第二話 異世界に転生とかしねえかな(しない)
「はぁ……異世界に転生とかしねえかな……」
などと、いきなり妙な独り言を言い出す奴がいたら、近づかないことをお薦めしよう。
たとえば、今の俺みたいな奴、である。
別に今の生活に不満があるって訳でも、この世の全てに絶望しているなんてこともありはしない。取り立てて嫌なことがあった訳でもなかったけれど、逆に言えば、最近何か面白いことがあったか?と問われると答えに詰まってしまう。
そのくらい普通なのだ。
至って普通。
通っている学校の県内レベルも普通。成績も普通だし、学内階層的にも至って普通。とりわけ運動神経が良い訳でもなく、ルックスも至って普通――まあ最後の奴は、少なくとも自分自身ではそう思っている、ってだけだけど。
なので、あえて普通じゃない所を探そうとするなら、名前と、それに伴う渾名くらい。
天津鷹翔二。
それが俺の名前だ。
字面だけ見れば間違いなく主人公クラスの名前。文句なしに強い。いや、強そうである。
けれど付けられた渾名の方はというと、少々いただけない。
誰がつけたかその渾名。
高二で中二の小二君。
高校二年生にもなるのに夢見がちで、重度の中二病患者であるところの翔二君、と言う意味らしい。誰が上手い事言えと。頼んでないっつーの。言えてねーし。
まあ、ある意味事実なので仕方ない。
確かにアニメは好きだし、漫画も好きだ。ラノベも一通り読み漁ってるし、ゲームも一向にやめられない。もちろん、どれもやめる気なんてさらさらない。そして――ほんのついでくらいのエクストラとして、こっそり小説の真似事めいた物を書き貯めたりしている俺である。
小説を書いている――というといかにも凄そうに、さも崇高な趣味でもあるかのように聴こえるかもしれないが、書店の棚配置で最適な置き場所を探すなら、常日頃読み漁っている物と同じライトノベルになるだろう。ちなみにジャンルはファンタジー物、剣と魔法と女神の登場する世界だ。
今のところ、学内のあちこちにひっそり生息している数少ない同志たち――要するにオタク仲間の間で回し読みをする、いや、半ば無理矢理されちゃっている程度の代物だったけれど、そこそこ評価は良かった。おかげで少し調子に乗っているところである。どうせすぐ、同じ連中の言葉によって落ち込まされることになるんだけども。
とは言え、良い方の評判だって身内ならではの贔屓目だと慎ましやかな自己評価をしているので、どこぞのサイトで公開したり投稿したり、ましてや魑魅魍魎の闊歩する同人誌即売会――いわゆるコミケで頒布しちゃったりなどという大それたことまでは考えていない。そもそもあの魔窟にサークルとして参加しようだなんて、高校生風情ではとってもハードルが高い。
でも、だ。
そんな密やかな趣味さえも、今どきの高校生なら珍しくないんじゃない?って思うのである。クラスで孤立している訳でもなし、休み時間ともなればいずこからか集まってきた同じ趣味嗜好を持つ連中と、オタ話でぎゃーぎゃー盛り上がったりなんかしている。要するに、俺だけじゃないってこと。なのに、どうして俺だけそんな不本意な渾名が付けられてしまったのかは理解に苦しむところである。
それはさておき。
「はぁ……」
小さく溜息を吐きながら横に視線を向けると、冴えない表情をした顔が駅のホームにぽつんぽつんと設置されている鏡の一つに映っていた。
「やっぱ、何か微妙なんだよなあ……」
何となく憂鬱な気分のその訳は、ここにもある。
ガラにもなく早起きして、いざ戦場へと準備中の母親に嫌な顔されながらも洗面所を占拠して、あれほどまでに奮闘・努力したのにも関わらず、何一つ決まらなかった髪型を少しでもマシな物に変えようと周りに悟られないようさり気なく弄ってみた。
「……むう」
うん。駄目だね、これ。
何がいけないのかまるで分からない。
そもそもこれまでの人生においてオシャレらしいオシャレをした経験がないので、いざやろうと思い立ってもちっともやり方が分からなかった。今、鏡に映っている俺は、昨日の学校帰りに立ち寄ったタケモトヒロシで悩みに悩みまくった末に購入したヘアスプレーで、中途半端な長さの不揃いの髪をあちこちへと跳ね散らかせただけのただのオタク男子でしかなかった。
「スーパーハード、ってのが失敗だったか……?」
きっと、そこじゃないんだろうなあ。
この期に及んで『脱オタク!』とまでは言わない。それでも高校生男子だし、少しでも好感度を上げたいと努力するのは決して悪い事ではない筈だ。なのに、どうやら俺にはセンスと言うかセオリーと言うか、とにかくオシャレをするのに最低限必要な『何か』が絶望的に欠けているらしい、ということが分かっただけだった。
「あ、あれ? うーん……」
すっかりスプレーでかちかちに固まりきってしまった毛先は、ちょっとやそっと弄ったくらいではもうどうにもなってくれない。こんな状態でシャンプーってできるんだろうか。
「……もういいや。気にしたら負けな奴だこれ」
意外と、堂々と構えていれば大丈夫だろう、などと、自分で自分を慰めていた矢先、
「……くすっ」
小鳩のさえずりのような忍び笑いが聴こえた。
俺は何となく反射的にそちらに視線を送り、直後、
「――!?」
頬を赤く染め上げ、倍速で正面に顔を戻していた。
何故ならそこに――彼女がいたからだ。