第四十五話 やってやる!
「まだ鈍痛がする……」
「うっさい! 馬鹿!」
そんなこんなで、今はマリーの部屋だ。
しきりに腹を擦っている俺は無事元の天津鷹翔二の姿を取り戻していたのだが、変化の影響かふわふわと船酔いに似た酩酊感が残っていた。あと、気を抜くとつい癖で女言葉が飛び出しそうで、ちょっと気を付けないと駄目そうである。
「……えーっと」
そして、正座の姿勢を強いられていた。
あと猛烈にお腹が痛い。
絶対内臓破裂とかしてる。
「なんでそんなにお怒りなのか、ぜんぜんちっとも分からないんだけど……」
「無視無視」
「律儀に答えてる時点でそれはもう無視じゃないというか」
「つーん」
「あれだよなー。いちいち擬音を言葉に変えて口に出すのって、いかにもオタク臭い習性というか性というか」
「いい加減黙んなさいよ、馬鹿ショージ!」
「あ、痛て」
正座中の俺の周りを散々うろついていたマリーが流しの方から運んできた手の中のコップを、苛立ち半分で俺のこめかみあたりに軽く、こつん、とぶつけてきたので不平を漏らす。ん、と促されるまま慎重に受け取ると、冷えた中身はまたもやミスリル麦茶だった。けど、普通に渡して欲しかったりする。
「えと……何か妙な期待してたんなら謝るけどさ」
「だだだ誰が期待なんてしてたのよっ!? いつ? 誰が? 何時何分何曜日っ!?」
お前は小学生か。
「それよりも」
おほん、と一つ、わざとらしい咳払いをしてマリーは話題を変えた。
「元の世界に戻る方法が分かったって言ってたけど、それ本当なの? 葵さん、知ってたんだ?」
「だいたいあってる」
オタクがこの科白を吐く時は、そこそこ適合率は高くても、致命的な違いがある場合がほとんどだ。俺は続けた。
「元の世界に戻る方法は、俺が考えているものでまず間違いないと思う。今はまだ『と思う』って程度だから真実かどうかは分からないけどな。葵さんにだって確証はない。でも、ヒントはくれた。そして、葵さんが打ち明けてくれた自分自身についての話が嘘じゃなければ、今晩その裏付けを取って連絡してくれる筈だ」
「葵さん自身のこと? ……何を聞いたのよ?」
「ご、ごめん。それだけはマリーにも言えない」
それだけはお願い、と葵さんには釘を刺されている。
さすがに《女神9》の一人であると知られてしまうのは、いろんな意味で具合が悪いだろう。
「……ま、いいけど」
またもや機嫌を損ねるかとひやひやしたが、意外とあっさりマリーは引き下がった。
代わりに真面目腐った顔で俺の目の前に、ぺたん、と座って言った。
「じゃ、ちゃんと話して。kwsk」
俺は頷き、知り得た情報とそこから立てた仮説をマリーに説明した。
勇者に与えられた使命とは、魔王を討伐すること、この一点に尽きる。
なので、これが第一条件だ。
だが俺の望みでもある《神成り》を避けるには、それに加えて《女神の加護》を一つたりとも授からないこと、という高難度の条件がつく。これを二つ同時に達成すれば、その功績を盾に元の世界に戻してもらうよう申し出ることができる筈である。
それを聞き終えたマリーは、少し渋い顔をした。
「そうだけど……難しいよそれ。それに、ショージの願いを神がまともに聴き入れてくれるかどうかなんて保証はないんじゃないの?」
「その保証なら、葵さんがしてくれるといいな、って期待してるんだ。それを待ってるんだよ」
葵さん程の高位の女神であれば、神々とも親交が深いに違いない。過度の期待を持たせないように控え目に言ったのだろうけれど、サポートならしてあげられそうだとも言ってくれた。か細いツテではあるけど、今はまずそれに賭けてみるのが順当だろう。
ぴろりん♪
いつでも受け取れるよう起動しておいたパソコンからメッセージの受信音が聴こえたので、痺れる足を奮い立たせながら急いで机の前に移動した。
「早く。開いてみて」
って、お前も来るのかよ。
だーかーらー!
二人で座るには狭いんだってば!
ぶつぶつ言いながら俺はメッセージを開封する。
『はろはろー。って夜www。ちょっと知り合いに聞いてみたけど、やっぱ前例がないせいで誰も自信が持てないっぽ。ただ条件は揃ってるから、交渉は十分出来るんジャマイカって意見が多かったー』
うぉい!
シリアス気味なこっちのテンションと違い過ぎて扱いに困る。
つかこれ、ホントに同じ人なのか?
かたかたかた……。
ったーん!
華麗にメッセージを返す俺。
『じゃ、確実な答えが出せるのって誰ですかね?』
『んー。今の天界で最終決定権を持ってるのは、英雄神・アルヴァーよ。ってことは、彼でFA』
『命題――アルヴァーに交渉は可能か?』
『無理ぽ』
くっそ。
このノリで完全否定されると辛すぎて泣ける。
『全ての決定はアルヴァーがするんですか?』
『さすがにそれはないね。採決する議題が多すぎて、それを全部彼がジャッジしてたら過労死まである。軽めの物ならそれ専門の神が審判を下してるよ。彼が出てくるのはよほど判断に困る物だけ。そういう意味ではワンチャンあると思うぜ』
ワンチャンじゃ困るんだよぉ……。
何せこちらはたった一度の失敗で、めでたく神々の仲間入りなのだ。とは言え、何もしなければいつまで経っても状況は変わらない。
なので、答えは決まっていた。
『だが、気に入ったッ! やってやるッ!』
妄想世界の中の俺の背後には、ドドドドド……!という書き文字が踊っているかのように毅然とした態度で宣言してやった。




