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いつかきっと幸福な結末  作者: 染井吉野
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第34話 シルバーナイト・レオンハルト

 朝市で買い求めきた鯛の内臓を抜き取り、鱗を取ってから丁寧に真水で洗う。

 手のひらの中で荒塩をごりごりと握りつぶしながら大目に振りかける。

 屋敷の庭に作ったカマドの中では、炭火の奥でほんわかと赤い火が呼吸するようにゆっくりと明滅している。

 その上に二本の串に刺した鯛をそっと置いて、ゆっくりと焼き上げる。

 金網が欲しいなあ。


 本日、マコトちゃん率いる薔薇バーティが、新居のお祝いがてら遊びに来てくれるので、フィオが準備している料理とは別に、俺もテーブルに一品添えようと思い早朝から慌ただしく立ち働いている。


 屋敷の食堂は三十人くらい余裕で入るちょっとしたレストラン並みのサイズなのだが、今日は天気が良いので庭にテーブルを出して、リア充っぽくガーデンパーティなどとしゃれ込んでみた。


「おにーちゃーん、おはなー」


 アリスと一緒に農地・・・、であるはずの雑草地帯に飾り付け用の花を摘みに行っていたドナが、俺の膝にタックルしてきたので片腕で抱き上げる。


「みてー、おはなー、きれい?」


 ドナが摘み取った手のひらサイズの花を数本、誇らしげに俺の顔の前に掲げる。

 うぉおおおお!花の向こう側でドナの笑顔が爆発してる!

 ドナたん、なんて可愛いんだ!

 可愛いよ!ドナたん!お花の妖精さんだよ!


「うん、きれいだねー、そのお花どうしたの?」


「アリスおねーちゃんと、とってきたのー」


 後から続いてやってきたアリスが、腕に抱えた野草の花束を、編みカゴの中に飾り付けている。


「そっかー、じゃあ、これは特別に飾っておこうか」


 小さなコップに水を入れて飾り、テーブルの真ん中に置いてやる。

 ささやかだが、これこそ家庭の幸せというような、ほっこりした感情が湧き上がる。


「すてきー、きれー」


 ばきゅーん!


 俺のハートのど真ん中を、花を見つめてうっとりと呟くドナの言葉がぶち抜いていく。

 俺もうダメかもしんない。

 パパって呼ばせちゃおうかな?


「それ、おさかな?おいしい?」


「うん、そうだよ。ほっぺた美味しい、美味しいよ」


 ドナの柔らかいほっぺたを指でツンツンすると、笑い声を上げながら腕の中で身をよじる。


「おかーさんは?」


「お家の中でお料理してるよ」


「みせてくるー」


 大事そうに花の入ったコップを両手で持ち、てててっと家の中に入っていった。

 ああ・・・、お花の妖精ドナたんが行ってしまった。


「盟主様、子供が欲しければ、サナエが十人でも二十人でも産んで差し上げます」


 ドナの後ろ姿を名残惜しく見送る俺の横で、テーブルの上に食器を並べているサナエさんの言動が怖い。

 先日、突如として屋敷に押しかけてきて、それ以来、当たり前の顔をして暮らし始めてしまった。

 美人で巨乳、家事も仕事もマルチにこなすお姉さんだが、どこか性格が破綻している。

 その昔、俺の後ろを子犬のように、ちょこちょこ追いかけてきた可愛い後輩の面影はどこにもない。

 俺の知らない数年間が、彼女にいったいどんな影響を与えたのだろうか?


「あのな・・・、子供ってのは、甥っ子とか姪っ子とか、近所の懐いてくる子供とか、そのくらいの距離が一番気楽でいいんだよ。可愛い、可愛いだけで済むからな。これが本当に自分の子供だったら、叱ったり怒ったりしなきゃいけないし、心配事も多くなる」


「さすが盟主様、自分を飾る事無く、可能な限り現実的な責任を回避しようとするヘタレな姿勢を隠さないところが逆に男前です」


「やかましい、ヘタレ言うな。ドナもフィオに似て、あと数年もすればきっと美人になるに違いない。そうなれば、どこの馬の骨とも知らん男が近づいてくるワケだ・・・。近づいて来ちゃったらどうしよう?その男を殺して裏山に埋めて・・・、いや、屋敷にドナを閉じ込めて、俺以外の男と接触させないようにしたほうが良いのか・・・、この世界に男は俺一人だと思わせれば・・・」


