第27話 我が家
薔薇のユリカの体調が戻るまでの数日間、スケベ村長の村の周辺で、薔薇パーティと合同で狩りと戦闘訓練の毎日を送っている。
薔薇パーティとの連携もこなれてきて、ヘルハウンドやハーピーのような小型の魔物であれば苦労することなく対処出来るようになった。
「ソフィ、サイクロプスくらいならソフィ独りでやれるって聞いたんだけど、ホント?」
草原で大角鹿の群れを追い、仕留めた五匹を収納する。
一息ついてソフィに聞いてみた。
「誰から聞いたの?初めから一人でやろうと思って倒したんじゃないわよ?ずっと前の話だけれども、その時一緒だったメンバーとはぐれちゃって、一人で歩いていたら偶然出くわしちゃったの」
「竜巻と弓でやったの?」
「ううん、竜巻は範囲系の面で押し込む魔法だから、ああいう硬い皮膚には効果が薄いのよ。だからコレ」
ソフィが腰から細剣を抜き出す。
「ソフィが剣の接近戦で?」
「違うわ、見ていて」
一瞬ソフィの魔力が活性化し剣をひと振りする。
大気を切り裂く鋭い音がし、ソフィの五メートル程前方に立っていた木の幹が、中間で真っ二つに分かれ上の部分が傾いて地に倒れる。
驚いて駆け寄り切断面を見ると、何かに切られたというより、初めから別の物だったかのように滑らかで鮮やかな切り口であった。
「凄いな・・・、どうやったの?」
「薄いカミソリのようなイメージで風魔法を打ったの。剣を振る必要は無いんだけど、その方がイメージしやすいから。私の悪いクセね」
悪いクセだなんて謙遜して言っているが、達人の技であろう。
一瞬で魔力を極薄の刃の形に圧縮して打ち出したのだ。
威力もさることながら、驚くべきは魔力の活性、圧縮、解放までの速さであった。
腰に手を当てて『どう?』という顔をして、何気なく風に金髪をなびかせながら草原に立っているソフィはまさに、風姫だった。
カッコ良すぎる!
わきで見ていた薔薇パーティの面々は『おお~』と声を揃えて称賛の声を上げ、目をハートにしていた。
俺もあんな風に、華麗に、当然とばかりに魔法を打ってみたい!
狩りに出ない日は、村の広場で剣の摸擬戦をして技能向上に勤しんだ。
「キィ~ッ、くやしい!また負けた!」
ナオミが膝を付いて地面の雑草をブチブチと引き抜いて喚いている。
やっぱり転生者は脳内ボタン発動のスキルに頼り過ぎている。
とにかく、スキルの連打でゴリ押ししてくる。
予備動作の隙間に軽く剣を打ち込んだだけでスキルがキャンセルされ硬直する。
「次は私がやる!」
剣と小型の盾を装備したオーソドックスな剣士スタイルのユキコが飛び出してくる。
盾を使った強打と足技も絡めてくるが、どうしても通常攻撃が単調過ぎる。
横にかわして突き飛ばす。
このやり取りも、もう十回以上している。
薔薇の三騎士が負けても、負けても順繰りに延々と挑んでくるのだ。
ゲーセンでゲストチャレンジャーの百人抜きをしている気分になってくる。
薔薇の腐女子が百円玉を握りしめて列をなす中学生に見えてきた。
おかげで彼女達の攻撃のクセと予備動作が、完璧に見切れるようになってしまった。
いい加減にしてほしい。
そろそろ痛くない程度に攻撃をもらって終わりにしたいなあ・・・。
「ちょっと!ワザと手を抜いたらしょうちしないからね!」
そんなに顔に出てたか?
