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女神マシマシ勇者抜きっ! ~俺と腐女神の同人活動~  作者: 虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
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第四十一話 終わったのはいいけれど

「結局……ちょっぴり余っちゃったね」

「いやいや。上出来だって。初参加でこの成果ってのは、かなり自慢できるくらいなんだ。喜べよ」


 少しだけ残念そうなマリーの科白に、俺は心からの満面の笑顔で応じる。




 最終的には、予備を含めて五十三部あったマリーの――いや、まりりー☆先生の描いた初めての同人誌、『抱かれたい神一位!の俺様英雄神は、純情ビッチでした☆』は、たった三部を残し、あとは全て参加者の手元に渡った。


 そのうち俺がアドバイスの御礼にとお世話になったサークルの関係者に進呈してきたのが五部なので、何と実に四十五部を頒布することができた訳である。これは無名の一サークルが成し遂げた成果としては、もう快挙と言っても過言ではないだろう。




 生々しい話をしておくと、五〇部の印刷にかかったのが一五〇〇〇メガポ、それを一部四〇〇メガポで頒布したから、掛ける純粋に頒布した数の四十五部で一八〇〇〇メガポになる。


 ただし、会場までの交通費はゼロだけれど、参加費や小物を購入したりといった諸費用があるので、ちょうどとんとん、というところだった。儲けよう、と考える者にとってはよほどアコギな価格設定をしないととても割に合わないだろうけど、そもそも同人活動なんてこんなもんなのである。


 それより何より、マリーの作品に対価を支払おうと考えてくれた人が四十五人もいたのだ、という事実が素直に嬉しかった。マリーの妄想には価値がある、決して、無価値で無意味で、恥ずべきものなんかではない、ということが形となって証明されたのだ。それは金額には換算できない成果だった。




 在庫がほとんどないことは撤収作業にもプラスに働き、テーブルクロスや小物を全てしまいこんだ後でも、カートはころころ転がさなくてもいいくらい軽かった。


「さてさて。どうだった、まりりー☆先生? 初めてのイベント参加のご感想は?」

「楽しかった……!」


 隣に立つマリーは、俺の剥き出しになった二の腕をきゅっと握り締め、何度も頷いている。


「いろんな人に出会えて、皆に優しくしてもらえて、あたしの本、いいね、面白い、って言ってもらえて……ね? ホント、夢みたいだった……!」

「夢じゃないってば」


 マリーに釣られて俺もくすりと笑いを溢した。


「あらあら。何か、初々しいわねえ」


 微笑ましいものを見るように目を細め、そろそろ片付けが完了しそうな舞亜さんは優しい声で言った。


「あたしたちも、最初に参加した時はそうだったのよね、きっと。あたしも織緒もがちがちに緊張しちゃってて、やっぱり周りの人たちに励まされたり、助けられたりしちゃったわ。だから今度は、あたしたちがそうしたってだけなのよ」

「舞亜さんたちには凄く感謝してます。本当に」


 何しろ、頒布数四十五部を達成できたのは、織緒さんの口添えと、舞亜さんの作った衣装のおかげでもある。あれがなかったら、とてもこんな結果にはなっていなかった。


「そんなことはないわよ!」


 舞亜さんは慌てて手を振って見せた。


「きっと私たちがいなくても、まりりー☆ちゃんの本の良さは分かってもらえただろうし。ほら、『SNSで見て来ました!』って言ってた人も大勢いたじゃない? あれ、あまったかちゃんが頑張ったからでしょう? やっぱり、あなたたちの力」

「そんな……」

「そーよ? 最初は、何訳わかんない事してんのさ、って思ってたけど」


 いやいや。

 お前は分かっとけよ、もう。


 どちらも撤収の準備はできたものの、コスプレ参加者専用の更衣室に向かった織緒さんはまだしばらく戻ってこれなさそうだった。かなりの人数がコスプレしていたようなので仕方ないのだろう。




 そして、俺もまだ帰る訳にはいかなかった。




「あ……あのさ、まりりー☆先生?」

「ん?」

「悪いんだけど、もうしばらくここで待っててもらえないかな? ちょっと――」


 身振りで伝え、その場を離れようとする。


「え……? 何処行くのよ?」

「葵さんのところに、さ」


 一瞬、マリーは不貞腐れたような表情を浮かべた。


「………………別にいいけど」

「ごめん! すぐ戻るから!」


 気の利いた言い訳を思いつかなかったけれど、マリーがそれ以上詮索しようとしなかったので少しほっとしつつ、俺は足早に葵さんたちのサークルスペースへと急ぐ。






 閑散とした会場のまばらな人混みをかいくぐるように歩いていくと、葵さんたちのサークル『神〇未満』のスペースでは、数人の女神たちが慌ただしく片付けに勤しんでいた。正規のサークル参加者として認められるのは二名までなので、他の人たちは普通の手順で一般入場したヘルプの人たちなのだろう。


