第十四話 説明プリーズ
「それじゃ、もう少し説明してあげるわ。感謝しなさいよ? ……すっごく面倒だけど」
「お、おう。頼む」
何か余計な一言が聴こえたがもう慣れました。
ついでに言うと、さっきぶりのこの殺風景な空間にも慣れつつある自分が怖い。
マリーの部屋、再びである。
だがさっきまでと少し違うのは、向かい合う俺たちの間にある背の低いテーブルの存在だった。いや、ここまで低いと卓袱台と評するのが正しいだろう。
俺はといえば、妙に疲れてしまったので突っ伏すようにだらけきった姿勢を取り、マリーが運んできてくれたコップの中のぬるくて薄茶色い液体をちびちびと飲んでいた。
「しっかし……」
卓袱台の表面積をすっかり占有している俺の脇には、ラベルに《イート=ウェンのミスリル麦茶》と書かれたペットボトルがどーんと無造作に置かれていた。足りなければ勝手に継ぎ足して飲め、と言うことらしいのだが、希少鉱石であろうミスリルから一体どんな成分が滲みだしているというのだろうか。はなはだ疑問である。
にしてもペットボトルって……。
ま、異世界だから問題ないか。
「口だけで説明するのは難しいんだけど――あ」
ぶつぶつ呟いたかと思うと、マリーはもう一度扉の向こうへと姿を消し、がらがらと騒々しい音を立てながら、移動式の黒板を携えて戻ってきた。
うん。
驚かない。
驚かないぞ。
「って、驚くわっ!」
「うっさい!!」
「あ、はい」
異世界だしなあ。
「神になる仕組み――《神成り》についてはさっき説明してあげたけれど、そもそもこの《ノア=ノワール》って世界の現状についてはまだほとんど話してあげてなかったわよね?」
声に出して答えるより先に、チョークを手にしたマリーは、かつ、かつ、と小気味いい音を立てて丸っこい文字を書き連ねていった。面倒臭い、などとのたまっていた割に、この女神ノリノリである。その証拠に、どこから持ち出してきたのか吊り目気味にデザインされた赤いフレームの眼鏡までかけていた。ちょっと似合う。
「《ノア=ノワール》に男の人が少ない訳だけど、それは古より幾たびと繰り返されてきた《神と魔王の対立》の影響なの――」
手短に話を要約しよう。
神は、魔を滅する自らの意志の《代行者》として、魔王討伐を成し得る唯一の存在である《勇者》をこの《ノア=ノワール》に遣わしたのだと言う。しかし、神々による魔滅の意志が強すぎるあまり、むやみやたらに《勇者》の召喚・乱立を繰り返すことになって、今や普通の人間を探す方が難しい状況に陥ってしまったの、とマリーは語った。
それは何故か。
これはさっきも聞いた話だったが、魔王討伐に成功した《勇者》はその功績を湛えられ、その身に授かりし《女神の加護》の数に見合った待遇によって神として天界に迎え入れられることになっていた。だが、ハイペースで《勇者》を量産し、魔王討伐に成功するたび気軽にほいほいと受け入れていたものだから、気付いた時には人間よりも神の方が多くなってしまったらしい。当然の結果だ。
晩年に至っては、《勇者》一人に対して数百人の女神がこぞってそれぞれ異なる稀有なる御力、《加護》を与えてしまったものだから、《勇者》のチート度合が酷すぎて当時の魔王はエンカウント直後の指先一つでダウンだったらしい。同情を禁じ得ない。
そうやってあらかた背景を話し終えたところで、マリーは次の説明を始めた。
そう、女神について、である。
「実のところ、女神になること自体に特に決まりはないの。生まれた時から女神は女神。そういうものだと思っておきなさい。複雑で面倒なのは、むしろその後の話」
うんうん、と頷く。
だって、他に選択肢がない。
「さっき話したとおりで、神の方は無計画にその数を増やすことになってしまったから、きちんとしたシステムがないんだけど――」
システム言うな。
違和感仕事しすぎである。
「でもね……その生まれも、生き方も、最初っから定められていた女神には、独自のルールと仕組みがあるのよ」
「たとえば?」
合槌代わりのその問いに再びチョークを手にしたマリーは、黒板のど真ん中に大きく三角形を描くと、その内側に横棒を三本描き加えた。
「女神階級。女神と一口に言っても、階級と序列制度があるの。ここ――一番下に位置するのが、あたしやさっき出会ったマリッカみたいな下級女神。辛うじて《加護》は所有しているけど、それを除けばごく普通の人間の女の子とさして変わらないわ。要するにヒラ女神ね」
うう。
早速世知辛いワード出てきたんだが。
「その上にいるのは上級女神。五、六人の下級女神を束ねて監督する立場にあるわ。さらにその上に通称《女神9》と呼ばれる選ばれし九人の女神たちがいるの。そして頂点に君臨するのが――」
「するのが?」
わずかに言い淀んだマリーに向けて、続きをせがむように言葉をかけたのだが、
「《原初の女神》……そう言われているわ」
そう口にしておいて、他人事のように肩を竦める。
「ただし、ほとんどの女神は会うチャンスすら与えられないの。皆がそう言ってるってだけで、本当に実在しているのかどうかは怪しい、そう噂している女神もいるくらいだわ」
「ふーん」
恐らく、それ以上語れることはないのだろう。とりわけ知っておかないといけない情報でもなさそうだし、ちょっぴり気になった程度でそれ以上興味は湧かなかった。
「それよりもさ――」
こっちの方は気になる。
「その女神階級って奴は、そいつの貢献度合とか、働き次第で変えられるんだろ? クラスチェンジ!みたいな感じでさ」
「まあね」
マリーの返答は思った以上に素っ気なかった。
再び黒板の上でチョークは躍る。
「召喚された《勇者》をサポートすることが女神に与えられた役目だ、って教えてあげたでしょ? でもそれって、ただひたすら献身的に無償の愛をもって奉仕なさい、ってことじゃないの。ちゃんとそうするだけの価値、メリットが女神にもあるからなの。その一つが《女神ポイント》システム。だからこそ、皆がやっきになって《加護》を授けようとするんだけど――」
そこで言葉を切り、
「……ねえ。ちゃんと聞いてる?」
マリーは露骨に顔を顰めた。
またもや妙な単語がいくつも飛び出していたが、俺はそれどころじゃなかった。
「……おーい。馬鹿ショージ?」
その科白を聞いてもツッコむ気にもなれなかった。
それは――。
目の前の黒板に、すっかり説明に夢中になっているマリーが、つい、手癖で書いたであろう一つの絵があったからだ。




