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初級魔法しか使えず、火力が足りないので徹底的に攻撃魔法の回数を増やしてみることにしました  作者: 大地の怒り
第二章

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歌2

「それじゃあ始めましょうか……」


 歌を覚えるためシルクと二人、聖堂の中へ。


 ステンドグラスから差し込む夕陽が部屋奥にある女神アルターナの像を照らし、陰影を生じさせる。

 昼間、結界修復に来た時より幻想的に感じた。

 像の前に立つシルクもどこか神々しく思え、少し緊張してしまう。


「歌う前にこれをどうぞ」


 シルクが一枚の紙を俺に手渡す。

 紙を見ると手書きの文字がずらりと書いてあった。


「これが子守唄の歌詞になります」


「あ、わざわざ用意してくれたのか……本当に助かるよ」


「いえ、ゼロから覚えるのは少し大変ですから」


 一応、ユリアさんに歌を習得する方法は聞いてある。

 いや……習得というには語弊があるのかもしれない。

「子守唄」というスキルが別にあるわけではないのだ。


 歌は歌スキルを持つ者が歌うことで効果が発動する。

 既に発動するための下地はできているわけだ。

 この時、曲のテンポ、音程、歌詞などを間違えず正確に歌う必要がある。


 基本的には魔法詠唱と似たようなものらしい。

 だが、詠唱ほど成否判定はシビアではないそうだ。


 歌の歴史的背景や意味を学ぶ必要はない。

 そもそも、誰が子守唄を作ったのか、いつの時代から世に流れたのか、作曲者はどんな思いでこの曲を作ったのか……それは不明だ。


 ただわかっているのは、吟遊詩人が歌うことで眠りへ誘う効果が生じるということ。


 シルク曰く子守歌の長さは五分ぐらい。

 まぁJ-POPを一曲覚えるようなもので、難易度は高くないはずだ。

 それでもメロディーを覚えるまでシルクには何回か歌ってもらうしかない。


 この世界でも、ウォークマンみたいので繰り返し再生とかできれば楽なんだけどな。

 ま、できる限り早く覚えられるようにしよう。


 さて……と。

 気合いを入れるためパンと両膝を叩く。


「どんとこいや、子守唄」


「こ、子守唄ってそういう積極的スタンスで聴くものでしたっけ?」


 ジッと彼女の顔を見つめ、歌い出すのを待っていると。


「ん? どうした?」


「あはは……な、なんですかね。ちょっといつもと違った感じで緊張してしまいます」


 俺の視線に落ち着かない様子のシルク。


「今日もステージで沢山の人の前で歌ったんだろ? 俺一人ぐらい気にしなくていいのに」


「そ、そうですけど。それとはちょっと違うというか。ステージだと他の皆もいますし、私一人に視線が集中しているわけではないですから」


「やりにくいなら、目でも閉じてようか?」


「いえ……そこまでは大丈夫です。これも人前で歌を練習するいい機会だと思えば」


 コホン、と小さく咳をしたあと。


「……それじゃあ」


 スゥと息を整えるシルク。

 夕日の差し込む静寂の空間に歌声が響き渡っていく。


『♫♩♫~♩♪♫~♪♫♩~』


 のんびり、ゆったりとした優しい旋律が脳裏に染み渡る。

 とろけそうな、包み込まれるようなシルクの歌声も相まって……うん。


 こ、これは確かに聞いているだけで眠くなるな。

 のどから出かけた欠伸を強引に抑え込む。瞼が少し重くなる。


「……ふぅ」


 五分が経過……シルクが歌い終わる。

 真剣に聞いているつもりだったのに、少し気が抜けてしまったな。


「トールさん……どうですか、覚えられそうですか?」


「その……せっかく歌ってくれたのにすまん、なんとなく流れはわかったけど、途中ちょっとボ~ッとしちまった」


「そうですか、ではもう一度歌いますね」


「わ、悪いな、そのあと俺も歌ってみるから」


 時刻は夕方、気温も下がり過ごしやすい空気に。

 窓から差し込む夕日が絶妙に微睡へと誘う。

 子守唄ってさ、母親の腕の中で聞いたりする認識だけど、ああいうのは適度な温もりとか、眠りやすい環境条件も関係しているんだよな。


「まぁ、今日は仕事で疲れているでしょうから、覚えるまで何回でも歌いますから大丈夫ですよ」


 ありがたい、面倒そうな顔一つせずシルクが再び歌ってくれる。

 今度こそ最後までキッチリとメロディーを覚えよう。


 聞いたが、子守唄なので基本的には激しい変化のある曲ではない。

 Aメロ、Bメロ、Cメロといった変化はなく、単調なリズムの繰り返し。


 だから眠くなるんだけどさ。

 ただ、ちょこちょこフレーズの語尾に微妙な変化があったりするので注意が必要だ。


 ちなみに、子守唄の歌詞は母親が幼い子供に話しかけるような内容。

 ゆっくりと安心して眠りなさい、私がついているから大丈夫よ~起きたら一緒に遊びましょうね~とかそんな感じ。


 それから俺はシルク先生の教えの元、歌の習得に励んだ。


