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女神マシマシ勇者抜きっ! ~俺と腐女神の同人活動~  作者: 虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
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第三十一話 あたしってば超天才!

 たっぷり時間を置いてから俺は優しく言った。


「先生、落ち着かれましたか?」

「……ました」


 まだ少し、ぜーはー言ってるけどな。




「リスト、途中なんだが? 一応やっとくか?」

「ううう……そ、そうね」


 気を取り直してリストに視線を移したマリー。


「五って……。これ、四と微妙にかぶってるんじゃないの? あたしたちのスペースをどう飾るか、ってことなんでしょ?」

「それもあるけど、一番はそこにいるお前のプロデュースだ。さすがにその恰好はないだろ? 芋ジャーって」

「芋って言うな!」

「だ、だってさ……」


 今更ながらに隣に座っているマリーの姿を上から下まで検分する。

 おい、何だよ、ちょっと恥ずかしそうにすんな。言いにくくなるだろ。




 しかし、すっ、と息を吸い、


「……やっぱ、だっせえ」


 俺は言った。




「だ、ださくないっつーの!」


 意外なことにマリーは真っ赤になって怒り出す。


「これ、高かったのよ? 超レア物なんですからねっ! ここぞという時にはこれじゃないと駄目!」

「普段着じゃん? 部屋着じゃん?」

「は・い・?」


 あ、怖い。

 こめかみの血管がぴくぴくいってる。


「普段着ってのはね! あんたと最初に会った時に着てたアレみたいなのを言うのよ! ……あんな、ひらひらー、ふりふりー、みたいなのを言うの!」

「えええー……」


 何だよ。あっちのいかにも女神様!みたいな恰好がよっぽど正装だと思ってたのに。違うのか。もう俺には女神の美的基準がさっぱり理解できなかった。


「ほら……見てごらんなさい?」


 俺の目の前で気取りに気取りまくった女神がさまざまなポーズを取っていた。ジャージで。


「この、神聖なる森の奥深くで長い年月を経て培われた、手つかずの苔のごとき深緑。華美にならず、鮮やか過ぎず、女神が身を包むにふさわしい(つつ)ましさと(しと)やかさを備えているわ。そして、そこを迷いもなく切り裂き、駆け抜けていく白い二筋は、不浄の冷気を(はら)んだ清風のよう……」

「わ、分かった。分かったってば」


 うっとり、と恍惚となってなおも語り続けるマリーを慌てて制した。

 話が進まないし、これ以上、何を言ったところでどうすることも出来そうにない。


「お前がその恰好が良い、って言うなら止めない」

「分かればよろしい」


 ふん、とマリーは満足げに頷いたのだが、


「で? あんたはどうするのよ」

「……はい?」

「はい?じゃないでしょ!」


 マリーは、アホか、という顔をした。


「聴こえたでしょ? あんたはどうするの?って聞いてるのよ、馬鹿ショージ!」

「どうもこうも」


 俺はいまさらながらに思い出しつつ答える。


「今回のイベントは、売る方も買う方も全員女神なんだろ? だったら俺が参加できる訳ないじゃん。それこそ会場で勇者だってバレようモンなら、ありったけの《女神の加護》を授けられて、魔王の討伐前にめでたく神の仲間入り、おめでとう!ってなっちゃうだろうが……」


 自分で言っておきながら、ふと脳裏に浮かんできた血の滴るようなGAME OVERの文字に震えが走った。これ以上ないくらいのBAD ENDである。


「えー……」


 言われてみれば極めて正論だったようだ。


 だが、そうなると会場でマリーは一人ぼっちだ。

 そのことにマリーもすぐ気付いたらしい。




 普通に考えて、ソロでサークルとして参加するのには厳しいものがある。例の『女神トイレに行くのか問題』は別にしたとしても、設営も一人、客の応対も一人。売るのも一人だし、咳をしても一人である。尾崎放哉(ほうや)ェ。忙しければそれなりに気も紛れるだろうが疲弊するし、暇だったらだったで心が死ぬ。


 もしかすると、葵なら呼ばなくても勝手に訪ねて来てくれるんじゃないかという淡い期待はあったものの、向こうもサークルとして参加しているんだったら手伝いを頼むのは筋違いだし、そもそも自分たちだけで賄えないくらいならサークル参加なんてすべきじゃない。




「でも……」


 それでもマリーは納得しようとはしなかった。

 引き攣った笑いを口元にこびりつかせたまま、独り言のように呟く。


「だって……いろいろ持って行く物がたくさんあるのよ? 《扉》を使ったって、直接イベント会場までは行けないのよ? ……ううん、そういう大変なことだってもちろんそうだけどっ!」


 しかしだな――そう言いかけた俺は、目の前にあるこれ以上ないくらい真剣な表情に言葉を失くした。


「これ、二人で作った漫画だよ? 二人で作ったサークルなんだよ!? なのに……ずっとあたし一人なんてあり得なくない!? それに――!」


 何故かマリーは唐突に言葉を切り、わずかに言い淀んだ。

 そして、急にムキになって声を荒げる。


「あ、あと、帰りは行きより荷物が増えちゃうんだってさっき言ってたし! ずるいわよ! あたしばっかり大変な思いするのって! あんただって道連れにしてやるんだからねっ!!」


 その時、あ、とマリーの顔に閃きが走った。


「そうだわ! そうよ! アレなら絶対何とかできるわ! あたしってば超天才!」


 頬をほんのりピンク色に染め、自分の思い付きの凄さにただただ身震いしているマリーだったが、それを見ている俺の方はというと嫌な予感しかしなくってやっぱり身震いが走った。にしてもこいつ、今にも嬉ションでもしでかしそうで不安になってくる。


「……アレって?」


 不安を声に出してみた。


「いーのいーのっ! このまりりー☆先生に任せておきなさい!」

「アレについてkwsk(くわしく)

「無視無視」

「無視すんじゃねえ!?」


 結局、マリーはそれ以上語ることはなかった。






 それから俺たちはイベントの準備に没頭した。


 アニメやラノベだったならこういう場合、マリーが急に熱を出したりなんかして原稿を上げることができずにイベント参加が危ぶまれる、なんていうサークル存亡の危機の回になったりするものだ。


 だが、そこは耐久性には定評のある女神。確かに創作中のマリーはしんどそうだったものの、そのまま何事もなく無事に入稿を完了させることができ、いよいよイベント当日となったのだった。






 しかし、苦難はここから始まるのである。

 主に俺の。




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