第十一話 勇者誕生
「お疲れさまでしたわ。勇者ショージ!」
「あ、ありがとう!」
振り返ると女神・マリッカが迎えてくれた。感極まった面持ちで胸元でぎゅっと手を組み、瞳を潤ませている。何処にそんな感動ポイントがあったのかさっぱりだが悪い気はしない。
そりゃ小学生みたいだし、貧乳だ。
それでも俺のためにこんなに喜んで――。
「……いい加減、脳内で変換して呼ぶの、やめてもらえねーですかね?」
……うえっ!?
ああ、しまった!
女神ってのは皆、心を読める力を持ってるのか!
「……誰でも、って訳じゃねーですわよ?」
何故か、女神・マリッカの口調はさっきまでとはガラリと変わっていた。
「ま、こうして無事に勇者認定もされたことですし。やっと、こっちの用事も済ませられるってモンです。早速やっちまいますわよ?」
態度もそうだ。あの清楚で、凜、とした佇まいはもう何処にもなかった。別人――というより、こちらが地なのだろうと思えるほど、むしろ生き生きとしていた。
「やっちまいます……って、何を?」
「あれですわよ。あ・れ」
にい、っと歯を剥き小悪魔じみた笑みを浮かべた。
「《女神の加護》を授ける儀式ですわ。勇者だけが持つことを許された、稀有なる御力をあんたに授けるんですわよ……ずっと、欲しかったんでしょ?」
「……っ!?」
ちろり、と覗いた舌先が唇を舐めるのを目にすると、唐突に俺の心臓がバクバク言い始めた。
「あ・げ・る。……ね?」
もはやマリッカは、女神なんかではなく清楚さの欠片もないロリ淫魔のようにしか見えなくなっていた。
「ま……待って待って!」
「逃げんじゃねーですわよ!? ほら、こっちに来やがれって――!」
「ち、ちょっと待ってってば!」
「なんですの、もう!」
煮え切らない俺の態度に癇癪を起し、その拍子に女神マリッカの周囲に漂っていたピンクがかったムードが霧散した。思わず、助かった、と安堵する。
「いいから授かれってんですわよ!」
「そ、その前に聞いておきたいんだよ!」
「何をですの?」
「その、君の持っている《女神の加護》ってのが何なのか聞いておきたいんだ。いいだろ?」
「……めんどくせー奴ですわね」
はあ、と溜息を吐くが説明はしてくれるらしい。
「じゃ、教えますけれど。……あたしの持つ《女神の加護》は《金属腐食》ですわ。超便利ですわよー? どんな金属だろうが例外なく、たちどころに錆び錆びのぐずぐずになって――」
「はい、ストップ!」
「……なんだっつーんですわよもおおおおおお!」
「もーじゃねえええ!」
女神・マリッカはキレっキレにキレていたが、それ以上にキレたいのはこっちの方である。
「そんな《加護》を授かっちまったら、せっかく王様から授かった、この国に伝わる唯一無二の《伝説の武具》が錆びて使い物にならなくなるだろうが! 少しは考えろっつーの!!」
ちょっとは怯むと思っていた俺が甘かった。
女神・マリッカはひらひらと手を振り、こっちの科白を追い散らしてしまった。
「……あー。んなつまんねーこと心配しなくたって大丈夫ですわよ? それ……大量生産品ですもの。錆びようが、ぶっ壊れようが、ちっとも構いませんわ。……はい、じゃあ早速」
「あ。うん。はい、じゃあ早速……じゃねえええ!」
いろいろ衝撃的過ぎて頭が混乱している。
「待て待て待て! これは《伝説の武具》じゃなかったのかよ! 大量生産品……だと!?」
がんがん!と小手で鎧を打ち鳴らして言うと、女神・マリッカは、ぷっ、と吹き出した。
「だ・か・ら。それ、《伝説の武具》シリーズって名前なんですの。ここいらのどこの武器屋にだって置いてありますわ。もー、意外と売れ残ってまして。おかげで安く買えましたわー」
聞きたくなかった……。
どおりで、《〇〇の》みたいな銘がない訳である。
「……ちなみにスペックは?」
「まあ《ぬののふく》よりはマシかと」
最弱かよ。
