第六十一話 あああああ! もう頭に来たっ!
「………………はい?」
「はい、じゃないでしょ。だから、僕、魔王だ、って言ってるじゃん? ちゃんと聞いてたの?」
聞いてたけどさ。
聴こえちゃったけどさ。
「君が……魔王?」
「面倒だから答えないよ」
自称・魔王は、唖然としたまま見つめている俺を、じろり、と睨み付けると、足元のクッションに再び、ぼすん!と身体を預ける。
「あんたがどんな風に想像してたのか分からないけどね。こっちにしてみれば、あーやっとか、って感じ。すっかり待ちくたびれちゃったよ」
「ご、ごめん……」
反射的に謝ってしまった。
「じ――じゃなくて! 何で君、独りぼっちでこんなところにいるんだよ!?」
「魔王だから、ね」
うっとうしそうに答えた自称・魔王の声は心底疲れ果てているように俺には聴こえてしまった。
「だって、そういう役じゃん? 訳も分からず、君こそ魔王だ!って面倒な役目を押し付けられて、勇者に倒される日を待つだけだもん。……違う?」
ぐ、と言葉に詰まった俺の心に、何ともやりきれない複雑な感情が芽生え始めていた。
でも、それが何か自分でも理解できないまま、俺は声を荒げて言い捨てた。
「だって! だって、君はこの世界を恐怖に陥れてる邪悪な存在じゃないのかよ!?」
「……はあ。勝手だよね、勇者って」
「何がだよ!?」
「それ、自分の目で見た? 確かめたの?」
「そ、それは……」
「今までの魔王はそんなことやってたみたいだけどさ、僕はしない。しなかった。だって、意味ないじゃん?」
「意味が……ない?」
「いちいち説明しないと分かんないんだね――」
自称・魔王は、むくり、と身を起こした。
「あのさ? じゃあ聞くけど、魔物を率いて世界を滅茶苦茶にして……それでどうなるんだよ?」
「そりゃあ――」
当たり前じゃないか。
「君が世界をその手にするんだろ?」
「滅茶苦茶にした世界を? それ、誰得なのさ?」
「うっ」
確かに。
無傷で手に入れた方がいろいろ得だ。
「で、でもだな!? それは君たち魔族が破壊と混沌を好む種族だからであって――」
「そんな訳ないでしょ? どんだけ異常者の集団なんだよ、僕たち。すべて台無しにしちゃったら、困るのは後に残った自分たちじゃん?」
うーむ。
実にやりづらい……。
「そもそもさ。君たち勇者が虐殺に虐殺を重ねた結果、もうこの世界にはまともな魔物なんて残ってないんだけど? 皆、嫌になって向こうの世界に引っ込んじゃったよ。おかげで僕は、こうして独りきりで時間潰しをしながら待つしかなかったんだけど? ねえ、どうしてくれるのさ?」
「す……済みません……」
返す言葉も見つからない。
「ま、いいよ。それもこれもようやく終わりなんだし。僕も言いたいこと言えたから。じゃあ……そろそろやる?」
は?
「ばさっといく?って聞いてるんだけど?」
「な、何をだよ?」
「ほら、ここだよ。ここ」
戸惑っている俺の前に自称・魔王は跪くと、自ら細い首を差し出して、とんとん、と叩いてみせた。
「魔王の討伐に来たんでしょ? やったらいいじゃん。それで君の役目は終わりさ。良かったね」
「……ってくれよ」
「ん?」
「待ってくれよ、って言ったんだよ!」
俺は思わず叫んでしまっていた。不思議な物を見たかのように眉を寄せて難しい顔をしている自称・魔王の少年に向けて俺は言った。
「な……何でそんなに冷静でいられるんだよ! 何で平気な顔してるんだよ!! お前……死んじゃうんだぞ!?」
「い、いや、だって」
「だってじゃねえだろ!?」
ふと見ると、マリーまでもきょとんとした顔をしていた。ますます俺の中の感情がふつふつと煮えたぎるのが分かる。
その時、俺自身が口にした台詞が脳裏によぎった。
(……歪んでますよ。何もかもおかしいです)
くっそ。
その通りだ。
「じゃあ……何のために来たのさ?」
何気なく口に出された自称・魔王の科白は、以前の俺だったなら答えることができなかったのかもしれない。でも、今は違う。
「あああああああああああ! もう頭に来たっ!」
「ち、ちょっと、ショージ! あんた大丈夫――」
「大丈夫じゃない!」
二人揃って俺を気遣うような素振りを見せたものだから余計に頭に血が昇る。
いやいや、お前らそんな余裕ないだろ。少なくとも自称・魔王の方は。
「何か変だと思わないのかよ! こんなことを繰り返してて、おかしいな、って少しも思わないのかよ!? 俺は駄目だ、たった一度でも気が変になりそうになる! 何が勇者だ、何が魔王だよ! その上、神に女神!? お前ら一体、雁首揃えて何馬鹿なことやってんだよ!!」
俺のあまりの剣幕に二人ともぽかんと口を開けたきり言葉が出ないらしい。
ちょうどいい。このまま言いたいことを全部吐き出してやる。
「勇者の召喚? 魔王の討伐? んなモンもう誰も望んでないし、誰も願ってないんじゃないかよ!? それなのに……お前らときたらっ!」
「い、いや、でもさ――」
「でもも何もねえだろうがっ!」
