魔法習得
「やった! やったぞ!」
「あぁ、よかった、これで結界が元に戻りました。トールさんに頼んでよかったです」
無事、『セイントバリア』の合成魔法に成功し安堵する俺たち。
「最後の詠唱は自分の声じゃないようだった、導かれたというか、驚くほど綺麗に喉が動いたというか。ありがとうトール!」
「お、おう……そいつはよかった」
成功して感極まったセルが俺の手をギュっと握る。
満面の笑みにちょっとだけ照れる。
なんだかんだ不安だったのは俺も同じだ。
ホッと一安心である。
「それじゃあ、へへ、その……ですね」
「はい。ギルドには私から伝えますので、成功報酬を受け取ってください」
「よっしゃ!」
ガッツポーズなんかとってみる。
とにかく、これでお金が手に入ったぞ。
報酬全部で十一万ゴールド、魔法を購入する資金ができたぞ。
「あ、まだお昼にもなっていないんですね。よければお昼を食べていってください」
「ええと、それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
「はい、是非」
地下通路を歩き、地上の教会へと戻る。
セルにシルク、それにシスターと子供たちと一緒に食事をとる。
テーブルに並べられたのは色とりどりの具材のサンドイッチだ。
子供たちに負けじとパクパクと口に入れていく。
この世界に来て初めて皆で食べる食事、昨日よりも美味しく感じる。
食後、子供たちは外に出て遊び。
シルクは食事の片付けをしている。
手伝おうかと提案したのだが、ゆっくりしていてくださいと言われた。
部屋に残ったセルと紅茶を飲みながら談笑する。
「そうだ、トール……さっき少しでた話なんだが」
「なんだ?」
「魔力持ちってことは、両親は高レベルの魔法職か?」
「……」
さて、どう答えるべきだろうか。
転生者で特別にそういうスキルを用意してもらったって言っても信じないよな。
「その、色々ありまして……」
「まぁ、言いたくないなら詮索はしないが」
「……助かる。ちなみに魔力の有無ってわかるもんなのか?」
「私ならこの距離ならわかる。心配なら魔力を隠す方法はあるし、そこまで心配することはない」
安心するようにセルが言う。
「まぁ魔力があっても、俺の場合、習得できるのは初級魔法だけなんだけどな」
「初級魔法が使えるだけでも大分違うはずだぞ」
「そっか……ギルドで報酬を受け取ったら早速魔法屋に行こうかな。どの属性を買うか、まだ決まっていないけど」
「そうだな……やはり今の季節、利便性を考えるなら水だろうが……」
「なんだ?」
「トールは今ソロで活動しているんだよな?」
俺は首を縦に振る。
まぁ別にソロにこだわりがあるわけじゃない。
単純に組んでくれる人がいないからなんだけど。
「ちなみにトールのレベルは?」
「今は……四だったかな?」
「ずいぶん低いな……これまで魔物と戦ってこなかったのか?」
「まぁ……つい最近まで戦いと無縁の平和な場所にいたもんでな」
「……ふむ」
セルに少し不思議な顔をされたが、深く突っ込まれるようなことはなかった。
ちなみに成人の平均レベルがおよそ二十だそうだ。
「それなら……最初の攻撃魔法は火魔法を習得することをすすめるぞ」
「理由を聞いていいか?」
「街の南の湖にはスライムが生息しているからな。スライムは火に弱く、動きも鈍いし、魔法の練習台にはピッタリだ。魔法職のレベル上げにもうってつけだ。西の森のゴブリンやオークを狩るよりも効率よく強くなれるはずだ」
なるほど。そいつは素晴らしい情報だ。
てかオークもいるんだ。
「明日でよければ予定もないし、私が湖に付き合うぞ。魔法のことも殆ど知らないようだし、実践形式で詳しく教えてやる!」
「い、いや、そりゃ助かるけど」
妙にやる気満々なセルさん。
正直、魔物はゴブリンで痛い目にあったからな。
仲間がいるなら心強いことはない。
でも今日の様子を見るに彼女は俺に魔法を教えられるんだろうか。
「自慢するようでなんだが、これでも私はAランク冒険者だぞ」
「え! ま……マジで?」
そんなにすげえ人だとは思わなかった。
今日はちょっとポンコツな印象だったからな。
「おい、今失礼なことを考えなかったか?」
「気のせいだよ」
俺は適当に誤魔化す。
「わ、私は剣の方が得意だが、魔法も使えないわけじゃない……そりゃあ、詠唱は苦手だが、それで魔法のすべてが決まるわけじゃない」
「そうなのか」
「ああ、お前みたいに音を正確に再現するセンスはないが、詠唱も苦手なりに練習すれば使えるようになる」
「セルは努力の人なんだな……とても尊敬するよ」
「…………」
「な、なんだよ? 黙って」
「なんだろうな。お前は本気で褒めているんだか、心の中で馬鹿にしているんだかよくわからないんだよ」
「……そ、そんなこと言われても」
本心から普通に褒めたのに……解せぬ。
「ええと、話がずれたな。明日の件に話を戻そう。それでどうする?」
「はは、もちろんオーケーだよ」
「そ、そうか……それで、その、なんだ」
顔を赤らめ恥ずかしそうに、ゴニョゴニョと口を動かすセル。
「ギブアンドテイクというか、手を貸す代わりに、詠唱で色々アドバイスして欲しかったり……」
「なんだ、そんくらいならお安い御用だぜ」
優秀な冒険者の力を借りれるんだ。
そんぐらいどうってことはない。
