第六十話 見ツケタゾッ!
「――おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
こええええ!
死ぬ!
これ、絶対死ぬ奴だろおおお!!
その落下地獄が永遠に続くかと思った矢先に、
ぼよん。
「………………はい?」
ぼよん。
ぼよん。
「……えーっと」
着地と同時に尻餅をついた体制のまま、ぺしぺし、と両脇の地面らしき所を平手で叩いてみると、波打つような弾力が返ってくる。さっきまでの暗さは解消され、仄かな灯りに少し目が染みた。慣れてきた視線を手元に落とすと、いかにもイチゴ味です!と主張しているかのようなゼリー状の物体の上に俺は腰かけているらしいことが分かった。こいつのおかげで着地の衝撃は相殺されたようである。
「うーん……ま、降りるか」
ドーム状の謎すぎる物体の上からどうやって降りたものかとしばし悩んだものの、滑り台よろしく降りるのがベストと判断した。というか、それしか手がない。
「よっと。……ん?」
降りた正面にはそのまま道が続いていた。
その奥の方が一際明るい。かすかに話し声まで聴こえる。
一応、振り返って確かめてみると、どうやら今まで座っていたゼリー状の物体はクッションなどではなく、れっきとした生き物――魔物らしいと知った。半透明の内部には、図鑑で見たような細胞っぽいパーツまで存在していた。が、こちらに対して特に敵意は持っていないようでほっとする。
スライム……ジェリーか?
まあ、どっちでもいいや。
それよりマリーを探さないと――。
「あら、いらっしゃい」
「……って、おい」
拍子抜けである。
すぐ見つかったマリーの机を挟んだ反対側に、見慣れない人影が座っている。子供だ。
「超心配しちまっただろうが! 前触れもなくいきなり消えるなよ! もう!」
「何怒ってるのよ。あたしだって、好きでここに来た訳じゃないんだもん。仕方ないでしょ?」
「で、その子は?」
「知らないよ?」
「……はぁ」
呆れて溜息を吐くと、黒一色でコーディネートされた部屋着っぽい物を身に着け、やたらでかいクッションに埋もれるように身体を預けて本を読んでいる子供が、じろり、と俺の方を一瞥した。中性的な顔立ちだが――男の子みたいだ。
「……静かにしてくんない?」
「あ、はい」
一〇歳くらいだろう。
この年頃の男の子って扱いづらい。
俺の甥っ子もそうだが、プチ反抗期真っ盛りなのでやたら刺々しい態度を取る。反射的に卑屈な態度を取ってしまう俺も俺だが、そうは言っても自分も通ってきた道なので責める気分になんてなれなかった。
「君の部屋なんだな、ここ」
もうちっとも意外には思わなかったけれど、例によって間取りは六畳ほどだ。だがマリーの部屋より狭く感じる。その理由は、四方の壁に据え付けにされている書架のせいだろう。そこにびっちりと本が並べ立てられていた。
……何の本だ?
ずらりと並ぶ背表紙を見ただけではさっぱりだ。
《ノワ=ノワール》の言語であれば、勇者である俺には読める筈なのだが、目に映る文字はいずれも誰かに踏まれた断末魔のミミズがのたくったような酷い筆致でしかなく、ちんぷんかんぷんである。
「えっと……何、読んでるんだい?」
「……何でもいいじゃん。あんたには関係ない」
ですよねー。
(おい、マリー。この子、誰なんだ?)
(あたしもさっきから聞いてるんだけど……)
教えてくれない、そういうことらしい。
すると、ぱたん、と本を閉じた少年が苛立った口調でいまだ突っ立ったままの俺たちに言い放つ。
「こそこそ喋ってないで、はっきり言いなよ?」
「ええと……」
そのつもりだったけど、面と向かってはっきり言われると妙にやりづらい。
が、覚悟を決める。
「君は何者なのか、聞いてもいいかな?」
しばしの沈黙の後、少年は溜息とともに答えた。
「何か、凄く失礼じゃない? 自分たちは名乗りもしないのにさ。素直に答える気にならないんだけど?」
素直。
おま言う。
喉まで出かかったものの、少年が臍を曲げるのももっともな話だ。
丁寧――ではなかったが、ぺこり、と頭を下げた。
「あ、それは悪かった。謝るよ。俺は勇者のショージ。こっちは女神・マリーだ。で――」
……ん?
少年は少し驚いたように斜めに切り揃えた前髪の下の半目がちな瞳を丸くしている。
「ん? どうかした?」
少年はすぐには答えず、まだ手の中にあった本を脇に置き、むくり、と身体を起こした。
「あんたが……勇者?」
「そ」
言いながら、それらしいことをしてこなかった自分が妙に滑稽に思えてきて、くすり、と笑った。
「見えないよな? 自分だってそう思うよ。こんな《勇者シリーズ》の装備一式を身に着けてたって、せいぜい文化祭でやる劇の主人公役って感じだし。それすら選ばれたことなんてなかったけどね」
「ふーん……」
たっぷりと時間をかけて、俺の姿を上から下へと観察してからその少年はこう言った。
「で? その勇者様が、何で聞くんだよ? 君は誰だ――なんて?」
「?」
質問の意味が分からず隣を見ると、俺と同じ表情を浮かべているマリーと目が合った。
「い、いや、だってさ――」
しどろもどろになりながら俺は言ったが、直後に少年が返したぶっきらぼうな科白に頭が真っ白になった。
「ここまで来た時点で、分かってる筈じゃない?」
……え?
「なのに、わざわざ聞く必要なんて無いと思うんだけど? それとも、こう言ってあげないと分かんないのかな……? はあ……面倒臭いんだけど……」
しんどそうに立ち上がった少年は適当なポーズを取ると、平坦なトーンでこう続けた。
「よく来たな、勇者よー。我こそが魔王であーる」
しょーじ はまひしてことばがでにくくなった!




