第29話 卒業
農地を含めた敷地は約十七ヘクタール。
一ヘクタールが、百メートル×百メートルで、一万平方メートルである。
ここは、解り易く東京ドームよりも、サッカー場で例えてみたい。
サッカーのプレイフィールドは、だいたい百メートル×七十メートルの七千平方メートル。
サッカー場の約二十四倍以上ということになる。
「曽々祖父の代までは、この辺りの農主だったんです。人を使って作物を育てていたそうです」
家の中に案内され、食堂兼居間らしき部屋に置いてあった椅子に座る。
お母さんが、泣きつかれて眠ってしまった女の子を膝に抱きかかえながら話す。
男の子は、まだ俺の事を気丈に睨みつけている。
おそらく、さっきまでのチンピラの代わりに、良く解らない別のチンピラが現れたとしか思っていないのであろう。
マコトちゃん達とコジロウには先にマラガへ帰ってもらった。
お母さんの家の中に入り、いや、今はすでに俺の家だが、話を聞いている。
「曽祖父は農地経営に興味が無く、お金の無駄遣いが激しい人だったようです。使用人も次から次へと辞めていってしまって、借金だけが残ったと夫から聞いています。兵役から帰って来た夫が祖父母を手伝い、必死に経営を立て直そうとしたんですが、無理が祟って一年前に三人共続けて亡くなってしまいました」
お母さんは二十四歳だそうだ。
この世界は婚期が早いせいか、俺よりも歳が若いのに、男の子と女の子、二人の子持ちの未亡人であった。
生活に疲れた感じのほつれた黒髪が妙な色気を醸し出す、薄幸の巨乳美人である。
俺が家だと思っていた街道の直ぐ傍に建っている家は使用人用の別棟であり、奥の方に大きな本館が建っていた。
俺の感覚からすると、二階建てのお屋敷と呼んでもよさそうな家で、本館とは別に、二つの離れと言ってもいいのか、別棟と倉庫が建っている。
昔は羽振りの良かった豪農、地主といったところであろうか。
「夫が残してくれた農場を手放したくなくて、何とかしようとがんばったんですけど・・・」
う~ん、女手ひとつで十七ヘクタールをどうにかしようという意気込みは買うが、自分で扱える分だけを残して売ってしまえば良かったのに、どこかズレているような気がするのは俺だけなのか?
こっちの感覚だと、引き継いだ土地はそのまま残していかなきゃいけないのかな?
「あ、あの・・・旦那様、私達はこれからどうすれば・・・」
旦那様か・・・、素晴らしい響きではあるが・・・、さて、どうするか・・・。
ソフィとアリスの顔が怖くて見られない。
先程から、未亡人のお母さんから目が離せないのは、決して美人だとか、巨乳だからというだけでは無いのだ。
「ちょっと、俺達だけで相談したいから、席を外してくれるかな」
「はい・・・、よろしくお願いします」
お母さんが心配そうに頭を下げ、子供を連れて部屋を出て行く。
不安そうなのは当然だろう。
お母さんにとっては、借金が無くなったわけでは無く、今日、初めて出会った得体の知れない冒険者風の男に、そのまま移っただけである。
話の進み方如何によっては、同じ様に家を追い出されて、望まぬ職場で働かされる可能性がまだ残っているからだ。
さてと・・・。
俺は覚悟を決めて、剣を外し、靴の紐を解いて脱ぐ。
椅子から降りて、跪き、両手を揃えて床に着け、頭を深く下げる。
日本の伝統文化とも言って良い、土下座、DOGEZAである。
「カズヤ、何してるの?」
ソフィもアリスも、きょとんとしている。
やはり異世界人に土下座は馴染みがないか。
