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初心者演習4

バルのジョブをグラップラーから武闘家に変更しました。

わかりやすいように会話を少し修正しました。

 


『ギュアアアアアアアアア!』


 現れたのは巨大な蛇の魔物だ。

 その姿はまさしく異形。


 ビッシリと生えた鱗は血のように濃い赤。

 何より、俺の知っている蛇と違うのは大量の首が胴体から生えている点だ。

 胴体と尾が一つなのに対して、頭は九つ。


「な、なんだよ、コイツ」

「ちょっと待てよ、赤い九頭蛇って……確か」

「おっ、俺、魔物図鑑(超危険種編)でアレを見たことがあるぞ」


 冒険者たちの間に動揺と恐怖が広がっていく。


「ま、間違いないっ! ブラッドヒュドラだあああああああっ!」

「そんな危険な魔物がなんでここにっ?」

「アイツは森の深奥にいるはずだろ!」


 恐怖の声が森に木霊する。



「ち……本当にどうなっていやがるんだ」


 バルの舌打ちが聞こえてくる。

 ここまでの道中、どこか飄々としていたその表情が歪んでいる。

 ブラッドヒュドラとやらについて何も知らない俺。

 それでも周囲の空気から今が危機的状況であることは伝わってくる。


「あ……あの魔物は、一体?」


「ブラッドヒュドラを知らねえのか……あれは」


 バルが説明してくれる。


 ブラッドヒュドラ、蛇系の魔物で最上位種とされる個体。

 ギルドが定めた危険度はAランクに位置するとかなんとか。


(絶対に初心者演習なんかに出てきていい魔物じゃないよな)


 お前の居場所はここじゃないんだと言いたい。

 ブラッドヒュドラは胴体から伸びる九つの首をうねうねと動かす。

 お腹が空いているのか、口からはポタポタと涎が垂れている。


『ギギギギギギッ!』


 高い鳴き声をあげるブラッドヒュドラ。


(な、なんつうでかさだよ……おい)