「はい。じゃあ、そろそろ」
「あ、うん……い、いや、そろそろじゃねえよ! 待て待てちょっと待ってお願い待って!」
ショック過ぎて、じゃ、しようがないか、と頷きかけた俺は大急ぎで首を振り、迫り来る女神・マリッカを押し留めた。まだ言いたいことがあるのだ。
「だとしても! 着る物なんでも錆びちまう力なんて授かったら道中ずっとすっ裸で、最終的にはその状態で魔王に立ち向かうことになっちまうだろ! そのへんはどうすんだよ!?」
「あー。それなら問題ありませんわよ」
女神・マリッカは、うんうんと頷いた。
「あたしの《加護》は、金属にしか効きませんから。な・の・で、布か皮製で。上から下まで一揃い」
「ペラい! ペラいよ!?」
たとえハードっておまけが付いたとしても、革鎧なんかで魔王に対峙する度胸はない。
「大体俺は、盗賊とか魔法使いじゃなくて、勇者なんだろっつーのっ! 硬いの着たいのっ! 超人的な俊敏性を誇る勇者って聞いたことねえだろっ! あ、あとなっ! 武器はどうするんだよっ! 大体が金属製じゃねえか! 戦えねえじゃねえかよおおおおおっ!!」
「大丈夫! いけますわよ!」
そう気安く応じる女神マリッカは、胸の前でぎゅっと二つの拳を握り固めた。
「その拳で! もし物足りないと仰るのなら……そう! 杖とかこん棒がありますわよ!!」
お、おお……!
イメージ湧いてきたぞ!
僧兵だな。
もしくは蛮族。
「はい、却下」
「何でですのよおおおおおおおおおおおおおっ!」
「何でじゃねえよ! 少しは考えろよ!」
ぐぬぬぬぬ、とピンク色の頭を抱えて女神・マリッカは悶絶している。
分かった、こいつアホの子だ。
と、突然、がばあ!と顔を上げた。
その顔は今までになくやる気に溢れ、闘志に満ち満ちている。
「も……もう限界ですわよ! こうなったら、無理矢理にでもやっちまうしかねーです!」
「う……うおっ!? や、止め……!?」
誰か男の人来てー!
ロリエロ淫魔(女神)に犯されるううう!
じりじりとにじり寄ってくる女神・マリッカの背後には、黒々としたオーラまで渦巻いているように見える。俺の脳内には、緊急警報が鳴り響いていた。
なので。
「う……。うわわわわわ!」
逃げた。
猛ダッシュで逃げた。
だが俺は、その身に纏う《伝説の武具》のことをすっかり忘れていたのだ。足を上げ、腕を振るたびにがっちゃがっちゃとぶつかり合って思うように身体が動かせない。数メートルも移動しないうちに足がもつれ、ぐしゃ、と仰向けにぶっ倒れてしまった。
とん。
「ふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
その上にすぐさま女神・マリッカが馬乗りになると、頬を紅潮させて、うじゅる、と口元に溢れ出た涎を拭いている。
「ぎゃあああああ!」
「ぎゃー!じゃねーですわよ!」
黙れ!とばかりに女神・マリッカのふにふにした踵が振り下ろされたが、兜のおかげで直撃は免れた。大量生産品だからその一撃で、ぱかっ、と割れちゃったけれど。知ってた。
「さーて……観念してもらいますわよ? 最初っからこうすれば良かったんですのよ。どーせどーせ毎度こうなっちまうんですし。次からはソッコーやってやるですわ!」
え――?
毎度? 次?
一体、今の科白はどういう意味だ?
勇者は俺だけじゃ……ない?
しかし、今はそれを確かめる余裕はない。自分でも、何故女神・マリッカから《加護》を授かるのを必死で拒むのか、その理由が分からなかった。さっき自分が口走っていた疑問やそれに対する女神・マリッカの答えが本当の理由ではなかった。
(――何もしないで)
何故かずっと脳裏に浮かんでいたのは、あの自称女神(ジャージ)、マリー=リーズの科白だった。
そして――。
「……だから言ったでしょ? 何もしないでって」
自称女神(ジャージ)はそこにいた。




