第五十八話 勇者・カラフェン
「あ、あれは……あの女神は別格よ!」
「おい、マリー! 知ってるのか!?」
「もちろんそうでしょう。私も……存じ上げていますからね」
そうカラフェンが応じた直後、
「ったく……ごちゃごちゃうるせえんだよ!」
異形の女神は、すっ、と息を吸ったかと思うと、いきなり大声で吼える。
あまりの声量に、びりびり、と周囲の空気が震えた。
「けっ! ……久し振りに勇者が現れたってんで、飛び上がって喜び、勇んで駆けつけてみりゃあ……こりゃあアテが外れちまったぜ」
苛立ちを露わにそう言い、その女神は一番上に生え出た右手でがしがしと頭を掻いた。
異形――まさにそれだ。
俺の良く知る空想の世界で例えるなら、さしずめ、巨人族、といったところだろう。ほっそりとしながらもすらりと背の高いカラフェンが子供のようにすら見える。さらにがっちりと立派な体格を誇るあのマクマスでさえ見上げるしかない褐色の巨躯だ。
そして――腕が左右に三本ずつ、六本生えていた。全ての手に剣が握られ――いや、頭を掻くためにそのうちの一本だけは今は大地に深々と突き立てられているが――誰がどう見たって話し合いで事を進めるタイプには見えない。
「ええと……失礼な質問ですけれど、あなたも女神なんですか?」
「ああ、そうさ!」
おずおずと切り出した俺の質問に、異形の女神は一斉に剣を構えて応じる。
「あたしの名はラダエラ! 争いと死を司る女神さ! 一応、《女神9》の一人ってことになってるが……んなモン糞喰らえだ。どうでもいいんだよ」
興味はない、とでも言いたげに唾まで吐いた。
「さあ、戦え! あたしはそれきりしか興味がねえんだ! 勇者なんだろ? 男なんだろ!? ならば、てめえの命を賭けて、勇敢に戦ってみせな!」
まずい!
実力ある最上級女神だということもあるが、この女神は根っからの戦闘狂らしい。さっきまでの小賢しい真似なぞ、彼女には微塵も通用しないだろう。
「ま、待ってくださいってば!」
それでも俺は、言葉くらいしかまともな武器を持っていない。押し留めるように手を突き出し、必死に訴えかける。
「俺は誰とも争う気なんてないんです! あなたたち《女神の加護》も必要ない! あと少しで魔王の待つ城に辿り着けるってのに、邪魔をしないでください! お願いですから――!」
「あたしにはカンケーねぇ!!」
まず――っ!
だが、問答無用で振り下ろされた剣は空を切った。
振り返るとそこには決意を秘めた眼差しのカラフェンの青白い顔があった。
「ここは私に任せてもらいますよ、勇者ショージ」
「で、でも――!?」
俺がその先の言葉を口に出す前に、カラフェンは俺とマリーの身体を目の前に聳える《死の山》頂に続く道へと力強く押し出した。危うく転びそうになった俺とマリーが互いの身体を支え合って何とか体制を立て直すと、カラフェンはすでに手の届かない位置まで踏み出した後だった。
「だ、駄目よ、カラフェン! ラダエラには一切の魔法は通じないのよ!? 彼女の持つ神剣・マルマドゥースの前ではあなたは何もできない!」
絶句する俺の目の前で、彼の背中は応える。
「もちろん、知っていますよ」
「だったら――!」
「それでもね……私だってかつては勇者だったんです。それに……マクマスと約束してしまいましたから……ね!」
びょう!
カラフェンが手にした杖を構え、風を斬る。
「……ほう?」
争いと死を司る女神・ラダエラはその姿を見て、きゅっ、と三日月形に唇の端を吊り上げて笑った。
「少しは見どころがありそうじゃねえか。けどよ? そんな棒っ切れ一つで、一体何ができるってんだ? ああ!?」
「ふふ――」
少しも怯まずカラフェンは不敵な笑みを浮かべた。
「やってみなければ分かりませんよ。彼らには指一本触れさせません! 絶対に!」
「へえ――」
ひくり、とラダエラの眉が蠢き、
が――。
何故かこの緊迫した状況で、カラフェンは俺たちの方へと振り返って、
「ああ、そうです。一つ言い忘れましたが――」
「へ……?」
うわわわわわ!
「カ、カラフェンさんっ! 前! 前っ!」
慌てて叫んだがもう遅かった。
「そうか――よっ!!」
ひゅばっ!!!!!
あ――。
嘘……だろ……!
俺たちの目の前で、胴体から呆気なく切り離されたカラフェンの首が高々と宙を舞った。
しかし――それだけではなかった。
「ええと、言い忘れたことと言うのはですね――」
「うぉうぃ! 平然と喋り続けるのかよっ!!」
……いかん、思わずツッコんでしまった。
そうだよ!
そうだった!
この人、自分自身の身体をバラバラに切り刻んだ経歴を持つ変人だったんだっけ!
