合成魔法
彼女たちの詠唱を聞き終わる。
「ど、どうだろうか?」
おずおずと不安そうにセルが口を開く。
さて、俺はなんて答えるべきか。
「あ~、一応聞くけど正しい詠唱はどっちだ? 少数派、それとも多数派?」
「しょ、少数派とか言うなよ」
「その、どちらかと言われると……た、多数派が正しいほうになります」
「な、なるほど」
俺の問いにシルクが答える。
まぁ嘘をついても仕方ない場面だしな。
事前のやり取りを見るに、セルも自分の詠唱が他の五人から外れていることを自覚しているのだろう。
「ちなみに、前はどうやって結界を構築したんだ?」
「前回は私を含め、六人の術者全員が教会のシスターでした。ですが術者のシスターの一人が高齢で去年亡くなりまして、それで今回は光魔法が使える聖騎士のセルに代役をと……」
そういうことか。
どうりで一人だけ合っていないと思った。
教会ではシスターたちがチャリティーコンサートなども行うそうだ。
一緒に歌う機会は多い。
普段からの生活で培った連携、阿吽の呼吸みたいなのもある。
セルは今回、臨時での参加ということになる。
他の五人のリズムと差異が生じるのも無理はないかもしれない。
一応、魔法陣には結界魔法を維持する機能だけでなく、個々の詠唱のズレを修正し補正する効果もあるそうだが、それでも限界があり詠唱は成功しなかったとのこと。
「で、その……なんだ」
「わかってるよ……俺は『調律』でセルの声を補助すればいいんだな」
「ど、どうだ? できそうか?」
「まぁ頑張ってみるよ。とりあえず、今度は一人で歌ってみてくれないか?」
「う……も、もう一度か? わ、わかった……」
セルは恥ずかしそうにしているが、諦めて欲しい。
「すぇいなるヒカリよ、天よりふり注ぎ、うぁれらを守護し、導きたまふぇ」
セルの歌声をじっくりと聞く。
緊張もあるのだろうが、確かにさっきの他の五人と比べると洗練されていないというか。
音程も安定しないし、ちょこちょこ、声が裏返ったりしている。
「……なるほどな」
「こ、こんな感じ……だ」
五人の視線をモロに浴びて、セルの白い頬が赤くなっている。
「俺の感想……マイルドなのとハードなの、どっちがいい?」
「え、ええと、マイ……いや、ハードで!」
「了解」
自分から厳しい道を進むとは強い女性だ。
ならば褒めて、蹴飛ばして、転がすスタイルでいこう。
「正直言って、セルは正しい音を感じ取るセンスはあると思う」
「ほ、本当か?」
「ああ、周囲の音とズレが大きくなると、声を変化させて対応しようと努力してたしな。まぁうまくいってなかったけどさ」
「…………う」
「セルは正確な音を理解してるけど、実際に発した声がそれにあっていないだけだ」
と……口で言うのは簡単なんだけどな。
偉そうに言ったけど、実際これを克服するのはとんでもなく難しい。
自分に聞こえる声と周囲の人に聞こえる自分の声はかなり違う。
録音した自分の声を聞くと結構ビックリする奴多いしな。
「正攻法で詠唱を成功させるならとにかく練習だろうな。リズム、声の大きさ、声だしのタイミング……これを周りの声と一致させるには、何度も反復させて感覚を覚えて正解の音に近づけるしかない」
「だが、それでは……」
「ああ」
セルの言いたいことはわかる。
そのやり方では一朝一夕では無理だということも理解している。
結界の修復がこれ以上遅れれば魔物が街中に入ってくるかもしれない。
できることなら、すぐにでも『セイントバリア』を完成させたい。
「とにかく問題は、セルと他の五人の詠唱精度に差がありすぎることだ」
「あ、ああ……」
「言っておくがセルが凄く下手だと言ってるんじゃないぞ、中の下から下の上なだけだ。他の五人のせいで目立つだけなんだ。だから落ち込むことはないさ」
「……」
「こう……なんだろうな。わかりやすく言うなら、いかなる傷も治す特級ポーションの中に、中級下位ポーションが混じっていて、平均値を大幅にさげてしまっているというか」
「き、貴様……黙っていればネチネチネチネチと」
「だ、だって、ハードでいいっていったじゃないか!」
俺の肩に掴みかかるセル。
「ふ、二人ともっ!」
俺とセルの間に入り仲裁するシルク。
「トール……そこまで言うなら一度自分で歌ってみろ」
「まぁ……わかった。じゃあ皆聞いてくれ」
そう言い、コホンと咳をしたあと。
皆の視線が俺へと集中する。
スウ、と大きく息を飲み込み……。
『聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ』
「「「「「「……っ」」」」」」
俺は彼女たちの詠唱を再現する。
「「「「「「……」」」」」」
唱え終わるとなぜか皆、沈黙していた。
もしかして、どこかおかしかっただろうか?