語気強く言い放つと、自称・魔王は弾かれたように首を竦めて黙り込んでしまった。
「こんなお決まりのテンプレをやるために、マクマスやカラフェンは命を賭けてくれた訳じゃない!! 俺だってこんなことならのこのこ出かけてこようだなんて思わなかった! まったく馬鹿丸出しだ!」
ずい、と一歩前に踏み出して、自称・魔王の目と鼻の先に立つと、びくついた様子で見上げてくる。
「な、何だよ……?」
「お前に聞きたい」
「?」
「お前だって本当はやりたいことや、なりたい自分がいるんじゃないのか? それとも……ただ生まれて殺されるのが、魔王である自分がこの世に生を受けた意味の全てだとでもいうつもりなのかよ?」
「そ――それは……」
答えに迷っているということは、認めたも同然だ。
でも――言えない。
そう語る顔を俺は嘲笑ってやった。
「それで終わりなのか!? それでいいのかよ!? ……あーあ、つまんねえよ、お前の人生。だったら生まれてこなくても変わらなかったな! 何も!」
「う――」
俯いた目元からぽとりと滴が落ちたのを目にした瞬間、しまった!やりすぎた!――と思ったが。
「うるさいうるさいうるさいっ! お前なんかに、僕の何が理解できるっていうのさ!? 父親も母親もいないし、お付きの魔王の軍勢なんて最初っから影も形もなかったんだぞ!? 友達? いる訳ないだろ! 僕の周りには、誰一人いないんだから!」
えっと……。
何かごめん。
「……やっぱアレか? 親は勇者に殺されて――」
「っていうか、最初っからいないんだってば!」
「……え?」
「所帯持ちのマイホームパパの魔王だなんて、あんた、見たことあるの!? 何か気付いたらここにいて、自分が魔王だってことだけは知ってたんだ!」
メタっぽい発言だなあ。
確かにRPGの設定って無理があると思う。
「魔王だ魔王だって言われたって、僕一人だけじゃ何もできやしないじゃないか! 仕方ないからずっと本を読むか、インターネットやってるくらいしかなかったんだよ! もう飽き飽きなんだって!!」
ずっと溜め込んでいた感情を無理矢理引き出されてしまった自称・魔王は、もう一度俺の前でふてぶてしく胡坐をかくと、ムキになって細くて白い首を差し出した。
「ほら! やれよ! やれって!」
「や、やだっつーの! そんなスナック感覚で殺せるかっ! 無茶言うんじゃねえ!?」
ぐいぐいと剣を持つ手を引かれ、必死の抵抗をしているのはむしろ俺の方だった。いくら量産品の剣でも致命傷は与えられるだろう。いや逆に、中途半端に怪我をさせてしまう方がよほど寝覚めが悪い。
「う……ううう……」
どうにも望みが叶えられないと悟った自称・魔王の手から力が抜け、そのままその場に蹲る様にして泣き始めてしまった。
「ね、ねえ、ショージ?」
「何だよ。お前まで、とっとと殺っちまえ!とでも言う気なのか?」
「ち、違うってば」
袖を引くマリーの指さす先には、煌々と灯ったまま放置されているパソコンのモニターがあった。映し出されている映像には何処か見覚えがある。
「おい、魔王?」
「な――何だよ?」
「ネットって……どんなの観てるんだ?」
「……僕の勝手でしょ?」
埒が明かないので、許可も得ずに低く唸りを上げ続けるパソコンの前へと近づいて覗き込んでみた。
こ、これって――!?
「くそ……《神絵師SNS》じゃないかよ……!」
どうりで見覚えがある筈だ。
しかも、モニターが映し出しているのは――。
「その人……凄いでしょ? 一目でファンになっちゃったんだ。あー……お前、こんなの観ちゃ駄目でしょ、とか無しね? これでも僕、人間の君よりははるかに年上なんだからさ――」
そう言って自嘲気味に乾いた笑いを発した自称・魔王は、急に声のトーンを下げた。
「さっき言ってたよね? 僕がやりたかったことはないのかよ、って。……あるに決まってるでしょ? でもさ、僕はここにいないと駄目なんだ。そういう決まりなの。せっかくこんな僕にも友達ができたのに……会いたかったなあ……」
その瞬間、ぞくり、と鳥肌が立った。
自然と俺の手は鎧の中に隠し持っていた物を探り当てていた。そのまま押し付けるように差し出す。
「……ほら」
「何、これ?」
「いいから」
状況も分からないまま、めくり始めた自称・魔王が、ひゅっ、と息を呑むのが分かった。
「ど――どうしてこれを!?」
「な、何見せてんのよ、馬鹿ショージ!?」
「お前ら……まだ気付いてないのかよ……」
俺はマリーの方へと振り返るとこう言った。
「こいつは、お前がずっと会いたがっていた《まおたん》だ。……だよな?」
「な、何で僕のハンドルネームを――!」
しかし、自称・魔王はそれ以上続けることはできなかった。
ぎゅ。
「え? え?」
唐突に抱きすくめられ、慌てるばかりの自称・魔王の耳元でマリーは掠れた声で囁く。
「やっと……やっと会えた……まおたん……!」
はっ、とする。
「もしかして、君が――《ああああ》さん!?」
……うん、大体合ってる。




