プロローグ
夏の暑さも少しおさまり、過ごしやすい気候になった十月初旬。
学校休みとなる日曜日の夕方。
クラスメイトの友人と、二人で駅前繁華街に遊びに行った帰り道。
「くうぁ〜、うぅあ〜」
頭上を見上げれば真っ赤な夕焼け空。
もう一時間もすれば日は完全に暮れることだろう。
「くううあああ」
上空の電線にはカラスたちが仲良く並んでとまっている。
「……くぅ」
「おいトール、街中で変な声出すのやめろ、すげえ注目浴びてるから」
「……お、おう」
だが、鳴いているのはカラスではない……俺だったりする。
「やばい、さすがに喉が痛い……もうカラカラだ」
「そりゃ、フリータイムで二人ぶっ続けで十時間も歌えばな」
奇声について弁明しておくと、俺はゾンビになったわけでも、変なお薬をきめているわけでもない。
歌い続けて、ガラガラ声になった喉の調子を確かめただけだ。
どうでもいいけど、さっきみたいの叙述トリック……つぅんだっけ?
いや……大分違うか、あれじゃただのヤベエ奴だな。
今日はこれでもかってくらい歌った。
とても満足したが、さすがに朝から十時間は頑張りすぎたかもしれない。
でも途中で出るのも負けた気がするし、お金が勿体ないしな。
もう少し人数がいれば、負担も減ったんだろうけど。
「しっかし、日曜日に一日中、野郎二人でカラオケとか……」
「いや、だから優子ちゃん(彼女)誘ってもいいぞって言ったじゃないか」
「誘ってもたぶん断られると思う」
「え? 俺、彼女にそんな嫌われてたっけ?」
それ、かなりショックなんだけど。
ちなみに優子ちゃんはこいつの彼女で、その友人の俺ともそれなりに付き合いがある。
「違う、優子はカラオケとか苦手なんだよ」
「ああ」
確かに彼女は内気な性格で人前で歌うのが苦手な感じがする。
それでフリータイムぶっ続けは辛いかもしれない。
娯楽は楽しむものだし、無理強いするのはよくないな。
「ったく、一度きりの高校生活、俺なんかじゃなくお前も彼女をつくればいいのに、女が苦手でもないし、モテないわけでもないだろ?」
「え? 俺、告られた経験とか一度もないけど」
「そうなのか、背も高いし、第一印象だけなら悪くないけどな」
おいおい、第一印象だけ言うなよ。
「優子の情報でも、クラスでお前のこと気になってる女子はいるみたいだぞ」
「え、ま……まじか?」
そいつは驚きだ。
そんな感じの空気、意識したこともなかった。
「お前、あんま周囲の視線とか気にしねえもんな」
「そ、そんなことは……ねえよ」
超敏感だっつうの……。
そういう空気に敏感なクラスのムードメーカーとも友達だっつうの。
「じゃあ、どの子がお前を気にしてんのか当ててみろよ、できるもんならな」
「ばっ、馬鹿お前! あれだ、え〜と、あのスカート履いてる女子だろ!」
「ひ、酷すぎる……何一つ範囲を絞れてねえ」
そう言い、ため息を吐くマイフレンド。
「まぁ、俺も答えは知らないんだけど……優子そこまで教えてくれなかったし」
「じゃあ、そんな質問するなよ」
友人とそんな馬鹿話をしながら、街路樹の下を歩き駅へと向かう。
駅改札口に着き、友人との別れ際。
「ま、ともかく今日はありがとな!」
「おう」
こいつは、ここから二つ先の駅に住んでいる。
それでも電車に乗ってここまで来てくれた。
文句を言いつつも、俺の遊びの誘いに乗ってくれたんだからいいやつだ。
まぁ、こいつの住む駅は田畑ばかりの田舎だ。
駅前でも遊ぶところがないというのもあるのだろうが。
「あ、そういやトールって、一人ではカラオケ行かないよな……なんで?」
「いやだって、カラオケは聞く人がいてなんぼだろ?」
「そういうもんか」
「そういうもんだ、あくまで俺の場合はだけどな……」
歌は好きだが、ヒトカラでのんびり歌うスタイルは俺には合ってない。
一人で十時間歌っても、楽しいというより孤独を感じる。
「しかし、相変わらず歌上手えな。無駄に多いビブラードが時々うざかったけど、チラホラ、ドア越しに人が見に来てたぞ。採点もアベレージで九十五くらいだしてんじゃねえのか?」
「はは……でも百点て一度も出したことないんだよな」
「それでも上手いは上手い。点数はあくまで機械上の評価だしな」
「まぁな」
機械で高得点だからって人相手に上手に伝わっているかは別問題だ。
電車が来るまでの時間、二人でだべって時間を潰す。
「来週も遊びに行きてえな」
「来週は中間テストがあるから、無理だろ、勉強しねえと」
「そっか……そんなもんがあったな」
その言葉に、カラオケで少しハイになっていた気持ちが落ち込む。
せめて赤点ぐらいは回避したいところだけど。
「じゃあな、トール! 学校で」
「ああ! また明日!」
ICカードをタッチして、改札口の奥へと進む友を見送る。
奥の階段を下りる前、手を振ってくれたので振り返す。
「ふんふふ〜ん♫」
駅を出て我が家までの道を鼻歌を歌いながら歩く。
テストのことを忘れるように、脳裏にあるのは今夜の晩飯のこと。
こうして友人と馬鹿話をする何気ない日常。
テストがやばいとか、彼女がどうとか、ありふれた普通の男子高校生の日常。
変化はないけど、楽しい日々はまだまだ続くと思っていた。
だが……終わりは前触れもなく突然やってきた。
「君っ、危ないっ!」
横断歩道を渡っていると、後ろから必死に叫ぶ男の声。
「……え?」
渡っている信号は青。
だというのに真横には信号を無視して猛スピードで近づく車。
まさかの展開に為すすべもなく。
男性の声を最後に俺は意識を失った。