「これは、俺の故郷で最大の謝辞を表す姿勢なんだ。勝手な事して、すんませんっしたっ!俺も分かってはいるんだ。目の前に転がって来た他人の不幸を、金をばら撒いて解決するっていうのは間違っていると思う。だけど、あの時は、あれしか考え付かなかったんだ。素通り出来なかったんだ。勢いでやっちゃったんだ。ごめんなさい。」
「顔を上げてよカズヤ、誰も怒ってなんかないわよ」
「そうだよ、カズヤ。アリスちっとも怒ってないよ、なんで謝ってるの?」
「二人に相談しないで、勝手に金の力で強引にチンピラを追い返しちゃったし、なんて言うか、無駄遣いしたって言うか、後味が悪くって・・・」
家の外はすでに暗くなっており、天井から吊るされたランタンの明かりが部屋を照らしている。
かつては装飾品なども飾られていた部屋だったのだろうが、今は一切が取り払われていて、壁にはそこだけ四角く切り取られたような絵画の跡が残り、使い古された木のテーブルと椅子だけが置かれている。
「あの状況を見て見ないふりして通り過ぎるなんて出来ないわよ。私だったら違う方法を取ったと思うけど、カズヤのお金で、カズヤが決めたんだから良いじゃない。ちょっとお人好し過ぎるとは思うけど」
「うっ・・・」
「カズヤが何にもしなかったら、アリスがぶっ飛ばしていたよ。お人好しでもいいよ。私はそういうカズヤがいいと思う」
「ぐっ・・・」
「とにかく、顔を上げてよ、カズヤ。話が出来ないじゃない」
お人好しを連発され、ちょっとヘコんだが、ほっとして顔を上げ、立ち上がり遠慮がちに椅子へ座る。
「えーと、それじゃあ、今後の事なんだけれども・・・」
お母さんを呼び戻して話をする。
借金については債権の移譲ではなく、完全に俺が買い切った事にして、お母さんの借金をゼロにした。
お母さんと子どもは元々表側の別棟で暮らしていたそうなので、そのまま別棟に住んでもらい、俺達は本館に住むことにする。
別棟と言っても、4LDKの立派な一軒家である。
本館は十部屋の個室と台所、独立した食堂と居間がある大きなお屋敷だった。
一通り見て回ったら、随分長い間使われていなかったようで、屋敷中、埃と蜘蛛の巣だらけだったが、造りのしっかりした西欧風の建物であった。
ソフィの要望でもあるお風呂は、五人くらい余裕で入れる石造りの浴槽が設置されている。
家の立地についても、城壁に守られてはいないが、マラガの門を出たすぐの場所なので、治安も悪くないし、買い物の便も良い。
親子にはそのまま表側の別棟に住んでもらって、本館での食事、掃除、家事全般の面倒をみてもらう事にした。
お母さんを住み込みの使用人?お手伝いさんとして月給銀貨七枚で雇う。
兵役に就いた新人兵士の給料が銀貨五枚なので、かなりの好条件だと思う。
しかも家賃は取らないし、基本的に食事の材料と代金は俺持ちなので、破格とさえ言える。
俺達にしても組合からの依頼や狩りで、長い間、家を空けることがこれからも多いだろうから、いずれにしても離れている間の留守番役と家の細々とした事を管理してくれる人が必要なので都合が良かった。
農地については、これだけの広さが荒地となってしまっているので、農業の経験者を雇うなりしなければならないだろう。
将来、息子さんが大きくなって、その気があるなら農地を分譲するか、農地全体の管理人になってもらっても良いと話をする。
お母さんが少し安心した顔をするようになってきたが、まだ表情は硬いままだ。
お母さんが依然として警戒心を解かないのは、俺達の職業柄のせいでもある。
普段から冒険者に接する機会の無い一般の人々にとって、冒険者とはいつも武装していて、何事につけても力で解決しようとする荒くれ者の印象が強いからだ。
その辺のところは、これから一緒に生活をして徐々に信頼関係を築いていけばいいだろう。
それにしても、俺、そんなに人相が悪いかな?