 美しいレディに成長したドナの姿を思い浮かべる。

 思春期におけるありがちな父との衝突、ひっくり返るちゃぶ台、泣きながら止めに入る母親、そして結婚式前夜の和解。

 十年に及ぶ、笑いと涙ありの家庭ドラマが、一瞬にして俺の脳裏を駆け巡る。

 うおぉぉぉぉぉぉ!

 俺のドナたんが!


「盟主様、バカですか?本気で悩まないでください」


 屋敷の庭に佇んで、妄想に沈み込んでいる間に、鯛がいい感じに焼けてきたので、カマドから引き揚げ、先に準備しておいた米の上に載せ、ネギを大量投入して土鍋で焚き始める。

 今日のプラス一品は鯛メシである。


 ちなみに、この屋敷における料理の腕前は。

 【本命】、もちろんフィオ、下ごしらえから絶妙なソースまで完璧にこなす。

 【対抗】、サナエさん、なんでもかんでもソツなくこなすが、いかんせん、味噌と醤油が無いので腕の振るいようが無いとこぼしている。

 【穴】、オレ、学生時代に自炊した程度だが、そこそこ出来る。

 【大穴】、アリス、ぶっちゃけ出来ない。ヘタと言うより、今まで調理的な事をやった事が無いそうなので、教えればたぶん出来る。現在、フィオの隣で修行中である。

 【枠外】、ソフィ・・・、今まで料理している場面を見た事が無いし、自分から料理すると言い出した事も無い。ラノベにおけるクール系美人にありがちなトンデモ創作料理が出てきそうなので、『手料理が食べたいなあ』などと、恐怖で口が裂けても言えない。ソフィはソフィであればそれで良いと思う。


 炊き上がった米の上から、いったん鯛を取り出して身をほぐしていく。

 小骨がドナの喉に刺さらないように、細心の注意を払いながら取り除く。

 鯛の身とごはんをざくざくとかき混ぜて、おにぎりにする。


「それなにー?」


 家から出てきたドナが俺の隣の椅子の上に立ち、俺の袖をちょいちょいと引っ張って見上げてくる。


 どかーん!


 ドナたんの可愛さが俺のハートを吹き飛ばす。


「これはねー、おにぎりって言うんだ。とっても美味しいんだよ」


「ドナもやるー」


「そうか!ドナも手伝ってくれるか!それじゃあ、こうやってご飯をニギニギしてねー・・・」


 麗らかな日差しの中、お皿の上に手作り感溢れる可愛らしいゴルフボールサイズのおにぎりが転がる。


 ずどーん!


 もうダメだ!ドナたん神の子すぎる!


「ドナぁあぁぁあああ!」


 ドナを掲げ上げ、たかいたかーいして、ぐるぐる回る。


「キャハハハハハ」


 これこそが幸せなのだ!


