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いつかきっと幸福な結末  作者: 染井吉野
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第24話 ヘルハウンド

 背が低く尖った葉の雑草が広がっている。

 低木の茂みが点在し、やがて森に変わり山へと続く。

 乾いた風が吹く草原の中に転がる巨石から静かに顔を出して伺う。

 向こう側の一段下がった低地に魔物化した八頭の大型犬が大角鹿の死体を漁っている。

 その頭上では、太陽を背にして人面鳥身のハーピーが三匹、金切声を響かせながらおこぼれを狙って空を旋回している。


 俺から右側へ三十メートルほど離れた低木の陰には、マコトちゃんとアリスの遠距離攻撃部隊、護衛役でシリウスが隠れている。

 俺の傍には、盾職のエリカ、片手剣のユキコ、槍士のナオミが岩の陰に身を隠して様子を伺っている。

 さらに後方では、監督役のソフィが控えている。

 ソフィが参戦すると竜巻一発で片が付いてしまい俺の訓練にならないので、後ろで非常事態の時の為に待機してもらっている。


 ユキコの体調が戻るのを待つ間、思いの外、スケベ村長の徘徊する村に長逗留することになってしまった。

 一時は死の淵を覗きこんでいたユキコだが、今はベッドから起き上がり村の中を散歩できる程度には回復している。

 一日中べったりと付き添っていても意味はないので、村の畑を越え、その南側に広がる草原地帯へ、食材と経験値確保の為にマコトちゃんの薔薇パーティと合同で狩りに来ていた。