なし崩し的に決まった新居ではあるが、お風呂付きの立派なお屋敷と広すぎる農地、これなら趣味の園芸も楽しめるし、シリウスも心置きなく走り回れるだろう。
マラガの門が目の前なので立地も良い。
落ち着いて考えてみれば上々の結果であると思う。
家は決まったが、今からここで暮らしはじめるわけにもいかない。
お世話になった教会の司教やシスターに旅先での出来事を報告して、今までのお礼を言わなくてはならない。
狩りで得た獲物を市場に売って、薔薇パーティと清算しなくてはいけないし、本館には家具が何も無かったので、マラガの店を巡って生活用品を買い揃える必要がある。
ソフィ、アリスと共に新居の為のショッピングなど、今からウキウキしてくる。
お母さんには三日後から本館に住むつもりなので、掃除などして住めるようにしておいて欲しいと言い、今度こそマラガの教会へと帰った。
教会に着いた頃にはすっかり暗くなってしまっていたが、皆が笑顔で無事の帰還を喜んでくれた。
わざわざ遅い夕食を俺達の為に用意してくれたので、食事しながらロバート司教とシスターに道中の出来事を報告する。
時には笑い、時には驚き、時には心配しながら聞いてくれた。
その日はソフィも教会に泊り、久しぶりの孤児院のベッドで安心してぐっすり眠った。
「カズヤ、起きて、朝だよ」
「アリス・・・、早すぎるよ・・・、まだ真っ暗じゃないか・・・」
ベッドの中にアリスを引きずり込み、抱き枕代わりにしてもう一度眠りにつく。
素晴らしい抱き心地だ。
このまま三年くらい眠っていたい。
「カズヤ、しゃんとして!市場に行くんでしょ!」
「あ、そうだった・・・」
のろのろと体を起こして、何とか目を開ける。
今日は夜明け前に市場へ行き、薔薇パーティと合流して、手に入れた魔物を市場のセリにかけてもらう事になっていた。
まだ暗い中をベッドから起き出し、顔を洗い、身支度を整える。
「おはよう、カズヤ」
「おはよ~ソフィ~、二人ともよく目が覚めるよな~」
「もう、いい加減目を覚ましてよ、早く行かないと間に合わないわよ」
「ん~、わかった~」
半分眠りながら、夜明け前のひんやりした空気の中、アリスに手を引かれて、マラガ北門の近くにあるという市場へと向かう。
広い敷地の中に、学校の体育館の様な大きな建物が四つ並んで建っている。
建物の前の篝火が焚かれた広場では、数百台はある荷馬車がとまり、商家の使用人らしき人達が荷物を抱えて、忙しそうに立ち働いている。
その手前にある三階建ての石造りの建物が商工会議所であるそうだ。
入口でマコトちゃんと薔薇の腐騎士が待っていた。
「おはよう、カズヤ君、商工会の登録はまだだよね?済ましておいでよ」
「おはよ、マコトちゃん」
「カズヤ、こっちよ」
ソフィに連れられて、会員登録の為に商工会議所の受付へ向かう。
大きな玄関ホールには、大勢の商人や冒険者らしき男達が商談や雑談を交わしていて、まだ夜明け前だというのに、活気に満ちている。
中に入ると右側に長いカウンターがあり、役所の受付のような事務員が何人も控えていた。
その内の一つに並び会員の申し込みをする。
事務員に説明を聞きながら、申込み書の記入欄を埋めていき、首から紐で下げていた冒険者組合の登録証を見せる。
最後に事務員のひとが、トレーディングカードくらいの大きさで、中心に線が引いてある薄い鉄板を差し出してきた。
「この線をまたぐようにして名前を書いてください。しっかり溝がつくように強く書いてくださいね」
鉄筆を渡されたので、ガリガリと鉄板を削る様に名前を書く。
裏を見ると線を挟んで両側に同じ数字が刻印してある。
書き終えて事務員さんに渡すと事務所の奥へと入り、しばらく待った後、戻って来て、半分になった鉄の板を渡された。
なるほど。
横書きの表札を想像してもらいたい。
それを中心線で上下に切り離すと、名前が半分に切られて別れる事になる。
半分に切られ細長い短冊状になったものを突き合わせて、支払いの際の本人確認とするらしい。
昔の日本にあった割符のようだ。
組合の登録証のように端に穴が開いていたので、認識票と一緒の紐に通して首から下げておく。
会員登録を済ませて、四つの建物の内の一つに入る。
ここが魔物専用の取引場所だそうだ。
市場の壁にはランタンがずらりと掛けられ、商人が出した幾つもの魔法の光がプカプカと漂い、煌々と辺りを照らしている。
学校の全校集会のように、セリ主ごとにまとめられた魔物の死体が、整然と数本の列を作って市場の床に並べられている。
大勢の商人が列の間を足早に動き回り、セリに備えて品定めをしている。
ソフィに案内してもらい、俺もオークやハーピー、その他の獲物をアイテム倉庫から引き出し、一番短い列の端にまとめて並べ、会員証と同時に何枚か渡された俺の名前と会員番号が書かれた木の板をその上に置く。
サイクロプスのような大物は別枠のようで、校長先生が挨拶するステージにあたる場所に置いた。
大物枠には、俺のサイクロプスの他に、象のようなサイズの魔犬、蝙蝠のような羽毛の無い大きな翼の生えた頭の尖った鳥、これがワイバーンかな?が、サメのような牙の並ぶ口からベロリと舌を出したまま横たわっていた。
夜明けの光が差し、職員がハンドベルを鳴らしてセリの開始を告げる。
市場の中を物色していた商人達が前へ集まってくる。
大物から競売が始まるようだ。
「まずはこれ!ワイバーンから!ワイバーン!ワイバーン!」
書類を抱えた市場職員が大声で叫び始める。
「金フタマル!」「金フタイチ!」「金フタフタ!」
ワイバーンを囲んだ商人達が、次々と手を挙げ、怒鳴り声で応える。
金額が上がるにつれて、掛け声が少なくなっていく。
「金サンフタ!金サンフタ!他にいないか!いないか!金三十二!」
金貨三十二枚、およそ三百二十万円で落札されたらしい。
「次はこれっ!頭無しの一つ目、一つ目!頭無しの一つ目!」
やけに頭が無いのが強調されている。
商人達はあまりいい顔をしていない。
おやおや?
