第二十六話 手伝ってやるって言ったんだよ!
「………………どう?」
いけね。
こいつがいるの忘れてた。
心配そうに問いかけるマリーの声で我に返る。
とんとん、と机の上で紙束を整え、もう一度ぺらぺらと手の中でめくりながらぼそりと言った。
「………………面白かった」
「え? 何?」
「くっそ! 面白かった、って言ったんだよ!」
「……ふーん。ふーんふーん」
よほど嬉しかったのだろう。言葉では無関心を装いながらも、正座の姿勢を続けるのをギブアップして床の上で体育座りをしているマリーの白いソックスの爪先は、もぞもぞと落ち着かなげに蠢いていた。
だが、
「しかーしっ!」
これでは駄目なのだ。
「うぇ……また何か言われるのあたし?」
「まあ聞きなさい、そこの腐女神」
「はぁい」
念のため、もう一度机の上で紙束をまとめ直し、その厚みをマリーに向けて見せつけた。
「これ、何ページあるか……分かってるのか?」
「そんなんフツー数えないっしょ?」
「数えとけよっ!」
一、二、三……と声に出して数えてみせる。不思議な物で、無言で数えようとすると大抵は途中で数が分からなくなってしまうものだ。あるあるである。
「……九十九、一〇〇! はい、一〇〇ページありました!」
「あーはいはい。見てたから分かるってば」
「じゃなくて! 多すぎるんだっつーの! いくらオリでも、さすがにこの枚数はネットでネタになるくらいだぞ!」
「だって……しょーがないじゃん」
気持ちは分からないでもないが。
「しょうがなくないの! そういうのを確認するためにもネームは重要なんだって。たとえばだ――」
漫画は二作目、ネームは一本目でこれなので十分驚嘆すべき出来栄えなのだが、まだやらないといけないことがあった。
「ここからここまでの、アルフェンが魔王との一戦を思い出している導入のシーンがあるだろ? 構図がいい。ポーズも決まってる。……でもな? 回想で一〇ページはさすがに長い。せめて半分にしろ」
「――! 言うのはカンタンだけどさ!」
思い入れがあるシーンなのは分かる。
いきなり削れ、と言われて納得出来ないのも分かる。
でもこの導入が長いせいで、なかなか話の本題に入れないのがネックなのは確かだ。
「ジャストアイディアだけどさ……ここの科白を削って、ここに心の声として入れるだろ?」
あ!とマリーが非難めいた声を出したが、俺は無視してそのネームに消しゴムを入れては加筆していった。
「それからここの大ゴマはもう少し小さく。あ、でも、枠線からはみ出させるように描けば、迫力は持たせられると思うから、こう、だ。グライザードの表情もいい。ここは残す。で……ここもこう、と」
「……おー」
ふう良かった。ちょっと感心してくれたみたいだ。
誠に遺憾ながら、俺に絵心がないってところは勘弁して欲しい。
それでも言いたいことはマリーにも十分伝わったようだった。
「他にも詰められるところはあるぞ。そうやって、そうだな……せめて六〇ページくらいにまとめるのを目標にしてくれ。いいか? ただ捨てるんじゃなくって、じっくり煮詰めていく感じだぞ?」
「三分の……二!」
多分、あたしには無理だよ!とでも言おうとしたのだろうけれど、実際に見ている目の前で半分にしてみせたのが効いたようだった。深く一つ息を吐いて、マリーはそれを飲み下した。
「うー……やってみる」
だが、まだ納得できないところが他にあるようだ。
「けど……どうしてそこまで無理して短くしなきゃいけないのよ?」
「それにはいくつか理由がある。ちゃんとな――」
右手の人差指を立てた。
「まず一つ目。これはあくまでまだネームの段階だ。ここからペン入れしないといけないんだぞ? あと、扉絵はここにあるけど、表紙は別だ。それも描かないといけないんだぜ? お前がどれだけ早く作業出来るのか知らないけど、これ一本で一年がかりのプロジェクトって訳にはいかないだろ? 違うか?」