 コジロウは走らされて、疲れた疲れたと五月蠅いので留守番役で置いてきた。

 本音は艶やかな黒髪が美しいユカリとふたりっきりになりたかったのであろうが、せいぜい夢見るがいい。

 あいつらコテコテの腐女子だ。


 俺はマコトちゃんへ顔を向け、羽ばたくハーピーを指さし、親指と人差し指の角度を九十度に開けて腕を前に倒した。

 マコトちゃんの隣にいるアリスが、笑顔で手を振りかえしてくる。

 アリスさん・・・、さっき、これは攻撃のサインだって打ち合わせしたじゃありませんか・・・。


 ちょっと脱力したが、アリスが幸せだと俺も嬉しいので良しとする。

 再度マコトちゃんに向かってサインを送る。

 解っているマコトちゃんが、アリスの肩を叩いて気づかせる。

 ナイスフォロー。


 マコトちゃんが上空のハーピーに向かって弓スキルを放つ。

 中央の一匹の胸を矢が貫く。

 人面怪鳥が鳴き声を上げ、羽を散らしながら落ちてきた。

 同時に傍を飛んでいた一匹も見えない何かに跳ね飛ばされ意識を失い、螺旋状に地上へと落下してくる。

 残りの一匹は踏みとどまったが、ふらふらしながら森のほうへ逃げ去った。

 一本の弓が衝撃波を発生させながら目標へ飛ぶ弓スキルで、当たらずともその直線上周辺にあるものは、ダメージを受ける範囲型弓スキルであった。

 やっぱし、転生者のスキルっていいなあ・・・。


 仕事をこなしたマコトちゃんが息を吐きながらゆっくりと弓を下ろす。

 そういう凛々しい姿も似合うよ、マコトちゃん。

 写メとって等身大に引き延ばしたい。

 いや、むしろフィギュアにして神棚に飾っておきたい。


 残ったハーピーと地上のヘルハウンドがマコトちゃんとアリスへ頭を向け動き出す。

 遠距離部隊の第一波を見届け、近接部隊の俺達が岩陰から飛び出す。


「エリカ!」


 俺が声をかけ、打ち合わせ通りにエリカが挑発スキルを発動させる。


「まかせてっ!群れるしか能の無い野良犬共よ!息が臭い、目つきがキモい、毛並みが悪い!しつけ直してあげるからかかって来なさい!」


 エリカが大きな盾を剣で叩いて魔物の注意をスキルで強制的に引き付けている。

 エリカからスキル発動によって生じた魔力が、波のように広がり魔物に効果を与え、視線を拘束しているのがわかる。

 わざわざその喧嘩上等なセリフを叫ぶ必要無いはずであるが、自分を奮い立たせる役目もあるのだろう。

 景色が映りこむほどに磨かれたハーフプレートを装備し、茶髪のセミロングを振り乱して雄叫びをあげる。

 前線に立つ美少女って、やっぱり絵になるなあ。

 腐女子だけど。


「エリカ素敵!男前!」


 決めポーズで仁王立ちするエリカにナオミとユキコが手を叩いて称賛している。

 それ、いつもやってるの?


「この・・・、え~と、バカ犬!私の氷の・・・、もうなんでもいいや、えいっ!」


 エリカへと方向を変えた犬の群れの側面にアリスが氷の散弾をばら撒く。

 いかん、アリスが薔薇パーティからイケナイ影響を受けている!

 まるで不良グループに染まっていく優等生のようだ。

 そんなコじゃないのに!


 ぐだぐだのセリフはともかく、アリスの氷魔法によって一匹が倒れ、残り数匹も致命傷にはならなかったが動きは鈍くなった。


 薔薇パーティとアリスのちょっとヘンな行動に目を奪われてしまったが、このままではエリカが犬の群れに袋叩きにされてしまう。

 その後も魔物に罵声を浴びせ続けるエリカを見ていると大丈夫そうな気もするし、犬の群れに蹂躙される姿をちょっと見てみたい気もする。

 そういう訳にもいかないので、俺とユキコ、ナオミが右と左に散開しエリカに気を取られたヘルハウンドを側面から攻撃する。


 エリカに引き寄せられた魔犬を横から切りつけ先制することが出来たが、一撃必殺とはいかなかった。

 真っ黒な剛毛の下で筋肉を波打たせ、牙を剥きだし狂ったように吠える魔犬と対峙する。

 飛び掛かって噛みついてくる犬の頭を盾で押さえつけ、首を狙い剣を振り下ろす。

 硬い筋肉と丈夫な毛皮に邪魔されてクリーンヒットにはならなかった。

 素早い動きで俺の追撃をかわし、後ろに下がって距離を取った魔犬が唸りを上げて身構える。

 ヘルハウンドの口に魔力が集まるのが見えた。


 ヤバイ。


 とっさに盾を正面に構えると魔犬が吐き出した火の玉が当たり、飛散した熱波が盾の脇から腕を掠め流れて行く。

 じりじりと空気の焦げる匂いが鼻をつく。

 再度ヘルハウンドが口の中に魔力を集中させようとしたところに、すかさず地面を蹴って魔犬の目の前に飛び込み、盾で犬の頭を殴り飛ばす。

 不発に終わった炎が魔犬の口の中で黒い煙に変わり、閉じた牙の間から洩れる。

 怯んで動きが鈍くなった魔犬の脇腹に剣を突き刺し、そのまま横に引き裂く。

 ヘルハウンドは腹から血と臓物をこぼし絶命した。


 剣から血を振り払い、急いでエリカ達へ振り向く。

 エリカが大盾でヘルハウンドの火の玉と体当たりをいなし、ナオミが槍で突き、ユキコが飛び出し剣で切りつけているが、残り四匹の俊敏な魔犬の動きに翻弄され、隊列が分断され乱戦状態になってしまっている。

 それぞれが目の前の敵に夢中になりすぎて、お互いの役割を忘れてしまっていた。

 予想外に苦戦して押し込まれている。


 エリカの額から汗が流れ落ち、首筋に髪の毛が張り付き、息が上がり始めている。

 

 こちらの世界に来た転生者のステータス表示がどう見えているのか俺には解らないが、例えHPの数値が一割しか減っていなくとも、腕を負傷すれば攻撃出来なくなるし、足をケガすれば動けなくなる。