「おっと!」
落ちてきた喋り続ける自分の首を無事受け止め、大事そうに懐に抱えながらカラフェンは続けた。
「この先にある筈の魔王の居城のことですが――」
「ま……待て待て待てっ!!」
さすがのラダエラも慌てていた。
「お、お前……何で生きてやがるんだよっ!?」
「最後まで喋らせてくださいよ……これ、大事な話なんですよ? いいですか、勇者・ショージ――」
「じ、じゃねえだろっ!」
「落ち着いてください。落ち着きましょう」
「お、落ち着いてられる訳ねえだろうが!」
すっかり混乱した様子のラダエラが、
ひゅばっ!!!!!
再び剣を振るうと、今度は肘のあたりで両断されたカラフェンの左腕が景気よく宙を舞った。しかしカラフェンは少しも慌てず、多少難儀そうにしつつも残った右手で首を元の位置へと戻すと、ようやく落ちてきた左手を、さっ、とキャッチした。
「ああ、もう……いいですか?」
ぺたっ。
きゅっきゅっ。
「今回の魔王には、目立った配下がいないようなんですよね。その代わりと言っては何ですが、城の内部には罠がやたらと多いらしくてですね――」
「な……何で死なないんだよお……」
あーあ。
争いと死を司る女神、泣いちゃったんだけど。
「ですから。この先、私抜きで進むことになっても、くれぐれも気を付けて進んでくださいね」
「あ、はい」
かく言う俺のリアクションもぐだぐだである。
あたり一面が血まみれにならなかったのはせめてもの救い、実に有難かったのだが、それだって映像的にグロいものはどうやってもグロい。どういう理屈と原理が働いているのかさっぱりだが、元の位置に戻しただけに見えたカラフェンの首はすぐに接着されたようで、しょんぼり肩を落とす失意のラダエラを不思議そうに見つめる彼が斜めに首を傾げようともぽろりと落ちたりはしなかった。
「ええと……まだ続けますか?」
「う……つ、続けるに決まってるだろ!」
挑発的とも取れるカラフェンの言葉に、危うく折れかかっていた心を持ち直したらしいラダエラは、半ばヤケクソ気味に応じた。
「それは、良かったです。これなら私も、少しは楽しめ――活躍できそうですからね。ふふふ」
傍から見れば、不敵な笑みとも取れた筈だ。
しかし――俺は知っているのである。
このカラフェン、自分の身体が何処までバラバラになっても生きていられるか、それを実証できる好機が訪れたことに心躍らせているに違いない。
それを念頭に、今彼が浮かべている表情を改めて観察すると、飄々とした青白い顔には興奮を示す紅潮がわずかに射しているようにすら見える。
「くそ……マルマドゥースの破魔の力が効かない奴なんて初めてだぜ……!」
カラフェンの特殊な性へ――いやいやいや――体質のことなど知る由もないラダエラはすっかり誤解しているらしい。あれ、魔法じゃないですよー。
「だがな? たとえお前がいくら剣で切り刻まれようが死なない身体だったとしてもだな――」
「まさか! ……死にますよ?」
あー!
「今まで試したのは四十八分割までですからね。それ以上、細切れにでもされてしまったとしたら、きっと私でも死んでしまうんじゃないでしょうか?」
あー!!
何でさくっとバラしちゃったんだよ、この人!
途端、ラダエラの表情が変化した。
「く……くくくくく……!」
褐色の顔の中で金色の瞳が生き生きと輝いた。
「なあんだ……あたしのやることは何一つ変わらねえんじゃねえか……くくく……そりゃあいい!!」
ひゅばっ!!!!!
今度はカラフェンの左手が、肩から、肘から、二つに切断されて――。
「……一つ――付け加えておきますがね?」
ぺたっ。
きゅっきゅっ。
「だからといって、あなたが強くなった訳ではありませんよ? 私とて負けるつもりでここには立ってはいません。彼らの冒険の邪魔はさせない!」
力強く言い切り、カラフェンは俺とマリーに向けて、行け!と勢いをつけて手を振った。
「さあ、進みなさい、勇者・ショージ! 魔王の下へ行き、あなたの目で全てを見るのです! そして……自分がどうすべきか、どうしたらいいかを決めなさい! あなたの意志で!!」
「わ――分かりました!!」
くっそ!
滅茶苦茶恰好良いじゃないか!
やっぱりこの人もかつての勇者だ。改めて思う。
「でも、絶対に死なないでください! 俺は待ってますからね! 約束しました! 絶対ですよ!?」
「もちろんですとも!」
もう一度カラフェンは、右手を大きく――いや、右手に持っていた切断された左手をぶんぶんと大きく振ると、目の前で油断なく構える争いと死を司る女神・ラダエラに向き直る。
「さて――」
ぺたっ。
きゅっきゅっ。
「続きをしましょうか、女神・ラダエラ!!」
「おうさ!!」
二つの叫びと影が交差する――。




