エピローグ、激戦を終えて
「う……ん」
窓から差し込む光で目が覚めた。
外は赤く、時刻は夕方のようだ。
ベッドから身を起こし、ここがいつも泊っている宿であることに気づく。
(……どうして俺、ここに寝てるんだ?)
眠る前の記憶をゆっくりと思い出していく。
(俺は確か演習に出かけて、突然現れたブラッドヒュドラと戦って……)
そのあとどうやって戻って来たんだっけ?
どうも記憶がはっきりしない。
色々と考えていると、グゥとお腹の音が鳴った。
疑問はあるが、とりあえず腹が減ったので部屋を出て何か食べよう。
女将さんに何かつくってもらってもいいかもしれない。
階段を下りる途中、ぐつぐつと何かを煮込んでいる音が聞こえてきた。
美味しそうな匂い、どうやら夕食を準備中らしい。
「おや、起きたかい」
「あ……どうも」
食堂に行くと、テーブルを雑巾で拭いていた女将さんと目が合う。
「身体の調子はどうだい?」
「えぇと……まぁ、特におかしなところはないですけど」
「それはよかった。あの剛拳が倒れたアンタを背負って運んできた時は本当に吃驚したよ……」
「え? バルさんが?」
それで俺はここで寝ていたのか。
じゃああの人は俺を背負って森の中を移動したのか。
た、体力あるなあの人。
あれだけの激闘を繰り広げた後だってのに……。
「そうそう、剛拳からあんたに言伝を頼まれているよ。起きたらギルドの酒場に来るように、一緒に夕飯でも食べようぜ……ってさ」
「そうですか」
ならここじゃなくてギルドで食べることにするか。
気絶してからどうなったのか、その時説明してくれるだろう。
「アンタ……何があったのか知らないけど、若いからってあんまり無茶するんじゃないよ」
「いや……好きで無茶したわけでもないんですけどね」
完全に不可抗力である。
あんな奴が出るって知ってたら、仮病使ってでも休んでるって。
俺は宿を出て、夕焼け空を楽しみながらギルドへと向かう。
建物に入ると……。
「おう来たかトール! こっちだぜ!」
「あ……バルさん」
既にバルがテーブルについて待っていた。
一人で適当に飲んでいたようだ。
「どうも、なんかすいませんね。気絶した俺を宿まで送ってもらったみたいで……」
「気にすんな、一人ぐれえ背負ったってどうってことねえよ。というか軽過ぎるくらいだ。もっと肉食え肉、筋肉つけろ、魔法メインだからって身体作りは必要だぜ」
い、一応、前世の基準ではそんなに痩せてる方じゃなかったんだけどな。
この世界の冒険者連中に比べたらヒョロく見えるのか。
時間見つけて筋トレでもするかね。
「それよりほれ、突っ立ってねえで早く座んな。腹も減ったろ」
「ですね、さっきまでずっと眠ってましたから」
俺はバルの対面の椅子に座る。
エールと肉料理をメインに注文する。
別にバルに言われたからってわけじゃないが、ガッツリと肉を食いたい気分だしな。
十分ほど待つと注文した料理が出揃う。
「そんじゃ……俺たちの勝利を祝って」
「「乾杯!」」
グラスを重ね合わせ、キンキンに冷えたエールを喉に流し込む。
「ぷはぁっ!」
(め、滅茶苦茶うめえ)
仕事終わりに、一杯やるサラリーマンの気持ちがよくわかる。
適当に談笑しながら、飲んで食べる俺たち。
「あ、結局、俺が気絶したあと演習はどうなったんですか?」
「ああ……もちろん、中止になったぞ」
まぁ、当然か。
二匹目のブラッドヒュドラが出てくることはないと信じたいけど、絶対なんてないしな。
森の夜間移動は危険との話だが、あの場で一夜を明かすよりは安全と判断したようだ。
バルは街に戻り、俺を宿に届けてギルドに報告に向かった。
俺が泊っている宿の場所はギルドの用意した名簿から知ったらしい。
「……しっかし、改めて考えてもよく無事に帰れたもんだぜ」
「ですよねぇ」
「ブラッドヒュドラ相手に事前準備なしで戦って死者ゼロとか有りえねえ。本当によくやったよ……てめぇは」
バルさんがしみじみと呟く。
褒められて少しくすぐったい気もするが、認めてもらえたのは嬉しいものだ。
てか、さっき初めて名前で呼んでくれたしな。
あれ、俺が頼んだんだっけ? ……まぁいいや。
「……そうだ、忘れねえうちにコイツを渡しておかねえとな」
白い袋を木のテーブルの上に置くバル。
結構な重量があるようで、木の軋む音が聞こえた。
つ~か、バルは今どこから出した?