反応はそれぞれだ。
口を半分開けてボ~ッとしているシルクと、眉を顰めるセル。
この反応、どう受け取ればいいのか?
「あ、あれ、俺変だったか? 声質は男だから違うにしても、リズムは外れていないと思ったんだけど」
「い、いえ……すごく綺麗な声というか、完璧に近いと思います」
「……な、納得いかない」
セルが肩を落とし、ちょっと不貞腐れた顔をしている。
「そうか、よかった。なら俺のイメージにセルの声を合わせていけばいけるな」
「お、おいトール。お前、声を出すのに妙に慣れてないか?」
「まぁ……人前で歌う機会とか結構あったしな」
前世の趣味はカラオケだった。
歌うのは好きだ。
学校帰りに友人とよくフリータイムで一日中歌っていた。
友人にも上手いと言われてた。
だから人前で緊張したりとかはない。
一度バンドを組んで学園祭に出たこともある。
「……でもなんだ。詠唱が完璧にできたって、実際に魔法を覚えてなきゃしょうがねえし」
「まぁ、残念なことに吟遊詩人は魔力がないからな……ん? 待てお前」
不思議そうな顔を見せるセル。
「お前の身体から魔力を感じるぞ……魔力持ちか?」
「まぁ、な……とりあえず今は先に結界をどうにかしようぜ」
「と、そうだったな。それでトール、わたしはどうすればいいんだ?」
「そうだな……ちなみにセルは一人だとどれくらいの確率で詠唱成功するんだ?」
「成功率は五十パーセントくらいだな。一人だと気楽というか、緊張しないでできるから……」
「悪くない数字じゃないか。シルク、仮に詠唱を失敗した場合のデメリットとかは存在するのか?」
「デメリットは殆どないです。失敗しても発動しないだけですので、挑戦は時間がある限り可能です」
それなら気楽だ。
プレッシャーは少ないに越したことはない。
なお、成功すれば足元の魔法陣が淡く光りだすそうだ。
「だったら、セルは普通に歌えばいいよ」
「それだけでいいのか」
「元々、調律しなくても個人でなら二回に一回は発動する精度があるんだ。普段通りにしてくれれば、あとは俺がスキルで周りに合うレベルにどうにか持っていく」
このあと、セルに簡単に発声してもらい、『調律』スキルの簡易実験をしてみる。
対象の声を自分のイメージに近づける『調律』だが修正範囲にも限度がある。
イメージ的には「ら」の発音を「あ」の発音に近づけることはできても、「ご」を「あ」にするなどは無理。
だが、余程外れていなければ……修正は可能。
「失敗したら再チャレンジすればいい。だから気楽にやろうぜ」
「わ、わかった」
す~は~す~は~と呼吸するセル。
口のパクパクする様子は腹話術の人形みたいである。
彼女の緊張が少しでも解れればいい。
いくつかの確認を終えたあと、魔法陣に立つ六人。
俺はセルの後ろに立ち、彼女の背中へと手を回す。
正直、鎧越しなので感触が伝わってこず……ちょっと残念。
「それじゃあ……はじめようか」
俺はトンと地面を靴で三回叩く。
三回目の靴音を合図に詠唱が始まる。
「聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ」
「聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ」
「せいなるヒカリよ、天よりふり注ぎ、あれらを守護し、導きたまふぇ」
「聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ」
「聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ」
「聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ」
魔法陣は光らない。
「ト、トール」
「大丈夫、失敗だけど……さっきよりもいいよ、落ちついて」
再びトンと地面を叩く。
二回、三回と繰り返し、誤差を修正していく。
「聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ」
「聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ」
「聖なる光よ、天よりふり注ぎ、あれらを守護し、導きたまへ」
「聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ」
「聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ」
「聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ」
四回目、回数を重ねるごとに周りと合ってきている。
あと少しだ……そして。
「「「「「「聖なる光よ、天より降り注ぎ、我らを守護し、導きたまへ、セイントバリア!」」」」」」
六人の声が完璧に重なり……詠唱が終わる。
わずかな沈黙の時間のあと、床の魔法陣が淡く光りだした。
「おおっ!」
「やったわ! 成功よ!」
五回目の挑戦にして合成魔法に成功した。