 何度か繰り返し歌を覚えることができた……と思う。


 シルクは頻繁に口を抑える仕草を見せていたし、たぶん効果は発動しているのだろうと思われる。




 歌を覚えたあと。


 俺はシルクの作った夕食をご馳走になる。 

 テーブルに並ぶたくさんの料理を子供たちと一緒にいただく。

 メニューは夏野菜をふんだんに使った彩り豊かなサラダとスープ。

 脂の光る焼いたサイコロステーキなどなど。



「ふぅ、食べた食べた。お腹一杯だ。シルクは料理も上手いな。きっといいお嫁さんになるよ」


「あ、ありがとうございます」


 保母さん気質っつうか。

 子供の世話もできて料理もできて完璧だろ。

 そうなると、旦那の方が駄目になってしまいそうで怖いけど。


 食後の紅茶を飲んでいると……。


「ねぇトール兄ちゃん、冒険の話を聞かせてよ!」


「冒険の話か……」


 話しかけてきたのは十一歳くらいの男の子。

 名前はルルといい、子供たちの中では一番の年長者だ。

 男の子が冒険譚とか英雄譚とかに憧れるのはどこも変わらないようだ。

 まぁ聞かせるほど冒険経験があるわけじゃないんだけど、密度は相当濃いと思う。

 俺はここまで自分が経験してきたことを話す。


「魔の森かぁ、僕たち入ったことないんだよなぁ」


「十二歳になるまでは駄目って、シルク姉たちに止められてるしね」


「あぁ……まぁ結界があるとはいえ、最近は安全とはいえないしなぁ」


 この子たちも、あと何年かすれば教会を出る。

 その中には冒険者になる子供もいるだろう。


「俺も森で色々な魔物にあったぞ、ゴブリンとか、ブラッドヒュドラとかいう魔物とかな」


「ぶらっどひゅどら?」


「ああ長い首が九個あって、こ~んなにでかいやつだな」


「な、なんかすごそうだね」


「ああ、すごいぞ、でかいぞ、やばいぞ」


 俺は身振り手振りでその凄さを伝える。

 一つ一つに反応してくれる子供たちが嬉しくて、リップサービスしたくなる。


「他にも森ですごいのを見つけたりもしたぞ」


「すごいの?」


「ヒントをあげよう……名前にドとラとゴがつく、すごい声を出すやつだ」


「も、もしかしてドラゴンと会ったの!」


「トール兄ちゃん、すごいっ!」


「……はは」


 ドラゴンじゃなくてマンドラゴラだけどな。


 字的にはほとんど似たようなもんだろ……ギリギリだ。


 嘘はついていない。




「さて……」


 話していると、それなりの時間が過ぎた。

 ぼちぼち、お暇しようと俺は椅子から立ち上がる。


「……トール兄ちゃん、帰っちゃうの?」


「もっと話そうよ~」


「いや……そう言われてもな」


 あまり長い時間いると迷惑だしな。


「今日は泊って行ってください」


「え?」


「この子たちもトールさんの話をもっと聞きたいようですし」


 そこに丁度、玄関から戻ってきたシルク。

 ついさっき、教会の他のシスターたちが帰ってきたようだ。

 泊まりか、さすがにそこまで甘えるのも……と思ったが。


「そ、そうか……それじゃあ」


 結局場の空気に流される俺。

 まぁ……シルクがいいっつうならいいか。

 宿には料金先払いしてあるし特に問題はない。



 三時間後。


「……う、ん」


 目をショボショボさせるルル。


「そろそろ寝るか」


「だ、いじょぶ、まだねむくない、から……もっとトールにいちゃ、と話す」


 あれから色んな話をしていたら時刻は夜十時半を回っていた。

 もっと小さい子どもたちは先に眠っている。

 一緒にいたルル君以外のもう一人の男の子もソファーに寝ている。


 まぁルルが寝たくない気持ちはわからないでもない。

 中学の時の友人同士の泊まり会とか、眠るのが勿体なくて朝まで起きてたしな。

 高校で徹夜麻雀経験するようになったら、あんま泊まり会の感覚がなくなってきたけど。

 夏休み、ぶっ続けで三徹麻雀した時はやばかった。

 最後、チートイツがいつのまにかパートイツに進化してたし。


「ルル君のこんな姿、珍しいんですけどね」


 彼は普段はこんな感じではなく、年長者らしくもっと纏めるタイプとか。

 普段年長者のせいか、年上の男とじっくり話す機会があまりないのかもしれない。


「ルル君……明日も早いんだから、もう寝ないと」


「……う」


 そのまま少し強引にシルクの腕に抱きかかえられるルル君。


「トールさん。ドルフ君をお願いしてもいいですか? 寝室はすぐそこなので……」


「わかった」


 俺は横になっているもう一人の男の子、ドルフ君を抱える。


「……どうした?」


 見れば立ち止まったままのシルク。

 胸に抱えたルルの顔をじっと見つめている。


「いえ……少し寂しくなってしまいまして、この子も、あと数年したらここを出ていくんだろうなぁと思ったら……」


「そうか」


 俺とルルの話を聞いていたシルクが呟く。

 亡くなったルルの両親は優秀な冒険者だったとかで、本人も冒険者に憧れているそうだ。


