第七十五話 大団円?
「キ――キマシっ!!」
と、隣でアホなことを言い出した奴がいる。
「キ、キマシタわー! 公式キタこれえええっ!」
すぱぁん!
「や、止めろ、腐女神っ!! 奇声を発するな!」
「うぇいっ! お尻叩くなって言ってるでしょ!」
尻の痛みにその場で飛び上がったマリーは真っ赤になって睨み返したが、それも長くは続かなかった。瞬きもしないうちに、でろん、と表情に締まりがなくなり恍惚とした笑みを浮かべてあらぬ方向に視線を上げて呟き始めた。
「ぐふふふ……やはりあれこそは神の啓示だったのね。最高神と魔王の許されざる恋! っていうかそんな生易しいモンじゃなくって、むしろ生々しいまでのねっとりぐっちょりした濃密な愛のカタチが実在していたなんて……おっと、涎が……!」
もう隠す気ないだろ、こいつ。
いつぞやの《職人》さんより目が危ない。
それはさておき、俺には是非とも確かめておかねばならないことがあった。見るからにヤバい世界に精神旅行中のマリーの肩を掴んで揺さぶり、すぐさま現世へと引き戻しながら俺は耳元で囁き尋ねた。
(お、おい、マリー! これってまさか、全部お前の《加護》のせいなのか!? そうじゃないと言ってくれ!)
「うえっへっへ……え? え? 違うわよ!」
半ば覚悟を決めていたのだが、マリーは意外にもあっさりと首を振って否定した。
「あたしの《加護》に、他人の精神を支配するなんて大それた効力なんかある訳ないでしょ。だったらとっくに使って、この場をうまいこと切り抜けてたわよ。それがその場しのぎに過ぎないとしてもね」
「だったら、何でこうなる!?」
「た、多分、だけど――」
マリーは横目で、互いに見つめ合うアルヴァーと魔王に視線を向けて、少し口元を緩めて続けた。
「本当に、二人はかつてそういう仲だったのね。まおたんはもう覚えてないのかもしれない。けれど、アルヴァーは覚えてた。忘れられなかったんだよ。言ったでしょ? 互いを愛しいと思ってた頃の純粋な心を思い出させる、思い出させる《加護》なんだって。だから――」
その想いの純粋・不純の度合いはさておき、長き時と神と魔王という運命に引き裂かれていた二人の再会という光景を見つめるマリーの表情は、何だか羨ましそうに、照れ臭そうに、何処までも優し気に俺の目には映った。
こいつはやっぱり凄い女神様だ――。
改めてそう思ってしまった。
俺なんかの手の届く奴じゃない。
眩しくって仕方ない。
勇者だなんて息巻いて、お前の望みを叶えてやる、などと恰好の良い科白を口走っておきながら、俺には何一つできやしなかったじゃないか。葵さんや、マクマスやカラフェン、いろんな人に助けられながら、やっとのことでここまで来た、ただそれだけの男だ。
何も――。
その時、マリーは俺を見つめ、にかっ、と笑った。
「ね? やっぱりあたし思ったよ! ショージを信じて、ここまで来て良かったって!」
「………………え?」
ぐっ、と俺の中から何かが込み上げてきた。
それが粒となって零れ落ちてしまう寸前に、俺は何度も何度も首を振ってそれを否定した。
「や……めろ……やめてくれ……! 俺が何をしたっていうんだ! 俺なんかに何ができたっていうんだよ! 皆の力じゃないかよ! 俺なんて、結局何も――」
「違うっ!!」
「………………え?」
「違う違う違うっ! ショージのおかげなんだって、何度言ったら分かるの、もう! ショージはずっと信じてたじゃん! あたしのことだって、マリッカのことだって。葵さんのこともそう。マクマクさんやカラフェンさんのことだってそうだよ! まおたんのこともそうだし、アルヴァーのことだって、きっと分かってくれる筈だって、ずっと馬鹿みたいに信じてたじゃん! この世界の誰もが忘れかけてた『誰かを信じること』を、きっと誰もが変われるんだってことを信じてたのはショージなんだよ!」
「俺……が……?」
「何より……あたし自身がそれを知ってるもん」
そう言って、照れ臭そうにマリーは笑った。
「ありがとね、ショージ! あたし、ショージのこと、大――!」
むぎゅっ。
マリーの言葉は最後まで聴こえなかった。
「やったわね、あまったかちゃん!」
このはやみんボイスは!
つーか、乳圧で……死ぬ……!
「シ、ショージっ! 勇者・ショージですってば! っていうか、良いんですか、そんな口調になって」
「あら、いけない! ……ま、もう大丈夫じゃないかしらね?」
アオイデー――葵さんに促されるまま窮屈な視線を動かすと、ようやく自分の足で立ち上がったアルヴァーと魔王が対峙する光景が目に入る。途中、不機嫌丸出しでぶんむくれているマリーの表情が目に入ったが、怖いので見なかったことにしておく。
アルヴァーは泣き笑いの表情で震える声で告げた。
「やっと……やっと会えた……。俺は信じていた」
「でも、ごめん。僕は良く覚えてないよ」
「いいさ。それでもお前は俺様の目の前にいる」
「……嬉しい?」
「き、聞くなよ馬鹿! ……恥ずかしいだろ」
「可愛いところもあるんだね?」
「!? またそうやってからかうんだな……!」
ちょっと拗ねてみせる。
「でも……もう俺様は終わりだ。こんな奴が天上神だとか、他の神々は決して許しはしないだろう」
「それはちょっと違うんじゃない?」
魔王は悪戯っぽく笑って、広場に集まった面々の方へ視線を向ける。
それに釣られたようにおずおずとアルヴァーもそれに倣うと、彼らを見守っている顔に浮かんでいたのは嫌悪でも憎悪でもなかった。
そしてアルヴァーは天を見上げた。
天頂で輝きを増した太陽はすでに黒き陰りを失い、眩いばかりの神々しい暖かな光で皆を照らしていた。
そこから目を落とし、静かに見上げている魔王と見つめ合うと、どちらともなく自然な微笑みが浮かび上がった。そして、どちらともなく頷き合う。
「俺様はここに宣言しようと思う――」
静かに優しくアルヴァーは言った。
「もう争うのは終わりにしよう。これからは神と魔王、ともに手を取り合って生きて行こう。もちろん、異論があるものは言ってくれ。その時は、俺様は潔くこの地位を退こう。今はただ……ようやく見つけたこの幸せを大切に生きていきたい。どうだ!?」
しばしの沈黙。
そして――《カンピドーリ》は大歓声に包まれた。




