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模擬戦

 模擬戦の前に少し休憩を入れたあと。


 セルは腰に差した高そうな剣を抜き、ズリズリと地面を削って線を引いていく。

 やがて直径二十メートル程度の円ができあがる。


 円の中心から互いに五メートルくらい離れ、向かいあう。


「この円の中で戦おう、外に出たら負けだ。いいな?」


「わかった」


 セル曰く場所に制限を設けたのは、湖側に移動されるとスライムが来た時対応しにくいからだそうだ。

 まぁ、広さ的にも十分だし異論などはない。


「さぁ、いつでもいいぞ、トール」


「ファイアボール!」


 先手必勝とばかりに、開始と同時にファイアボールを勢いよく発射。


 セルにまっすぐ向かう火球。


 狙いはバッチリだったのだが……。


「……やると思ったよ」


「あ」


 セルはまったく動じない。

 スッと半身をずらしただけ、セルの身体スレスレの位置をファイアボールが通りすぎる。

 最小限の動きでファイアボールを回避するセル。


「……ず、随分あっさりと避けますね」


「経験上、初手が一番危ないのはそれなりに場数を踏んだ冒険者なら皆熟知している。油断などしない」


 まぁ不意をついた攻撃としては鉄板か。


 うーん、とりあえず数を撃って色々試してみるしかないか。

 俺が走り出すと、セルもそれに合わせて動き出す。


「ファイアボール! ファイアボール!」


 連続詠唱、発射される俺のファイアボールたち。

 だがそれをセルはサイドステップしたりと、軽快な動きで回避していく。

 金属鎧を着ているとは思えないほどスムーズな動きだ。

 動きが滑らかで精錬されている。


「ファイアボール! ファイアボール! ファイアボール!」


 ああ、対して俺のなんて騒がしいこと。


「……これだけ動きつつ、一度も詠唱に失敗しないとは」


 セルは詠唱成功率には驚いているが、まだまだ余裕を感じる。

 ファイアボールの攻撃に対する危機感はないようだ。


 距離を狭めようと全力で走るが、常にセルは俺の視界正面にいる。

 彼女は汗一つかいておらず、挙動のすべてを観察されている。


(だ、駄目だこりゃ……完全に見切られてんな)


 これは走るだけ無駄だと判断し、一度動きを止める。


「はぁ、ふぅ……はぁ」


 やばい……は、走るの疲れた。


 炎天下の中で全力疾走はしんどいぜ。

 呼吸を回復させないと。


「ふうっ、ふっ……はぁ、はぁ」


「……お、おい、まだ三分も経過していないぞ」


 た、体力ねえなぁ俺。

 少し呆れながらもセルは律儀に俺の息が整うのを黙って待ってくれている。

 実戦なら確実にアウトなんだろうけどな。


 とにかく、何かしらの方法でセルの裏をかかないといけないわけだが……。


「ち、ちくしょう。当たる気がしねえぞ」


「仕方ないさ。そもそもレベル差以前に状況がトールに不利すぎるしな」


「どういうこと?」


「今、私の相手はトール一人、だから意識がすべてトールに向いていて行動は筒抜けだ。短縮詠唱があるとはいえ、この状況で私の裏をかくのは相当に厳しいぞ」


 戦いながらレクチャーしてくれるセル。

 本来魔法職の位置取りは後方だ。

 前衛が魔物の意識を引きつけている間に詠唱をして魔法を放つ。

 詠唱中は隙が多くなるため、必然敵と距離を取る必要がある。


「とはいえそれは通常の魔法職の話だ。トールには当てはまらない。正面から敵と向き合うのは前衛職の役割だが、トールのように短縮詠唱があれば中距離戦でも十分戦えるはずだ。間合いの把握に神経を使うがな」


