第二十四話 大変なことになっちゃった!
「よくやるよ。まったく……」
マリーはネーム描きに没頭している。
邪魔をしても悪いと思い、俺はついさっきマリーから仕入れたこの世界《ノア=ノワール》に関する追加情報を整理することにしたのだった。
「やっぱ戻りたいからな……元の世界に」
いくらマリーを問い質しても、返って来るのはあいかわらずの『何もしなくていい』の一点張りだったのだが、こうまでやることがないと落ち着かない。それに、少しでも元の世界への帰還を早める方法があるのであれば、知っておきたかったのだ。
それにだ。
この前のように他の女神に出喰わす可能性だってゼロじゃないと思う。一見、マリーの暮らすこの空間は安全地帯のように思えるが、事実、あの女神マリッカはあっさりと侵入できたのだから。
「さてと……どれから始めるか」
目の前に突っ立っている例の黒板には、マリーの文字でそれらが雑多に書かれている。
「――よし」
気になる奴から片付けるとしよう。
――《女神ポイント》。
まずはこの前、マリーが言いかけたところで話が横道に逸れてしまったこれだろう。
そしてこれこそが、恐らく全ての元凶なのだった。
マリー曰く――。
女神たちが皆躍起になって《勇者》に対し《女神の加護》を授けようとするその理由こそが、《加護》を授ける行為の見返りとして与えられる《女神ポイント》、通称《メガポ》なのだった。この《メガポ》を一定以上のポイントまで貯めることで、《上級女神》に昇格できる資格を得ることができるの、と、マリーは単刀直入に語った。
大して力も地位も持たない《下級女神》とは違って、《上級女神》ともなるといわばチームリーダーのような役割が新たに与えられて、四人から五人の《下級女神》、通称《メガメン》を統率することになるらしい。そうなれば、自分自身でせっせと《女神の加護》を授けに出向かなくても良くなるから、一気に楽になるのだそうだ。
何故なら今後は、リーダーとして《メガメン》のマネジメントやケアを行うことが新たな役割となるからであり、配下の《メガメン》の働きに応じた17.5%の《メガポ》が支給されるからだ。彼女たちから徴収する形ではなくてその上に上積みされるという話だから、かなりフェアな仕組みと言えよう。
さらにはその傍ら《女神銀行》、通称《メガバンク》に口座を開設することができたりする。それなりの才覚さえ備わってさえいれば、預けた《メガポ》を資産運用することによって労なく稼ぐことだって不可能ではないらしい。事実、そんなデイトレーダー紛いのやり方で一発当てた上級女神もいたりするわね、ともマリーは言っていた。
そういったことを繰り返しながら、さらに上の役職である《最上級女神》へ、ひいては選ばれし女神であるところの《女神9》入りを目指すことが、この《ノア=ノワール》で暮らす女神たちの夢見る理想のサクセスロードなのである!
「なのである!って言われてもだな……」
安定の世知辛さである。ずっとこんな調子ってのは、世界の理としてどうなんだ《ノア=ノワール》。いちいちリアルすぎて、ファンタジー要素なんてゼロ。もう泣きたくなる。
「……次だ、次」
げんなりしつつ、次のテーマに移ることにした。
――《神成り》。
お次はこれだ。
さっきのテーマは知っておいても損はない、という程度の代物だったが、こいつは違う。俺が元の世界へあるべき姿で戻れるか否か、その成否がこれを正しく理解することで決まってくるのである。
再びマリー曰く――だ。
本来《女神の加護》とは、《勇者》の苦難に満ちた旅路をサポートするために授けられる、神の持つ人知を超えた《御力》の片鱗である。《勇者》のみに与えられ《勇者》だけが使うことを許されている《加護》には、実に多くの種類・系統があり、大体は冒険や戦闘向きの特殊なスキル・魔法という形で《勇者》はそれを行使することができるようだ。
たとえば――自然系統の魔法である《雷槌》は、体力の消費なく対象一体目がけ天空から雷を落とすことができる。状態変化の特殊スキルである《金剛強化》は、瞬間的に皮膚を金属のように硬化させることで絶対の防御力を発揮することができる――こんな具合に、だ。
「そんな力が一つでもこの手にできたのなら、それこそまさにファンタジーだってのに……」
溜息しか出ない。その理由とはもちろん、《女神の加護》を授けられることによって生じるデメリットにあった。
元の世界に戻る気があるのであれば、一つでも《女神の加護》を授かってしまうとリスクがかなり大きくなる、そうマリーの説明からは感じとれた。何故なら、人間にはそんな大それた《御力》などという超能力めいた物は備わっていないのが普通だからである。
単純に、いくつ授かると神認定、みたいな明確な線引きはないとも言っていたが、授かった《加護》がたとえたった一つきりだったとしても、それが人間界の常識や理をたやすく捻じ曲げてしまうような類の《御力》だったなら即アウト、と考えるべきだろう。
「マジでやばかったんだな、俺……」
自然と再び女神マリッカの事を思い出していた。
確かマリッカは、自分の持つ《加護》をこう呼んでいた筈だ――《金属腐食》と。
であれば、そんな能力一つでいきなり神認定とはならない可能性は大だが、いずれにしても授からずに済んだことは良かったのだろう。
改めてマリーには礼を言っておくか。
そして、やはり元の世界への帰還を果たすまでは、ここでおとなしくしているしかなさそうだ。
ぎぎっ!
と、唐突に扉が開いた。
「た、大変! 大変なことになっちゃった!」
そこから現れたマリーは、蒼白になって叫んだ。
「えええっ! 一体どうしたんだよ!?」
「あ……あのその……あたし……うううっ!」
マリーはしどろもどろになりつつ続ける。
「イベント、ってのに参加することになっちゃったのよ! ね、ねえっ! 助けてよっ!」
……あー。
おとなしくしてる、って決めたばっかなのに。
俺とマリーは、ほぼ同タイミングで頭を抱え、しばらくその場に埋まってしまった。




