プロローグ 遭遇
時は少しだけ遡る。
アナセルの街の西に広がる魔の森。
ベースキャンプ付近でトールたちがブラッドヒュドラと戦っていたのと同時刻。
その更に奥地では、古竜同士の戦闘跡を調べに来た十人ほどの冒険者の姿があった。
三日三晩続いたとされる古竜同士の戦い。
古竜が移動したと思われる経路を辿って冒険者たちは歩いていく。
派手に森を破壊しながら戦っているので、その経路は実にわかりやすい。
引き裂かれた地面、なぎ倒された木々。
視界の至るところにできた巨大なクレーターの数々。
攻撃の巻き添えを受けて死んだと思われる焦げた魔物の死体もある。
そのすべてが、たった二体の生物により引き起こされたものだ。
「……おっ!」
だが、そういった惨状の中にも関わらず、冒険者たちの表情は活き活きとしている。
周囲を警戒しつつも、その目を光らせ何かを探している。
「しゃあ! ……また竜鱗みつけたぞ!」
「う、嘘だろ……何枚目だよお前」
「ついてんなぁ、こっちはまだ一枚しか見つかってないぞ」
森に響く、冒険者たちの興奮した声。
彼らがこうして、やる気に満ちているのには理由がある。
今、彼らは宝探しをしているようなものだからだ。
竜鱗の価値は一枚でも一千万ゴールドはする。
道中、発見した竜の素材はギルドが回収するため、見つけた者が独占できるというわけではない。
それでも発見者にはギルドから結構な金額のボーナスが出る。
竜の素材は、今回のように竜同士の戦闘でもない限りは手に入らない。
基本、古竜は人の力では討伐は不可能とされているためだ。
ギルドでも討伐難易度は設定されていない。
夢見がちな冒険者が下手に刺激して竜の怒りが人間に向くことが怖いからだ。
その強さは単体で一国を滅ぼしたという逸話もあるほど。
強靭な爪はいかなる物質をも引き裂き、鱗の頑丈さは世界最高の硬度とされるアダマンタイトに匹敵する。
通常の武器で攻撃しても傷をつけるどころか、武器の方が壊れてしまう。
古竜の素材か同等の強度の希少金属などで作成された武器を、超一流の技術を持った使い手が振るい、ようやく傷がつけられる。
物理攻撃だけでなく、魔法防御力も当然、出鱈目に高い。
「へへ……これで二枚目だ、日頃の行いがいいのかもしれねえな」
「なに言ってんだ……ちょっと前に酒場の姉ちゃんにセクハラして、引っ叩かれた奴の言うセリフじゃねえな」
「日頃の行い通りだってんなら、夜道には気をつけろよ」
「や、やめろよ……怖くなってくるだろ」
「「……」」
そんな馬鹿話をする冒険者たちの背後を歩く二人の少女。
一人は明るめの茶髪を肩の辺りで切りそろえた狩人。
もう一人は白銀の鎧を身につけ、陽光に煌めく銀髪の長髪をたなびかせている。
彼女の名はセル。
聖剣姫と呼ばれるAランク冒険者でトールとちょっとした縁のある女性である。
「ラッキーだったね。鱗がこんなに沢山落ちているなんて。正直、一つ二つ見つかれば儲けものくらいに思っていたけど……」
「ああ……そうだな」
「どうしたのセル? そのわりには浮かない顔してるよ?」
「いや、少しな……」
同行している女冒険者と雑談するセル。
ここ数日でかなりの数の鱗を拾っているわけだが……。
「鱗がたくさん落ちているということは、それだけ凄まじい闘いだったということだ」
「まぁ……そうだね」
「竜たちの間で何かあったのか気になって、素直に喜べなくてな」
拾った鱗は二種類ある。
光を鱗に当てると、その角度によって七色に変化することから片方は虹竜。
もう一つは、一切の光を通さない夜闇を連想させる漆黒の鱗、黒竜。
「お互いに譲れないものがあったのかもね」
「譲れないもの……か」
「まぁ私の勘なんだけど」
「か、勘か」
「うん、勘。そんな気がしただけ、現場を見てないからわかんないもん」
その回答に少し脱力してしまう。
「セルってやっぱり真面目だよね」
「え、そうか? これくらい考えるのは普通だと思うが」
もし、こんな存在が街まで来たらと思うとゾッとするわけで。
「心配はわかるんだけどさ。必要以上に警戒してもしょうがないと思うよ、考えたって私たちが古竜に対してできることなんてほとんどないんだからさ。精々どうやって逃げるか考えるくらいでしょ」
「…………」
確かに彼女の言うこともわかるのだけど。
だからってそう簡単に割り切れる性格ではないのが自分だったりする。
古竜は人の手でどうにかできる相手ではない。
この世界の最強種族とされる竜は一種の天災だ。
台風などの自然災害と同様、通り過ぎるのを待つしかない。
この破壊跡一つを見ても、人が作ろうと思ったらどれだけの労力が必要か。
私が思案に耽っていると……。
「みっ、みんな! こっちに来てくれ!」
先行していた冒険者の男が大きな声を発して戻ってきた。
男はとても慌てた様子だ。
案内に従い、草むらをかき分けながら私たちは走る。
「こ、これは……」
折れた木々や落ち葉を下敷きにしてのっかっているのは、長く巨大な漆黒の物体。
太さは人の胴回り以上はあり、全長は五メートル近い。
「で、でけえ……これってたぶん、黒竜の尻尾だよな」
「すげえっ、はじめて見たぞ。こんなの……」
「き、綺麗に切断されているな、尻尾の中の構造ってこうなってんのか……」
凄まじい存在感を発する巨大な尻尾。
尻尾に興味津々の冒険者たち。
滅多にお目にかかれないお宝。
中には感激してか、尻尾に頬ずりしている者までいる。
(……うん?)