 その大きさは全長五メートルを超えている。

 舌をチロチロと動かし、獲物を見る目で俺たちを見下ろしている。

 ずっと見ていると萎縮してしまいそうだ。


「血のない死体の原因はやはりこいつか……最悪の予想が当たっちまった。しかし、なんでこんな浅い場所に」


 バルが呟く。


 ブラッドヒュドラもブラッドスネーク同様、新鮮な血液を好む魔物らしい。

 牙で体に穴を空け、ストローで吸い込むかのように舌先から血液を吸引する。

 説明を聞いただけで寒気がしてくるぜ。


「バルさんでも勝てないんですか?」


「正直、分が悪いな。というか俺と相性が悪い……一人じゃ厳しいぜ」


 俺の問いに顔を顰めるバル。

 まじかよ。

 お前さんで無理ならどうしようもねえじゃん。


「前に戦った時は俺と聖剣姫ともう一人のAランクの三人で戦ったから問題なく倒せたんだが……ち、せめて聖剣姫がここにいりゃ」


 セルは今、エンシェントドラゴンの戦闘跡を探索している。


 助けを呼びに行こうにも距離的に厳しい。


「じゃあ、逃げるしかないんじゃ?」


「簡単に逃げられる魔物じゃねえんだよ。瞬間的なスピードはそうでもねえが、熱や地面の微弱な振動を感知して、一度獲物と認識したらどこまでもしつこく追ってくる」


「……」


「もし俺たちを追って街まで来たら住民はこいつの餌になるだろうよ。くそ、こんな時に限ってギルドマスターは街を留守にしてやがるしよ……ついてねえ」


 Sランクのギルドマスターがいれば別の選択肢も取れたのだろう。

 援軍のあてはなく逃げることも難しい。

 この窮地を脱する手はないのか。


「だ、駄目元でテイムとかできないのかな。一応……こいつも人間が大好きみたいですけど」


「別の意味でだけどな」


 やはり分かり合えないようで、戦う以外の選択肢はないらしい。


「ち、俺一人で戦うしかねえか」


「セルはいなくてもCランクの二人もいますよ。新人ですが、一応俺たちも」


「コイツ相手だと半端な戦力は無力化される。なぜなら……」


 バルがそう呟くと同時。


 恐怖で硬直していた冒険者の一人が動きを見せる。

 背を向け全力で来た道を戻ろうと駆け出す。


「お、俺は逃げるっ……まだ死にたくねえからなっ!」

「俺もだ! 逃げろおおおおおおっ!」


 一人が逃げるとそれを皮切りに二人、三人と逃亡者が増えていく。

 俺に絡んできていた三人組だ。



 まぁ、誰だって命は大事だ。


 仲良く力を合わせて状況を打開、そんな綺麗な流れにはならないようだ。

 わずかでも勝ち目があってこそ勇気というのは生まれるのだろう。

 ここにいるのは殆どが新米冒険者だし錯乱するのも当然である。


 俺は先日、危機に遭うなど窮地に慣れてきたせいか。

 ブラッドヒュドラについてそこまで詳しくないせいか。

 多少は冷静でいられているが。



「馬鹿が……そんな露骨に背を向けたら……」


 逃げだした彼らをベテラン冒険者たちが止めようとする。

 だが、恐怖で錯乱状態の彼らの耳には聞こえない。

 一秒でも早くこの場を離れたいと逃げだそうとする。


 そんな彼らの動きに合わせてブラッドヒュドラの九つの口がパカリと開く。



 そして。



『ギュアアアアアアアアッ!』



 直後、森一体に響き渡る咆哮をあげた。

 耳をつんざく、甲高い鳴き声。

 その声に当てられて、次々失神していく新米冒険者たち。

 気絶するのは彼らだけに留まらない。

 同行したCランクの冒険者すらも倒れていく。



『…………』


 やがて逃げ惑う声は消え、森に静寂が漂う。

 十人いた冒険者たちなのに、残っているのは俺とバルだけになってしまった。



「これだ……声を共鳴させて放つ威圧の咆哮、並の冒険者じゃ意識を保つことすらできねえ」 


「な、なるほど……だから少数精鋭で戦うしかないってことか」


「そういうことだ……んぁ?」


 なぜかバルが俺を見てびっくりしていた。


「て、てめぇ……なんで平然と立っていやがる?」


「そ、そういやそうですよね」


 なんで俺無事なんだ?

 あれ、このパターンつい最近やったよな。


 となると……おそらく理由は。


「たぶん吟遊詩人だからですかね……音波耐性高いって話だし」


「そ、そうかよ……少し驚いちまったぜ。そういや、あのマンドラゴラの声を直に聴いても生き残ってたんだったな」


『ギュイイイイ!』



 再び咆哮をあげるブラッドヒュドラ。

 咆哮を何度聞いても倒れない俺たちに少し苛立たしげな様子。

 九つの首がウネウネと威嚇するように動いている。


「あれ? 咆哮で気絶させるだけで……追撃してこないぞ」


「そりゃ必要がねえからな。大事な餌だ、殺したら血液が新鮮じゃなくなるし、気絶させて動きを止めりゃそれで十分なんだよ」


 それなら幸いというか、俺たちがやられるまで彼らが狙われる可能性は低いか。


「しゃあねえ……割に合わねえ仕事だが、やるしかねえか……」


 コキコキと手首を鳴らし準備運動するバル。


「てめぇは巻き込まれないように、後ろに下がってな」


「り、了解……援護っていります?」


 多少レベルが上がったとはいえ、Aランクモンスターに太刀打ちできるとは思わない。

 セルのレベルは五十六、同じランクのバルもそれに近いだろう。

 それでもブラッドヒュドラに勝つのは難しいという。


 俺のレベルは十二だ。

 力量差があるため殆ど他力本願するしかない。

 それでも、微弱ながらサポートできることはあるかもしれないと提案する。


「初級魔法なんかで……いや待て、短縮詠唱ができるんだったな」


 なにか考える仕草を見せるバル。


「おい、てめえ」


「あの……こんな時だし、いい加減そろそろ名前で呼んで欲しいんですけど」


「このあと無事生き残っていたら呼んでやるよ。んなことより、ブラッドヒュドラについて簡潔に話すから、死にたくなければよく聞け」


 俺は首を縦に振る。


 眼前のブラッドヒュドラを警戒しながら説明を聞く。


「奴の攻撃で注意すべきは噛みつきからの吸血、遠距離攻撃では口から吐く高温のブレスだ」


「吸血攻撃とブレス」


「ああ、そして二つのうち……てめえにどうにかしてもらいてぇのはブレスだ。ブラッドヒュドラはブレスを喉に溜める際、首を小刻みに振動させる。その挙動を確認したらファイアボールを即座に放て、鱗には火耐性があるからヒットしてもダメージは殆どないだろうが、初級魔法でも当てれば衝撃で振動を乱せる。ブレスの溜めと発動を妨害できるはずだ」


