第八話 説明下手糞かっ!
――だと、思ったのだけれど。
「使命を授けられ、私の《加護》をお受けいただいたら、ええと……あ、あとはご自由に」
「……おい」
「目についた魔の者から、ばっさばっさと」
「うぉおおおいっ!」
いきなり説明が雑になってる。
気付けば堪え切れずにツッコミを入れていた。
「せ――説明下手糞かっ!」
「な……っ!」
一方、女神・マリッカは相当ショックを受けたようで、ピンク色の髪に負けないくらいに頬を染めてわなわなとしていたが、そんなのこっちの知ったことじゃない。
「……あのな? さっきから聞いてるとさ、魔王討伐っていうのは建前、二の次で、とりあえずその《女神の加護》っていうのを授けてさえしまえばお役御免、あとはどうぞご勝手に(はあと)、って言ってるようにしか聞こえないんだけど?」
「な、な――っ!」
わなわな、が、あわあわ、に変化した。
「ななな何でそんなことを言いやがりますの!?」
「だってそうじゃん」
「そそそそんなことはございませんのことよ!?」
おお、初めて見る。
顔中に大量の脂汗をびっちりと浮かべた女神。
ま、そもそも女神に会ったこと自体が今日初めてなんだけども。
「お……おかしなことを言いやがりますわねー?」
明らかに動揺しまくっている女神マリッカは、いずこからかクマさんアップリケをワンポイントであしらったハンカチを取り出すと、びっちり浮いた脂汗をたたたたた!と物凄い勢いで殲滅していた。が、今のところは脂汗が優勢のようだ。あと、日本語が変。
ちょっと気まずくなったのでフォローしておくか。
「ま、そりゃあね? 勇者の冒険譚の、最後の最後の瞬間まで召喚者である女神様自ら行動を共にするなんてのは、最近のアニメやらラノベだったらありがちな展開だけどさ。正統派RPGならナシでしょ、うん。だから、そこはどっちでもいいんだけどね?」
そもそも自称女神(ロリ貧乳)だし。
もうちょっとくらい大きい方がやる気が出ます。
「でもさー。それならそれで、せめてやる気を削がない方向でお願いしたいというかー」
「ハハハハハ」
何その乾いた笑い。
そして、脂汗。凄い。
「そもそもさ。魔王のイメージがぼんやりしてて、全然掴めないんだけど? いかに悪逆非道で冷酷無比なのかとかさ、見た目がグロくてこうとかさ……何かないの、そういうの?」
そうなのである。
いきなり、討伐するのです!とか言い出した割に、与えられた情報が不足しすぎていて、肝心な打倒魔王の決意も意志も、何一つ俺には湧き上がってこないのである。
何せ、どんな顔かたち、姿をしているのかも知らされていないのだから仕方ない。このままでは道中すれ違ったとしても、うっかりスルーしてしまう危険性すらある。ねーねー!さっきすれ違ったの、あれ、魔王だったよね?えええ!マジでー!?みたいな失態は避けたい。
「うー……。えっと……あ!」
ピンク色の頭を抱え、散々悩みに悩み抜いた挙句、ぱっ!と表情をほころばせて無い胸を張ると、女神マリッカは自信満々にこう言い放った。
「と――とにかくマジでヤバい奴ですっ!」
ぶちっ!
「せ――説明下手糞かああああああああああっ!」
「う……っ。ふええ……」
「泣きそうになってんじゃねえ!? 泣きそうなのはこっちの方なんだってばっ!」
「ううう。えぐっ……」
傍から見たら、某ネズミの国に遊びに来ているお姫様コスの小学生女子をマジ泣かせしているようにしか見えない。事案化待ったなしである。気まずさに負けて、仕方なく頭を下げた。
「えと……なんつーか、ごめん」
「うう……うぐっ……」
しきりにずずっ!とすすり上げる女神マリッカの鼻腔からはとうとうキラキラッ☆とした物まで流れ出ていた。女神の尊厳を保つためには見ちゃダメな奴でしょこれ。
「ほ、ほら、これで。洗ったばっかの奴だから」
なるべく別の方角に視線を向けながら、鞄からハンカチを取り出して渡してやる。何故なら彼女自身のハンカチはもうぐしょぐしょで、謎の液体が水滴となって滴り落ちていたからだ。
「う……ありがと」
受け取るや否や、ずびーっ!と盛大な音がした。
それティッシュじゃねえから。
「……返す」
返すな。
こわごわ摘み上げたそれを、広げないように鞄の片隅に放り込む。ぐじょり、と音がしたが今は忘れることにした。
「あ……あの」
出す物を出して落ち着いたのか、女神・マリッカは言い訳するようにぼそぼそと呟いた。
「初めてお会いする勇者様に説明をするのって、どうも苦手ですの……」
「ま、まあ、誰にでも得意じゃないことの一つや二つってあるよね、うん」
「いつも、いっつも怒られてしまいまして……」
「はい、ストップ」
いやいやいや!
何でそこで、ほえ?って顔するんだよ? 今の絶対おかしいだろ!
「今……いつも、って聴こえたんだけど? 勇者って俺だけじゃなかったのかよ? こんなことしょっちゅうやってるみたいに聴こえたんだけど……?」
ぎっくーっ!と顔色が変わる。
「き、気のせいじゃないでしょうか! 今のは、三つも、と申し上げたんですわそうですわ」
うん、余計こじれちゃったね。
少しは考えて喋って欲しい。
「あー、なるほどなるほど」
そっかー、と相好を崩して頷いてみせたあとで、ぎろり、と目をすぼめて意地悪げに言う。
「さっきので二回目だったから……あともう一回、俺はキレていいってこと……だよな?」
「う……。ううう……ふええ……」
「だあああ! はいっ! 泣かない泣かない!」
女神のチェンジ、失敗だったかなー。
全滅したハンカチの代わりのポケットティッシュを差し出しながら、俺は少し前のことを思い出す。少なくとも自称女神(ジャージ)は、どうやっても泣いたりなんかしなさそうで毅然としていたっけ。
……いやいやいや!
というより、むしろ泣きそうになったのは俺の方じゃないか!
その曲げようのない事実を思い返し、危うく美化しかかっていた苦い記憶を入念に上書きしておくことにする。
「ええと……だな……」
とはいえ、《転移の魔法》でも使えない限りあの場所に戻ることはできない。とにかくもうこれ以上女神・マリッカの機嫌を損ねないようにして、とっとと竜心王(笑)とやらとの謁見を済ませてしまった方が良い。
「もう大体分かったからさ。先を急ごう」
「……うん」
それから町に着くまでの気まずい事気まずい事。
一番気まずかったのは、少しでも元気づけようと差し出した手をスルーされたことだけど。
はいはい。
どうせ手汗が凄いですよ、っと。