第七十七話 俺だって――俺だってな!!
ぶふーっ!!
噴き出した。
「お、おま――っ! この晴れの舞台に何でジャージ姿なんだよこの野郎! し、しかも……目の下の隈は凄いし、髪の毛はぼっさぼさだし、何だか――すんすん――何処となく甘酸っぱいような獣臭さが俺の鼻腔をダイレクトに刺激するんだけどっ!?」
「う、うぇっ! だ、だから時間がないから超急いでたって言ったっしょ!? この際多少の身なりは気にしないでよっ!」
ふと周囲に目を向けると、一斉に視線が合わないように次々と反らされていく。この場にいるのは少なからず俺とマリーの関係を知っている者ばかりなのだから、彼らなりに気を遣ってくれているらしい。
しかしまあ、そりゃ確かにこんな風体の奴が喚き散らしながら乱入してこようものなら色めき、ざわつくのも無理はなかっただろう。しばしマリーは左右の腕で交互に鼻先を拭うような仕草をしていたが――そんなに臭いか確認していたんだろう――その手に握り締めた紙束の存在を思い出したかのように俺に向かってフェンシングの技のように突き出した。
「こ、これっ! こ、これをショージに渡したくって、そ、それで寝ないで、が、頑張ってたのっ!」
お、俺に……手紙を……?
俺に対するマリーの思いがここに?
つい、俺の瞳が潤みかけたところで、
………………多くね?
受け取る寸前の手がビビッてフリーズしたくらいの枚数だ。無言のまま、ぎこちなく強張った笑みを向けると、真剣そのもののマリーが、こくん、と頷く。そうなると俺の方も受け取らざるを得ない。
「……読んでもいいのか?」
「うん。読んで。こ、声に出しちゃやだよ?」
もじもじと真っ赤になる。
ごくり。
物凄い音が出た。
マリーにも聴こえてしまったんじゃないかと思う。
「こほん……じゃあ、読むぞ」
ぺらり。
ぺらり。
一枚、一枚、噛み締めるように俺は読み進める。
ああ、そうか。
そうだったんだな。
俺の中でさまざまな感情が、さまざまな記憶が鮮明に蘇る。ときにはカラーで、ときにはモノクロで、次々と今までの出来事がプレイバックされていく。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
ぺらり――。
遂に残るページはゼロになった。
「……」
言葉が出なかった。
自然と浮かび上がった表情はどういう感情によるものか、俺自身には分からない。
それでも、俺は心から一つの結論と決意を胸にしっかりと抱いていた。
「……マリー?」
「なあに、ショージ?」
そこで俺は、すうっ、と息を深く吸い込んでから、天空に広がる澄み渡った青空に向けてあらん限りの声を振り絞って高らかに叫んでいた。
「これ……っ、新作のネームじゃねえかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
あああ……。
ああ……。
あ……。
俺の叫びの余韻が青空にすっかり吸い込まれて消えていった。
ぜいぜいと肩で息を継ぎながら横に視線を向けると、あまりの声量に目を丸くしていたアルヴァーと魔王が揃って腹を抱えて笑い始めたのが分かる。それ以外の神々も顎が外れたような間の抜けた品位の欠片もないアホ面を浮かべて呆れている様子だった。
俺は、ずごぉっ、と息を吸い、一気に放出した。
「ななな何だこれ何だこれぇっ! 遂に天界を去る日を迎えた俺に、最後に心のこもった感謝の手紙とか気持ちを伝える手紙を送るって奴じゃなかったのかよ、この腐女神! よりにもよって、コッテコテのBLのネームとか寄越しやがって! 感動的なシーン台無しじゃねええかよおおおおおっ!」
「ちょ――ば――っ!?」
言われたマリーの方も今更になってとんでもない事態を引き起こしつつあることに気付いたようで、真っ赤になって言い返した。
