おかしな出会い
時刻は午後二時を過ぎているが、まだまだ公園は大勢の人で賑わっている。
仲よさそうに手を繋ぐ親子や恋人たちや、公園中央の噴水広場ではパフォーマーたちの姿。
ボールを使って、ちょっとした芸を披露しているようだ。
時々、パチパチと拍手の音が聞こえてくる。
さて、どこから見ていこうか?
適当に飲み物でも買ってから考えるか。
仕事終わり、労働で疲れた体に糖分と水分が欲しい気分。
(……あれは、もしかして)
視界に興味深い店を発見したので客の列に並んでみる。
美人なお姉さんが店主をしているせいか、繁盛しているようだ。
カウンターテーブルには縦に長い透明の容器、氷水の入った箱が置かれており、箱の中には赤、青、緑と色とりどりの果実が見える。
「どれにしますか? モズの実、ヌンクの実、ヌススリンの実……色々ありますよ。この箱の中から好きな果物を三種類選んでくださいね」
「う~ん……よく知らないから、お姉さんのオススメで」
「わかりました!」
果物の名前すらわからないので全部お任せする。
お姉さんが箱の中から果物を取り出し、包丁で手際よく適切なサイズに切っていく。
切った果物を透明のガラスケースの中に入れて蓋をする。
お姉さんが何やら呟いた直後、ケース内部に風が発生、果物が刻まれみるみるうちに小さくなり撹拌されていく。
出来たソレをコップに入れ、ミルクを入れて完成だ。
「はい、コップはあとで返しにきてくださいね」
「……わかりました」
お……これはなかなか。
飲んでいるのはこの世界の果実で作ったスムージーだ。
甘酸っぱい果汁が疲れた体に染み渡る。
あっという間に全部飲みきってしまった。
もう一杯飲みたくなるな。
ミルクで味がマイルドになっており非常に飲みやすい。
魔法ってやつは本当に便利だ。
今みたいにミキサーとかの機械がなくても、風魔法で代用することで手間を短縮できる。
喉の渇きを癒したあと、本格的に店を見て回ることにする。
活気に満ちた空気、値段交渉をする声が周りから聞こえてくる。
持ち込まれている品は工芸品、食料品、衣類品などなど。
日本のフリーマーケットと大きくは変わらない。
読み終わった本や手作りの木彫りの像、家庭で焼いたクッキー、家庭菜園で取れた野菜、子供が成長して使わなくなった服、他にも釣り具だとか趣味に関するものもあり本当に多種多様だ。
もちろん、魔物と戦うファンタジー世界ならではの商品もある。
主に武器類やマジックアイテムの類なんかがそうだ。
興味をもったのは若い鍛治師たちが合同で開いたお店だ。
世間話ついでに彼らと話してみると、普段は親方の手伝いに回り、見習いの自分が作った品は店の売り場に出す機会が少ない。
ここには商人もいる。自分の作品を知ってもらういい機会だそうだ。
自分の作品を認めてもらい、彼らと繋がりができれば将来、独立する時などにも役に立つとかなんとか。
そうやって、色々と気になった店を見ていると……。
「ちょっと、そこの格好いい兄さんっ!」
「……ん? 俺のことか?」
呼び止める男性の声に振り向く。
反射的に反応したけど、これで「お前じゃねえよ」とか言われたら相当キツイな。
「そう、兄さんだ! よかったら見ていってくれよ!」
チョイチョイと手招きする、髭を生やした中年のおっちゃん。
頭にターバンをまき、頬には魔物にやられたのだろうか二本の切り傷が見える。
シートに並べられた数々の品。
「へぇ、随分、種類がありますね」
「そうだろう、そうだろう。気になる物があったら聞いてくれ、なんでも答えるから」
「あ、はい」
おっちゃんは行商人らしく、ちょうどこの街に寄ったとかなんとか。
アナセルの街は西には魔の森があり魔物の素材が取れる。
北の山脈からは鉱石も取れ、辺境ではあるが、なかなか資源豊かな街である。
ここで仕入れた物は王都の方で高く売れるそうだ。
俺がじっと商品を吟味していると……。
「兄さん、仕事は何してるんだ?」
「え? 仕事ですか……一応、冒険者やってますね」
おっちゃんの突然の問いかけに答える。
「ちょいとお金が貯まったんで、ぼちぼち装備品なんかを揃えていきたいんですよね」
「…………ほう、お金が貯まったと」
「???」
俺の言葉に、一瞬、おっちゃんの目が光ったような気がした。