 な、なるほど。


「ブレスの射程距離と威力は溜めの時間に比例する。要するに溜めさせなければお前が攻撃されることはない」


 ファイアボールの射程距離は約二十メートル。

 溜めさせなければファイアボールのほうがブレスより射程距離が長い。

 ブラッドヒュドラの移動速度は速くないから、適当に距離を取りながら撃てば一方的に攻撃できるとのこと。

 その際できることなら溜め(振動)時間が長い首を狙えとの話だ。

 ただし溜め時間が長く、まずいと思ったら迷わず距離をとるように注意された。


「俺のジョブは武闘家だ、接近戦しかできねえ。ダメージを与えるにはどうしても近づく必要がある。だが、あの長い大量の首をくぐり抜けて接近するのは至難の業だ。途中必ずブレスで妨害をしてくるはずだからな。さっき相性が悪いって話したのはそういうことだ」


 バルでもフルチャージされたブレスをくらえば致命傷になるそうだ。


「少しでも多くブレスの数を減らしてくれ。懐に入れたらあとは任せろ。零距離でブレスは使えないからよ」


「……わかりました」


 簡単な打ち合わせを終え、臨戦態勢に入る俺たち。

 死なないためにもとにかくバルの戦いを補助する。


(こうなったらやるしかねえ)


 せっかく得られた二回目の人生を無駄にしたくはねえしな。

 覚悟を決め、俺たちは眼前の化け物と正面から対峙する。


 そしてついにブラッドヒュドラが動き出す。



『ギュアアアアア!』


「って……いきなり全開でブレスかよ。くそったれ!」


 九つの首が同時、一斉に振動を始める。


 ブラッドヒュドラの予想外の挙動に焦るバル。



「これ全部対処は無理だっ! おい、さがっ!」



「「「「ファイアボール(9)」」」」



 詠唱と同時、残響スキルを発動。


 生成される九つの火球。

 その照準を九つの首に合わせ、ファイアボールを射出する。


『ギギッ!』


 ボボボン、ボボボンとブラッドヒュドラの首に小気味よく音をたてて着弾。

 ブレスの妨害に成功する。


「なっ、な……んだぁ、今の大量の火球は?」


 空を乱れ飛ぶファイアボール。

 その光景に対し、口を開けて呆然とするバル。


 セルには残響スキルを隠すように言われたがこんな状況だ。

 仕方ない。


「火の広範囲攻撃魔法……上級魔法フレイムバレット? い、いや、ファイアボールって聞こえたような」


「紛れも無いファイアボールです。俺はファイアボールを増やせるんですよ」


「な、なんだそりゃ、聞いたことねえぞそんなの……ははっ、くははははははっ!」


 何がおかしいのか。

 バルの大きな笑い声が空に響く。


「おい、派手に撃ったが魔力残量はどうなってる?」


「一応セル曰く、魔力量だけなら高レベルの魔法職と同じくらいあるらしいから大丈夫。それにアレぐらいの消費量ならすぐ回復するんで」


「マジかよ、てめえ吟遊詩人だろ? 本当に意味わかんねえ野郎だな………だが」


 ジャリ……と、強く土を踏みしめる音。

 一歩前に踏み出すバル。


「面白え、聖剣姫がてめぇを気にかけていた理由がなんとなくわかった。九の首のうち、一つか二つでもブレスを止められりゃ上出来くらいに考えていたが、この魔法展開速度……十分勝機がありそうだ」


 バルの声に強い闘志が宿った……気がした。


 Aランクモンスター、ブラッドヒュドラとの闘いが始まる。


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