 ゲーム画面の中でHPのバーが最後の一ドットになっても、キャラクターは何も気にせずに剣を振り続けるが、盾職として実際に敵の攻撃を引き付け、気丈に正面に立つエリカの精神的な負担は相当なものであろう。


 エリカにまとわりついている二匹の内、一匹の後ろ足を剣で切り飛ばし、もう一匹を足で蹴り飛ばして立て直す時間を作る。

 俺が近くに駆け寄ると、エリカが少し安心した顔を見せた。


「エリカ、もう一度ヘイトだ!」


「でも、こいつら動きが早くて!」


「大丈夫だ!俺が一緒に支えてやる!やれっ!」


「わかった!あんた達の相手は私よ!よそ見するんじゃない!」


 エリカから魔力の波が広がり、今一度、スキルの力に捉えられたヘルハウンドがこちらに向き直る。


「ユキコ!ナオミ!後ろに下がって周りを良く見ろ!犬の動きに惑わされるな!今の内に仕切り直せ!」


 俺の言葉が届いたようで、彼女達の顔つきが変わった。

 闇雲に武器を振り回し、力み過ぎて動きが単調になっていた彼女達の体から少し力が抜けるのが、俺にも分かった。


 敵と味方が入り乱れる混戦で、マコトとアリスは流れ弾が仲間に当たるのを危惧して手を出しかねている。


 エリカに引き寄せられた残りの三匹が口を開け、そこから陽炎が揺らめく。

 一斉に炎を吐き出す予備動作が見えた。

 エリカは疲れが蓄積し、盾が下がり始めているのに気付いていないようだ。


 俺は右手の剣を地面に落とし、エリカが構える盾の中心にある持ち手を彼女の左手ごと握りしめて、こちらへ打ち出される火の玉に備える。


 火の玉の三連弾が盾にぶつかり、衝撃で体が後ろに押される。


「エリカ、こらえろ!」


「う、うん!」


 盾に遮られた炎が上部から吹き上がっていくのが見える。


「やあっ!」


 盾の前面にまとまった魔犬を狙い、ナオミがスキルの力を纏わせた槍を両手で握り水平に振り抜く。

 槍の刃先が一匹の胴を直線に切り裂き、柄の部分に当たったもう一匹が遠くへ弾き飛ばされる。

 立ち上がろうともがく魔犬に、アリスの氷の杭とマコトの矢が突き刺さり動きを止めた。

 最後の一匹の首筋にユキコが剣をねじ込むのが、盾の陰から見える。


 ほっとして辺りを見回す。

 大きなケガは誰もしていないようだ、良かった。


 それにしても、やっぱり魔物は怖いよな。

 冷静に対処すれば、ヘルハウンドもそれほど脅威ではないのだが、一斉に吠え立てられ威嚇されると、必要以上に力が入って体が硬くなる。

 パーティの前面に立ち、女の子ながら今まで敵からの攻撃を引き受けてきた盾のエリカは凄いものだと改めて感心した。


「あ、あの、ありがと・・・、もういいわよ、手、離して・・・」


「お?おおぅ、ゴメン」


「ううん、ありがと、助かっちゃった」


 エリカの左手を握りしめたままだったのに気づき、慌てて手を離した。

 ちょっと照れて俯いたしぐさが可愛らしいし、汗に濡れたうなじに髪の毛が張り付いているのが妙に艶っぽい。

 相手は薔薇の腐女だというのに、学生のような甘酸っぱい展開にドキドキしてしまった。

 俺にはマコトちゃんがいるのに・・・。

 違うし、いるのはソフィとアリスである。

 いかん、何故かマコトちゃんの顔がナチュラルに浮かぶようになってしまった。


 散らばった魔物の死体をアイテム倉庫に片付けていると、みんな集まって来た。


「お疲れ~、ちょっと危なかったね」


 マコトちゃんの癒しの声が日常へと引き戻してくれる。


「カズヤ~」


 いつもどおりアリスが抱き着いてきて俺の顔を見上げ目を閉じてきたので、ちょっと抱きしめ返してから押し離す。

 嵐のような激しい初キス以来、アリスさんはところかまわずチューのおねだりポーズをしてくるので、嬉しいけど困る。