尻尾の切断面を見た私は一箇所、気にかかる部分を見つけた。
(下部に小さな二つの凹み……なにかの噛み跡のような?)
「な、なぁこれ……いくらになるんだろ」
「わかんねえ……俺、こんなに綺麗な古竜の部位なんて見たことねえし」
「これ一つで、どれだけの竜装備がつくれるのか」
突如見つかった信じられないお宝に誰もが夢中になっていた。
だが……それがよくなかった。
「たっ、大変だ! 上を見ろ!」
そのせいで私たちは接近に気付くことができなかった。
空からとてつもなく巨大な影が迫っていることに。
「……ま、まさかあれは」
「ひっ、嘘だろ……森に戻って来たのかよ。い、急いで隠れっ……」
「だ、ダメだ! もう完全に見つかってる!」
『……私の尻尾に何をしている、人間共』
バッサ、バッサと黒竜が翼をはためかせて姿を現わす。
体長二十メートルを超える巨体。
頭上、視界のほとんどが黒く染まり、今が夜なのではないかと錯覚しそうになる。
竜から発せられる圧倒的な存在感。
その声は聞くだけですべての者をすくみあがらせる。
『切断された尻尾の処分を忘れたので戻ってくれば……』
既に黒竜には尻尾が再生しているようだが、戦いで切られたらしい尻尾を処分しに戻って来たようだ。
それにしても、本当に最悪のタイミングだ。
「ひいいいっ、ち、違うんですっ!」
「こ、これはその……」
「ええ……その、ほらっ、あれですっ!」
「ちょっとその、あまりにも魅力的な断面図だったもので……」
『……き、貴様ら』
怒気の含まれた古竜の声に怯え、混乱する冒険者たち。
尻尾を持ち帰ろうとしていたところに、まさかの持ち主(?)が登場。
どうにか話をして危機的状況を切り抜けようにも、こうして現場を見られてはとても言い訳などできそうもない。
『まったく……気づくとどこからか湧いてくる。これだから人間というやつは』
黒竜の口元に黒い塊が生まれる。
塊は一気に大きくなりサイズを増していく。
圧倒的な力が、巨大なエネルギーが集中しているのがわかる。
全身に浮かぶ冷や汗。死を即座に連想させる力の奔流。
あれが解き放たれたら……ここにいる全員が確実に命を落とす。
『纏めて死ね……むっ』
だが、口元の輝きが発射直前で霧散していく。
どうしてか、黒竜の視線が私のところで止まった気がした。
『ほう……いい気迫を放つ者がいるではないか』
「っ!」
ギョロリとその大きな二つの目が動く。
こちらを値踏みする。絶対的強者の視線。
呼び起こされる恐怖の感情。
全身の震えを止めるので精一杯だ。
『いい目だ……死の恐怖を乗り越え、絶対に勝てない相手と知りつつ、立ち向かえる者はそうはいない。まぁ気迫だけでどうにかできるほど、私は甘くないがな』
台詞を言い終えると同時。
黒竜の口から黒いブレスが上空から発射され地面へと迫る。
間も無くここにいる誰もが、為すすべなくブレスにより一瞬で塵と化す。
……はず、だった。
(……え?)
想像していた未来はやってこなかった。
土煙が晴れ、目を開ければ周囲には尻餅をついた冒険者たちの姿。
黒竜の尻尾のあった場所だけがポッカリと穴があき、綺麗に消滅していた。
(……生きて、いる?)
浮かんできた疑問。
どうしようもない力の差を前に逃れられない死を覚悟したのに。
私は立ち上がり黒竜を見る。
『ふむ……今、殺すには惜しいかもしれんな』
「ど、どうして……私たちを生かした?」
『人としてはそれなりに腕もたちそうだ』
「???」
『娘、汝を候補に入れておくとしよう』
黒竜に問いかけるも、私の疑問に答えるつもりはないようだ。
そう意味深な台詞を言い残し、黒竜はこの場を離れていった。




