反省会
「……どうだった? 我ながらかなりうまくやれたと思うんだけど」
残響スキルのおかげでセルに一撃あてることに成功した。
まぁセルが反撃しないという条件下だからできたことだけども。
「セル?」
「…………」
「お、おいセル、大丈夫か?」
ボ~ッとしているセル。
賭けに負けたことがそんなにショックだったのだろうか?
「あ~俺、気づかないうちに気に障ることをしちまったか?」
「あ、いや……すまない大丈夫だ。戦いに文句はないし私の負けだ」
「そうか」
怒ったりはしてないようで、俺はほっとする。
「そ、それでだトール!」
「お、おう」
「さっきの馬鹿げた数のファイアボールはどうやって? どうしてお前はトリプルスペルを使える? 見たところ杖も指輪も補助する媒体は何一つない、それなのに何故?」
「え、えぇと」
セルは目を大きく開き、俺に質問攻めをする。
「ま、まぁ……落ち着けって。ぼちぼち時間も夕方だし街に戻ろう。腹も減ったし話なら飯食いながらでもできるだろ」
「あ、ああ……わかった」
まだ色々と聞きたそうなセルと帰路を歩く。
街に戻り、そのままギルドへと向かう。
湖で倒したスライムの核を買取所で換金する。
提示された買取り金額は十個で七千ゴールドだった。
一日の稼ぎとしてもう少し欲しいところだけど、安全度と効率を考えれば悪くない収入だと思う。
換金を終え、仕事終わりの冒険者たちで賑わうギルドの酒場へ。
賭けに勝ったので今日はセルのおごりだ。
「ああ、もうお腹ペコペコだ。かなり動いたからな」
「好きに頼んでくれて構わないが、お酒はあまり飲み過ぎないようにな」
席につきメニュー表を見ながら、どれを頼むか考えているとセルに忠告される。
以前、飲んでいて吐きそうになった件を覚えているようだ。
「わかってるよ、子供じゃないんだから心配するなって」
「時として子供よりも理解したつもりの大人の方がたちが悪いんだぞ」
なんか妙に実感のこもったセリフである。
過去にそういう経験でもあるのだろうか。
「言い訳みたいだけど、前は酒飲んだのが初めてだったから、限界がわかんなかったんだよ」
「そうなのか?」
「ああ、今日は反省を踏まえて二杯くらいにしておくさ」
「その方がいい。すまないな、食事前に咎めるようなことを言って」
「いや……別にこんくらい気にしてないけど」
心配して言ってくれたんだろうしな。
なんか学級委員長タイプだよなセルって。
といっても、堅物というわけじゃないから付き合いにくいわけでもない。
「お、きたぞきたぞ」
セルと話していると、肉に野菜にとテーブルに所狭しと並ぶ食事。
お金の心配はいらないそうなので、遠慮なく気になる品を注文した。
「「乾杯!」」
エールの入ったグラスを重ね合わせる。
もう待ちきれないとばかりに口に食べ物を詰め込んでいく。
「そんなに急がなくても誰もとったりしないぞ」
「ふぁへ、ふめふぇんふぁもの、ふぉふに」
「き、汚いなぁ。喋るのは飲み込んでからいいって」
「ふぉう」
口の中の食べ物を咀嚼して、エールで喉に流し込む。
「……トールは本当に美味しそうに食べるな」
「いや、まじでうまいしな。特にこのブラックポークとリリルの葉包みの蒸し焼き? とかいうのがうまい、本当にうまい」
「とりあえず、美味しいという気持ちは凄く伝わってきたよ」
気のきいた食レポのセリフがでてこないがいいんだよ。
うまいものはうまいでいい。
三十分ほどして、テーブルに並んだ料理をたいらげる。
「ああ、食った食った! ありがとなセル」
「約束だからな。まぁ本当に奢ることになるとは思わなかったが……」
喉に果実酒を流し込み、少し真面目な顔に切り替わるセル。
「さて、この喧噪だ……私たちの声は普通に喋る分には周囲に聞こえない」
「わかった。お腹も膨らんだしぼちぼち話でもしようか」
「ああ、何故お前は補助媒体もなしに魔法を同時に展開ができる?」
「吟遊詩人の残響スキルだな」
「残響スキル?」
「山彦ってわかるか? 山で叫んだ声が反射して何度も聞こえる現象。あれに似たようなことを俺はスキルで再現できるんだ」
「音を何度も……そうか詠唱を!」
