第四話 第一の女神
「………………ねえ誰に説明してんの? キモっ」
「くっそ! 主に自分に対してだっつーのっ!」
ついさっき耳にしたばかりでまだ記憶に新しい女の子の声が、背後からとってもげんなりしたトーンで無情にもツッコミを入れてきた。まさかそこにいるとは微塵も思いもよらず、動揺しているだなんて絶対に悟られたくなかったので、若干キレ気味に答えてやった。
「いまだに状況が呑み込めてないんだ、こっちは! 大体何だよ、あの光! どう考えたってお前の仕業だろ!? せめて脳内ハードディスクに保存する暇くらいくれたってよかっただろうがあああっ!」
ぜいぜいと肩で息を吐きつつ、再び姿を現した謎の女の子の恰好にいまさらながらに目を向けて――。
「……っていうか、そこの女神」
溜息とともに言うと、俺のではない溜息が応じた。
「……マリー=リーズ。あと、様を付けなさいよ」
「は、良いとしてだな……」
むっつりと横柄な態度に割と腹が立ったのでスルーしてやる。案の定、マリー=リーズと名乗った自称女神はますます露骨なまでに顔を顰めた。
「は? 何なの?」
「……はぁ」
まるで気付いてないらしい。
もう一度溜息を吐いてから、教えてやった。
「お前さ……さっきの衣装はどうしたんだよ?」
「え?」
え、じゃないってば。
今のお前、もうどうやっても言い逃れのできないくらいに完璧なジャージ姿なんだが。
「………………うゎ」
ようやく気付いたらしいが、もう遅い。今の彼女の姿は、神聖さの欠片も感じないどころか、今にも、ちーす!、とか言い出しそうな完璧にナメきった風体をしていた。
「……くっ」
そこでさらに俺は、またも信じたくない事実に気付いてしまった。
「おい……それ。そこっ!」
生まれてこの方見たこともない透けるような青白い色を帯びた自称女神(ジャージ)の長い髪には、さっきうっかり感じてしまった神々しさはもう見る影もなかった。何とも適当な束ね方をされて、頭のてっぺんあたりでうにょりと何重にもとぐろを巻いている。
いや、だけなら良かったんだけど。
その膨大な量の髪の毛をひとまとめにしているのは、あろうことか赤い幅広の輪ゴムなのであった。
「さすがに輪ゴムはないだろ、輪ゴムはっ!」
「――!?」
一瞬、しまった!、という表情が浮かんだが、立て続けに不本意すぎる指摘を受けてしまってはもはや取り繕う気力もないようで、ぶっすー、と不貞腐れたような顔付きになる。
「……忙しかったんだし。仕方ないじゃん!」
さらに眉間に怒りを表す深い皺が刻み込まれた。
「それなのにっ! いきなりあんたがあたしの部屋まで聴こえる声でぶつぶつ言い出したから、慌てて様子を見に来てあげたんじゃん! いっちいち細かいことで文句言わないで欲しいんだけどっ!?」
「って言われてもなあ……。そりゃ悪かったけどさ――」
剣幕に気圧されてトーンダウンしたのは俺の方だ。次の言葉を探しながら、俺は改めて目の前の怒れる自称女神(ジャージ)、マリー=リーズ某の姿をまじまじと観察した。
女神、などと大それた名乗りをあげた割に、見た目はごく普通の高校生のように見える。きっと、ジャージ姿なのも原因の一つだろう。
小洒落たジャージ姿ならまだマシだったけれど、全体的に使い込まれたようなくすんだ緑色をしている上に、身体の側面に沿うように配置されている白の二本線がやたらと地味なベクトルに偏った自己主張をしていた。そこまで徹底されると、もうどうしたって何処かで見かけたような気さえする典型的な学校指定の一品にしか思えない。
例の『足掛け』だって昨今アパレルメーカーから販売されてるジャージでは見かけないものだし、裾からちらりと覗いている何の変哲もない白いソックスも何とも言いようがないくらい地味だ。ファッションセンスゼロの俺すら呆れてしまうくらいなのだから間違いない。
背は俺より低かった。全国平均身長一七〇センチぴったりの至って『普通』な俺と比べたら一五五センチくらいだろうと思われる。その位置から絵に描いたような不機嫌丸出しの上目遣いの視線が、今この瞬間にも俺に向けられていた。
「……何なの?」
こんな表情を浮かべてさえいなければ、可愛い方の部類に入るんじゃなかろうか――そんな場違いな感想が思い浮かんでしまった途端、何だか落ち着かない気持ちになってしまう。
「な――何でもない。何でもない……けど」
おほん。
咳払いを一つ。
「もっかい……確認したいんだけどさ。いい?」
「嫌だけど。……何?」
あ、嫌なんだ。くっそ。
「本当は、あの時、あの場所で死ぬ運命なんかじゃなかったから、俺を一時的にこの世界に転生させたんだ、さっきそう言ったよね?」
「……言ったわよ?」
いささか喧嘩腰とも取れる口調で、挑むように自称女神(ジャージ)は答えたのだが、
「でもそれは言葉のあや。本当か嘘かは置いといて、いちいち誰それが生き返らせたー、なんて教える必要ないじゃん? 第一、正直に伝えたところでどうせあんたにはそれが誰のことなのかなんて分かんないんだし。……一応言っとくけど、やったのはあたしじゃないから」
言わなくても良いことまで溜息混じりにすっかり暴露してしまうと、自称女神(ジャージ)はあらぬ方向に視線を向け、今にも帰りたそうにぼさぼさの毛先をねじねじと弄り始めた。
何だか話が良く見えないんだけど。
「じ、じゃあさ――別に俺は、君の前に現れる必要なんてなかった、ってことなのか?」
「はぁ……。だって、仕方ないじゃん」
溜息とともに再び上目遣いで睨まれてしまった。
「あたしがあんたの担当に任命されちゃったんだからさ――クレーム処理の」
「ク………………クレーム処理?」
何だか大変なのな、女神。
もっとも手違いで死んでしまった俺の方がむしろ大変な状況なんだけど、心底面倒臭そうに答える自称女神(ジャージ)の態度を目にして、つい、そんな同情めいた感想を抱いてしまった。
――い。
いやいやいやいや!
だったらだったで、きっちり聞かせてもらおうか!