分かってるなら察して欲しい。
大盾で体をぶつけて突進してくるエリカの軌道を逸らして、足を引っ掛けるとゴロゴロと転がって行った。
「なあ、もう昼メシにしようぜ、腹が減ったよ」
地面に大の字になって悔しそうに俺を見上げているエリカに声を掛ける。
「カズヤ!次はアリスが相手だよ!」
アリスがご機嫌な笑顔で大きな木製の両手剣を構えてやってくる。
そう、なんとアリスの近接武装はバスターソードなのだ。
一応、メインは回復職のシスターなのだから、基本はロッドかメイスじゃないのかと問うたら、これが気に入ったと言って、大きな剣を軽々と嬉しそうに振り回していた。
体にそぐわぬサイズの剣だが、意外とサマになっていらっしゃる。
アリスには、あんまり前に出て貰いたくないんだけれども。
「カズヤ、アリスは基本が出来ているから、なめてかかるとやられるわよ」
持ち出した椅子に足を組んで腰かけ、お茶を飲みながら完全に観戦気分のソフィア先生からお言葉が飛んでくる。
「いいけど、一回だけだからな」
「このワタシが来たからには~、え~と何だっけ?何でもいいや、テティスに代わってアリスがお仕置きしちゃうよ!」
余計な事吹き込んだのは、薔薇のアホ女だな・・・。
アリスが上段に構え、両手剣を振り下ろしてきた。
予想外の鋭い振りに驚き、慌てて距離を取る。
間髪を入れずに、ロングレンジから踏み込んで突き攻撃を繰り出してくる。
剣で弾いて大剣を逸らし、流れたアリスの手を摑まえて引き寄せ、足を掛けようとしたら、頭突きをかまされた。
目の前に星が飛び散りよろけたが、続けて下から跳ね上がってくる剣をどうにか回避した。
はじめの二歩も顔負けのインファイターぶりであった。
アリスが姿勢を低くして、猫のように警戒しながら周りをすり足で動き、隙を伺い飛び掛かろうとしている。
わざと隙を見せて誘うのだが、引っかからない。
マジで強い。
どうしよう?
「あれ?」
ふと何気なく右を見ると、アリスも不思議そうに右に首を回した。
よっしゃ!
ここぞとばかりに飛び掛かって、手から剣をはたき落す。
「よっし、飯だメシ!お昼にしよう!」
観客席からは『ふざけんな!』『卑怯だ!』『サイテー!』といったブーイングの嵐が吹き荒れているが、勝負は勝負、勝ちは勝ちだ。
「む~~~~~~~、ず~る~い~~~」
アリスが不服そうに睨んでいる。
もう疲れた、いい加減、休憩にしたい。
さっさと切り上げるべく後ろを向いて立ち去ろうとしたら。
「シリウス!」
アリスが呼ぶと背中から黒い物体に押し倒された。
俺の背中に『ヘッ、ヘッ、ヘッ』と下を出しながらシリウスがのしかかっている。
うつぶせに倒れた俺の眼前に、アリスが剣を突き出して勝ち誇っている。
呼ぶと動物が助けに入るとか、それじゃ武士魂のニャコルルだな。
もう、アリスの勝ちでいいよ。
それにしても、シリウスよ、お前のご主人様は俺のハズだ。
最近、アリスにべったりで、俺よりアリスの言う事を優先している。
アリスにわしゃわしゃと頭を撫でられて、バタつかせた尻尾に巻き上げられた砂ぼこりが、容赦なく俺の頭の上に降り注いでいた。
そんな事よりもだ。
そんな些末な事より、ここ数日ずっと俺の頭を悩ませている事がある。
我が家だ。
マイホームとも言う。
も~しも~俺が~家を~建てたな~ら~、大きな~混浴する為の~お風呂を~。
おっと下心が歌になって口から出てしまいそうになる。
マラガに帰ったら家を買う、もしくは家を借りるつもりだ。
あれ?