「なんですか、これ?」
「今回の事態を受けて、臨時でギルドが出したブラッドヒュドラの討伐報酬、二千万ゴールドだ」
「に、にせっ!」
とんでもない高額報酬に驚く俺。
袋の中を覗きこむと、これまでお目にかかったことのない高額の硬貨がたくさん入っていた。
「一応、ブラッドヒュドラと戦った二人で半分ずつわけた形だぜ」
「半分、半分の報酬で二千万……」
「不服か? 今回はトールの功績が大きかったし、なんだったら俺の配分を減らしてもかまわねえぞ」
「い、いや……寧ろ報酬が多すぎて驚いたというか」
「それだけ危険な魔物ってことだ。あの強さはAランクでも上位に位置すると考えていい、俺的には五千万ゴールドでもおかしくないと思うんだがな」
金額に少し不満そうな表情のバル。
そんなの相手に本当よく勝てたもんだ。
「で、残るコイツも二人で分けようと思ってんだが……」
「うおおおおおっ!」
机にドンと置かれたのはブラッドヒュドラの生首。
「くはは、いいリアクションしやがるなぁ……」
いや、そんなもんが荷袋から出てきたらビビるっての。
俺はバルを軽く睨みつける。
「い、意地悪いなぁ……絶対わかっててやってるでしょ」
「そう怒るな。こっちは昨日からてめぇに驚かされっ放しなんだ、このくらい許せ」
子供みたいな悪戯をする人だ。
周りの席の生首を見た人たちが腰を抜かしている。
どこから取り出したんだ、こんなもん。
バルの荷袋はどう見ても首よりも小さい。
首はあきらかに袋の容量をオーバーしている。
疑問に感じた俺はバルに尋ねる。
なんでも袋には空間魔法がかけられていて、内部容量が拡張されているそうだ。
便利アイテムのマジックボックスってやつがこの世界にも存在するらしい。
「本体は魔法で消し炭になっちまったが、俺がちぎった三本の首は残っていたから持ち帰ってきた」
うち一本は検体用としてギルドの解析班に預けた。
残り二本の首を一本ずつ分けようとのこと。
「分配については文句ないですけど、貰ってもどうしたらいいのか」
「あん? ブラッドヒュドラなんて滅多に手に入らない素材だし、鱗で上等な装備品でも造ってもらったらどうだ?」
「……ああ」
それもいいかもしれない。
昨日の戦いで新しく購入した二着目の服はボロボロになってしまった。
今着ているのはこの世界に来た時に身につけていた服で、防御力とか一切ないしな。
「参考までに、バルさんは首をどうするんです?」
「俺はもう使い道は決まっている。前々から手に入ったら試してみたいことがあってな。そのうち見してやるよ」
楽しそうに言うバル。
一体、何をするつもりなんだろう。
「そういやこの首、どこに保管しておこう」
「お金や荷物はギルドに預けられるぞ。いくらか手数料を取られるがな」
「なるほど」
じゃあ、今日にでも預けるか。
こんな不気味な物体、宿に置いておけないし、お金も大金だしな。
所持していると夜道を狙われそうで怖い。
「また話は戻りますけど、ブラッドヒュドラの現れた原因についてはなにか?」
「今ギルドが大急ぎで解析、調査しているところだが……現時点でわかっているのは、あのブラッドヒュドラが若い個体である可能性が高いってことだけだ」
「どうしてわかるんですか?」
「鱗の数が全体的に少ねえんだ。ブラッドスネークもそうだが、長く生きた蛇種の個体は鱗の密度が高くなるんだ」
「なるほど、それで……」
「ま、もう数日すれば、解析も終わるし、他にも何かわかると思うがな……」
ふむ、なんにせよ原因がはっきりするまで森に行くのはやめておくか。
「森にいるセルは大丈夫ですかね?」
「あの女なら心配ないと思うがな。向こうにも情報が遠くないうちに届くはずだ、近いうち戻ってくるだろう」
「……そっか」
なんかずっと顔を見ていない気がするよ。
「そういや、てめえはこれからどうすんだ?」
「どうしようかなぁ」
今回の件でお金もたんまり手に入ったしな。
無理して働かなきゃいけないわけでもない。
「まぁ数日はゆっくり過ごそうかなぁと」
「そうか……ま、トールさえよければ声を掛けてこい。都合がつけば依頼に付き合うぜ」
「い、いいんですかね? ランクが違いすぎますけど」
「はっ! 戦闘面に限って言えばてめえに文句なんかねえよ。あれだけの回復能力と魔法攻撃力を兼ね備えた魔法使い、ランクFは酷え詐欺だぜ。他のすべては最低レベルだが……十分すぎる釣りがくる」
何言ってんだコイツって顔のバル。
「はは……そんじゃあ、そん時は是非お願いします!」
「おう!」
その夜は二人で飲み食いしながら、楽しい時間を過ごした。
気持ちいい気分で宿への帰路を歩く。
演習では結局、新人さんと仲良くなることはできなかったけど。
バルとの繋がりができた。
死にそうな目に合ったが、それに見合った収穫もあった。
この世界に来た時はどうなるかと思った。
たくさん苦労もしたが、バルも褒めてくれたように、ここで生きるだけの力を得ることはできたと思う。
(ま、今回の件は特例であって、こんな危ない目に合うことはそうないだろう)
この時の俺は予想もしていなかった。
今回と比較にならないほど、大きな騒動に巻き込まれていくことを。




