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人間らしく、魔物らしく

作者: 温泉たまご

 陸の孤島と呼ばれる辺境の地に、魔王が住むと噂される城があった。

 その城の名はスデルシュデル城。毒の沼地に囲まれ、常人では近づくことも叶わず、仮に近づけても、戦えるほどの体力は残らない。人間にとっては最悪の場所だが、魔物にとっては絶好の住処だ。


「忌々しい人間どもめ。我らから故郷を奪うだけでは飽き足らず、この城まで侵略しようと言うのか」


 語気を強め、憤りを表しているのは側近のミノタウロス、タウロスだ。人間の二倍はある身長と、圧倒的な筋肉を持ち、魔器の一つである戦斧グロウリーデスを携えている。


「焦るな、タウロスよ。毒の沼地を超えられる人間はそう多くはあるまい。その間に我らも戦いの準備をすれば良いことだ」


 魔王シュデルは、玉座に座り、人間の血で作ったワインを嗜んでいた。


「人間にとって豚が家畜なように、我らにとっても人間は家畜なのだ。家畜の反乱程度を収められなくてどうするというのだ? 再び、檻の中に押し込んでやろうではないか。絶望という名の檻の中にな」


 ワインを一気に煽ると、空になったグラスを床に叩きつけた。キラキラと舞うグラス片が、ここが御伽噺の中のように錯覚させる。


「タウロスよ。ガルダスが戻ってきたら、戦略を立てるのだ。思い上がった家畜どもに地上の支配者が誰かを教えてやるがいい」


 魔王がタウロスを下がらせるのと、窓ガラスの破片が飛び散るのは同時だった。窓から三人の人間が飛び込んでくる。盾と剣を持った男性剣士、握りこぶしを固めている青年武道家、そして杖を持った女性僧侶の三人だ。


「窓から失礼。正面玄関は混み合っていたからね。さっさと用事を済ませて帰りたいんだ。お前がシュデルで合ってるか?」


 剣士は剣でシュデルを指す。安い挑発だ。だが、王であるシュデルを怒らせるには十分な挑発だった。


「我に会いに来てくれたところ申し訳ないのだが、アポイントのない客にはお引取り願うようにしている。残念だが、……今直ぐ死ね!」


 シュデルの号令とともに、タウロスが戦斧グロウリーデスを振りかぶる。


「我が王を侮辱するとは、死ぬだけで済むと思うなぁ!」


 この斧で切り裂かれた傷は絶対に治ることはない。それは魂についた傷についてもだ。輪廻転生することなく永遠にこの世に縛り付けられる。それが、魔器と呼ばれる所以なのだ。

推定数百キログラムの質量の塊が出鱈目な速度で剣士を襲う。何とか剣で凌ぐも、衝撃で大きく弾き飛ばされる。


「ちいっ、魔物の分際で良い武器持ってるじゃないの。愛用の剣にヒビが入っちゃったよ」

「次は貴様にヒビを入れてやろう! 死ねぃ!」


 剣士が体制を立て直す間もなく、タウロスが追撃を放つ。常人には回避不可避の斬撃。そう、常人には。


「はっ!」


 武道家の拳がグロウリーデスの軌道を逸らす。ここに常人は辿り着けないのだ。毒の沼を超えて、尚も戦う意思のある超人。この三人はそんな化物どもなのだ。

 剣士を捉えるはずの一撃は大きく空振り、その空きに武道家の拳がタウロスの脇腹を貫く。


「ここはそっちの居城なんだ。助太刀は卑怯だなんて言うなよ?」


 脇腹を抑えるタウロスに剣士が最後の剣を振るう。


「人間なんぞにぃ!!」

「その驕りが敗因だな。悪いが雑魚に要は無い!」


 砕け散る鋼の剣と、崩れ落ちるタウロス。最初の戦闘は勝利を味わう暇もなく、魔王の攻撃が三人を襲う。


「剣無き剣士に何が出来る? タウロスの死は無駄にはせん!」


 魔王が無詠唱で放つ虚無の闇。その闇は総てを飲み込み無へと返す。


「プロテクション! ダーク!!」


 僧侶は剣士の前にバリアを貼る。だが、虚無の闇はそれすらも飲み込んだ。闇が通り過ぎた後に剣士の姿は無い。


「その程度の障壁で防げるとでも? さて、残りは二人だな」


 圧倒的な魔力の違いに僧侶と武道家の背筋に冷たい汗が流れる。


「武道家どうする? 私の魔力じゃ魔王に勝てないよ」

「決まっている。闇を払うのはいつだって光さ」


 二人を目掛けて虚無の闇が再び襲う。それは音もなく這い寄りすべてを包む。天寿を全うする時はこういう気持ちなのだろう。


「エンシェント! ホーリーライト!!」


 僧侶の杖から光が溢れる。ホーリーライトは照らす魔法だ。本来はダンジョン探索の松明代わりに使う魔法。今は虚無の闇を打ち払う為の魔法。そして、魔王の目をくらます為の魔法だ!


「ぬうっ」


 魔王が目を覆った一瞬の空きに、武道家が懐に飛び込んだ。この日のために、否、この一瞬のために用意した必殺技。基礎にして究極の一撃、全身全力の正拳突きを放った!!

 激しい打撃音のあとに、魔王が片膝をついた。口からは血を流し、目の焦点は宙を彷徨っている。

 これが最後のチャンスだろう。武道家は心の中でごちる。トドメを指すための武道家の右手は人体の構造を無視した方向に曲がっていた。拳が砕けるほどの力を込めて一撃必殺の気持ちで放ったのだ。


「仕方がない。俺の命で倒せるなら安いもんだ」


 武道家は左手で握りこぶしを作る。二度目の拳撃が魔王の顔面に直撃する。激しい音とともに、仰け反る魔王。武道家の左腕は変な角度に曲がっていた。

 これで、倒せていなかったら。武道家の額に冷たい汗が滲む。お願いだから立ち上がらないでくれ、神に縋る気持ちで祈る。


「やるではないか人間。久しぶりに痛い思いをしたぞ」


 無慈悲にも起き上がる魔王。ここは魔物の拠点なのだ。神の祈りなど届くはずがない。

 魔王の表情からは余裕が消えていた。代わりに浮かぶ怒の一文字。武道家は覚悟した。殺されるではない、もう死んでいるのだ。

 魔王の右手が武道家の胸を貫いた。即死であった。


「さて、小娘。貴様はどうする? 選ばせてやろう。食料と家具どちらになりたいのだ?」

「そうね。私一人で倒すのは無理でしょう。でも、私以外の人が貴方を倒すでしょう!」


 僧侶はありったけの魔力を込めて最後の魔法を唱える。全魔力と生命力を使う爆発呪文。その破壊力は城を崩壊させるだけの威力があった。


 瓦礫の山の上で生き残れたのは魔王だけであった。崩れた瓦礫をかき分け外に出ると、何百もの弱々しい人間どもが剣を持ち取り囲んでいた。あの三人は捨て駒だったのだ。初めから命を捨てるために攻め込んできたのだ。魔王はその事実に怒りがこみ上げた。


「ふん。仲間の命をなんだと思っているのだ? 若い娘の命を犠牲にしてまで、我らを滅ぼしたいのか? 良かろう。本当の恐怖を教えてやろう!」


 魔王は満身創痍の体を力を入れ立ち上がると、ありったけの魔力で虚無の闇を放った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編ですが、しっかりと描写されているので短い中にも魅力を感じるショートストーリーですね。 [一言] 一筆者として読ませて頂いた作品は応援を込めて評価する主義ですので、僭越ながら評させてもら…
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