「中身について言わないでっていったでしょうが! 馬鹿なの!? 馬鹿なの死ぬの!? この前の一件で天啓を得たのよ!? 神の啓示なのよ!? 俺様受けだけじゃ萌え足りなかったのよ!? これからは眼鏡ドSショタが来るのよ。今私には来てる! 次のコミゴマに間に合わせるには、完っ璧なネームが必要なの! あの葵さんを超える壁サーを目指すには、『だかおれ』を超えるネームが絶対必要!」
「アホですか馬鹿ですか、この腐女神! 大体、この前の時も言ったろうが! このネーム、一体全体何ページあるんだよこの野郎! しかも、ネームの段階だっつーのに無駄にカラ―とか入れやがって! この前は、舞亜さんや織緒さんのおかげで何とかかんとかほぼ完売になったってだけだろうが! この前がラッキーだったってだけなんだぞ!? 第一、コミュ障のお前がどうやって事前の宣伝とか当日の売り子とかこなす気なんだよっ! サークル参加の申込みすら一人じゃこなせなかったじゃねえか!」
何とまあ、実に情けないことに、そこで二人とも呆気なく息が上がってしまい、膝に手を突いて、ぜいぜいと息を吐くばかりになる。
ようやく呼吸が落ち着いて、その姿勢のまま俺が顔を上げると、ちょうど同じタイミングでマリーが顔を上げたところだった。その少し上気したように頬を染めた顔が、にへっ、と笑いかけてきて、俺はどぎまぎしてしまった。
そしてマリーは言った。
「あたし一人じゃ……できないもん。ショージがさ、いてくれないと……できなかったもん。だから、ね? あたし……ショージにここにいて欲しいの」
「……え? あ、あの……?」
俺は――。
「あたし……大好きなんだよ? ……知ってた?」
はにかんだように甘い囁きが聴こえた。
お、俺だって――俺だってな!!
危うく口走りかけたところで、マリーは続けた。
「あたし、BLが大好きなんだよ!」
「そ――そっちかいっっっっっ!!」
「………………そっち、って?」
「う、うるさいうるさいうるさい! 黙れ黙れ!」
自分でも嫌になるくらい頬が熱い。
顔中がどくどく脈を打ち、湯気まで立ち昇っている気さえする。
視界の端に映ったまおたんの顔がやけににやついているように思えてしまい、ますます尋常じゃない熱さが襲いかかってきて、少しでもその熱を冷まそうと両手を狂ったように振り回しながら俺は後ろを向いてしまった。あいつ、後で覚えておけよ。
こほん、と咳払いを一つ。
「俺は何度も言った筈だぞ? 努力したのはお前、頑張ったのもお前だ。俺のやったことなんて大したことない。……だがな? やっぱりお前だけじゃまだまだ半人前だ。すぐに暴走しちまうし、とんでもないところに突き進んじまう」
一つでは足りなかったので、念入りに咳払いをしてから俺はこう続けた。
「だ、だからだな? 誰かがお前をサポートしてやらないと駄目だ。お前の作品をすぐそばで見て、駄目なら駄目、良い物なら良いと遠慮の欠片もなくずばりと言ってやれる奴がいなけりゃ、とても壁サーなんて夢のまた夢だ。思い上がるなよ、腐女神!」
「……え? ……え?」
「ああ、もう!」
まどろっこしくなった俺はなりふり構わず振り返って叫んだ。
「ここにいてやる、って言ってるんだよ! 俺たちの『まりーあーじゅ』のサークル代表は俺だ! それに、まりりー☆先生を壁サーになるまでやってやるって言ったのは俺だ! 他の誰でもない俺だ!」
「シ――ショージっ!!」
「わ、ぷっ!?」
柔らかい塊――マリーが飛びついてきた。
その思ったより細い腰に両腕を回してしっかりと引き寄せながら、そのぼさぼさした頭を撫でながら、その感触を全身で味わった。
そして――。
すん、と鼻を鳴らしてから囁いた。
「ごめん。やっぱ………………臭い」
蹴られました。
<完>