「金ヨン!金ゴー!他にいないか!金五!」
俺達のサイクロプスは金貨五枚、五十万円で決まった。
ちょっと期待外れ、こんなモノなのかな?
「カズヤ君、サイクロプスは薬の材料になる目玉が高いんだよ」
マコトちゃんが説明してくれた。
「カズヤのバカ」
聞こえたぞ、薔薇のバカ女だな。
「悪かったな、次は金玉を吹っ飛ばすことにするよ」
俺が言うと、あっかんベーの顔を返された。
子供か!
俺が薔薇の腐女子とヘン顔対決をしている間に大物のセリが終わってしまった。
数人の市場職員が、小物の並ぶ列へと別れて駆けて行く。
商人もお目当ての列へと散って行った。
「いくらー、いくらー、これいくらー!」
あちこちで職員の声が聞こえ始める。
どうやら、小物の魔物は列の端から一つ一つでは無く、列毎に同時にセリが行われるようだ。
俺達も急いで自分の魔物の場所へ移動する。
魔物を囲んだ市場職員と商人から、怒鳴り声が聞こえてくるが、喋りが早すぎてどれが、幾らの値を付けたのか解らない。
マコトちゃん達と共同で倒した魔物。
サイクロプス(頭無し)一匹。
ハーピー 十四匹。
ヘルハウンド 十三匹。
オーク 八匹。
まとめて、金貨二六枚、銀貨四枚、およそ二百六十四万円、そこから商工会の手数料、三十五パーセントが引かれて、百七十一万と六千円であった。
マコトちゃんと俺のパーティで頭割りすると、一人当たり約二十一万円
三十五パーセントの手数料って暴利でないの?
そう思ったが、これには税金も含まれているそうで、こちらの世界の感覚からすると妥当なお値段だそうである。
高収入で定住の少ない冒険者は、一般の商人や農民よりは割高になっているそうだ。
およそ一ヶ月の収入で金貨二枚と銀貨一枚は、新米兵士の四倍になるので、高収入と言えるだろう。
商工会の受付けに行き、先程の会員証を出して清算してもらい、マコトちゃん達と分配する。
市場の入口で薔薇パーティと別れ、教会へ戻るとちょうど朝食の時間だった。
朝食を頂いてから、俺達だけで狩ったオークは売らずに残してあったので、その内、三匹をお土産として教会に寄付する。
教会の裏庭でシスターが手際よくオークを解体していくのを、子供達と一緒に見学してから、街の商業地区へと向かう。
農場の本館で使うための家具を探して店を回る。
この世界では既製品の量販店など無く、店先に出ている商品はすべて中古品だそうだ。
新品が欲しければ、白紙からのオーダーメイドで職人に作ってもらうしかない。
中古と言えども、全て職人の丁寧な手作りなので、アンティーク家具と表現したほうが正確だ。
ベッド、衣装ダンス、机、椅子、それぞれが気に入ったものを買い、次々とアイテム倉庫に放り込んでいく。
金物屋にも行き大人数用の鍋、釜、食器などを購入する。
あれこれと必要な物を買い、引っ越しの準備をしていると、あっという間に三日目の朝になった。
ロバート司教とシスター、孤児院のみんなに改めてお世話になったお礼を言う。
ここで暮らしたのは二ヶ月ほどであったが、子供たちの顔を見ると少しホロっとした。
アリスも子供たちに抱き付かれて涙ぐんでいた。
孤児院に来たばかりの頃は、何も出来ず、何も解らず、ただただ不安なだけであったが、今は少しだけ、この世界でやっていける自信がついたような気がする。
再度、皆にお礼を言って頭を下げ、教会を後にして、ソフィ、アリス、シリウス、俺の三人と一匹で新居へと歩き出す。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥方様、お待ちしておりました」
農場の入口でお母さんが出迎えてくれた。
旦那様!
奥方様!
いいじゃないか!
素晴らしいじゃないか!
異世界ってサイコーだ!




