第九話 城下町・モニゲン
王国最大の城下町・モニゲン。
しかし、その見上げる程の巨大な門扉は、来る者すべてを拒むように堅く閉ざされていた。
「おーい!」
最初はおずおずと、次第に声を張り上げて呼びかけてみたものの、どうにも反応がない。
「……どうなってんだ?」
「こっちですわ」
その声に振り返ると、門扉の脇にずいぶんとサイズダウンした通用口があった。普段門番が出入りするのに使っている扉らしい。そこを女神マリッカが独特のリズムでノックしているところだった。
ここんこんここん。
ここんこんここん。
反応がないからなのか、次第に強く大きく叩くそのリズムは、どうにも不死身のサイボーグ登場時のアレにしか聴こえなくって、つい噴きそうになる。
ちゃらりー♪
――とはもちろん続かず、代わりにやたら目つきの鋭い用心深げな顔が、ぎいい、とわずかに開いた隙間から覗いた。
「……誰?」
「私ですわ。女神・マリッカですの」
「――!」
女神・マリッカが囁き返すと中にいた者は激しく動揺し、がさごそと衣擦れの音が響いた。
「し、失礼しました! ど、どうぞお入りを……」
「ありがと。……さあ、行きますわよ」
あっさりと大きく開いた扉をくぐる時に、俺はその門番らしき者の兜の陰に隠れた顔を盗み見る――やっぱりだ。振り返りもせず進んで行く女神・マリッカの隣まで少し小走りになって追いつくと小声で囁きかけた。
「あの門番、女の子だったんだが」
「それが何か?」
うーん。
この世界だと不思議じゃないのかな。
こうして無事町の中へと入ることは出来た訳だが、妙に閑散としていて落ち着かない。
「……ずいぶんと静かだな」
何もない訳ではない。むしろその逆で、たくさんの家や店らしきものが軒を連ねているにも関わらず、道という道には誰の姿も見かけないのである。それでいて、人の視線と気配は感じる。痛いくらいだ。ときおり、関わり合うこと一切を拒絶するかのように、ばたん!と露骨に窓の木戸が閉じられる音が人気のない通りに虚ろに響く。
引き攣り気味の笑みを浮かべ、俺は軽口を叩いた。
「勇者様大歓迎……って感じじゃないな」
「気にする必要はありませんわ」
表情を窺うと、緊張しているようにも見えたが、女神・マリッカはこの状況に気分を害しているようでも辟易しているようでもなかった。
「さあ、行きましょう。こっちですわ」
「あ……うん」
この町はいつもこうなのかもな。
ずいぶん感じ悪いけど。
道に人っ子一人いないおかげで、その距離に心が折れかかっていた城までの道のりはあまり遠さを感じずに済んだ。
「あそこから入りますわよ」
もう城壁は目の前だ。
ただし、またもや正面の城門からではなく、裏手にあるかなり小振りな石門から入るらしい。ここも番兵や御用聞きくらいしか出入りしなさそうである。さすがに不安を通り越し、不信感を覚えてしまった。
「……おい。何で正面から入らないんだよ?」
「えっ!?」
またも、ぎっくー!と背筋が伸びた。
「えーと……あ、あれですわ! ……改築工事中なのですわよ。あと、正面の方は神様の通り道だとも言われていて、普段でも滅多に使わないというか」
神社の参道じゃないんだからね。つうか、隣国との戦争の時とか、兵出せなくって困るんじゃないのそれ?
ごごんごんごごん。
ゴツい鉄製のノッカーを先程と同じリズムで石門に叩きつけると、二回目を繰り返す前に内側から、ごごご、と開いた。
「……し、知らせはすでに受けております。どうぞお進みください」
やっぱりこっちの門番も女の子だ。
「ありがと」
「い……いえ」
うーむ。門番、人気なのかな。
女の子の就きたい職業ナンバーワン、門番。
「こっちですわ」
「ああ。つーか、来慣れてるんだな?」
大して深い意味もなく薄い感想を口にすると、人気のない中庭を迷いもなく進んでいく女神マリッカの肩が再び、びっくーっ!と跳ね上がり、ぎぎぎ、と振り返る。
「そそそそんなことねーですわよー?」
「動揺しすぎだろ。キャラ崩壊してる」
事前に話を通しておいたって言うくらいなんだから、入るにも顔パスだったり、中の造りに詳しかったりしても別に驚きゃしないんだけど。どうもこっちが何か言うたびにいちいちオーバーなリアクションが返ってくるのは、怖がられているせいなんじゃないかと不安になる。
「にしても――ま、いいや……」
町の周囲を取り囲む木壁や城壁には辛うじて門番がいたものの、肝心な城の出入口には誰も立っていなかった。手薄感満載である。大丈夫かこの城。
女神・マリッカの後ろに続き、ちろちろとした灯りの照らす薄暗い廊下を進んで幾つもの角を曲がり、石造りの螺旋階段を上がったり下がったりしているうちに、今までとはガラリと雰囲気の異なる広間に到着した。
「ここですわ。さあ――」
謁見の間、というところか。
いささかくすんではいるものの、敷き詰められた毛足の短いワイン色の織物には、図鑑で見たことのあるペルシャ絨毯に似たアラベスク文様が描かれており、その奥の方に一際豪奢な造りの玉座があった。
「……おほん」
そこに鎮座ましましているもふもふの塊がわざとらしい咳払いを一つしたので、それでようやっとそのもふもふに中身があることに気付いた。しず、と無言で膝をついた女神・マリッカに倣って慌てて片膝をついて頭を垂れる。
ほっほ、という温かみのある笑い声とともに、もふもふは言った。
「うむ。よくぞ参った、勇者よ」
どうやらあれが老ナサニエル竜心王らしい。