魂転生場
(こ、ここは……)
目が覚めた時、俺は知らない場所にいた。
周囲を見回せば細かい装飾の施された白い柱、白い屋根、真っ白の石が敷き詰められた床。
どこもかしこも白一色で……汚れ一つ見つからない。
神殿……だろうか?
荘厳な雰囲気、あまりにも現実離れした空間。
前方には祭壇のようなものを発見。
その手前には青い炎が並び、複数の列をなしている。
祭壇の奥にはいくつかの扉がある。
どう考えても異常な状況だ。
一体どうして俺はこんな場所に?
少し前までカラオケをして、駅からの帰り道を歩いていたはずなのに。
(うん?)
おかしいのは場所だけではないようだ。
下を見てみると自分の足が見えない。
いや、足どころか手の感覚もない。
つうか、体に重さを感じない。
まるで重力から解放されたような……浮遊感がある。
(これ、もしかして俺……本当に浮いているんじゃ?)
「こんにちは、池崎透さんですね?」
「……え?」
混乱の渦中にいる俺の耳に、透き通るような女の声が入ってくる。
声の方を見れば背に生えた純白の翼、金色の髪。
美しい、この世の者ではないほどに整った容姿。
伝承で聞く天使みたいな姿だ。
俺が呆然と女性を見つめていると……。
「混乱していますね。無理もないですが……」
「あ……え、ええと」
「単刀直入に申しましょう。ここは魂転生場です」
「は、い?」
「簡単に言えば死後の世界ですね。私はこの場所の案内人で、そちらの世界で言う天使のような存在です」
彼女は本当にこの世の者ではなかったらしい。
そして聞き捨てならない言葉が出てきた。
「し、死後の世界に俺がいるってことは……」
「はい、死にました」
「いや、はい死にましたって……」
他人事だからって、あっさりと。
「あなたは横断歩道を渡っている途中、信号を無視して横から突っ込んできた車に跳ねられて亡くなったのです」
色々と説明してくれる天使さん。
俺が死んだ原因、今この場所にいる理由を……。
本当にここは死んだ人たちが集まる場所で、祭壇に並んでいる青い炎は死者の魂らしい。
とすると、自分も周りから青い炎として見られているのだろう。
うっすらとだが、脳裏に横から車が迫ってきたビジョンが浮かんでくる。
歩きながら歌を口ずさんでいたせいか、車の接近に気づかなかったようだ。
少しずつ、蘇ってくる記憶。
死後の世界、生前は地獄だとか天国だとか色んな説があったが……。
そっか、実際に死ぬとこうなるのか。
そりゃ人間いつかは死ぬんだろうけど……。
(……もうちょっと生きたかったよな)
まだ若かったのに……女の子と付き合ったこともない。
もっと人生を謳歌したかった。
(にしても……なんだ。思ったより落ち込んでいないというか、我ながら落ち着いているな)
確かに残念に思う感情もあるが、どこか冷静な自分がいる。
家族や仲の良かった友人たちとも、もう会えない。
だというのに、なんというか悲しみを強く感じていない。
まだ死んだ現実をはっきりと実感できていないのかもしれないが……。
「この場所には、そういう負の感情を鎮静化するオーラが漂っているのです」
天使さんが俺の内心を読み取ったように答える。
死んだ直後の魂は寿命で亡くなった人もいれば、酷い死に方をしたものもいる。
狂乱状態の人も多いそうで、オーラはそういった人らに対するヒーリングミュージックみたいなものらしい。
「さて……自分のことについて、どの程度思い出せますか?」
思い出せること……か。俺は記憶を確認していく。
え~と、名前は池崎透。
家族構成は父と母に弟、公立高校に通う学生で歳は十六。
十六、まぁ子供でも大人でもない年齢だ。
都合に応じてその二つを臨機応変に使い分けることが可能な素敵な年齢。
まぁ……死んじまったけどさ。
「なるほど、鮮明に覚えているようですね。死のショックによる影響もほとんどないようです」