「サナエ、カズヤって、こんなにバカだったかしら?」


「ソフィアさん、今更ですか?そこが可愛いじゃありませんか」


 俺の鯛めしおにぎりも完成し、屋敷の中からフィオの料理が次々と運び出されパーティの準備が整い始めた頃。


「「こんにちわー」」


「いらっしゃい、マコトちゃん」


 屋敷の入口からマコトちゃん率いる薔薇パーティが顔を覗かせる。


「カズヤ君、これお土産」


「ありがとう」


 マコトちゃんと薔薇の腐女子からお酒や果物、食材がいっぱいに入ったカゴをいただいた。


「さあ、座って、座って、肉もお米もお酒もいっぱい用意したから、楽しんでいって」


 薔薇パーティの面々がソフィ、アリス、サナエ、バートン一家とにこやかに挨拶を交わす。

 相変わらず木の棒が手放せないやんちゃ坊主のジョシュが、着飾った薔薇の女騎士に囲まれ話しかけられてめずらしく緊張しているのが微笑ましい。


「ねえ、カズヤ、後で稽古に付き合ってよ」


 セミロングの毛先を緩くカールさせた盾職のエリカが俺の横腹をツンツン突きながら話しかけてきた。


「稽古はいいけど、別の日にしようぜ。今日は食って飲んでゆっくりしてけよ。どうしたんだよ?前からそんなにバトルジャンキーだったか?」


「バカ、違うわよ。その・・・私もこのままじゃいけないかなあって、思ってさあ」


「また今度付き合ってやるよ。ほら、座って、座って」


「うん」


 椅子を引いてやると、妙にしおらしく座ったので、ちょっとドキドキした。

 フィオも給仕の手をいったん止めさせ、みんなと一緒に座らせる。

 お酒が行き渡ったのを見届け、軽く咳払いして立ち上がる。

 ここは一発、一家の主としてビシっと、スピーチして乾杯といこう。


「本日はお忙しい中、我がパーティの引っ越し祝いにお集まりいただき、ありがとうございます。このように盛大な昼食会が開けましたのも、ひとえに皆様の・・・・・」


「鬼畜のカズヤはここかあ!」


「そう、鬼畜と呼ばれ、石を投げられながらの長い道のりでしたが、ここまで辿りつけたのも、ひとえに皆様の・・・・・」


「奴隷商人のカズヤは貴様かあ!」


「そう、奴隷商人として泣き叫ぶ女、子供を売り払い、知識も経験もまだまだの私ですが、これもひとえに皆様の・・・・・・って、オイコラ、さっきからヒトの事を鬼畜とか奴隷商人だとか・・・・・・、ていうか、そもそも、お前、誰だ?」


 屋敷の庭の入口に、成金装備的な白銀のフルアーマーを着た男、その後ろに金魚のフンの如く付き従う四人の女性が立っていた。

 全員、初めて見る顔ぶれである。

 男は彫りの深い鼻筋がはっきりした顔をして、羽飾りのついた派手な装飾の兜から、薄茶色の長髪をもっさりと背中に流している。

 とりまきの女性四人は、一応、冒険者風の装備を着ているが、派手なアイラインと長いまつ毛、高く結い上げた髪型のせいで、元の世界のキャバ嬢にしか見えない。

 男も女も、その様子と仕草から転生者だと思われるが・・・。


「私は獅子座の守護騎士、天空の大鷲、シルバーナイト・レオンハルトだ!この異世界の平和を乱す鬼畜の奴隷商人のカズヤを成敗しに参った!」


 ちょっと待った。

 突っ込みどころが多すぎて、ワケワカラン。

 まず獅子と大鷲が被ってるし、守護騎士とシルバーナイトも重なっている。

 どっちなのかハッキリして欲しい。

 いろいろと欲張って、盛り過ぎじゃないか?

 その寿限無的な名乗り、自分で言ってて恥ずかしくないのか?

 そして、『鬼畜の奴隷商人』って何だ?

 いったい誰の事だ?

