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女神マシマシ勇者抜きっ! ~俺と腐女神の同人活動~  作者: 虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
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第七十三話 何してくれちゃってんの!?

 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおいっ!

 何してくれちゃってんの、あのド変態っ!?




 どれだけアピールしようとも一切目を合わせようとしないアオイデーの澄まし顔を睨み付け、俺は何とか声は出さず、心の中だけで叫んでいた。


 何が、サポートくらいならしてあげられるかもしれない、だ。

 手助けというよりむしろ破壊工作の一種だと宣言された方がよほど理解できたに違いない。


「……何だ、そいつは?」


 騒然とした群衆の中で、一際困惑した表情を浮かべていたのはアルヴァーだった。


 今口にした問いの答えを知っているであろう魔王に目配せしたものの、魔王は気まずそうに眼を反らしてしまう。仕方なく目の前のアオイデーを見つめ直すと、こちらも軽く肩を竦めて見せるだけだ。くそ、知ってるくせに。


「寄越せ。見せてみろ」

「見ないでええええええええええええええっ!!」


 間髪入れずにマリーが涙目で訴えたが――ほんの一瞬だけアルヴァーを躊躇させるくらいしか効果はなかった。一瞥した視線をあっさりと戻し、アルヴァーは表紙に手をかけ――。




 ぺらり。


「ひやああああああああああああああああっ!!」




 ぺらり。


「ふごおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」




 ぺらり。


「ほにゃああああああああああああああああ!!」


 あーもう。

 耳元でうるせえってば。




 アルヴァーがページを捲り、静かに読み進めていくたび、文字通り手も足も出せないマリーは悲鳴と表情だけで悶絶し続けていた。あまりに哀れで、とても笑ってやれる気にもなれない顔芸大会が俺のすぐ横で絶賛開催中である。




 ぺらり。


「ふえええ……! ふえええ……! えぐっ!!」


 とうとう幼児退行現象を引き起こしたマリーが、とうとう顔中を涙と鼻水でべっちょべちょにし始めた頃、アルヴァーは手にした同人誌を閉じた。




「……」


 が、何も言わない。




「……な物」


 やがて、微かに震える呟きがその口から漏れる。




「よくも……よくもこんな物を……この天界を統べる頂点、英雄神たる俺様に見せたなっ、魔王!!」

「……頼んでないし」


 居心地悪そうに視線を床の上で泳がせながら、魔王は不貞腐れたように呟き返した。確かに魔王の意志とは無関係である。それに何より、彼自身、暴かれたくなかった嗜好だったに違いない。


「くそっ! こんな……こんな不浄の物を!」


 アルヴァーは真っ赤になって――どころか、どす黒く顔中を染め上げてひたすらに激昂していた。


「し、しかもっ! 至高の存在である我ら神が……魔王に屈するだと!? ありえん! 愚弄するにも程がある! それに……それにだ……!」


 そこで急にアルヴァーは、今にも泣き出しそうに切なげな表情を浮かべた。


「あ――あれだ! あんなことやこんなことを……お、お前はこんな物を見て、この俺様を嘲笑っていたのか!? そうか!? そうなのだな!? ええい、汚らわしい! 誰の手による物かは知りたくもないが、こんな物を描いた奴は頭がおかしい!!」


 その科白を耳にした途端、魔王の表情が変わった。


「……ちょっと待ってよ、アルヴァー」

「!?」


 二人の視線が激しく交差する。


「僕の趣味嗜好については弁解するつもりもないし、変えようだなんて思わない。けどね? それを描いた人を悪く言うのは絶っ対に許さないよ!!」

「何を下らん――!」

「黙れ!」


 一笑に付して聞き流そうとするのを魔王は許さなかった。

 少年の身体から出たとは思えない程の声量でアルヴァーの科白を両断する。


「くだらない? 上等だよ! くだらなくて結構さ! それでもね、その中にはそれを描いた作者の夢や希望や、止められない感情が溢れてるんだ! それを見て、何とも思わなかったの!? 何も感じなかったのかよ!?」