「……そっか」
マリーが抱えている、次の、またその次の妄想はそこまで待ってくれない。ある程度コンスタントに吐き出せるペースで描けないと意味がないのだ。
「じゃあ、二つ目」
納得したようなので隣の指を立てた。
「これは確かにお前だけの妄想の塊だけど、手に取る読者のことも考えてあげないとただの自己満足で終わっちまう。もちろん、マリーには描きたいシーンや表情があって、なかなかそう簡単に譲れないってのも分かってるつもりだ。……けどな? 楽しく描く、ってのと、楽しく読める、ってのはイコールじゃないんだ。常にそれを意識した方がいい」
「……難しいこと言うのね」
マリーは眉間に皺を寄せ、唇を尖らせて呟くが、
「できないと思ってたらこんなこと言わないだろ? お前にならそれができると思ってるからこそ、俺は無茶を言ってる。その一つが、ネームを推敲して、ストーリーを煮詰めることなんだ。できるよな?」
糞真面目な顔で言うと、マリーはますます唇を尖らせ、そっぽを向きながら答えた。
「……もう。やればいいんでしょ? 分かったわ」
「よし」
そして俺は、三本目の指を立てた。
「最後に三つ目だ」
これは、あまり気が進まなかったのだが――。
「全く無名の初参加で、いきなりオリ一〇〇ページ本出されても、見に来た奴も困る。手に取るどころか、逆に戸惑うっつーの! 六〇どころか、もっと少なくってもいいくらいだ。それに印刷代だって馬鹿にならないだろうし……って、そもそも天界に印刷所とかってあるのか? うーん、ここはあのド変……い、いや、葵に聞いてみるしかないか」
「……?」
あ、あれ?
ノーコメント?
さっそく調べるつもりでパソコンの電源を入れようとスクリーンへ視線を移していた俺が不思議に思って振り返ると、マリーは目を丸くして口を半開きにしたまま無言で見つめ返していた。
「な……何だよ。その顔」
「え? え?」
次第にその顔が緩み始めた。
「だって……だって、それってさ……」
「だ、だってじゃねえだろ!? も、元はと言えば、お、お前が変な約束しちまったからじゃないか!」
くっそ!
すっげー嬉しそうな顔しやがって!
思わず顔が熱くなってしまい、それを隠そうとついマリーに背を向けてしまった。それでも背後からマリーがくすくす笑う声が追い打ちのように響いてきて、何だかますます落ち着かない気分になる。
ぽつぽつ、とキーボードを叩きながら俺は言った。
「イベント……本気で出てみたいんだろ? 正直に言えって。そもそも、お前がずっと秘密にしていた妄想を、描きたいように描いて吐き出しちまえ、って焚きつけたのは俺なんだ。だ――だから、手伝ってやるって言ってるんだよ! わ、悪いか!?」
「……馬鹿ショージのくせに」
「え……何だって?」
嘘だ。
ホントはばっちり聴こえていた。
俺にどこぞのラブコメ主人公みたいな難聴スキルなんてありゃしない。でも、嬉しさを隠せないマリーの呟きを聴いてしまったら、素直に反応なんてできる訳がなかった。
「……ね?」
どきり。
いつの間にか隣に立っていたマリーが、つ、とシャツの肩のあたりを、ちょん、とつまんで、恥ずかしそうに耳元に囁きかけてきた。
「な、何だよ……?」
まさかこれって!
ラブコメの波動を感じる……!
ちょっぴり期待してしまった俺だったが、
「ショージって……ううん、あたし気付いたの」
お。
「まさにツンデレ受け、って感じよね!!」
お……おう?
「だ、誰が受けだっつーんだよ! 俺をお前の妄想に巻き込んでんじゃねえええ!」
やっぱこいつ、腐ってやがる!
腐女神に期待する方が間違いだ。
うん、知ってたもんね!