「そうだ。詠唱を残響スキルで反復させて増やしたってことだ」
結果、複数のファイアボールを実質一回分の詠唱で発生させた。
「……な、なんとまぁ」
「あれぐらいの攻撃をしないと、セルに当てられる気がしなかったしな」
他に手段は思い浮かばなかった。
「本当に、詠唱との相性が良すぎないか? 吟遊詩人のスキル……」
「ああ、俺もそんな気がしてきた」
残響スキルの説明文は歌を響かせて効果時間を延ばすってあった。
本来の用途とは絶対違うんだろうけどな。
「でもセル、複数展開は普通の魔法職でも使えるんだろ。さっき補助具があれば……とか話していたよな」
「使えるには使えるがトールのやり方とは違う。方法はいくつかあるんだが、一番ポピュラーなのは魔法をストックしておくことだな」
「ストック?」
「ああ、希少だが魔法を込められる特殊な魔石が存在するんだ。魔法使いが杖の先端や指輪などに取り付けている。念じれば込められた魔法が展開されるという優れものだ」
「すげえ便利な代物だな」
「ああ、だが制限もあってな。どんな魔法でも込められるというわけではない。石の質にもよるが二、三発分しかストックできないし、当人以外が込めた魔法を使うことはできない」
そこまでうまくはできていないようだ。
まぁ制限なしなら、石を持つだけでどのジョブでも使えるようになるしな。
高レベルの術者に強力な魔法を込めてもらうだけで、低レベルでも手っ取り早く火力を得られる。
「私も所持しているが回復系の魔法を込めてある。魔力切れや、麻痺して詠唱がうまくできない時のお守り替わりだな」
「なるほど」
詠唱以外にも、色々と魔法を補助するアイテムがあることを知る。
それから模擬戦の反省会にうつる。
セル先生によるありがたいアドバイスをいただく。
この場合はこう立ち回るといい。
トールは基礎体力をつけるべきだ、うんたらかんたらと。
「明日は湖で色々とスキルについて検証してみるか。セルはどうする?」
「興味はあるし、一緒に行きたいんだがな」
「なんだ? 仕事が入ってるのか?」
「ああ、先日のエンシェントドラゴンの戦闘跡を確認する仕事だ」
ここ数日間、戦闘音は聞こえておらず、古竜の姿は確認されていない。
争いは収まったとされているが、念のための安全確認というやつらしい。
運がよければ竜鱗など希少なアイテムが落ちているかもしれないと、セルが話す。
追加の果実酒をちびちび飲みながら、セルと談笑を楽しんでいると……。
「あぁ? 聖剣姫じゃねえか」
後ろから聞こえて来た声。
テーブルに姿を見せたのは炎のように真っ赤な短髪の男。
鋭い目の精悍な顔つきで、身長も二メートル近くある。
格好はムエタイとかやってる人みたいだ。
頭に黒いバンダナを巻き、上半身は裸で筋肉質な身体を惜しげもなく披露している。
無性にオイルとか塗りたくりたくなる。
年齢は俺よりも年上……二十五歳くらいだろうか。
「バルか……久しぶりだな」
「おう、先月一緒に依頼を受けて以来だな……む」
バルと呼ばれた男が俺を一瞥する。
「聖剣姫が男と二人で食事とは珍しいじゃねえか。ふむ、面は悪くねえが筋肉が足りねえな……オーラっつうか迫力をまったく感じねえ、こういう奴が聖剣姫の好みなのか」
「おい……彼に失礼だろう。それと変に勘ぐるな。お前が想像している類の関係ではない」
「そうかよ……ま、お堅いお前さんのことだからそうだとは思ったがよ」
なんか随分口の悪そうな男だ。
といっても険悪な雰囲気はない。
軽口にセルも慣れている様子だ。
「バルはどうしてこの時間にギルドに? 食事に来たわけでもなさそうだが」
「あぁ……メンドくせえことに副ギルド長に呼び出されてな。初心者演習の引率を頼まれたんだ」
「ん? 引率はDランク冒険者の役割だったろう? 何故Aランクのバルが?」
少し意外そうな声を出すセル。
彼はセルと同じAランクの冒険者らしい。
「一応、先日のエンシェントドラゴンの影響による森の様子を警戒してってことだ。この街の結界にも、いつのまにか被害が出ていたって話だしな」
「なるほど」
