第28話 農場とお母さん
アリスがユカリの具合を診ている。
ユカリと向き合い、両手をつないでじっと顔を見ているだけだ。
それで何が解るのか聞いてみたら、魔力の流れを見ているそうだ。
魔力の流れイコール生命力の流れでもあるそうで、体に異常があればその部分の魔力の流れが滞っているそうである。
俺にも解るだろうかと思い、ユカリの手を取ってみた。
白いすべすべした手に気を取られて、何気なく顔を上げたら、ユカリが頬を染めて俯いたので、慌てて手を離す。
こいつら顔だけはいいから、その気は無くとも、ドキっとしてしまう。
結局何も解らずに、薔薇の腐女子に『スケベ』と声を揃えて言われただけで終わった。
くっ・・・、今のは純粋に知的好奇心からの行為だったのに。
「うん、いいよ、もう大丈夫」
アリスがユカリの体をペタペタと触りながら診断を終える。
「やったあ!一時はどうなるかと思ったけど、良かったあ」
「本当に良かった。良かったよ。アリスさん、ありがとうね」
ユカリの回復に薔薇パーティが手を取り合って喜んでいる。
アリスも満足そうにニコニコしながら、紺色の教会服風旅装束を着て、膝に両手を手を置きそれを見ている。
「うん、うん、良かったな。俺も来た甲斐があったよ」
「チッ、あんた、まだいたの?もう用は無いんだから、さっさと帰りなさいよ」
余計な事言って口を挟んだコジロウが、エリカに舌打ちと共に切り捨てられている。
俺達が狩りに勤しんでいた間も特に何をするでもなし、村の中をブラブラして時たま家事を手伝う村娘をナンパして振られていた。
ホント、お前ナニしに来たんだ?
「お前らが、無理やりマラガから俺を拉致ってきたんだろーが!俺に一人で帰れってか?人のココロが無ぇのかよ!どんだけ悪魔なんだよ!ちょっとは俺を気遣えよ!」
「はあ?あんたユカリに付きまとっていただけじゃない。役に立たないんだから、隅っこで大人しくしていなさいよ」
ナオミが槍の石突きで床を叩くとビビったコジロウが跳ねる。
校舎の裏で不良にからまれているみたいだ。
マジ怖い。
「アリスちゃんが治療しちまったからだろーが!俺が先に来てたら華麗に、華やかに、鮮やかに回復魔法かけてやったよ!そうだろ!カズヤ、なんか言ってくれよ!」
避ける間もなく、またコジロウに盾にされてしまった。
ケンカするなら俺を挟まずにやってくれ。
「だから、俺の背中に隠れるのはやめろよ」
ともあれ、ユカリが全快したので、お世話になった村のひとにお礼を言って、マラガへと旅立つ。
来たときは俺とアリス、ソフィ、シリウスの三人と一匹だけだったが、帰りは薔薇パーティとコジロウを含めての大所帯となってしまった。
マラガを出る時は、その辺のオークやゴブリンなどの初心者向けモンスターをさっくりと狩って、観光気分であっさりと帰るつもりだったのに、実にいろいろな事があった。
アリスとチューとか!
ソフィとチューとか!
今!俺の運気は確実に上昇している!
マラガに帰ったら、嬉し楽しい同居生活のはじまりだ!
帰り道には、ボケ村長の村が二つ待ち構えているが、何事も起らずに通過したい。
俺の魂は幽体離脱して、すでにマラガへと辿り着き、家の物件を探すどころか購入済みで、せっせと庭に花を植え始め、犬小屋を作り、本体が到着するのを、じりじり身悶えしながら待ち構えている。
街道脇に広がる小麦畑の麦も風になびき、サラサラと気持ちの良い音を立てている。
空には薄く波のような雲が適度に広がり、程よく陽が差し歩き旅にはちょうど良い気候だ。
まだ見ぬ我が家を夢見て、自然に足は速くなる。
途中、いつものように川の傍にテントを張り、野営の準備をする。
村で解体してもらったオークの肉で煮込み鍋を作る。
平行してご飯を炊き始める。
俺がメシ当番の時は、ほとんど米を炊くようになったので、ソフィもアリスも米主体のメニューにかなり慣れてきたようだ。
肉の鍋にドバドバと駐屯地から頂いた葡萄酒を注ぎ込む。
なにしろ魔物の肉はそれなりに美味しいが獣臭が強いので、ニンニク、ショウガ、香草、料理酒が必須なのがわかった。
「マコトちゃん、こっちの世界で味噌って見た事ある?」
「ううん、無いね」
マコトちゃんがオーク肉の鍋を木のおたまで味見しながらかき混ぜている。
それにしても、女性陣は当然の如く、俺とマコトちゃんに料理当番を任せ、水浴びに行ってしまった。
この世界では女性が水浴びをしている間に、男がメシを作るのが一般的なのか?