「ここにあるのは俺が世界中を回って集めた品々だ。きっとなにか欲しい物が見つかるはずだ」
自信ありげにおっちゃんが言う。
欲しいものか。
ここに魔法巻物があれば即買いだったんだけどな。
それ以外となると。
「その身体つきを見るに前衛職じゃなさそうだな。後衛か」
「ええ、まぁ……」
「すまないな。魔法服とかは今日持ってきてないんだよ。アクセサリならいくつか取り扱っているが」
「アクセサリ?」
「ああ、身につけるとステータスが向上するってやつだな。あとは炎や水、各属性に対する耐性が向上するなんてのもある」
「へぇ」
なるほど、ステータス向上か……俺は考える。
ステータスで足りないもの……う~ん。
「とりあえず、力は欲しいですかね……圧倒的な力が」
「はは……力か、基本だよな。やっぱり男は力がなきゃな」
おっちゃんはウンウンと頷いている。
初心者演習のあと、バルさんに筋肉つけろって言われたことを思い出した。
「それなら、このパワーリングなんてどうだ?」
「パワーリング?」
おっちゃんが、俺に差し出したのは白い指輪。
「こいつはサイクロプスの角を削って加工した指輪だ。指に嵌めれば力を一定値アップさせてくれる」
「おお。ほ、欲しいかも……」
ステータスを向上させるには、レベルアップさせるかトレーニングするかだ。
俺は魔法メインだから、戦士系のジョブに比べ重要度は低いかもしれない。
だが、欠点を簡単に補えるならそれにこしたことはない。
バルさんに聞いたら楽なもんに頼らず筋トレしろって言われるかもしれないけどな。
勿論、筋トレの方も頃合いを見て始めるつもりだった。
ちょっとブラッドヒュドラ戦で疲れてたからやらなかっただけで。
なんか言い訳みたいになってしまったけど。
「ちなみに値段はいくら?」
「三十万ゴールドだな」
「三十万ゴールドか……ちょっと高くないですか?」
「そんなことはない。かなり安いほうだぞ……恒久的なステータスアップ系のアクセサリはどれもこれくらいする。なんだったら誰かに確認してくれても構わない」
俺はこの世界に来たばかりだ。
商品の価値をよくわかっていないんで、反論しようもない。
まぁ、これだけ自信満々なら大丈夫そうな気もするけど。
「……それじゃあ、それを」
「まいどあり!」
俺がお金をおっちゃんに手渡そうとする、直前。
「待つ……騙されちゃダメ」
「うん?」
くい、と小さな手が俺の腕を引っ張る。
隣からひょっこりと顔を出したのは、小柄な少女だ。
「その指輪、よく見せてみる」
そのまま、少女は指輪をまじまじと見つめる。
三つ編みにした黒髪を腰くらいまで伸ばした中学生といった風貌。
身長は百五十センチくらいか、俺の肩下くらいまでしかない。
黒い三角帽子に手触りのよさそうな漆黒のマントを身に着けている。
手に持つ杖の先端には青い宝石が取り付けられており、なかなか上等な武器っぽい。
RPGとかに出てくる、見るからに魔法使いといった感じ。
「ち、ちょっと待ってくれ、横から出てきてなんだ突然。騙すって嬢ちゃん。人聞き悪いこと言うなよ。店によっては五十万ゴールドでもおかしくない代物だぞ」
適当なことを言われちゃたまらないと、おっちゃんが反論する。
「値段は妥当……けど、それは本物だったらの話」
「どういうこと?」
「本物のサイクロプスの骨はほんのり薄く青みがかっている。この指輪は白い……たぶん偽物」
本当なのか、確認の目線を向けると少女が頷く。
まじかよ。俺、騙されそうになったってことか。
善人か悪人かなんてちょっと話したくらいじゃわかんねえな。
この少女には感謝しないと。
「……はぁ」
大きくため息をはく商人のおっちゃん。
少女の話を聞いても慌てた様子はない。
少し困ったような表情はしているが、それだけだ。
「あのなぁ嬢ちゃん」
「なに?」
「このパワーリングの素材はシベルク地方のサイクロプスだ」
「シベルク?」
「ああ、極寒の地のシベルクだ。あそこのサイクロプスの角は環境のせいで、他の場所に生息する個体よりも角が白い。だから指輪も白くなるんだ」
「……」
「どうやら、知らなかったみたいだな」
沈黙する少女。
なんか、雲行きが怪しくなってきたな。
「確かに知らない。でも、私がこれまで見た冒険者の中に、そういう色したパワーリングを装備した人は一人もいなかった。ソッチが適当な嘘をついている可能性もある」