 可能なら赤線でアンダーラインを引きたいくらいだよ。


「盟主様、おそらく『天空の大鷲』がパーティ名で、『獅子座の守護騎士』が二つ名、『シルバーナイト・レオンハルト』がキャラクターネームだと思われます」


 サナエさんが、冷静に分析して耳打ちしてくれた。

 イヤ・・・、それよりもだな・・・、俺の人物評に関して・・・。


「なんて凛々しい御姿!ステキです!獅子座の守護騎士、天空の大鷲、シルバーナイト・レオンハルト様!」


 とりまきの四人組が声を揃えて拍手と共に称賛している。

 なんだろうな・・・、この感じ・・・、どこかで・・・。


「ちっ、あいつらなんなの?バカなの?死ねばいのに」


 そうか・・・、こいつらだ。

 とりまき四人組に対して、薔薇の腐女子が縄張り争いのネコのように、牙を剥いて威嚇している。

 男一人に女四人のメンバー構成といい、妙なノリで男を前に押し出すところといい、方向性は違うが、芸風は薔薇パーティも同じ様なモノだと思いますが。

 同族嫌悪というか、同じ病気の持ち主どうし、磁石のS極とS極、N極とN極が反発し合うように、本能でいがみ合っているようだ。

 お互いに天敵を見つけたようで、ギリギリと歯ぎしりの音を立てながら、視線の火花を散らし合っている。


「あのですね、言いたい事はイロイロあるが・・・、鬼畜の奴隷商人って誰の事だ?そして、いったい何処の誰がそんな事、言ってるの?」


 腰を低くして片手を出し、ちょいとゴメンナサイヨという感じで低姿勢で尋ねる。


「何をとぼけた事を!マラガの冒険者組合で皆、口を揃えて言っているぞ!鬼畜のカズヤと!」


「サナエさん・・・、冒険者組合って言ってますが・・・」


 俺の後ろで秘書官のように控えるサナエさんに、嫌味を込めて問いかける。


「これもひとえに、盟主様のご人徳の賜物かと存じ上げます」


 俺の嫌味もどこ吹く風で平然と受け流す。


「ソーデスカ」


 ダメだ。口では、サナエさんに勝てない。


「そこのエルフの乙女よ!こちらに来るんだ!私が来たからには、もう心配ない!」


 おいおい、このバカ、風の女王のソフィア様に向かって、上から目線で語りかけてくるとは何様だ。


「は?それ私のコト?あのね、ナニ言ってるの?私は・・・・・・、カズヤ、任せたわ」


 思い込みバカに呼ばれたソフィは、何かを途中まで言いかけたが、溜息をつき、肩をすくめ、金色の髪をなびかせながら、バカは相手にしてらんない、という感じで、俺に丸投げして、さっさと背を向けて後ろに下がってしまった。

 俺もああいうバカを相手にしたくないんですケド・・・。


「そこの君!可憐な美少女よ!」


「え?ボク?それ僕のこと?」


 シルバーナイト様が、マコトちゃんに片手を差し出して呼びかけている。

 後方では、薔薇の腐女子が『ぷっ』と吹き出して、笑いをこらえていた。


「そうだ!何も心配しなくていい!私が助けてあげよう!」


「僕はおと・・・」


「ナニ言ってんだ!てめぇ!良く見ろ!この愛くるしい瞳!スレンダーな体型!庇護欲をかきたてる仕草!背景にヒマワリが咲き乱れるマコトちゃんの何処が女の子だ!マコトちゃんは正真正銘、オトコのコだ!」


 マコトちゃんの手を握ろうとしたアホ騎士の手を途中で払い除ける。

 俺のマコトちゃんに手を出そうとは許せん。


「か、カズヤ君?ね、ねえ、カズヤ君の言い方もちょっと違う気がするんだけど、気のせいかなっ!」


「マコトちゃん、ここは俺に任せて下がっているんだ」


 尚も俺の後ろで抗議するマコトちゃんを庇うように、レオンバカルトの前に毅然として立ち塞がる。


「今すぐ、ここに監禁している女性達を解放し、この家から立ち去るのだ!そうすれば命だけは助けてやろう!」


 穏やかな昼下がりのパーティ会場に、無駄にでかいアホの声がこだまする。


「あのな・・・、鬼畜とか奴隷とか誤解だってば、周りを良く見てみろよ。奴隷屋敷の庭先にテーブル持ち出して、こんなに和気藹々とホームパーティやってるやヤツいるか?」


「どうせ世間に対する偽装工作であろう。私の眼はごまかされんぞ!できれば話し合いで済ませてやりたかったが、我が剣の輝きをもって叩き出さねばならぬようだ」


 おいおい・・・、話し合いとか言ってるが、お前が一番、ヒトのハナシ聞いてねえぞ。


「イヤ・・・、だからね、我が剣とか言う前に、こっちの女性達から直接話を・・・」


 言いながら、助け舟を求めて振り向くと・・・。

 あ・・・・・・。

 いつの間にやら、俺だけ残し、テーブルごと奥に退避して宴会が始まってる。

 ジョシュは冬眠前のリスみたいに、ほっぺたをパンパンに膨らませながら料理をかき込んでいるし、アリスはドナを膝の上に乗せて抱っこしながら『カズヤー、がんばれー』と手をブンブン振っている。