「醤油は?」
「それも無いなあ」
「味噌の作り方・・・、知らないよね?」
「うん、解らない。お米があるんだから、味噌汁が飲みたくなるよね」
川の上流から『ソフィア様、お肌きれーい!』『アリスさんもお人形みたーい』『きゃー、さわらせてー』など、ありがちな水浴びイベントの声が聞こえてくる。
いいさ、マラガに帰ったら、スーパー銭湯のような家を探してやる。
片面から向こうが見えるような、マジックミラーが何処かに売ってないだろうか?
あったら、秘密の小部屋を作って、俺の聖域にするのに。
「大豆を煮て発酵させると思うんだ」
「僕もそう思うけど・・・、発酵ってどうやるの?カズヤ君味見して」
「いいよ、美味しい。腐らせればいいんじゃないか?」
マコトちゃんが差し出したオタマの汁を自然な流れで味見する。
新婚さんイベントがマコトちゃんとの間で、着々と進んで行くのが気になる。
マコトちゃんの事は嫌いではない、むしろ好きであると言える。
だがしかし、男の子なのだ。
股間に象さんがいるのだ。
この流れから抜け出せなくなっているのが怖い。
「カズヤ君、発酵と腐敗は違うと思うよ。麹っていうのが必要なんじゃないかな?」
「麹って何処にあるんだ?」
「わかんない」
考え込みながらオタマを口に当てる仕草が可愛らしい。
俺をどこに導こうというのだ!マコトちゃん!
なんだか、マコトちゃんルートに乗って、トゥルゥーエンドに爆走している気がする。
すぐにソフィとアリスと同棲生活をして軌道修正しなくてはならない。
俺は女の子といちゃいちゃする普通のハッピーエンドで充分なのだ。
「くぅおのぉっ、ヘンタイがあ!」
「ぐはぁあっ!」
爆発音がしてコジロウがこちらへ吹き飛んできた。
黒く焦げたローブの端から煙がひとすじ上っている。
あいつ、こりないっていうか、意外と打たれ強いっていうか・・・。
「ユカリって、火系統のメイジ?」
「うん、そうだよ」
あの薔薇の腐魔女をノゾキに行くとはバカなやつ。
そもそもソフィとアリスのおっぱいは俺のモノだ。
コジロウに見せるわけにはいかない。
俺でさえ、ここのところ御無沙汰なのだ。
「誰か味噌の作り方、知っているヤツはいないかなあ」
「一人くらいは、いてもよさそうだよね」
米が炊き上がり、肉の煮込みがいい感じに出来上がる。
「いい匂い」
「お帰り、ソフィ」
ソフィ達女性陣が水浴びから帰ってきた。
焚き火を囲み、それぞれに雑談しながら食事を摂る。
「ねえ、カズヤ、どんなお家にするの?」
俺の隣に座ったアリスが、シリウスの背中をなでながら聞いてくる。
「そうだなあ、お風呂があって、台所が大きくて、部屋はリビングを覗いて三部屋あればいいか。あと、家庭菜園ができるくらいの庭があるといいなあ」
「カズヤ君、庭付きは難しいかも」
「え?庭付きって高いの?マコトちゃん」
「ううん、そうじゃなくて、庭がある家が少ないんだよ」
「カズヤ、マラガは城塞都市でしょ?壁の内側いっぱいに詰め込んで家を建てているから、庭を広く取れるほど土地に余裕が無いのよ」
食器を片づけながらソフィが教えてくれた。
「そっかあ、庭付きは難しいかあ、マコトちゃんの下宿の家賃はいくら?」
小さな家庭菜園で大豆を作って、味噌の研究をしたかったんだけど。
「月に一人、銀貨一枚、パーティで銀貨五枚だね。旅で留守にすることも多いから、食費は別途で請求してもらってる」
「一部屋、銀貨一枚か・・・、それって高いの?安いの?」
「普通かな?高いのは貴族のお屋敷みたいなのもあるよ」
「へ~、お屋敷かあ」
貴族のお屋敷・・・、いいかもしんない。
ライオンの口から水が出てくるようなお風呂があるかも。
ん?そんなに大きな家なら、家事手伝いをしてくれるメイドさん的なひとが必要なのでは?
お金ならあるし!
「カズヤ、大きすぎるお屋敷なんて必要ないからね」
メイドに朝起こしてもらうところまで妄想を膨らませていたら、ソフィに釘をさされてしまった。
メイドさんに挨拶代わりのセクハラをして、黄色い声を上げさせるのは捨てがたいが、俺にはソフィとアリスがいればそれで充分だ。
いくつかの野営を繰り返し、一路マラガへと急ぐ。
「ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、命が惜しければ、有り金置い・・・ブヘッ!アヒッ!ブハッ!す、すんません、もう勘弁し・・・アベシッ!」
余計な事に巻き込まれているヒマなど無いと言うのに、ナゼこんな分かり易い強盗が出てくるのか?
よりによってこんな時に!