こっちからお願いしたいくらいだ。
お昼ご飯を食べて教会を出る。
シルクとセルと一緒に冒険者ギルドへ。
「ではこちら、成功報酬の十万ゴールドになります」
「おお……ずっしりと」
受付嬢のユリアさんから報酬を受け取る。
袋に入った、硬貨の重みにちょっとした感慨を受ける。
絶対に失くさないようにしないとな。
「それではトールさん、本日はありがとうございました」
「じゃあなシルク、セルはまた明日ギルドでな」
「ああ」
セルとは明朝、ギルドで待ち合わせることになった。
二人は俺と別れギルドの三階へと上がっていった。
結界の修復が完了したことを副ギルドマスターに直接報告に行くそうだ。
俺はギルドを出て魔法屋さんへ向かう。
「……あ、トールさん。こんにちは」
元気よく挨拶してくれる店番の女の子。
先日顔を出した俺のことを覚えてくれていたようだ。
「今日は巻物を購入しにきました」
「そうですか、ついに魔法デビューですね」
「そういうことです。それで火魔法の巻物を購入しようと思っているんですけど」
「火魔法ですか、とすると……ファイアかファイアボールでしょうか」
「それぞれ効果を聞いてもいいですかね?」
「はい。もちろんです」
元気よく頷いてくれる店員さん。
「利便性をとるならファイア、攻撃力が必要ならファイアボールですね。ファイアは指向性のない炎でして、勢いよく遠くに飛ばしたりすることはできません。手元に火を出現させて、薪に火をつける時などに有用な魔法ですね」
「なるほど」
「ファイアボールは火の玉を高速で射出する魔法です。初級魔法で威力はそこそこですが、その分小回りもきいて、狙いもつけやすく、魔法職の攻撃の軸になることも多い魔法です」
ファイアが二万ゴールド、ファイアボールは四万ゴールド。
安くはない金額だ。
俺の手持ちはルルル草採取の報酬と合わせて、約十二万ゴールド。
両方買うのは躊躇ってしまう。
俺は思考する。
明日は湖でスライムを相手にする。
できるだけ遠くから打てたほうが安全だよな。
ファイアだとあまり遠くに飛ばせないそうだしな。
少し悩んだ結果。
今回購入する巻物はファイアボールにした。
四万ゴールド支払い、残金は約八万ゴールドとなる。
ファイアはもう少しお金が貯まったらまたこよう。
冬になると火魔法が値上がりするらしいので、その前に買おう。
この暑さだし、できればウォーターも欲しいところだけどな。
あまり沢山覚えても、すぐ自由自在に扱えるとは限らないし、まずファイアボールを使いこなせてからにしよう。
「トールさん。巻物は今すぐに使用しますか?」
「えと……それじゃあ、お願いします」
巻物の代金を支払ったあと。
カウンター傍の机に巻物を置く店員さん。
巻物の紐を解くと、少し古ぼけた感じの紙が机に広がっていく。
巻物には幾何学模様がビッシリと描かれていた。
「それでは紙の中心に手を置いてください」
「はい」
指示された通りの場所に右手を置くと、紙が振動を始める。
そして……。
「か、紙がボロボロと崩れてってるんですが?」
「大丈夫ですよ」
慌てる俺をよそに店員さんは冷静だ。
テーブル上に散乱した巻物だった紙片は、役目を終えたとばかりに霧散して消えた。
「はい。これで終了です。トールさんはファイアボールを覚えました」
「魔法を覚えた実感が湧かないんですが」
これといって体に変化などは感じない。
「心配いりませんよ。不安でしたらステータスウインドウを確認してみてください」
そういえば、それがあったな。
すっかり忘れていたよ。
俺はステータスウインドウを確認してみる。
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魔法を習得しました!
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名前:池崎透
LV:4
HP(生命力):23/23
MP(魔力):200/200
力:16
素早さ:16
体力:15
取得魔法:ファイアボール(5)(NEW!)
ジョブ:吟遊詩人
スキル:
魔力回復(特大) 魔力増量(特大)
歌 調律
言語伝達、言語伝達、言語伝達
言語理解、言語理解、言語理解
おお、本当に覚えているぞ。
ちなみに()内の数字は消費MPだそうだ。
(ああ……ついに俺は念願の魔法を習得したのか)
ここまで凄く長かった気がする。
早速魔法を試したいぞ。
ああ……ファイアボールを全力で空へ解き放ちたい。
「ギルドで許可を取れば訓練場を無料で借りることができますよ」
「そうなんだ。それじゃあ早速……」
そこで思い浮かぶのはセルの顔。
「いや、明日まで我慢しますよ。知り合いが色々手ほどきしてくれるっていうので」
「そうですか」
なんかセル、はりきってたし。
名誉挽回しようとしている感じがあった。
事前予習をしようかとも思ったけど、素直に彼女に甘えよう。
そのあとは服屋さんで下着とシャツとズボンを購入し宿に戻る。
残り残金は六万五千ゴールドとなった。
替えの一着くらいは、衛生面的にも用意しておきたかった。
一応明日は女性とのお出かけだし、最低限の身だしなみくらいという気持ちもある。
本当は装備品とかも欲しかったけど、軽く万単位で金が飛んでいくしな。
さて、明日が本当に楽しみだ。