虹竜
ここから二章後半になります
ティナと模擬戦が行われた日の夜。
アナセルの街の北にある山脈。
「はぁっ! はぁっ!」
「ち、ちくしょうっ!」
夜だというのに、その一角は赤く染まっていた。
一見、火事かと見紛うほどの大きな炎と煙が空へと立ち上る。
パチパチと木々の焼ける音がする中、起きていたのはある冒険者パーティと人外の争い。
「が、はっ!」
重鎧を装備した二メートル近い大柄な男が軽々と吹き飛び、地面を転がっていく。
「ド、ドルーガッ!」
『……ふん』
子供と大人どころではない。
あまりに一方的な戦い。
それは、争いというよりも蹂躙に近いものだ。
「くそっ、どうして虹竜がこんなところにいるんだよおっ!」
倒れた重鎧の男を横目に、焦燥した顔で男が言う。
彼は『悠久の風』と呼ばれる五人パーティのリーダーを務めるトマス。
息を切らしながら、泥と汗にまみれた体で虹竜と対峙する。
既に重鎧の男含め、彼らの仲間三人は虹竜の攻撃で地面に倒れ伏している。
無事なのは彼ともう一人の魔法使いの女性だけ。
トマスは剣を地面に突き立て、支えにしてどうにか立ち上がる。
「……よくも、よくも皆をっ!」
『誰一人殺してはいないぞ。少し実力を確かめようと尻尾で撫でただけだ』
「な、何を……」
困惑するトマス。
先日受注した山脈に生息するブラッドベアーの遠征討伐依頼。
彼らはつい先ほど、無事にブラッドベアーを討伐し終え、街に帰還中だった。
問題なく仕事を終え、各自報酬の使い道などを楽しみに考えていたところに、唐突に虹竜は姿を現し襲撃を仕掛けてきた。
少し前に、黒竜と虹竜が魔の森で争っていたという話は聞いていたが……。
「な、なんで虹竜が俺たち人間を襲うっ?」
『それを知りたければ力を示せ、死力を振り絞れ』
「な、なんだそれは……何を言っている?」
一方的に自分たちに仕掛けてきた癖に。
その理由すら語ろうとしない。
「「……」」
千年の時を超えて生きた竜は古竜と呼ばれる。
現在、確認されているのは両手の指に満たない数だが、彼らが一斉に動き始めたら世界が崩壊するとされる程の存在。
『悠久の風』は突出した実力者はおらずとも、気の合う仲間同士で組まれたメンバー同士のチームワーク、連携能力は他の冒険者たちからも一目置かれているベテランパーティーだ。
五人でパーティを組んでから長く、個人のランクではBでも、過去にはパーティで力を合わせAランクモンスターを討伐したこともある。
だが自分が対峙しているのはそんな世界最強クラスの一角、虹竜。
絶対に勝ち目のない戦い。
体長二十メートルを超す巨体から放たれる威圧感。
その姿は残酷ながらも、炎の灯りに照らされた虹鱗は美しく煌めいている。
『持てるすべてで抗え……貴様らが我にとって価値ある存在か否か見せてみろ』
「エリーザ、逃げられそうもないし、こうなったら……やるしかない」
「え、ええ、でも……私の魔法じゃ虹竜は」
虹竜に聞こえないように、小声で相談を始める二人。
「わかってる。だから攻撃は俺が担当する。エリーザは残りの魔力をすべて使うつもりで、強化魔法を限界まで俺にかけてくれ」
「トマス……わ、わかった」
決心し動き出そうとしたところで、虹竜を警戒する二人。
『どうした? 我は何もしない、準備が必要なら待ってやる。避けもしない、遠慮なく攻撃すればいい』
「……っ」
わざわざ地上に降り立ち、正面から観察するように二人を見つめる虹竜。
「舐めるな!」と叫びたい気持ちをトマスは押し殺し、ギュっと強く手を握る。
今彼らの前にいるのは生物としての格が違う圧倒的強者。
虹竜のいいなりになるのは嫌だが、好都合ではある。
それで助かる可能性が少しでも上がるならば……。
攻撃力アップ、防御力アップ、ありったけの強化魔法をかけるエリーザ。
加えて回復魔法により傷の癒えたトマスが立ち上がる。
「……いくぞ」
『準備はできたか、最高の一撃を見せてみろ』
覚悟を決めたトマス。
「あああああああああっ!」
絶対に一泡吹かせてやると。
己を奮い立たせるように大声をあげる。
剣士である自分が、ずっと苦楽を共にしてきた愛剣を握りしめ、虹竜に裂ぱくの気合を込めて切りかかる。
徹底した魔法による攻撃力強化、剣の寿命を犠牲に破壊力を限界まで向上させるスキル。
最後の輝きとばかりに愛剣が光りだす。
だが……。
「そ、そん、な……」
無常にも竜の鱗に触れてすぐ、二つに分かれる剣。
パキンとへし折れる音が虚しく響く。
『やはり……この程度か、想定通りではあるが』
物足りなさそうな顔の虹竜。
『駄目だ。貴様は人間としては悪くないのかもしれないが、我には児戯としか思えぬ』
「……う、あ」
繰り出された自身の最高の一撃。
それすら虹竜にかすり傷一つ与えられない。
脱力し地面に膝をつくトマス。
「…………」
『ふむ……心が折れてしまったか』
放心状態のトマスから興味を失くす虹竜。
『しかし、本当に困ったな。期限も近づいているしどうしたものか。このままでは黒竜との賭けに……』
「ゆ、許しっ……」
『ん?』
もう一人の存在を忘れていたことに気づく虹竜。
「た、助けっ……助けて」
『ふん、戦意を完全に無くした人間など……わざわざ相手する気も起きん』
懇願する女魔法使いをつまらなそうに一瞥する虹竜。