「……」
「魂はとても健康に見えますが、一応こちらの壷の中に入っていただけますか? 念のために詳しい状態を調べますので」
「えと……はい」
台詞が終わると同時、眼前に出現した大壷。
天使さんがなんかしらの超常的な力を行使したのだろう。
壷は高さと幅がそれぞれ一メートルくらいある。
俺は天使さんの言う通り大壷の中へ入る。
不思議だ。脚はないが身体の動かし方はなんとなく把握できている。
「これは……なんと鮮明な青色。美しい……ここまで状態のいい魂は初めてですね。正確な会話ができることから良好な魂と思っていましたが、これは久しぶりの特例ですね」
「???」
よくわからないが、壷の外から天使さんの感嘆する声が聞こえて来る。
数十秒して「もういいですよ」という声がしたので外に出る。
「ええと、ご協力ありがとうございました。それでは突然ですが……死んでしまったあなたはこれから異世界に行くことになると思います」
「ほ、本当に突然ですよね」
「詳しいことは、ここの管理者様、えーと地球を管理する神様から説明がありますので。一番右側の列に並んでくださいね」
俺は指示された魂の列に移動して並ぶ。
三十分ほどして俺の番になり、さっきと別の天使さんに連れられて祭壇奥にある部屋へ。
中には頭上に光輪を浮かべたお爺さんが椅子に座っていた。
長く白い髭を生やしており、見るからに神様的な感じの人だ。
天使さんは管理者とも言っていたけど。
「え~と、名前は池崎透……と。よく来たな」
「あ、はい」
まぁ来たくて来たわけでもないんですけどね。
管理者さんが、手元の紙を見ながら俺に話しかけてくる。
「先ほど案内係から言われたと思うが、お主はこれから地球ではない世界に転移することになる」
「あれ、転移ですか? 転生ではなく?」
ここは魂転生場って天使さんが言っていたけど。
「まぁ正確には転移に近い転生だな……これはお主の魂が元気過ぎるからだ」
「ど、どういうことです?」
お爺さんが説明を続ける。
「魂に損耗や傷がある場合、魂の記録、記憶を消去して真っ白な状態にした後、赤子として転生することになる。まぁほぼすべての魂が大なり小なり損耗しているから、転生時期の早い遅いはあれど、この流れになるな」
「ふむふむ」
「だが、お主は魂の損耗がほとんどない。こうして話しても活力に満ちている。この場合、同じように記憶を消去しようとすると問題が生じるのだ」
「……問題、ですか?」
「ああ、元気過ぎる魂は自我が強烈に残っていてな。強引に魂の記録を消去して、赤子に転生させようとすると、大きな手間……じゃなかった、魂に大きな負荷がかかってしまい、魂が完全に消し飛びかねない」
今、本音がチラリと出たぞ、爺さん。
「記憶を消さないで赤子として転生できないんですか?」
「無理だ。赤子の体というのは真っ白で無垢な魂にしかなじまない」
つまり俺は無垢ではないんすね。
「だからこちらでお主の魂に適応する肉体を用意する。その肉体にお主の魂を入れて異世界で生きてもらおうと言うわけだ」
「……な、なるほど」
「お主は本当にいい魂を持っておる。新しい肉体にもすぐ馴染むことができるはずだ。ああ心配するな……顔や体格、肉体年齢などは地球にいた時とほとんど同じものだ」
まぁ記憶が消去されたら、人格や考え方も変わるかもしれない。
同じ魂でも幼い頃の環境によってそういうのは変化するそうだ。
そんなのは別人と一緒だと俺は思う。
俺は俺でいたいからこの話は悪くない。
「ちなみにですが、俺が地球に転移するという選択肢はやはり」
「すまんがそれは絶対に無理だ。お主は死んだことになっており、周囲に溶け込むために関係する人物全員の記憶を改竄をすることはできん。既に時間軸もずれてきているしな」
「そう、ですか……わかりました」