「まぁ演習は森のベースキャンプで一泊して戻ってくるだけだ。あの辺りの魔物ならホーンラビットとゴブリン、もう少し奥にいってもオークくらいだろうが……」
一瞬だけ、言葉に詰まるバル。
「なんだ、気になることでもあるのか?」
「少しだけな。先日森の演習用ベースキャンプの奥でオークを狩ったパーティーなんだがな……確か青の……青の、えぇと……なんだっけな? パーティ名を忘れちまった」
「よ、よくわからないが、そのパーティがどうかしたのか?」
「彼らがギルドに討伐証拠品として持ち帰ったオークの死体が少し妙らしくてな」
「妙とは?」
「ああ、持ってきたオークの肉に血が殆ど見えなかったらしいんだ。パーティは丁寧に血抜きして拭き取ったって話しているが……普通に解体処理した場合、どうしたって血はある程度中に残るだろ?」
「……そうだな」
「で、ギルドの推測ではオークは彼らに討伐されたのではなく、実際は別の魔物に既に殺されていたのではないかと疑っているわけだ。オークが死んでいるのを見つけた彼らは、その状況を利用して自分の功績になるよう報告をしたんじゃねえかってな。元々頻繁に問題を起こすパーティで、もう一度失敗すればランク落ちってとこだったらしいからよ」
「なるほど、しかし討伐したのは彼らではなく別の要因、例えば魔物だとすると……」
口元に手を当て考えるセル。
「森で血に関する魔物といえば血吸蛇の群れに襲われたか? ブラッドバットは洞窟の中にしか現れないし」
「ああ、俺もそれを思い浮かべた。だが、血吸蛇はもう少し奥地にいるはずなんだよな」
「……確かにそうだな」
「ま、仮にいたとしてもブラッドスネークはEランクモンスター、強い魔物ではねぇから問題ないだろう。群れるとDランク扱いだが、今回は俺以外の引率役もDランクではなく、Cランク冒険者といつもより高めだしな」
「……」
物騒な話が始まったけど、大丈夫なんだろうか。
「しかしバル、性格的によくお前が素直に依頼を引き受けたな?」
「まぁ、ちょっとした罰みてえなもんだ」
「ば、罰?」
「大したことじゃねえよ……副ギルド長の奥さんに手を出そうとしたのがバレてな。水に流すのと引き換えにってことでよ」
「そ、そうか……相変わらずだなお前」
何してんのこの人。
そう言い、バルは色々とフラグを立てたあとテーブルを離れていった。
「……大丈夫かな」
「そういえば、トールも四日後の初心者演習に参加するんだったな?」
「ああ」
「心配せずともバルが一緒なら問題ないはずだ。実力は折り紙つきだぞ」
バルのジョブは武闘家で、大きな体格を生かした近接戦闘のスペシャリストとのこと。
「思った以上にすげえ奴なんだな」
「その分問題も起こすがな、特に女性関係で……悪い奴じゃあないんだが」
「な、なるほど……でも、セルに対してはそんな感じの視線は感じなかったけどな」
「単純にアイツにとって私はそういう対象じゃないんだよ」
セルが呟く。
「ま、不安なら四日後の演習までにできるだけスライムを倒して、少しでもレベルをあげておくといい」
「ああ、ところで……やっぱり俺の魔法は使うと目立つかな」
「目立つが使わざるを得ないだろう。魔法だけがトールの武器だからな、もし短縮詠唱について聞かれたら、詠唱補助具は服の中に隠しているとでも言っておけばいい。だが……」
「なんだ?」
「残響スキルの併用は極力やめておけ。魔力持ちで短縮詠唱ができるぐらいなら多少注目を浴びる程度でどうにか済むが、あれは人の扱う魔法というよりも竜種の攻撃魔法に近い」
「……」
「頭のおかしい魔法研究者の目にとまって実験体にされたくなければな。自衛できるレベルまで強くなれば話は別だが、検証も周りに人がいないことを確認するようにな」
「……お、おう」
真剣な表情でセルは語る。
俺は首を縦にふる。
おかげで少しだけ酔いが覚めてしまったよ。
「でも、残響スキル抜きだけでやれるかな?」
「短縮詠唱だけでも大丈夫だと思うぞ。あの付近で出てくる魔物はそこまで強くない……冷静に動けば十分対応できるはずだ」
会計を済ませたセルにもう一度、ご馳走さんと伝えたあと。
かすかに不安を抱きながら宿に戻った。