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いつかきっと幸福な結末  作者: 染井吉野
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第31話 サナエさん

 犬は喜び庭駆け回る。

 猫はこたつで丸くなる。

 動物はやりたい事をやりたい様にヤル。


「はーい、席についてくださーい。お兄ちゃん、君たちの為にいろいろと用意してきました。とってもタメになる算数の時間ですよー」


 ・・・・・・、聞いちゃいねえ。

 机の間を駆け回る男の子を追いかけ捕まえて席に戻すと、別の男の子が走り出す。

 そしてまた追う。

 教室の壁に沿って笑いながらぐるぐると廻る子供を捕まえて小脇に抱える。

 抱えたまま次の子供を捕獲して、反対側の腕で抱きかかえる。

 俺の両腕の中で笑いながらもがいている子供はとっても嬉しそうだ。

 だが、今は追い駆けっこの時間ではないのだ。


 部屋の隅に固まっておしゃべりを始める女の子。

 椅子が倒れる音がして振り向くと、ジョシュが隣の席の子と、髪の毛を掴みあってのケンカをはじめている。

 お前!初日からナニやってんだ!

 両脇に新巻鮭のように抱えたままの子供を放り出して、ジョシュをケンカ相手から引き剥がす。

 お漏らしした女の子が、床に座り込んで泣いている。

 まさしく、混沌。


「センセイとても悲しいデース。人と言う字はお互いが支え合ってデスネー」


 こちらを振り向いてもくれない。


「えー、腐ったみかんは、箱の中から取り出さないとイカンのですよ、だけどね、ワタシはみかんを育てているのではなく、人間をデスネー」


 どげんしたらよかと?

 今は違う世界のお父さん、お母さん、教育とは何でしょうか?

 教壇に呆然として佇む俺の背中をよじ登る子供がでてきた。

 お前ら、俺にナンか恨みでもあるのか?

 俺を困らせる為にワザとやってるんだよな?

 教壇に両手を付いて机の木目をなぞり、下を向いて考え込む。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 ドナが俺を不思議そうに見上げている。

 思いがけず俺の眼から、壊れた蛇口のように水がとめどなく溢れていた。


「うっ・・・、うっ・・・、この一つの石と、この二つの石を合わせると・・・、グスン、ヒック、三つの石に・・・、ほおおおおぉ~~~ん、うおぉおおぉ~ん」


 その後、教室の廊下を通りかかり、たまたま教室を覗きこんだシスターに、背中を撫でられながら回収されるまで、俺は教壇で号泣しつづけた。


「だから言ったのに・・・」


 傷ついた心を、教会の裏庭でソフィに肩を抱いてもらいながら慰めてもらった。

 チクショウ!あいつら!ソフィやアリスの言う事は大人しく聞くクセに!


「ソフィィィィ、あいつら、俺の事をイジメるんだ!俺の言う事ちっとも聞いてくれないんだヨぉぉ」


「ハイハイ、タイヘンだったわね」


 ソフィの胸に顔を埋め、どさくさに紛れて、スリスリしていたら立ち直ってきた。

 子供達からの無慈悲な仕打ちをソフィのおっぱいで上書きする。

 朝の出来事は俺の記憶から消去する。

 算数?授業?先生?ナニソレ?美味しいの?


 成り行きだが、優しいお姉さん的なソフィにすがり付いて甘えることが出来た。

 なんだか、すっごく安心する。

 頭をナデナデしてもらうのが、クセになってしまいそうだ。

 時々は良いカモしんない。

 イヤ、常にこうしてもらいたい。


 俺はカネの力で孤児院を支援していくことに決めた。

 ヒトは自分に出来る事をやればいいのだ。


 チャイルドモンスターが走り回る教会を出て、冒険者組合へ足を運ぶ。

 途中、いい匂いがする串焼きを売っている露店があったので、ひとつ買い求めて、食べながら街の石畳を歩く。

 組合はいつものように壁に張り出された依頼を見て、あれにしよう、これにしようと仲間内で相談していたり、受付で支払額にいちゃもんをつけている冒険者達の喧騒で溢れていた。


 ひと仕事終わった後なのか、昼間から組合の食堂でテーブルの上に空のジョッキを林立させ、赤ら顔で笑い声を上げているパーティがいる。

 そうかと思うと、まだ口の付けられていない杯を手に持ったまま、下を向いて黙っているパーティもいた。

 三者三様、悲喜こもごもである。

 