「そうかもしれないな」
「……えっ?」
おっちゃんが素直に頷いたことに戸惑う少女。
「そう、こればっかりは俺を信じてもらうしかない。証明するものがない以上、信頼してもらうしかない、だから商人は信頼が大事なんだ」
「……」
「実際に人を騙して食い物にする悪い奴は山ほどいる。同じ商人として反吐が出るがな。だから嬢ちゃんがとった行動を否定はしない。俺だって兄さんに買ってもらいたいと思った。だがな、それは確たる証拠があってこそすべきだ」
「どういうこと?」
「ほれ、周りを見てみな」
キョロキョロと周囲を見回す少女。
いつの間にか、それなりに注目を浴びていた。
「こうしてちょっとした騒ぎになった以上、疑心暗鬼になった兄さんはパワーリングを買ってくれないだろう。せっかく纏まりそうだった話もパァだ。周りのお客さんも怪しんで、今日の売り上げはガタ落ちだ」
「……」
「さっき嬢ちゃんは『たぶん』で発言したな。俺が兄さんを本当に騙していたのならいい。だがそうでない場合、正しい商売をしていた場合は本当にいい迷惑だ」
「う……それは」
諭すようにおっちゃんが言う。
「いいか嬢ちゃん、人を助けようとする心がけは立派だが……自分の発言の結果、何が起きるかよく考えな。行動は慎重にすべきだぞ」
「い、一理……ある」
「そうか、わかってくれたならいい。ごめんなキツイ言い方をして」
「ううん」
「でもその気持ちは、正義感や優しさはとても大切なものだ、忘れないようにな」
少女の頭にポンと手を置く。
ニコリとおっちゃんが微笑む。
「私が悪かった……仕方ない。このパワーリングは私が買っていく」
あれ? なんかおかしな流れになったぞ。
「おいおい……無理しなくてもいいんだぞ。安い物じゃないんだから、それに偽物だったら」
「これくらい大丈夫、せめてものお詫び」
「そ、そうか。それならいいが……」
最終的に少女がおっちゃんに三十万ゴールド払い、購入することに。
少女の身なりをみるに結構お金持ちなのかもしれない。
「「……」」
おっちゃんと別れて、謎の少女とともに店を出て歩く。
「え~と、なんだ」
「なに?」
「あ、ありがとう?」
ちょっと疑問形になってしまった。
「なんでお礼? あの商人に悪いことをしたかもしれないのに、余計なことだったかもしれないのに」
「リングの真偽はともかく、騙されそうになったかもしれない俺を助けてくれようとしたんだろ? ……ありがとな」
少女の行動に礼を言うべきだ。
「それもあるけど……貴方に近づいたのはそれだけが理由じゃない」
「え?」
ポツリと少女が小さく呟く。
「とにかく……いい、私が軽率だったから、あのおじさんの言うことは間違ってない」
「そうか」
若干、冷静になって考えてみると煙にまかれたような気がしなくもないけど。
「でも収穫もあった。今日はいい勉強になった……学習した」
なんつうか、ちょっと不思議な子だな。
でも、助けてくれたし悪い子じゃないのは確かだ。
「どいて、どいて!」
「うん?」
俺が少女と話していると、バタバタと複数の足音が聞こえてくる。
皮鎧を着ていた街の兵士たちが走って来て、そのまま通り過ぎていった。
「なんだろ?」
数分して、俺は兵士たちが走っていった方角から歩いてきた人に尋ねる。
「あの……向こうでなにかあったんですか?」
「ああ、国から指名手配されていた商人が捕まったらしいぜ」
「商人が捕まった?」
「ついさっきまで、そこでターバン巻いて商売してた頬に傷のある男なんだけど、通報があったみたいでな。口八丁で相手を騙す悪質な商人らしい」
「「……」」
何とも言えない空気が二人の間に漂う。
すげえな、あのおっちゃん。
あの流れで平然と優しさを踏みにじったのか。
指輪を見て、俯く少女。
「……学習っ、した!」
「お、おう。よかったな」
前髪に隠れているが、その頬は少しだけ赤い。
怒り半分、羞恥心半分て感じだろうか。
「ジュース飲むか? さっき美味しい店見つけたから奢るぜ」
「……飲む」
これが俺とこの変な少女との出会いだった。
ちなみにパワーリングなんだから、ステータス確認すればわかるだろうということに気づき、少女が確認したところ当然偽物だった。