 ソフィは『ニッポン、チャチャチャ!』と懐かしい掛け声で盛り上がる薔薇の腐女子に囲まれ、女王のように足を組み、椅子の背にもたれてこちらを見ながら、優雅に酒杯を傾けている。

 まるで草野球を外野席で観戦している家族連れの如く、各々がフリーダムに寛いでいた。


 ・・・・・・。


 ちょいと皆さん、最近、俺の扱いが雑すぎやしませんかねえ。

 脱力して、アホ騎士へと体を戻すと、俺の脳天目がけて剣が振り下ろされるところであった。


 あっぶねー!

 脊髄反射で体を捻り、間一髪でスキル強化された剣の切っ先をかわす。

 こいつ、本気で俺を殺そうとしてきやがった。


「盟主様!」


 サナエさんが投げて寄こしたショートソードを握りしめて、バカ騎士が次々と繰り出してくる近接剣スキルの予備動作に合わせて剣を叩き込み、チートシステム任せの単調な攻撃を片っぱしからキャンセルブレイクする。

 全ての攻撃をいなされ、後ろに仰け反ったまま硬直したロイエンタールの顔には、驚愕と困惑と恐怖が張り付いている。


 こいつもチートスキルに頼りっぱなしで、これまでに考えて変化し、対応してくる相手とまともにやりあった経験が無いのだろう。

 あらかじめプログラムされた最適な動きを、脳内システムが正確に実行してくれる。

 だがそれは、この異世界で生きて行く為に、どこかの誰かが用意してくれた初心者用システム、或いは、赤ん坊が独りで歩けるようになるまでの歩行器なのではないかと、最近思うようになった。


 とりあえず、単細胞バカの突進を止めようとして、フルアーマーの肩の付け根の隙間を狙い剣を突き刺す。

 が・・・・・・。


 カツン、という無機質な音と共に剣が弾かれる。

 え?

 剣を返し、今度は、左肘の関節部分の防具の隙間に剣を突き立てるのだが、まるで、ゲームにおける破壊不能オブジェクトのような硬質の壁に跳ね返される。


 慌てて距離を取り、目に魔力を集中し、改めてシルバーナイト様を観察する。

 限界まで魔法強化された鎧の物理耐性効果が、鎧に覆われていない剥き出しの皮膚ごと、玉虫色の油のようにテラテラ輝く薄い皮膜となってバカの体を守っていた。


「フハハハハ!我が重課金装備の前には手も足も出まい!」


 おいおい、それ自分で言っちゃっていいのかよ?

 ついさっきまで、俺に攻撃を潰されて愕然としていたクセに、俺の剣が通らないと分かった途端、強気になり、調子を取り戻している。

 一応、手加減しているんですケド。


「私のダークマターアーマーは無敵だ!」


 あのですね・・・、そろそろ、シルバーなのか、ダークなのか統一したほうが良いと思うんですよネ。

 俺の後ろで薔薇の腐女子が、お前の言動の一つ一つに腹を抱えて笑っているのが見えないのか?


 それはそれとして・・・、こいつ、めちゃめちゃ攻撃はヘタクソだ。

 俺の攻撃を重課金防具が防いでくれるとわかって、ノーガード戦法で、もう単発のスキル攻撃しかしてこなくなった。

 ここまで開き直られると、いっそ清々しいバカである。


 とは言うものの、このままではらちが明かない。

 適当にダメージを与え、バカの戦意を喪失させて無難に事を修めようとしたのだが、高性能な成金装備の物理耐性を突破するために、俺の身体能力をさらに段階を上げて強化すると力加減が難しくなる。

 勢い余って、腕、または足を切断するか、首を跳ね飛ばしかねない。


「盟主様、基本的にこの世界の衛兵は、冒険者同士の諍いの結果に、いちいち口を挟んできません。全て自己責任ですから、殺っちゃってオーケーです。しかも、この場合正当防衛ですから」