無一文でお金が無い、お金が無いって言っていたじゃないか。
そうお思いのかたもいらっしゃるであろうが、今の俺はあの頃の俺とは違う。
正確に言うと、アイテム倉庫が開通した前と後では違う。
マラガを出発する前に、アイテムボックスをめでたく開通させることができた。
異世界謎仕様のよくわからないアイテム倉庫と言うべきモノであったが、とにかく、その中には、俺がゲーム時代に貯めこんだ装備や消耗品、お金が入っていた。
アイテム倉庫の棚に金板、銀板、金貨、銀貨が積まれていた。
金ならアル。
お金ならあるワヨ。
一度言ってみたかった。
その額はこちらの貨幣価値に照らし合わせて、ざっと十二億円。
十二億円という額は、ゲームの中ではさほど多くは無い。
むしろ俺のような古参プレイヤーにしては、少ない方だ。
レベル九十台のキャラクターが、魔法強化されたそれなりの装備をフルセットで揃えようとすると、六億円くらいかかる。
ちなみに、店売りの量産品なら三千万くらいで足りる。
量産品でも普通に適正狩場で適正人数でやるなら何の問題もない。
ソロレイドしたいとか、ソロで範囲狩りしてウマウマしたいとか、たわけた事を考えなければそれで充分である。
プレイヤー間の個人売買で話題に上がるような武器の中には、三十億以上する物もある。
俺は廃武装にあまり興味は無いが、ネタ的なエロ装備に目が無かったので、ちょろちょろと散財して、いつも十億前後の所持金であった。
こちらの世界の一般的な兵隊が使用する武器、防具のお値段は、フルセットで五十万円くらい。
それで、こちらの世界の個人的な魔法強化品の売買はどれくらいなモノかと、マコトちゃんに聞いてみた。
一億以上はあたりまえ。
たまに十億以上の値が商工会議所のオークションで付くこともあるそうだ。
俺は魔境にソロで飛び込んで、俺様TUEEEE的な行動をしようとは、これっぽっちも思っていないので、そんな成金装備に興味は無い。
ちなみにマラガを出発する前に、これで働かなくても生活できるとウキウキしながら、ソフィとアリスに話したら、す~~~っごく微妙な目つきというか、生ゴミを見る様な目つきをされたので、その話はそれっきりにした。
マラガの城塞都市に引きこもっていても、ごく稀にロックやワイバーンなどの飛行型魔物が襲来するというので、いざという時の為に、ケガしない程度に鍛えておく必要があるし、ほどほどに精進していきたい。
それに旅先で同じ焚き火を囲み、同じ夜空を見上げるのもオツなものである。
そんなワケで俺は頭を悩ませている。
イヤ、家を借りるか買うかで悩んでいるワケじゃない。
どうやって、ソフィを誘うかである。
マコトちゃんによれば、この世界の冒険者はよほど放浪癖でも無い限り、一つの街に拠点を定めて、そこを基準に狩りの旅へと出るそうだ。
毎日、宿暮らし、ホテル三昧ではいくらなんでもお金がもったいない。
もとの世界のように、独り暮らし用のアパートなど無いので、たいていパーティで一軒家を借りる。
ソロで活動している冒険者は、下宿を探すか、家を他人とシェアするそうである。
マコトちゃんの薔薇パーティはマラガにある下宿にお世話になっている。
そしてソフィは大抵、マラガ自治領軍の教官用の兵舎で寝泊まりしているそうだ。
ふむ、正式名さえ決まっていない俺のパーティだが、ここは当然ひとつ屋根の下で暮らし、パーティとしての結束を深めるべきだ。
それしかない、ソフィをあんな筋肉ダルマ達の巣窟に寝泊まりさせるのは危険極まりない。
兵舎の食堂とはいえ、俺以外の男と同じテーブルで食事するなど、もっての外だ。
絶対に許すわけにはいかない。
「ソフィ、俺と一緒に暮らさないか?」
「ワホッ」
これじゃ、結婚のプロポーズみたいで重すぎる。
「ソフィ、俺と一緒に同じ釜のメシを食わないか?」
「ウホッ」
昭和のバンカラ学生寮みたいだな。
「ソフィ、この家の鍵、何も言わずに受け取って欲しい」
「ワホンッ!」
「そうか!オッケーしてくれるんだな!嬉しいよ!俺の事を分かってくれるのはお前だけだ!」
村の裏で、練習相手として目の前にお行儀よくお座りしているシリウスに抱き着いて頭をワシワシと撫でる。
シリウスは嬉しそうに俺の顔をベロベロ舐めてくる。
空しい。
このやるせない気持ちをどうしたら良いんだろう?