一応、駄目元で聞いてみたが無理らしい。
それでもこうして、再度の人生を歩めるのなら運がいいのだろう。
地球で親しかった人たちに会えないのは、寂しいけど……前を向こう。
「よし……では、転生準備に入ろう」
「……え?」
感傷に浸る時間すらなく、話を終わらせる爺さん。
「も、もう話は終わりですか? いくらなんでも、もうちょっとこう……」
異世界のチュートリアルとかして欲しいかなぁと。
すると、爺さんが言う。
「地球だけで一日何人が死んでいると思っているんだ? すまんがお主一人にあまり時間をかけられんのだ。それにお主は人見知りするような性格でもなさそうだしな、向こうの住人とも仲良くやっていけるだろう」
「い、いや……そりゃコミュ障ではないですけど、だからって……」
「それにな。強靭な魂を持つものは精神力が強い。だからか逆境での生存確率が異常に高く、とにかくしぶとい」
そんなこと言っても実際死んでるんだよ。
説得力が全然ないんですけど。
「向こうには地球にない魔法技術もある。そこまで生活に不自由することはないはずだぞ」
「へぇ、魔法があるんですか? それは是非使ってみたいですね」
なかなか興味深い話だ。
「そうかそうか、他にも魔法とは別にスキルやステータスなんかもある。地球でいう剣と魔法のファンタジー世界というやつだ。冒険者ギルドもある」
「ぼ、冒険者ギルド……」
「そうだ、冒険者ギルドだ。困ったことがあれば冒険者ギルドに聞けば大体わかるはずだ」
冒険者ギルドまじパワーワード。
ファンタジー世界、冒険、魔法、スキルとか……まさに未知の領域である。
爺さんの思惑に乗るようで悔しいが、少しワクワクする気持ちはある。
俺は十六歳、少年心をくすぐるの嫌いじゃないんだぜ。
そういうWEB小説や本も、弟が持っていたから読んだことあるしな。
「そして勿論、魔物もいる世界だ」
「……はは、ですよねぇ」
冒険者がいるなら、定番だとそんな感じになるよな。
てかセットだよね……うんわかってるけどさ。
他にも竜とか魔族とか人でない種族もいるそうだ。
「力が……欲しいか?」
「え?」
「力が欲しいのかと聞いている」
「は、はい、勿論です! 力が欲しいです!」
神様なのに悪魔みたいな質問に強く頷く。
そりゃ凄く欲しいよ。
新しい世界に行くとなると不安だもの。
「……そうか」
「ええ……まぁ」
「…………」
「…………?」
場に流れる沈黙の時間。
「……なんだ? チラチラとこっちを見て」
「い、いえ、その」
(…………え? まさかの聞いただけ?)
ある意味、悪魔よりタチ悪い。
期待させるような質問しないでくれよ。
「冗談だ。ま、お主が向こうで争いに巻き込まれないとは言えんしな。頼れる人も力もないまま行かせるのは少々酷かもしれん。向こうの世界はワシとは別の神の管轄だから転生後は手助けはできんが、今なら少しサービスできるし、何か望みはあるか?」
「おお! ありがとうございます!」
焦らしプレイのうまい神様だ。
俺は考える。
「では、そうですね……やはり魔物とかがいるなら、欲を言えばどんな生物でも一撃で倒せる伝説の聖剣とか、そんな即席チートアイテムが欲しいところですけど」
「無理だな。そこまでお主を特別扱いすると世界のバランスがおかしくなる」
「じ、じゃあ何か強力な魔法とかは……」
「努力して習得するんだ」
じゃあ何ならいいんだよ。
「そうだな、スキルを四つ進呈しよう」
「それでも四つですか、なかなか多いですね」
「そうだな、まぁお主の魂はかなり丈夫だから、それぐらいならいじくって、埋め込んでも問題ないだろう」
なんかロボトミー的な怖い発言だが、あまり考えないようにしよう。
(スキルを四つサービスか)
やっぱり魔法関係かな。
攻撃魔法、回復魔法、防御魔法、どれにしよう。
あれ? でも魔法ってスキルなの?