 防戦に徹し、シルバーナイトの剣を悩みながら黙々と受け流す俺の心を読んだかのように、セコンドのサナエさんから無慈悲な指示が聞こえてくる。

 そうは言うけどさあ・・・。

 こいつがバカすぎて、そこまで憎めないし、住み始めて間もない屋敷の庭に、血の池と首無しのオブジェを飾るのにはいささか抵抗がある。

 うじうじと迷いながら、相手の突き出してきた手首を掴み、足を払って地面に叩きつける。


「ぐっ・・・」


 足元から、苦しげな声が聞こえた。

 おや?意外と手応えがある。

 顔を歪めながら立ち上がったシルバーナイトの内側にもぐり込み、もう一度投げ飛ばす。


「ぐへっ・・・」


 重課金装備に施された物理耐性も、体全体にかかる衝撃は、それほど吸収してくれないようだ。

 レオンハルトが苦しそうに息を吐きながら立ち上がる度に、腕を取り、足を払い、背に担いで投げ飛ばす。

 何度地面に叩きつけられてもへこたれずに立ち上がってくる。

 己の実力に合わない高性能の鎧を装備しているのが災いして、体の内側にダメージが蓄積しているのに気づくことが出来ない。


 何度投げ飛ばしたか数えるのもイヤになった頃、衝撃で脳が揺れ、目の焦点が合わず、パンチドランカーのように揺ら揺らと立つシルバーナイトを助けようとして、とりまきの四人組が声を上げ、唾を飛ばしながら、剣を抜き放ち俺に向かって来た。

 俺の後ろでも椅子を蹴る音が聞こえたが。


「こっちに来るな!」


 後方の仲間の動きを制してから、地面に両手をつき、レオンハルトと愉快な仲間達の足元に向けて扇状に魔力を地中へと流し込み、浸透した魔力で土の分子を雑に掴んで揺さぶる。

 魔力を高速循環させ、地面に手を付く俺の様子に、何か不安を感じて立ち止まった四人と、半ば意識を失い立ち尽くすシルバーナイトの足がズブズブと地中へ沈んでいく。

 脱出しようと、もがけばもがく程、砂に足が取られる。


 サイクロプスの体内に魔力を通す為に使った剣がボロボロに崩れたように、荒っぽく振り回された土が分子間結合力を失い、微細な粒子の流砂と変わる。

 悲鳴を上げ、助けを求めるシルバーナイト御一行様を飲み込んでいった。


 以前、駐屯地でアーロン副隊長と対戦した際に、逆上した応援団に使おうとしたが、ソフィとガレス隊長に怒鳴られて途中で止めた物質干渉魔法の応用である。

 それ以来、折を見て練習してきたが、徐々に地面が崩れていくので、今のように何事かと警戒して、ある程度の間立ち止まってくれないと効果が無い。

 考えなしに動き回るサイクロプスやヘルハウンドといった魔物に対しては使いどころが難しい。

 逆に、ソフィやアーロン副隊長のようなベテランの戦士ならば、俺が何をしようとしているのか解らなくても、俺が魔力で何かをしようとしている事は解るから、のんびり自分の足が地面に飲み込まれて行くのを黙って見ていることはしないだろう。

 剣を投擲するなり、弓を打つなりして俺の集中を中断させればいいのだから。

 二回目からは通用しない初見限定の拘束魔法とも言える。

 まあ、このバカなら、何度でも引っかかってくれそうだが。


 胸のあたりまで程よく沈み込んだところで、魔力の供給を停止し土を固め、まだ虚ろな目をしているレオンハルトの頭を軽く蹴って、昏倒させる。


 地面に体の半分を埋めたまま、俺に向かって気丈に吠え立てるキャバ嬢の顔の近くに、深夜のコンビニでたむろしている輩の如く、腰を落とししゃがみ込む。


「さて・・・、人間モグラ叩きと、スイカ割りのどっちがいい?」


 静かに尋ねただけなのに、白目を剥き、口から泡を吹いて気絶してしまった。

 う~~ん、ちょっと脅かしすぎたか・・・。

 はてさて・・・、殺すつもりは無いが、また屋敷を強襲されてもメンドウだし・・・。


「フィオ、あのな、・・・と・・・を・・・」


 心配そうに成り行きを見守っていたフィオに耳打ちして、あるモノを取りに行かせた。

 やがて、屋敷から走り出てきたフィオからブツを受け取る。


 ★名前 フィオナのハサミ

 ○種別 超近接武器

 ○攻撃力 微量

 ○効果 物体の外見を変化させる事が出来る


 ※カズヤはフィオナのハサミを装備した!