 俺たちが今まで知らなかった――分かってやることができなかった魔王の感情が言葉になって溢れてくる。そして、哀しみも。涙も。


「少なくとも僕は違った……誰もいない魔王の居城の中で一人きりだった僕に、何処までも広がる想像の世界を与えてくれたんだ! それは、ほんの一瞬だけだったかもしれない。……それでもね、僕は何処まででも飛べる気がしたんだ! 初めて、一人じゃない、って思えたんだ! なのに……それなのに君は、そうやって……っ!」

「お、俺は……ただ……!」


 正面から激しい感情をぶつけられ、アルヴァーは戸惑うことしかできないようだった。

 そして、魔王の怒りはまだ治まっていなかった。


「空想と妄想しかなかった僕には、とても大切な物なんだよ、それは! 何も知らない君が、勝手な上辺だけの薄っぺらい感情で軽んじて良い物なんかじゃないんだ! 今すぐ返せ……返せよ! 君にそれを手にする資格なんてない! でないと――!!」


 ようやく何とか態勢を立て直したアルヴァーは、立て続けに浴びせられる激しい言葉に苛立ったように手にした《断魔剣》を突き付けるようにして魔王に向けて言い返す。


「へえ。でなけりゃ一体どうするというんだ、魔王よ? この世界を滅ぼすとでも言うつもりか? 手も足も出ないそのザマで! この俺様に封じられ、せいぜい未来永劫に恨めばいい! ま、俺様はそんなモン、少しも怖くねえがな!!」

「……だよ」

「何?」


 俺の耳にも魔王の呟きは届かなかった。

 魔王はもう一度、声を震わせて叫んだ。


「逆だよ、って言ったんだ! 嫌いだ……大っ嫌いだ! もう僕は、君のことなんて二度と思い出してなんかあげない! お前のことなんて、綺麗さっぱり記憶の中から消し去ってやる!!」

「――っ!?」


 アルヴァーの動きが、止まっていた。


「俺との記憶を……消してしまう……のか? そう……言ったのか……? そんな酷いことを……言うんだな、お前は……」


 アルヴァーは魔王を見つめたまま笑い――涙して――表情を消し去った。

 そして、その手に握る《断魔剣》をゆっくりと上段に構える。


「……」


 何も言わない。


「……」


 アルヴァーの瞳を見つめる魔王もまた無言だった。


「……やるぞ?」

「好きにしなよ」




 二人の視線と会話が交差して――。




「お、おい! ま、待つのじゃ!」


 慌てたのは老神・アウグストゥスだった。


「出来上がった! これをかけてやらねば儀式は無駄になるぞ! さあ、儂の会心の一作じゃわい!」


 出来立ての眼鏡を手にした女神が弾かれたように走り出てきたかと思うと、大急ぎで魔王の目元に眼鏡をかけてやり、鼻当ての位置とツルの部分の長さを調整する。一通りのやるべきことを済ませた女神が、どう?と小首を傾げると、何処か照れたような表情で魔王は笑い返した。すぐその笑顔を消し、魔王は言う。


「さ、続きを始め――あれ?」


 が、彼の目のレンズ越しに映った世界は、今までのものとはまるで違っていた。


「アルヴァー……? 君は……何処かで……?」


 だが、転生のたびに記憶のすべてを失う運命(さだめ)を持つ魔王にはそれ以上のことは思い出せない。軽く首を振るようにして湧き上がった違和感を追い払い、魔王は告げた。


「……いいや、何でもない。続けて、アルヴァー」

「分かった」


 ちゃきり。

 逞しく鍛え上げられた上半身が隆起し、手にした《断魔剣》を再び最上段に構え直す。


「……行くぞっ!!」






 裂帛の気合いと共に、


 共に――?






 ……からん。


「俺には……できない……できる訳ないだろっ!」


 悲痛な叫びを漏らして剣を取り落としたアルヴァーは、その場に崩れるように泣き始めたのだった。




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