さっき神様、魔法やスキルがあるって別々の言い方していたぞ。
「軽く説明しておこうか。向こうの世界の人間はジョブといって一人につき一つ、管轄する女神の加護が与えられているのだ。例えば、戦士、魔法使い、神官などだな」
「ジョブですか」
「ああ、どのジョブになるかはお主の適性次第なので、向こうの世界に行かなければわからんがな」
説明を続けるお爺さん。
「スキルとは魔法とは別で、そのジョブに応じて与えられる技能や才能みたいなものだ。例えば戦士系の『身体強化』、魔法職の『魔力増量』といったものだ」
「……なるほど」
俺は考えるが、自分がどのジョブになるかわからないので、どのスキルが最適かわからない。
どんな種類のスキルがあるのかも知らない。
それでもラノベだとかで出て来たスキル名を思い出す。
(えーと、異世界で絶対に必要なものは何だ)
あ、そういえば。
最低限確認しておかないといけないことがあるぞ。
「向こうの世界の言葉とか文字はわかりますかね?」
「『言語理解』と『言語伝達』というスキルがある、この二つがあれば向こうの言葉を理解し、自然に伝えることができるはずだ。あ……というか、これがないとまずいんじゃないかお主」
「そ、そうですね、じゃあその二つは確定で」
「わかった、ではいくぞ」
爺さんが俺の方に指を伸ばす。
今は魂をいじくっているらしいが、ふんわりした感じがしただけ。
痛みなどはない。
少し視界が歪んだのみでスキル習得はあっさりと終わった。
スキル枠二つ消費は少し勿体ない気もするが、さすがにコミュニケーションが取れないと話にならない。
言葉もわかんないのに知り合いをつくって、一から言語を覚えるとか無理過ぎる。
「これで二つ、残りはどうする?」
「そうですね……ん?」
「管理者様、失礼します」
俺が残りの習得スキルを考えていると、天使さんが部屋に入ってきた。
「先程、池崎透さんの新しい肉体が完成しましたので、ご報告します」
「そうか、ご苦労」
「肉体へのスキル付与も無事成功しており、問題ありません」
「スキル付与? なんのことだ?」
神様が困惑の声をだす。
「はい。いきなり別世界で生きていくのは困難なので、肉体に補助としてある二つのスキルを埋め込むようにと、天界転生マニュアルに記載されておりましたので、そのように」
「ほう、そんな決まりがあったのか」
神様が頷く。
魂だけでなく肉体にもスキル追加。
何のスキルかわからないが、これは予期せぬラッキーだ。
やったぜ! スキルが四個から六個に増えた。
「ちなみに、何のスキルだ?」
「はい。『言語理解』、『言語伝達』の二つですね」
……ふぅん。
なんかどっかで聞いたことのあるスキルだよな。
「あの……なんか無駄にダブってんすけど」
「こ、この先のお主の幸せを祈っておる」
「いやいや……何誤魔化そうとしてんですか」
完全にダブりじゃねえか。
しかも、一度付与したスキルは消せないそうだ。
異世界に行くのが、すげぇ不安になってきたんだけど。
「お、お主のようなケースは数百年ぶりで忘れてたんじゃよ、仕方あるまい」
「……」
「わ、悪かった! 残り二つのスキルはいいものをサービスするから!」
俺がジト目で見ると、気まずい顔をして爺さんが言う。
「そうだ! お主は向こうで魔法が使いたいんだろう? なら魔力回復スキルと魔力増量スキルはどうだ? 特別サービスで効果を特大にしてやるぞ!」
「いや、でも……ジョブが戦士とか魔法が使えない職になったら意味ないんじゃ……」
「そんなことはない。だからこそこの二つのスキルが必要なのだ。魔力増量で体内魔力を増やし、魔力回復も可能にする。ジョブは向こうの世界に行くまでわからんが、こちらで魔力を保持するスキルを得て転移すれば、最悪、魔法が使えないなんて心配はなくなる」
「えぇと、つまり本来魔力を持たないジョブになっても、このスキルのおかげで魔力があるから魔法を使えるようになるってことですね。てことは、魔法戦士的なジョブになれる可能性もあると?」
「そういうことだな、どうなるかはお主の運次第だが……スキルの効果的にもかなりの大盤振る舞いだと思うぞ」
まぁ、さすがにファンタジー世界で魔法が使えないのはちょっとな。
少なくとも、覚えたスキルが無駄になることはないはずだ。
「えと……んじゃあ、それでお願いします」
善意でスキルをくれたわけだしな。
あまり文句を言うのもアレだろう……結果はともあれ。
「よ、よし、では……いくぞ」
スキル取得を終え、それから簡単な説明だけ受ける。
その後、爺さんに別れを告げられ、俺は異世界に転生することになった。