虹竜はそのまま翼をはためかせて空へと飛び去って行った。
「う……ん」
翌朝。
この日も普段通り、朝食の時間前に目が覚めた。
案外目覚ましがなくても、慣れれば体内時計だけで起きられるもんだ。
ベッドから起き上がり、背伸びして軽くストレッチを行う。
「……いい天気だ」
カーテンを開けると、雲一つない快晴。
窓を開けて朝の爽やかな空気を胸一杯に吸い込む。
木の上からチュンチュンと聞こえる鳥の鳴き声。
「おはよう、鳥さんたち。今日も元気そうで何よりだ」
朝の爽やかさのせいか、鳥さんにもご挨拶。
なんか今日はとてもいい日になりそうな予感がする。
部屋を出て、階段を降りて食堂へ。
「おや、起きてきたね」
「おはようございます」
そこにはテーブルの間を忙しく動き回る宿の女将さんの姿……そして。
「トール……グッドモーニング」
「……なにしてんの? お前さん」
見知った少女が席に座っていることに驚く。
「料理とても美味しいよ、お姉さん」
「お、お姉……嬉しいこと言ってくれるじゃないかお嬢ちゃん。ウインナーを一本おまけしちゃうよ」
「……ありがと、凄く嬉しい」
何故かティナが、俺の泊っている宿で朝食を食べていた。
女将さんは料理よりもお姉さんと呼ばれたことが嬉しいらしい。
「トール……立ってないで、こっちに来て一緒に食べよ」
「あ、ああ」
ちょいちょいとティナが手招きしてくる。
まぁいいや……俺も朝食をいただくことにしよう。
食べながらでも話はできる。
今日は卵と夏野菜を使ったキッシュらしく、旨そうだ。
「もぐもぐ……んで、朝から何の用だ」
「トールとの約束を果たしに来た」
「約束? そんなのあったっけか?」
「うん……これ」
ティナがゴソゴソとローブのポケットをあさる。
中から取り出したのは……どこかで見た記憶のある指輪。
「なぁ……何でこれを俺に手渡す?」
ティナが指輪を強引に俺の手に握らせる。
フリマの思い出の品である偽パワーリング。
ティナが商人に騙されて購入した品だ。
「トールは私に見事勝利した。その栄光を称え、約束通り、三十万ゴールドの買値がついた品をしょぶ……贈呈しに来た」
「お前今、処分とか言いかけなかったか?」
つうか、わざわざこのために朝っぱらからここにきたの?
「い、いらねえんだけどなぁ、本当に」
「でもこれ……性能はともかく、デザインはいいと思うよ。お洒落に是非是非」
「まぁ……確かに、シンプルな白色で色々合わせやすそうだけど」
パワーリング(偽)を指に嵌めてみる。
捨てるよりはマシか。
「トール、今日はどうするの?」
「そうだな……いい天気だし、部屋にいてもなぁ」
「なら、一緒にピクニックにでも行く? 私も今日は暇だし……」
「お……それもいいかもしれないな」
食後、のほほんとした空気が流れる中。
ティナと今日の予定について適当な雑談をしていると。
「トール、おはよう……ってティナ?」
「ん、おはよう、セル」
今度はセルが宿にやってきた。
ティナに続きなんつうか、よく人が会いに来る日だな。
「俺、セルとも約束してたっけ?」
「ああ」
え? 本当に?
今度も心当たりがないぞ。
「それでトール、今日、時間はあるだろうか?」
「まぁまだ予定は入ってないけど……」
「じゃあ、約束通り、その……少しだけ、私と付き合って欲しいんだが」
「…………」
言いづらそうに、少し顔を赤らめて口を動かすセル。
「なに……トールとデートの約束でもしてた? 私、邪魔ならどっかいこうか?」
「ち、違うぞっ、デートじゃない」
「そう……」
ティナの言葉を慌てて否定するセル。
この切り出し方だと誤解しても仕方ないと思うが。
つうか、その前に。
「す、すまん……何の話だ? 悪いが話が見えない」
「ほ、ほら、結界修復の時に、私が魔法を教えるかわりにトールが私の詠唱練習を手伝ってくれるって約束したじゃないか」
「……………………ああ」
「その間……絶対に忘れていただろ、トール」
「何言ってんだ。セルとの大事な約束……忘れてないさ」
俺はそんないい加減な男じゃない。
すぐ思い出せなかっただけだ。
とても大事な記憶だから厳重に封印していただけだ。
「……ふ~ん、ほ~」
ジト目で視線を送ってくるセルさん。
でもなんだろう。
普段の凜々しさとのギャップのせいか、ちょっと可愛く見えてしまう。
「トール、調子いいこと言わない。私との約束も忘れてた癖に」
「お前さんのは忘れてもまったく問題ないけどな」
「……むぅ」
お前さんが可愛く頬を膨らませる場面じゃねえぞ、ティナ。
「と、とにかく、そういうわけで前と同じように湖に行って練習に付き合って欲しいんだ……も、勿論、一日中とはいわない。コツとか気になったところとか、そういうのを教えてくれれば……その」
「わ、わかった。大丈夫だよ、別に断ったりなんかしないから」
天気もいいから、外にお出かけしようかって話もしていたくらいだし。
今日は暑くなりそうだから、湖に行くのもよさそうだ。
そもそも、そんな恥ずかしがる話でもないと思うが……。
苦手なことだから教わるのが恥ずかしいのか?
「んじゃ急いで支度してくるよ。待っててくれ」
「「わかった」」
二人が返事する。
朝食を終えて、俺は部屋へと準備に戻る。
あ、そうだ。
女将さんにお昼の弁当も頼んでおこう。