「ちょっきん、ちょっきん、ちょっきんな~♪♪お仕置きターイム♪」


 フィオが、ジョシュとドナをママカットする為に使っている散髪セットで、シルバーナイト様のうっとうしい長髪にハサミを入れる。

『ギザギザハートのララバイ』などを鼻で歌いながら、リズミカルにジョキジョキと髪を散らしていく。

 ある程度、刈り上げたところで、カミソリへと道具を変える。


 シルバーナイトファンクラブの女性にちらりと目をやると、これから自分の身に起こる事を想像して、嬉しさのあまり声も出せずに、涙を流していた。

 石鹸水を頭に塗りたくり摩擦抵抗を減らし、丁寧にショリショリ剃る。

 ちょっとカミソリ負けして血が出ているが、他人の頭を剃るのは初めてなので許して欲しい。

 もちろん、自分の頭も剃った事など無いが。

 

 ふう・・・。

 一息ついて仕上がりを眺める。

 あ・・・、まだ眉毛が残っていました。

 どうせやるなら、綺麗にやってあげよう。

 穏やかな午後の陽を受けて、燦然と輝く見事なツルッパゲが出来上がったが、まだ終わらない。

 俺を鬼畜だの、奴隷商人などと呼んだ罪はマリアナ海溝より深い。


 次はお絵かきの時間です。

 これもまた、フィオが布を染めるのに使っている染料を用意してもらった。

 これが肌に染み込むとなかなか落ちない。

 扱いには要注意だ。


 ここは定番通り、男爵髭、ほっぺたにグルグル渦巻き、額の中央に『肉』の一文字を描く。

 頭長部分はどうしようかと考えていたら、てててっとドナが走り寄ってきた。


「ドナも、おえかきするー」


「そっか、お手伝いしてくれるんだ」


「うん!」


 満面の笑顔のドナ画伯に筆を渡して、思いのままに描かせる。


「それ、なに描いてるの?」


「おはなー」


 シルバーナイト様の頭にほんわかしたお花畑が出来上がった。

 ドナたん、ナイスです!

 芸術的な仕上がりに満足して、チョキチョキとハサミを鳴らしながら残りのメンバーに近づき、この屋敷に住む事になった経緯を丁寧に説明し、俺は鬼畜でも奴隷商人でも無いと言い聞かせる。

 シルバーナイト様の前衛芸術的なヘアスタイルを良く見えるようにしてあげると、目をいっぱいに開いて、口を挟まずにガクガクと頷いてくれた。


 やがて、土の中から掘り出された彼女達は、自分の頭に髪の毛が有る事を感謝しつつ、まだ意識のはっきりしないシルバーナイト・レオンハルト様を引き摺りながら、マラガの街の中へ嗚咽しながら走り去って行った。




 ≪後日談≫


 冒険者組合の扉を開けて中へと入る。

 組合の食堂兼、酒場兼、待合ホールはいつものように仕事帰り、或いは依頼探しのガラの悪い冒険者達の喧騒で溢れかえっていた。


 受付へと向かう通路には、『おうおう、ひと様の足を蹴りやがったなコノヤロウ!』と言いがかりをつけようとして、大股開きで汚い足を投げ出し、駆け出しの初心者を待ち構える荒くれ者の集団が笑い声を上げている。


 そんな中、俺が一歩踏み出すと、潮が引くようにざわめきが静まり、倒木のように通路を塞いでいた足が、一斉にテーブルの下へお行儀よくしまい込まれた。


「カミソリカズヤだ」


「あれが、シザーハンズカズヤ・・・」


「しっ!黙ってろ、目を合わせるな」


 通り過ぎる俺の後ろでボソボソと囁く声が聞こえてくる。


【カズヤは『カミソリ』『シザーハンズ』の称号を得た!】


 えーと・・・・・・。


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