第四十七話 アメルカニア、再び
「……何か、すっげえ久し振りの気がするなあ」
一足先に《扉》を出た俺は胸いっぱいに空気を吸い込むと、後ろを振り返って言った。
アメルカニア再び――である。
あの後、葵さんから勇者を手助けしてくれるという二人の冒険者についての詳しい情報を聞き、俺とマリーは下界へと降り立ったのであった。
「悪いけど、ここからは歩きだからね?」
「知ってる。前もそうだったからさ」
前回マリッカの使った《扉》の位置と、恐らくそれほど変わらない場所に違いない。目印や現在地を示すものなんてまるでなかったけれど、きっとそうだという妙な確信がある。
それでも前より心が明るく感じるのは、マリーが隣にいてくれるからだろう。あの後、マリーの態度が少し余所余所しくなったように感じたが、それもすぐに元通りになっている。
「街道馬車とかって来るかな? 待つ?」
「それ、俺も思ったからマリッカに聞いてみたんだ。でも、無駄っぽいぜ? 歩くしかない」
「うぇ……面倒臭いんですけど……」
隣を歩くマリーの姿は、ある意味新鮮だ。
少なくともジャージじゃなかった。
初めて出会った時に身に着けていた青白い光沢を放つロングドレス姿なのだが、今はむしろこっちの方が違和感を覚えて落ち着かない、おかしな話だ。
「……何よ?」
「い、いやいや。その恰好も似合うじゃん、って思ったからさ」
「あ――あったり前でしょ!? めめめ女神様なんだからっ!」
「何だよ、褒めてるのに」
「うっさい! 前見て歩きなさいよ!」
ぶすー、とした顔付きのまま、手にした金の錫杖を俺の頬にぐりぐり押し当てて強制的に前を向かせる。痛いっつーの。
それからしばらくしてようやく城下町・モニゲンに辿り着いたが、巨大な門は固く閉ざされていた。
「ちょっと! これじゃ入れないじゃない」
「そこの通用門から入れてくれる。前回通りなら」
愚痴をこぼすマリーを追い立てるようにして進み通用門の前に立った俺は、前回覚えたリズムでノッカーを叩きつけた。
ここんこんここん。
ここんこんここん。
やっぱ、アレだろ。このリズム。
「……誰か?」
すすっ、と目の位置辺りのスリットが開く。
「えっと、以前にもこちらに伺った勇者ショージと言うものです。また王様にお会いしようと思いまして――」
にこー。
精一杯笑ってみた。
しゃこっ!
が、何故かスリットはかなり乱暴にぴっちり閉じられてしまった。
困ってマリーを見ると、無言でぐるりと目を回して呆れている様子である。
ここんこんここんっ!
しゃこっ!!
「やかましい! 帰れ!」
「帰れ、じゃねえっつーの! 俺の面目丸潰れじゃねえかよ空気読め! いいから開けろってば!!」
「リア充カップルの男の方の面子を立ててやらんといけない筋合いはないだろうが!」
「嫉妬ですか醜いですね」
「………………待ってろ。殺す」
しゃがっ!
ぶっ壊れるんじゃないかと思うイキオイでスリットが閉じ、即座に通用門が開かれた。そこからのっそりと顔を覗かせたのは――前回の門番のお姉さんではなく、また別のかなりマッチョなお姉様だった。
「いい度胸だなゴルァ! ああ!?」
「う……ははは、いい天気ですねー」
「確かに。お前が死ぬにはな?」
「落ち着きましょうそうしましょう」
ぽきぽきと指を鳴らして威嚇するお姉様を両手で押し留めようとしていると、後ろに立っていたマリーが余所行きの声で厳かに告げた。
「待ちなさい――」
「んあ?」
「私の名は、女神・マリー=リーズ。この者は勇者ショージと言います。魔王討伐の命を受け、再び老王にお目通りを願って参りました。通しなさい」
「め、女神……様……!?」
マリーを女神だと知ったお姉様の反応は予想を超えていた。途端に姿勢を正し、大きな身体を縮こませるようにしてその場に片膝をつく。
「し――失礼致しました! どうぞお通り下さい」
「ありがとう。では、参りましょうか」
俺たちが横を通り過ぎる間も、門番のお姉様は微動だにせず、顔を上げてこちらを見ようとする素振りすらない。しゃなり、と優美な所作で進むマリーを慌てて追いかける。そろそろ門番の姿が見えなくなった頃合いでマリーに小声で囁きかけた。
「……おい。一体どういうことなんだよ?」
「何がよ?」
もうさっきの口調は止めたらしい。
すっかり元のギャルっぽい伝法さだ。
「前回もそうだったけど、女神って知った途端、怯えてるみたいになっちゃうのはどうしてなんだ?」
「実際、怯えてんのよ」
「?」
どういうことだ?
「頑丈で、怪我知らずで、その上正体不明の《加護》なんて力まで持ってるんだもん。戦っても勝てやしないし、下手に逆らいでもして、最悪呪われでもしたら堪らない、って思ってるんじゃない?」
「呪うって……」
おいおいおい。
魔物でも悪魔でもなく、女神なんじゃないのか。
「言ったでしょ?」
つまらなさそうにマリーは答えた。
「そうやって厄介者扱いされるくらい、今の《ノア=ノワール》は女神だらけになっちゃってる歪んだ世界なの。……いいから早く行くわよ!」
誰の姿も見かけない閑散とした町並みを進む。前回よりは露骨さは減っていたが、やはり時折あちこちから、ぱたん、ぱたん、と鎧戸の閉じられる音が聴こえてくる。次第にマリーの表情は渋く歪められたが、結局何も言わないまま、俺たちは町の中央に聳え立つモニゲン城壁まで辿り着いた。
今度はマリーがそのことを口にする前に身振りで促し、裏手の方にある石扉へと向かった。
ごごんごんごごん。
ノッカーの音が響いた直後にわずかに扉が開いて、門番の目だけが音の主である俺を見る。
「あの、以前にも――」
と言いかけたところで扉はそのまま大きく開かれ、何となく見覚えのあるような女の子が微笑んでいる。
「勇者・ショージ様、ですよね? 覚えてます!」
「こ、光栄です……!」
ようやっと勇者・俺を勇者らしく扱ってくれた門番の女性の純粋な笑顔にしみじみ感動していると、
「あ、そういうんじゃないです。面倒事になる前にお通ししようかと思っただけなので。どうぞ」
……はあ。溜息が出てしまった。
そのまま隣を向いてみたが、もういちいちリアクションするのも嫌になったようで、マリーは無表情のまま一足先に城内に踏み込んだ。俺もそれに続く。
「謁見の間、ってどこよ?」
「こっちだ」
幸い、俺の記憶はまだ新鮮さを失っていなかった。
マリーと入れ替わるように前に進み出ると、石の回廊を進み、長い階段を上がって、目的地までスムーズに辿り着くことが出来た。その奥に置かれた玉座には、見たことのある老人が安っぽいふさふさの白いモールを縁にあしらった赤いマントの山の中に埋もれるように座っていた。
「よく、参られた。勇者・ジ――ショージよ」
同じ間違いを犯す前に気付いてくれたのは有難い。
しかし、この老人が変わらずここにいることこそがそもそも間違いなんだけど。




