞が微妙に引っかかる。
なんだ……この感じ。
何か大切なことを忘れてないか。
もう一度しっかり考えてみよう。
詠唱とは何だ?
言葉で魔法の発動を精霊にお願いするプロセスだ。
そう、精霊に言葉を伝える……言語を伝達するんだ。
(まさか……)
俺はスキルウインドウを開き確認をする。
****言語伝達****
言語を対象に伝えるのを様々な面で補助する。
こ、こいつか?
もしこのスキルが人間以外にも効力を及ぼすとしたら。
だが、言葉を伝えるのを補助するとはいえ、本当にあんな暗号みたいな滅茶苦茶な詠唱が発動するか? 限度ってもんがあるだろ。
常識で考えたらありえ……常識?
ステータスウインドウをオープン。
スキル:
魔力回復(特大) 魔力増量(特大)
歌 調律 残響
言語伝達、言語伝達、言語伝達
言語理解、言語理解、言語理解
いや、どう見ても常識じゃないだろ……これ。
「ティナ、一つ確認させて欲しいことがある」
「なに?」
「例えば同じスキルを習得した場合とかって、効果って重複することってあるか?」
「何言ってる。同一スキルを二つなんてそもそも聞いたことがない」
ティナに聞いても答えはでない。
だが今の回答は俺のスキル構成が、この世界において異常であることの証明でもある。
まさかのトリプルで、これまで無意味と思っていたスキルだったが……。
「トール、何かわかったの?」
「どうなんだろ? いや……まだ断言はできねえんだが」
言語伝達のスキル効果が重複しているとしたら、詠唱に凄まじい補正がかかり、あんな暗号みたいな詠唱で発動する可能性も否定はできないかもしれない。
調律により完璧に近い魔法詠唱が可能でかつ、言語伝達により大幅な詠唱成功補正もかかる。
もし俺の推測が正しいなら、初級魔法オンリーと扱える魔法の種類は少なくとも、詠唱に限定すれば自分のスキル構成は誰よりも最適化された構成なのかもしれない。




