第十三話 何だよそのシステム!?
「天界……ってことか? ぴんぴんしてるって言ったよな?」
「そ。神になったってことよ」
「う、嘘だろ!? 何だよそのシステム!?」
信じろって方が頭おかしいぞ。
「しかも、この世から男連中がすっかり居なくなっちまうまで全員が神になった、ってことなのか!? そんなのラッキーすぎる……!」
「ラッキー……ねえ」
どうやらその感想は間違っていたようだ。
「確かに、神になれば寿命の概念はないし、病気や怪我だってしないわね。……でもね? 天界が広いとは言っても、スペースは無限に余っている訳じゃない。それに、それぞれが類稀なる御力を与えられた神なのよ? 妙なプライドや凝り固まった自尊心が邪魔しちゃって、おかげで傍から見ても凄くぎすぎすした嫌な世界だわ。何かって言うと年功序列、上下関係にうるさいからノイローゼになる神もいるくらい。かと言って、逃げる場所もなく、死ぬことすら許されない。それでも……本当にラッキーだって言えるのかしらね?」
天界っていうより地獄だなそれ。
そこで、はた、と気付いた。
「……ちょっと待ってくれ。もう残っているのが女だけってことは、神になれるのは男だけってことなのか? でも、お前たちみたいな女神だっているじゃないか。それは一体――?」
「その前に」
むっつりと顔を顰めた女神・マリーは、話を遮るように人差し指を突き付けてきた。
「これも言ったわよね? お前、とか、あんた、とか呼ぶのはもうやめて。あたしにはマリー=リーズって言うちゃんとした名前があるんだから!」
「ご、ごめん……」
確かに悪い悪いとは思っていたのだけれど、免疫がないせいか、女の子を名前で呼ぶことに対してどうにも抵抗があったのだ。
「じ、じゃあ、め、女神・マリー=リーズ様――」
「もういいわよ」
そう呼ぶように言われた筈だが、いざそう呼ばれると落ち着かない気分になったらしい。
「さ、様、とかいらない。……マリーだけでいい」
「わ、わかった。ええと、マ……マリー」
うう、馴れそうにないな。
しばらくは口に出すたび噛みそうである。
もごもごしていると、マリーが先に口を開いた。
「元々女神は、魔王を討伐する命を受けた勇者の補佐するための重要な役どころを担っていた存在なのよ。長い旅路を助け、導き、数々待ち受ける苦難を乗り越えるために、それぞれが持つ《女神の加護》を授けることによって――」
また《女神の加護》だ。
その単語を耳にした途端さっきまでの一連の出来事を思い出し、何故だか反射的に身体に、ぶるり、と震えが走った。口に出すまでもなく、心を読み取った女神・マリーは頷いた。
「そ。さっき危うく授けられそうになったあれよ」
「……やっぱり、危なかったのか?」
「それは考え方次第だけど?」
女神・マリーはやっぱり肩を竦めた。
「さっき話した神になるということ――つまり《神成り》について、詳しく条件を言ってなかったわよね? ……誰でも、いつでも簡単に神になれる資格を得られるって訳じゃないわ。勇者として認められ、それなりの功績を上げて、その身に授かった《女神の加護》の数に応じて神となる、つまり《神成り》の資格を得るの」
そこで言葉を切り、俺の目を見つめたまま、女神・マリーは尋ねた。
「改めて聞くけど――君はまだ、元の世界に戻りたい?」
「うん」
答えには迷わなかった。
「戻りたい。絶対に」
やり残したことはいくらでもあると思う。
今期のアニメには、どうしても結末が気になるものがある。連載中の漫画もそうだ。仲間うちで予想したあいつこそが真犯人なのか、その答え合わせをしたかった。それに、来月頭に発売予定のゲームは、本当に、本当に楽しみだったんだ。
そして、何となく日課のように続けてきただけの物書きの真似事だって、どうせだったらやれるだけのことはやっておけばよかった、と思う。
それに何より――。
あの、まだ俺が名前さえ知らない彼女にもう一度会いたい、そう思った。
今度こそ自分の意志で、彼女と話をしてみたい。
心からそう思っていた。
今挙げた《願い》なんて、どれもこれも、そんな事くらいで――そう一笑に付されるものばかりなのだろう。他人にとっては取るに足らないことばかりなのだろう。
けれど、そのどれもこれもはこういう状況になったからこそ気付かされ、むくむくと湧き上がってきた純粋な《願い》だった。黙っていたって何も行動しなくたって、ひとりでに明日はやって来る、そういう身分、そういう立場だからこそそんな科白が言えるんだ。
だから俺は、《願い》を込めて繰り返した。
「君が戻してくれるんだろ、マリー?」
不思議とその目を見つめることに抵抗はなかった。むしろ物怖じしたように慌てて視線を反らしたのはマリーの方だった。あらぬ方向を向いたままマリーは呟いた。
「だ、だからっ! あ……あたしはただのクレーム処理係だって言ったでしょ? でも《神成り》を阻止することくらいはできるかもね。言うことを聞いてくれるなら、って但し書きつきだけど――」
「その前に」
何故だかマリーには心が読めなかったらしい。
きょとん、としている彼女に言ってやる。
「もう俺の事を、あんた、って呼ぶのはやめて欲しいんだ。俺だって、マ……マリーって呼ぶことにしたろ? だったら俺の方もそうしてくれないか?」
「う……。分かったわよ」
ちょっと頬を染めているマリーに、どきりとする。
「で……でもっ!」
うおっ!
目を閉じたまま人を指さすと危ねえっつーのっ!
「ああああんた……じゃなかった! シ……ショージだって、あたしの名前呼ぶときにいちいち噛むの止めてくんないっ!」
おま言う。
思わず鼻で笑ってしまい、ますますマリーは顔を真っ赤にしてまくしたてた。
「ちょ……! 何よっ! 馬鹿ショージの癖に!」
と、言ってから、マリーは、あ、と気付いた。
「これ、いいかも。馬鹿ショージ、うん、馬鹿ショージ! これならちっとも嚙まないわ!」
「良くねえだろ!」
思わずツッコミを入れてから、溜息を吐いた。
「……もういいよ、それで」
それでも、女の子に苗字じゃなく名前で呼ばれる経験は、少し気恥ずかしくて、ほんのちょっぴりくすぐったい気分だった。
だが、次の瞬間、マリーは露骨に顔を顰めた。
「うわ……キモっ! 馬鹿ショージの癖に!」
「いちいち人の心読むんじゃねえ!」
前言撤回。
俺のときめきを返して。