「なるほど」


「まぁ、実際に動く相手に色々試してみればいい」


 為になるアドバイスサンキュ。


 ぼちぼち呼吸も安定してきたので、もう一度どう攻めるか考えよう。

 同じことを繰り返してもセルには避けられる。


 短縮魔法で連射ができるとはいえ普通に撃ったんじゃ余裕で対応される。

 スキルの恩恵があるとはいえ無駄撃ちは控えよう。

 このままじゃダメだ。

 知恵を絞って変化をつけていかないと。

 せっかくセルが待っていてくれてるんだし、この機会に色々試してみよう。


 よし。


「ファイボッ!」


「ッ!」


 超早口な詠唱にビクリと肩を震わせるセル。

 詠唱を途中で中断してみた。

 当然これではファイアボールは発動しないが、構わない。


「くく……フェイクだぜ」


「……ふ、ふざけた真似を」


 子供騙しのような手に引っかかってしまい、少し顔を赤くするセルさん。

 ようやくそういう顔を見れたぜ。


 ちょっと小狡い気もするけど……まぁいい。


 正直、戦いの方向性としてはいい気がする。

 なにせ詠唱を中断してもデメリットはないのだ。

 まぁ駆け引きしてくれる相手だからこそ使える手ではあるけどな。


「若干腹が立ったが……詠唱に虚実を織り交ぜるのは悪くない手だな」


 セルから戦いで初めてお褒めの言葉をいただく。



「さぁ、そんじゃいくぜ。ファイアボール!」


 再び発射されるファイアボール。

 あっさりと避けるセル。


 ……ここからだ。


「ファイアボール! ファイアボール! ファイアボール! ファイアボール!」


「おい、そんなに乱発しても魔力を無駄に……いや、そうか」


 掌から放たれたのは三発のファイアボール。

 詠唱は四回、だが実際放たれた数は三つ。


 これはさっきの応用だ。


 魔力を声に乗せなければ魔法は発動しない。

 魔力をのせた詠唱とそうでない詠唱を混在させたのだ。


 ファイアボール(真)、ファイアボール(真)、ファイアボール(嘘)、ファイアボール(真)といった具合に。


 だが最初は戸惑ったものの、すぐに対応するセル。

 頑張って連射できても発射台は一つだからな。

 こんな小手先の技術だけでは限界があるか。

 ていうか何回も詠唱したせいで喉も疲れてきた。


「ふぅ、はぁ……あ、あれ? セルは?」


「……こっちだ、トール」


「うおっ!」


 突然セルの声がすると同時、俺の背中がトンと手で押される。

 よろめき、数歩歩いたところで体勢を立て直し後ろを振り向く。


 陽光で煌めいた銀髪が風でゆらめき、戦いを忘れて一瞬見とれてしまった。


「い、いつの間に後ろに?」


「いくら疲れていても視線を切らしちゃ駄目だ」


 炎天下の中、動き回っているのにセルは息切れ一つしていない。

 対して俺の呼吸は乱れ、ぜ~は~言っている。

 セルの隣でゆっくりと呼吸を整えていく。


「まぁ、初めてにしては悪くなかったと思うぞ」


「なんだその台詞、まだ戦いは終わってないぞ」


 セルがキョトンとした顔をしている。


「魔力は残っているしせっかくの晩飯奢ってもらえるチャンスなんだからな。続行だ」


「いやまぁ、私は続けても構わないが……ここから何ができると」


 強がって見たが、セルの言う通り策があるわけでもない。

 続けても同じ結果に終わる確率が高い。

 覚えた魔法はファイアボール一つだけ。

 短縮詠唱で高速発動が可能だけど、虚をつくには不十分。

 時間あたりの攻撃回数が少なすぎる。

 これでも短縮詠唱ができる分、一般的な魔法職と比較すれば多いんだけどさ。

 かといって詠唱はこれ以上短くできないしな。

 こんな時、口が二つあれば詠唱を増やせるのに……なんて考えてしまう。


 何か、何か手はないか?


 俺はステータスを確認してみる。


 *****************

 レベルが上がりました!

 スキルを一つ習得しました!