 組合のドアを抜けて受付へ歩き出す。

 今まで騒がしかった室内が急に静かになり、顔を寄せての密談に変わった。

 何故か皆が俺を見ているような気がする。

 ナンカ気持ち悪い。

 どうしたんだろう。


「カズヤさん、ご無事のお帰りで何よりです。サナエとっても嬉しい」


「そりゃドーモ」


 俺が組合の受け付けに顔を出すと、当然のようにサナエさんが出てくる。

 白いシャツにあずき色のフレアスカート、アンダーコルセットで胸を強調して、アップにまとめた髪型が良く似合う、見た目は仕事の出来る美人のお姉さんである。

 結婚を焦るあまりに、がつがつしすぎて言動がちょっとおかしい。

 普通にしていれば、誰もがお付き合いしたいと思うくらいの容姿だと思うのだが。

 元いた受け付け嬢を押しのけて出てくるなんて、あんた俺の専属担当なのか?


「知ってますか?最近のマラガは、カズヤさんの噂でもちきりですよ?」


 おっとっと、盗賊を退治したり、ひとを救ったり、巨人を倒したり、旅先での俺様の活躍がもう噂になってしまったのか、これで俺も英雄の階段を上りはじめ・・・。


「バートン農場を買い占めて、あのソフィアさんとアリスさんと暮らしはじめたそうじゃないですか」


 そっちか・・・。

 昨日の今日だと言うのに、耳が速いな。


「マラガどころか、バートン王国中で憧れの高嶺の花、ソフィアさん。教会に天使が舞い降りたようだと株価急上昇中のアリスさん。そして落ちぶれてしまったとはいえ、マラガの一等地に広大な農地を持つ、未亡人のフィオナさん。弱みにつけこんで、奴隷のように服従させる鬼畜のカズヤともっぱらの評判ですよ」


 なんと!

 話の尾ひれが巨大過ぎる。

 俺にそんな度胸があれば、こんなじれったい展開にはなっていないというのに。


「ウソだから!それ根拠のない誹謗中傷だから!サナエさん、分かってて言ってるよネ!」


 ソフィに癒して貰った俺の心の傷口を、異世界の容赦ない追い打ちが再度こじ開け塩をすり込もうとする。


「ヒトって自分の信じたいものを信じるんですよねぇ」


 サナエさんが椅子に背を預けて、斜め上を見ながらため息をつく。


「絵に描いたような借金取りに絡まれていた家族を助けて、パーティとしてささやかに農場で暮らし始めただけなのに、新人叩きが酷すぎないか?」


「バートン農場のフィオナさんは、あのとおりの美人ですから、みんな密かに狙っていたんですよ。事実はどうあれ、後ろには気を付けたほうがいいですよ。男の嫉妬は深くて暗いですから」


 そう言われると、急に背中が重たくなった。

 後ろを振り向くと、人相の悪い冒険者が、皆一様に目を逸らして、わざとらしく雑談を始める。

 顔の向きを元に戻すと、また静かになる。

 サッと振り返る。

 サッと目を逸らす。

 だるまさんがころんだかっ!

 何回か繰り返していたら、だんだん楽しくなってきた。

 キリが無いので、一度フェイントを挟んでから振り向いたら、がっつりと目が合い、しばらくガンの飛ばし合いをする。

 向こうの方が根負けして、先に目をそらした。

 何故か胸に空しさが残る勝利であった。


 むさい筋肉ダルマ達とにらめっこしに来たのではない。

 気持ちを切り替えて、旅先で出会った盗賊団の事を話す。

 俺が殺した転生者が持っていた認識票の束をサナエさんに渡した。


「そうですか・・・、『怠惰な黒山羊』ですか・・・」


 この異世界の空の下に散っていったひとりひとりに思いを馳せるように、手の中の登録証の刻印を指でなぞりながら呟く。


「サナエさん、こっちの世界で『黒山羊』の名前や話を聞いたことある?」


「いえ・・・、無いですね・・・」


 認識票に目を落としたまま物憂げに答える。


「そっか、あいつが勝手に一人でゲーム時代のことを引き摺ってるだけならいいんだけど」


「でも、あの人達、身内の結束だけは強かったから・・・、あまり楽観はしないほうが良いと思います」


「あいつら、弱いクセに、精神的な嫌がらせは得意だったからなあ」


 どうやって知るのか未だに解らないが、ログインした途端に降り注ぐ罵詈雑言のwisの嵐。

 スクリーンショットをCG加工ソフトで改変した偽画像。

 お前等、ホントヒマだよな。

 びっくりするほど手間のかかったねちっこい、ゲーム外からの攻撃が絶え間なかった。

 ある日、俺のキャラクターの話題で、外部掲示板が千スレを越えるお祭り騒ぎになっていた時は本当に驚いたものだ。


「今はもう、捨てキャラを作って、ログアウトして逃げることもできませんから、昔のように、解り易い旗を堂々と掲げて、肩で風切って街の中を歩くようなことはしていないでしょうね。でもその分、世間の雑踏の中に身を隠して、やり方が巧妙になっているのかも知れません」


