初心者演習3
キャンプ地は木々の少ない、森の開けた場所にあった。
眼前には白い布の張られたテントとコテージが見え、なかなか立派な感じだ。
コテージ内部には緊急時の利用も想定して、傷を手当てする包帯や、毛布、携帯食料なども保管されているそうだ。
保存庫を開ける時に誰が開けたか記録が残るようになっていて、盗難対策もされている。
この場所のように、ギルドの用意した設備は森の中にいくつか存在するそうだ。
魔の森は広く、まだ全体の半分も踏破されていない。
少しでも効率よく、探索できるようにとのギルドの配慮だ。
バルには必ず役に立つから、場所を覚えておくように言われた。
先に到着していた、男女混合のパーティを引率したCランク冒険者がこちらにやってくる。
「お疲れ様です。少し遅かったですね」
「こいつが想像以上にアレでな……まぁその分面白いもん見せてもらえたが」
俺に視線を送るバル……すみませんね。
「だが……ちったあ勉強になったろ」
「はは……それはもう」
ちょっとどころじゃないです。
たくさん学ばせていただいた。
「そうですか。こっちも面白い新人がいましたよ」
そう言い、引率の冒険者が指差した先には青い小鳥と戯れる少女の姿があった。
演習に参加していた少女の一人だ。
「あれは……」
「ええ、魔物使いの彼女が森でテイムに成功したんですよ」
「へぇ、ブルーバードをテイムするとは珍しいな」
「テイム?」
「ああ」
バルが説明してくれる。
魔物使いのスキルで魔物と従魔契約を結ぶというスキルらしい。
魔物使いは契約を結んだ魔物と共に戦ったりするジョブだ。
「魔物といっても、出会っていきなり攻撃してくる好戦的な魔物もいればそうでない魔物もいる。中には人に興味を持ち、ああやって人を好きになってくれる魔物もいるんだ」
魔物使いの少女に顎を撫でられてうっとりしている鳥、ちょっと可愛い。
アニマルセラピーつうか見ているだけで癒される。
夜は交代で外の見張りをするらしいので、話す機会もあるかもしれない。
「にしても、てっきり俺らが一番最後だと思ったら、まだ来てねえパーティがあるのか」
「ええ……さすがにもうそろそろ着くとは思うんですが」
そんな話をしていると、複数の足音が聞こえてきた。
俺たちから十分ほど遅れて、三番目のパーティがやってきたのだが……。
「……?」
引率者さんはどこか緊張気味の顔をしている。
後ろには例の男三人組もいるが、特に誰かが怪我をしたとかではなさそうなのに。
どうにも嫌な予感がしてくる。
「おい……何かあったのか?」
その様子を訝しげに思ったバルが問いかける。
「はい。少し気になるものが見つかって、急ぎで確認してもらえると……」
「わかった。新人たちも一緒に来い」
ベースキャンプを出て、夕焼け空の下少し薄暗くなってきた森の中を十五分程歩く。
やがて水の流れる音が聞こえてきて、木々のない大きく開けた場所に出る。
そこには直径十メートルほどの泉があった。
「これは……」
「私たちが来る途中に発見したものです」
澄んだ泉の傍の草むらに横たわるのは魔物の死体。
豚の頭にでっぷりと太ったボディ……オークである。
ゴブリン、スライムと並ぶ、ファンタジー定番モンスターだ。
身体には二つの牙で突き立てられたような痕が複数ある。
バルがしゃがみ、オークの皮膚に触れる。
「まだ温けぇ……殺されたのは少し前か」
「はい……おそらくですが」
「そして血がない……と」
検分のため、切断された腕は持ち上げても血の一滴も垂れてこない。
「ギルドの推測通り青の槍の報告は嘘だったようです」
「みてえだな」
思い起こすのは先日、俺がセルと酒場で飲んでいた時にバルから聞いた話だ。
とあるパーティにギルドに持ち込まれたオークの死体が、実際は討伐されたのではなく血吸蛇にやられた可能性があるとか、色々話していた。
「複数の傷痕、やはり血吸蛇の群れに殺されたと考えますか?」
「傷跡を見るにそう思えるが……少し牙が大きい気もするな」
顔を見合わせて相談を始めるベテラン冒険者たち。
その様子を不安そうな顔で見つめる新人組。
「だが少し妙だな。血吸蛇とオーク、そこまで両者の強さは離れていない、例え血吸蛇の群に襲われたとしても、何らかの抵抗の跡は残るはずだ」
血吸蛇の魔物ランクはオークと同じEだが群れた場合はDとなる。
それでも、戦いの形跡は残るだろうとのこと。
「俺もそれが不思議でして……それとコレを見てもらえますか」
オークの死体の背後の地面を指差す。
よく見ると、数メートルに渡って草むらが凹んでいた。
「横に太い何かが這うように通った跡が、かすかに残っています」
「っ! 馬鹿な、こ、こいつぁ……」
バルの目が大きく開き、表情が一変する。
「この跡を残す魔物について、ご存知なんですか?」
「思い浮かぶ魔物が一匹いる……つっても、アレはずっとずっと奥地にいるはず。多少森で魔物移動が起こってもこんなところまで来るはずはねぇ……だが、もしそうだとすると」
「バ、バルさん?」
「オークに一切の抵抗を許さない強力な個体で血を主食にする魔物、血吸蛇に似た複数の牙痕……出現場所という条件を除けばすべて辻褄は合うな」
真剣な顔で思案するバル。
「演習は中止にして一度帰還すべきかもしれねえ」
「「「「えっ!」」」」
バルから飛び出た予想外の言葉。
Aランク冒険者の彼が逃げの一手を提案したことに全員が驚く。
「もし俺の想定が当たっていたら……最悪だ。この戦力で太刀打ちできる魔物じゃねえ、まだ日が出てる今のうちにここから少しでも離れるべきだ」
バルが提案した、そんな時である。
『ギュアアア!』
「くそ……既に俺たちの存在がバレちまってるのかよ」
森から大きな鳴き声が木霊した。
遠方から木々が倒れる音がする。
地響きが聞こえてくる。
なんかとてつもないでかさの魔物が近づいている予感。
「重なって聞こえた今の鳴き声……マジで最悪の想定が当たっている可能性が高いな」
鳴き声は徐々に大きくなっていく。
確実にこちらに近づいてきている。
眼前の木々が次々と倒れ、ついにソイツが姿を現した。