 *****************


 名前:池崎透

 LV:7

 HP(生命力):32/32

 MP(魔力) 303/303

 力:24

 素早さ:23 

 体力:24

 取得魔法:ファイアボール(5)

 ジョブ:吟遊詩人

 スキル:

 魔力回復(特大) 魔力増量(特大)

 歌 調律 残響(NEW!)

 言語伝達、言語伝達、言語伝達

 言語理解、言語理解、言語理解



 スライムを倒し、いつの間にかレベルが七まで上がっていた。


 そして覚えたスキルは残響? なんだこれ?



 ****残響****

 声を残響させ反復させる。

 反復間隔は調整でき、歌を残響させることで効果時間を引き延ばすことが可能。



 (声を残響、反復とあるが、これ……もしかすると)


 一つ、手を閃く。



「どうやら、策が浮かんだみたいだな」


「ああ」


 できるかどうか未知数だが、試してみる価値はありそうだ。



 再び開戦、最初の開始位置に戻る。


 お互いに五メートルほど離れて向き合う。

 いつでも来いとばかりにこちらを見るセル。



(……度肝を抜いてやるぜ)


 俺は全力で走り出す。


「ファイアボール!」


 牽制のファイアボールを撃つが難なく回避するセル。


 俺は少しでもいいポジションから魔法を撃つため走る。

 だが両者の移動速度が違いすぎるため、背後をとるなんて不可能。

 セルは一定距離を確実にキープし、接近を許さない。


 俺の正面から外れない……なら。


「ファイアボール!」


「む?」


 地面にファイアボールを叩きつけ、土煙が巻き起こる。


「……目くらましか。だがこの程度で……」


 まだまだ余裕なセルの呟きが風に乗って聞こえてくる。

 強風で数秒も経たないうちに消えていく土煙。


 セルの不意をつくにはこれくらいじゃ足りない。

 そんなことは理解している。

 ほんの一瞬でも反応が遅れてくれればそれでいい。


 本命はこれからだ。


 ファイアボール一発じゃセルには当たらない……ならば。

 俺はもう一つのスキルを発動する。




「「「ファイアボール!」」」



「……な、に?」



 詠唱を残響させる(・・・・・・・・)



 吟遊詩人の調律スキルは魔法詠唱に応用することができた。

 だとしたら、このスキルも……もしかしたら。


 本来の詠唱に、残響スキルで複製された二つの詠唱が加わり空に響く。


 直後、一個、二個、三個と空に展開される火球。


「ば、馬鹿なっ! ……トリプルスペルだとっ?」


 ありえないものを見たかのように驚愕するセル。

 自身に襲いかかる火の玉を手元の剣を抜いて切り払う。


 模擬戦で初めて、セルの表情から余裕が消えた。


 俺はこの隙を逃さず一気に仕掛ける。


「「「ファイアボール!」」」

「「「ファイアボール!」」」


「くっ!」


 ボボボン、ボボボン、と途切れることなく連射される火球。

 チャンスは今しかないとばかりにファイアボールを放つ。

 単純比較でさっきまでの三倍に増えたファイアボールがセルに迫る。


「「「ファイアボール!」」」

「「「ファイアボール!」」」


「……こ、のおおぉっ!」


 ファイアボールの弾幕。


 それをセルは高速の剣捌きで迎撃する。

 だが、さすがに数が多すぎるのかセルは徐々に姿勢を崩していく。


 やがて、火の玉の一つが鎧をかする。


 パリンと音がして、鎧からシールドの輝きが消えた。



「っしゃああああっ!」


 賭けに勝利。


 人間の口は一つ、一度にできる詠唱は一回分だけ。

 改造手術でも受けたりしない限りは口を増やすことはできない。


 だが、残響スキルで詠唱を繰り返すという、別のアプローチ法をとることで詠唱回数は増やすことに成功したのだ。



「……し、信じられ……ない」



 まさかの結果にセルは呆然としていた。


残響スキルのステータス説明を少し変更しました

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