 そのクセ、いざ正面から向き合うと、踵を返して逃げて行く。

 匿名という陰に隠れて、他人の足を引っ張る事しか出来ない。

 清々しいとさえ言える、小物ぶりにあきれ返るばかりであった。

 組合のカウンターに肘を付きながら、当時のことを思い出す。


「俺が相手にした小物は氷山の一角だったのかもな」


「黒山羊かどうかは分かりませんが、暗殺とか窃盗だとか後ろ暗い仕事を専門に請け負う集団の噂は聞いた事があります。上の者に話はしておきますけど、カズヤさんも目を付けられないように気を付けてくださいね」


「そうするよ」


 俺の後ろでは、お昼に差し掛かったこともあり、組合の受付前の待合場所を兼ねた食堂に硬い靴底を鳴らして、ドカドカと踏み込んでくる冒険者達が増えてきた。

 狩りの話や、どうでも良いような世間話で賑わっている。


「ところで・・・、その・・・、カズヤさんのゲーム時代のクランとキャラクターネームを教えて貰えませんか?」


「・・・・・・、どうして?」


「知りたいんです」


 サナエさんの指が所在無げに、手元の書類を意味も無くペラペラと捲ったり、角を揃えたりしている。


「あのさ・・・、オンラインゲームでリアルを詮索しない、っていうのはマナーだったじゃない、んで、ゲームと現実がひっくり返った今となっては、ゲームのキャラクターを詮索しないってのが、マナーになったと思うんだよな。例えば、俺がゲーム時代に『怠惰な黒山羊』のメンバーだったとする。或いはガチな戦争クランだったかもしれない。だけど、今はおとなしく平和にこの世界で暮らしている。でも、リアル割れ、いやキャラ割れか?したら、その事で恨んでるヤツに、後ろからばっさり殺られる可能性だってあるよな?」


 俺も、この世界に来た当初は、昔のクラン名とキャラネームを公表して、仲間を探してみようと思ったことはあった。

 しかし、オンラインゲームの黎明期、まだマナーやルール、狩場の棲み分けの確立も出来ておらず、ぶつかり合いながらお互いの距離感を探り合っていた時期があった。

 そんな頃に集まった仲間で作ったクランなので、自分達にその気は無くとも、クラン間でのいがみ合いや、大きないざこざに巻き込まれて、仕方なく物理的な自己防衛行動を取った事もある。

 その時の事を逆恨みしているヤツがいないとも限らない。

 ゲームの事をいつまでもネチネチと恨んでいるなんて小学生以下だが、その陰湿さが手に負えない。

 クランとキャラクターネームの公表については慎重にならざるを得なかった。


「分かってます。そんな事を聞きたいんじゃないんです」


 サナエさんの眼を正面から見る。


「理由は?」


「ひとを探しているんです。昔の仲間です。ずっと昔に解散してしまったクランの仲間を探しているんです。私が冒険者をやめて、この組合で働いているのも、仲間を探す為なんです。こっちに来ているなら、もう一度会いたいんですよ」


 オンラインゲームではあったが、マコトちゃん達のようにリアルで繋がっていた人たちもいる。

 なんとも羨ましい限りではあったが、夫婦や恋人同士でゲームを楽しんでいたひともいたのだ。

 この世界に飛ばされて離ればなれになってしまい、それがネット上の友達でしかなくとも会いたいと思う気持ちは良く解る。

 ネットも携帯もないこの世界で、人を探すのは、こうやっていちいち聞いて回るしかないのであろう。

 実際、冒険者組合の依頼が張り付けてある壁の隣には、被災地のようにひとを探して尋ねるメモの張り紙が、四年経った今でも重なるように張り付けてあった。

 その中には、俺もゲームの中で野良パーティを組んだ事もある名前もあった。


「そんなら、そう言えばいいのに・・・。じゃあ、そのクランの名前とサナエさんのキャラクターネームを教えてよ。もし俺がそうなら正直に言うからさ」


「・・・の、『梅子』っていうキャラクターでした」


 懐かしいクラン名と名前が聞こえた。



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