 シルクも孤児で、近い年の男の子が教会にいたそうだ。

 だが皆、成人になり教会を出ていった。

 色々と昔のことを思い出しているのかもしれない。

 たまに、彼らが戻ってきた時、男の子たちに稽古をつけたりしてくれるそうだ。


 あと数年したら冒険者。

 もしかしたらルルと一緒のパーティを組むこともあるのかもしれないな。


「……」


 シルクに抱えられたルルの顔を見る。

 大きく柔らかな胸に顔をうずめており、ちょっと羨ましいと思わないでもない。


 ルルはまだ幼いがかなり整った容姿だ。

 今は眠っているが、切れ長の瞳は子供ながらに力強さを感じさせた。


 将来はなかなかのイケメン美男子になって、女泣かせになりそうだ。



「うぅ……おっぱい邪魔」


「…………っ」


 既に超一流のイケメンの台詞。


 俺もいつか、そんなこと言ってみたいよ。


 ルルの寝言? にシルクは顔を真っ赤にしていた。




 寝室に子供たちを運び込む。


「……ねない、まだねない」


 なかなか頑固だな。まだギリギリのところで睡魔と戦っているらしい。

 朝まで付き合ってあげたい気持ちもあるが、これ以上は明日に影響が出る。


 どうにか、寝てもらわないと。


 そうだ……せっかくだし。


『♫♩♫~♩♪♫~♪♫♩~』


 子守唄を歌ってみることにした。


 極力、隣室に聞こえないように配慮しながら……。


「……すぅ」


 歌い始めて数秒で、寝息をたてはじめるルル。

 そのあとは少しシルクと話したあと、俺も子供たちと同じ部屋で眠ることにした。


 一緒に過ごしているうちに、死相の不安など完全に頭から消え去っていた。

 やっぱり近くに誰かがいるってのは大きいな。

 シルクが泊まりを提案してくれたのは、そのへんを理解して気を遣ってくれたのかもしれない。




 翌朝のこと。


 気分良く目覚めた俺だが……ちょっと困った出来事があった。

 俺と同じ部屋で寝ていた子供たちが時間になってもなかなか起きなかったのだ。

 部屋に来たシルクと一緒に、子供たちの身体を強く揺すったりして、どうにか起きたのだが、かなり苦労した。


 そして子供たちは今、食事している時も……。


「「…………」」


 カクン、カクンと首を揺らしながら食事している。

 フォークに突き刺した食べ物をポロポロと床に落とす。

 見るからにまだ眠そうなのが伝わってくる。


「シルク、さっき子供たちは顔を洗ってたよな?」


「は、はい」


 偶に寝坊することはあっても、ここまで酷い状態なのは初めてだそうだ。


 考えられる要因としたら……。

 これ……もしかして?


「なぁシルク、子守唄……そんなに効果があった?」


「そう……ですね。私は吟遊詩人の子守唄を聞いたのは初めてなのですが、思った以上に」


「なるほど……」


 昨日歌を練習している時、シルクは口を押さえたりしていた。

 適当に効いているのかなぁくらいに思ってたけど。


「片手で口を押さえて、もう片方の手を強く握って、掌に爪を立てたりしてどうにか、抗いましたけど」


「そ、そんなことしてたのか……なんかゴメンよ」


「い、いえ……眠ったら教えることができませんしね、仕方ないですよ」


 シルク曰く、気をしっかり持てば耐えられる。

 即座に眠らされるということはない。

 だが……何十分、何時間も続くとなると抗えないかもしれないとのこと。


(これだけ強力なら……やり方次第で戦闘でも使えそうな気がするけどな)


 予想以上の歌の効果。


 世間が子守唄を過小評価しているのか?

 俺が過大評価しているのか? ……それはともかく。


 もう一つ気になる点がある。

 それは部屋にいた子供たち全員(・・)が寝坊しているということだ。

 昨日、遅くまで起きていたルルはまだわかる。

 だけど他の早く寝ていた子供たちまでもが寝坊していた。

 睡眠状態でも、歌を聞けば更に眠りが深くなるのか。



 子供たちにご飯を食べたら午前中一杯は寝てるように、シルクが言う。


 食後、寝室に戻っていく子供たちを見送りシルクと話していると。

 来客を知らせるベルが鳴る。



「誰だろう? こんな時間から……」


 立ち上がり玄関へと向かうシルク。

 聞き覚えのある話し声がしたので、俺も続いて玄関のほうへ。


「トールさん! ……よかった、こちらにいましたか、宿に行ってもいなかったので焦りました」


「え? ユリアさん?」


 教会に顔を見せたのはギルドの受付嬢ユリアさん。

 その口ぶりから、どうにも俺を探していたようだ。


「どうしたんです? こんな朝から……」


「副ギルド長が至急ブラッドヒュドラの件でトールさんに話を聞きたいことができたそうです。セルさんが古竜の戦闘跡から戻ってきまして、その件とも関係してるんですが……と、とにかく、えーと、今からギルドに来てもらえませんか?」



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