「あの……」


 長机にでろーんと寝そべり、あまり働いていない様子の見覚えのある黒づくめの少女がいち早く俺の姿に気付き、後ろを振り向きもせず背後の人物に合図を送る。


「おーい。来たデスよー」

「あら……感心ねぇ……」


 答えたのは葵さんである。もうさっきまでの派手ないで立ちをやめ、少し地味目に振ったワンピースの上にジャケットを羽織っていた。周囲にいた女神それぞれに一声ずつかけると最後にぼーぱるさんに意味ありげな目配せをしてから、俺に向けてついてくるように無言で促した。


 そのまま俺たち二人だけ、すぐそばのシャッターをくぐって会場の外へと出た。布面積のやたら少ない衣装とこれから起こることが予想できないせいもあって、少し肌寒く感じてしまう。最後にもう一度、周囲の様子を確認してから、葵さんは単刀直入にこう切り出した。


「んで……どうして呼び出されたと思う、あまったかちゃん?」


 すぐに葵さんはかぶりを振って言い直した。


「いいえ、違うわね……あなたのこと、何て呼んだらいいのかしら――勇者君?」






 やっぱりそうか――。

 しばらく黙り込んだ後、俺はゆっくりと告げた。






「あたし……いや俺は、天津鷹翔二と言います」

「なるほどね……」


 それは、俺がそれまで名乗っていた偽名についてようやく合点がいった、ということなのだろうか。いずれにせよ、葵さんの瞳には、探るような色が確かにあった。


「あの……っ!」


 俺は口早に告げた。


「もしも、今回のことで何か罰を受けなきゃいけないんだとしても、マリー――い、いや、まりりー☆は無関係ですから! この恰好だって、まりりー☆をサポートするために仕方なくやったことで……」


 葵さんは答えない。

 反対に、徐々に俺の口調は熱を帯びていった。


「お願いです! 聴いて下さい! 葵さんや他の人たちを騙そうなんて気持ち、全然なかったんです! まりりー☆の願いを、あいつの思いを叶えてやりたくって……本当にそれだけなんですよ! 嘘じゃ、ない……嘘じゃないんです!」


 しばらく葵さんは黙っていた。これ以上どう言えばうまく伝わるのだろうと悶々としつつ、続く言葉を必死に探していたのだが、


「……やっぱり面白い子ね、あまったかちゃんは」

「え?」


 葵さんの科白の意味がうまく理解できない。結局何も言えずに黙っている俺に向けて、少しだけ口調を和らげた葵さんは笑いかけた。


「だってそうでしょ? もっと見苦しく言い訳してくれたって良かったのに。見逃してくれー、助けて欲しいー、そんな科白、一つも口にしないんだもの。ま、正体がバレたところで死ぬ訳じゃないんだし? だからってのも……いいえ、違うのよね、きっと」


 そう葵さんから指摘されるまで俺は、殺されるかもしれない、と本気で信じ込んでいた。何とも間抜けな話である。




 考えてもみれば、勇者だと知れたところで――。




「そ」


 推測は、そのまま葵さんの口を借りて飛び出した。


「会場にいる大勢の、飢えた女神たちの《餌》になるだけ。ありったけの《加護》を授かるだけよ」

「!?」

「あら、何を驚いているの?」


 思わず表情に出してしまっていたらしい。

 葵さんは再び探るように丸く見開かれた俺の瞳を覗き込んでから、可笑しそうに笑った。


「まりりー☆ちゃんからも聞いたじゃない。女神は勇者の心が読めるのよ。でも……あら、その条件までは聞いてなかったわね?」


 そう言い、唐突に俺の手を両手で包み込んだ。


「条件は、接触。こうして勇者に直接触れれば、しばらくの間は心が読める。反対に、そうと望めば、女神の意識も――」


 ――伝えることができるのよ?


 科白の最後は俺の脳内に直接響いてきた。

 念話、ってことか。

 幸いゲーム脳の俺は、さほど驚くことはなかった。


「そういうこと。でも、面倒だからこのまま、ね」


 言葉で話そう、ということらしい。


 俺はサークルスペースでの葵さんとのフレンドリーすぎる一連のやりとりを思い出し、慎重さを欠いていた行動を悔やんだ。とは言え、自分から葵さんに抱きついた訳でもないのでどうしようもない。いろんな意味で不可抗力だった、としか言えなかった。


「一応、今後のために教えてあげると、相手に対して心を閉ざしている限りは、いくらべたべた触りまくったところでちっとも心なんて読めないわ。だからこれは、あなたがあたしに対して好意を抱いて、心を曝け出してくれた、って証明にもなるのよ」

「なるほど」


 喜んでいいのか悪いのか……複雑な心境である。


「今だってそう」


 また、葵さんは笑った。


「こんな状況でもあたしがあなたの心を読めるってことは、つまり、ね?」

「それは………………葵さんですし」


 正直、この会話のゴールがまるで見えていない状態であり、不安がないのかと言われれば嘘になるだろう。甘えとか楽観的な考えではなく、現実問題として葵さんの好意を裏切るような真似をしてしまった訳で、その葵さんから罰を受けるのは仕方ない、と考えていたからでもある。


「ということは、葵さんには俺にやましい気持ちがなかったってことも……分かってもらえたり?」

「それと、騙していたことは別の話よね?」

「う……」


 細くすぼめられた瞳が俺を静かに見つめている。


 それは……ごもっともです。

 こればかりは言い訳のしようもなかった。




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