「風よ!応えてくれ!俺はいったいどうしたら・・・」
「キモイ・・・、あんた何やってんの?」
振り向くとユカリも交え、四人揃った薔薇の腐女子がジト目で見ている。
「お前ら、いったい、いつからそこにいた?」
「かなり前から」
「オオカミにプロポーズしているあたりから」
「バカ言ってるところから」
「自分の言葉に酔ってる所からですね」
四人娘が口々に答える。
「言えよ!そんときにさ!黙って見てないで!」
「クネクネ、モジモジしながら、狼を相手にプロポーズしているヘンタイに話しかけて、病気が移ったらどーすんのよ。病み上がりのユカリにヘンなもの見せるんじゃないわよ」
エリカが足を踏み鳴らしてつっかっかってくる。
「お前らが覗き見してたんだろーが!俺は真剣なんだよ!オトコの純情な恋心なんだよ!」
「それがキモイ!だいたいアンタがソフィア様にプロポーズしようなんて一億と二千万年早いのよ!」
ナオミ、キモイ、キモイ言うな。
「何が一億と二千万年だ!お前らこそ、その性格治して一億と二千万年後に出直してこいよ!」
「なんですって!あんたこそ、その顔をドラゴンに踏んづけてもらって、整形してから出直してきなさいよ!」
まさしく、売り言葉に、買い言葉ってやつだな。
お互いに引っ込みが付かなくなっている。
「あ!そーいうこと言う?そーいうこと言っちゃう?同じパーティなんだからソフィと一緒に住んだっていいだろ!女だからって容赦しねーぞ!お前らこそオークに食われて、生まれ変わって、人生一からやり直せよ!」
「女だから?そういういこと言うヤツが根性腐ってんのよ!遺書は書いてあげるから、独りで魔境にでも行ってきなさいよ!」
「鬼か!おまえらは!俺がソフィを好きになっちゃいけないのかよ!いっしょにいたいと思っちゃいけないのかよ!」
「いいわよ」
え?
「家は大きくなくてもいいけど、日当たりは良いところにしてよね」
「ソフィ・・・」
俺が薔薇のバカタレと言い争っているうちに、いつの間にか近くに来ていたようだ。
ちょっと首を傾けて、ソフィが碧の瞳で俺を見つめている。
「マラガに戻ったらいっしょに家を探しましょう。お風呂が付いてる家がいいなあ」
唖然としている間に、背を向けて歩いて行ってしまった。
最後の最後に、ちょっと照れたようで、飛び出した長い耳が真っ赤になっているのが、後ろから良く見えた。
やった!
俺、がんばる!がんばるよソフィ!
がんばって、大きなお家に、プールみたいなデカイ風呂を付けてみせるよ!
ふたりで!いや、ソフィとアリスと俺で、いちゃいちゃしながら風呂に入る為にがんばるよ!
「あ~あ、イイオンナってダメな男を放っておけないのよねえ」
「雨に濡れた駄犬を見捨てられないようなものよね」
拳を握りしめ、天に掲げる俺の後ろで、薔薇の腐女子がわざと俺に聞こえるように、嫌味ったらしくヒソヒソ話しているが、もはや気にもならない。
神様!ありがとう!この異世界に来てヨカッタ!!