「うるせえ!人のささやかな夢を邪魔しやがって!」
電光石火の早業で魔力を高速循環させ身体強化し、ひょっとしたらあるかも知れない奥歯の加速装置を噛みしめて、お決まりの悪党のセリフを最後まで吐き終える前に、次々と殴り飛ばす。
十人くらいいたような気がするが、いちいち数を数えるのもめんどくさい。
「あ、あの・・・、カズヤ君?どうしちゃったの?」
街道脇に立っていた柿の木に荒縄で、まとめて縛り上げて括りつける。
『僕達は街道を荒らす強盗団です。反省するので捕まえてください。失敗しちゃったテヘヘ』
おそらく、こいつらの馬車と思われる物が近くにあったので破壊して、そこから板を一枚選びだし、白い石で殴り書きして悪党に括り付けておく。
「こうしておけば街道の警備兵が回収してくれるよ。さ、行こう」
「え?え?え?」
皆、何か言いたそうだが、いちいち駐屯地まで連行して行く時間が惜しい。
俺は何も見なかったし、強盗などにも出会っていない。
さくさくと先を急ぐ。
「あたたた、持病の癪が・・・、そこの旅のおかた・・・」
「アリス!回復魔法を頼む!」
持病の癪って何だ?
何故、今、時代劇的な展開が起こるのだ?
どうして、俺の目の前にわざとらしくお婆さんが倒れているのか?
この街道には、行く手を邪魔するトラップが多すぎる!
「ありがとうござ・・・、え?ちょっと・・・」
とまどう婆さんを強引に担ぎ上げる。
「婆さん、家はどこだ?」
「すぐそこの脇道を入った奥に・・・」
「ソフィ、アリス、マコトちゃん、先に行っていてくれ!すぐに追いつく!」
俺の背中で悲鳴を上げる婆さんの声が、ドップラー効果を起こしているようにも思えるが、無視して走り続ける。
泡を吹いて、なかば気絶状態の婆さんを家族へ押し付け、来た道を駆け戻る。
「お待たせ!さあ行こう!レッツラゴー!」
「あ、あのね、カズヤ君?」
「マコトちゃん、俺は何も見なかったし、マコトちゃんも何も見ていないし、聞いていない。オーケー?」
「う、うん・・・」
マラガは目の前なのだ、このまま何事も無く済ませたい。
盗賊とか、サイクロプスとか、ここまで来て勘弁して欲しい。
マラガの城壁が近づいてくる。
警備兵や農民とすれ違う回数が増えてくる。
もうすぐだ、もうすぐマラガの門をくぐる事が出来る。
行く手には右側に一軒の農家があるだけだ。
「離せ!お母ちゃんを離せよ!」
うん、夕暮れの街道に子供の叫び声など聞こえたりはしない。
「邪魔だ!このガキっ!」
「やめて!子供には手を出さないで!」
「お母ちゃん!お母ちゃん!」
お母さんの悲鳴も、子供の泣き声も俺には聞こえない。
「うるせぇぞ、小僧!お前の母ちゃんはな!借金のカタに体も家も土地も、みんな売っちまったんだよ!まだ足りねぇんだ!大人の職場で働いて借金を返さねえといけねえんだよ!わかったらすっこんでろ!」
この世界はそんなに俺が憎いのか?
俺のささやかな幸せがそんなに憎いのか?
マラガの門を目前にして、どうして俺の目の前に、こんな説明的なセリフがてんこ盛りで、何のひねりも無いテンプレ的なイベントを投げ出すのか?
とっても解り易いチンピラ二人組は、どっかの劇団員なのか?
マラガの門が目の前なのに!
ソフィとアリスとのラブラブ生活が目の前なのに!!
俺の足元に蹴り飛ばされ、泥まみれになった子供と目が合う。
お母さんらしき女性は、一目で使い走りの借金取りとわかるチンピラに手を掴まれてもがいている。
そのスカートを泣きながら握りしているのは男の子の妹であろうか?
もう一人のチンピラが、女の子を抱きかかえて、お母さんから引き剥がそうとしている。
「いくらだ?」
お母さんの手首を握りしめているチンピラの手を捻り上げる。
「痛ってて、いってぇな!ナニしやがるんだ!てめえにゃ関係ねえだろうが!」
さらに腕に力を咥えて、顔を近づけて問う。
「だから、借金の額はいくらだ?」
「あぁ?てめぇが払ってくれるのかよ!兄貴から手を離せよ!」
「いくらかと聞いている」
「金貨で七百枚だ!わかったら、さっさと、どけ!」
なるほど、ざっと七千万か。
「金板だと七十枚だな」
アイテム倉庫から金板を七十枚出し、麻袋に入れてチンピラに渡す。
チンピラは金の重さを支えきれずに、ガラガラと地面にばらまいた。
「数えろ」
「あ、ああ・・・」
「金板で七十枚だ、それでいいな?」
「ああ、借りたもんさえ返してくれりゃ文句はねえんだ。言っとくけど、騙して借金を押し付けたワケじゃねえからな」
「証文は?」
「こ、これだ」
「良し、取引終了だ、いいな?」
「ああ、兄ちゃん、何考えているのか分からねぇが、後になって、返せとか言うなよな」
「わかってる」
「じゃあな」
実に解り易いチンピラ二人組は、町の中へと走り去って行った。
・・・・・・。
マラガで農場とお母さんを買ってしまいました。
俺のバカ!
神様のバカ!