 ほら、みんな見てるし。


「やっぱり、ユカリがいないとキツイね」


 ナオミが槍を肩に担ぎながら歩いてきた。


「ああ、へんに力が入って、うまく動けなかったな」


 ボブカットの黒髪を揺らし、ユキコが剣を鞘にしまいながら言う。


「いつもは、魔法の先制攻撃から?」


 最後に残ったヘルハウンドに手を当てて回収しながらマコトちゃんに尋ねる。


「うん、遠くからユカリの範囲魔法と僕の弓スキルで弱らせてから突撃しているんだ。この間は森の中で木の陰から魔物が突然飛び出してきて、気を付けて歩いていたつもりなんだけど、それでユカリが最初にやられちゃって、焦ってわけわかんなくなっちゃったんだ」


「魔物に飛び込まれた時の事も考えて、私達、もっと練習しなきゃいけないね。今日もカズヤに指示してもらえなかったらダメだったかも」


 エリカが汗を拭きながら岩に腰かけて言う。


「いやいや、俺なんてたいした事ないよ、でもちょっとくらいは・・・」


「お疲れ、みんなケガは無さそうね」


 岩場の上からソフィが現れた。


「ソフィア様!どうでした?私達のパーティ」


 薔薇の腐女子がソフィに駆け寄って行く。


「でも~、ちょっとくらいは~、強くなったのカモ~」


 誰も聞いてないし。

 女の子がみんなソフィに取られてしまった。

 お前等、さっきまで一緒に戦っていた俺を放り出してソレか。

 気安くソフィア様とか呼んでるんじゃねぇ、腐が移る。


「うん、まあまあかな」


 ソフィが腐女子に囲まれてちょっと引き気味に笑っている。

 俺には解る。

 その笑顔は苦笑いだ。

 いつも厳しい辛口採点のソフィア先生なら、ご家庭遊戯雑誌の採点欄でも最低点を遠慮なく出すはずだ。


「ね、ねえ」


 マコトちゃんが俺の袖をくいくい引っ張っている。

 俺を見上げる小動物的な仕草がいちいち可愛い。


「ん?」


「あのさ、カズヤ君のアイテムボックスって、積載量どのくらいなの?僕のアイテムボックスだと、あの犬なら三匹くらいでいっぱいになっちゃうんだけど、メイジのユカリもそんなに入らないよ?」


「あ~、俺にもよく分かんないんだよな~、何しろメニューが開けないから、魔法もアイテムボックスも俺流の謎仕様なんだよ」


「そ、そうなんだ・・・、なんかゴメン」


 う・・・、そんなに済まなそうな顔をされると、抱きしめたくなっちゃう。

 誤魔化しているわけじゃなく、ホントに解らないんだよ、たはは。


 ようやく痛騎士から解放されたソフィが、こっちに来たので顔を寄せてコソコソ聞いてみる。


「実際は、何点?」


「百点」


「ウソでしょ?」


 ソフィはお世辞を言うタイプじゃないが、ちょっと意外だったので聞き直した。


「誰も死ななくて、大ケガが無ければそれでいいのよ、どんなに綺麗に戦っても死んだらおしまいだし、ドタバタしても誰もケガしなければそれでいいわ。まあ、もっと経験を積む必要はあるけど、それに、転生者の魔力の使い方って私達と違うから良く解らないのよね」


 大人の解答だな。

 ホント、たいしたケガ人も出ずに終わってよかった。


「それと、最後にパーティを立て直したの良かったわよ。意外とリーダーの才能あるのね、見直したわ」


 そう言って、俺のほっぺたにキスして微笑みながら一歩下がった。

 ソフィは最近気軽にチュッチュッしてくれる。

 最高だ!やっぱりソフィは最高だよ!

 ゴメン!マコトちゃんに浮気して!


 拳を握りしめてほっぺたの感触をいつまでも楽しんでいたら、森の方から激しい鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 森が震えるようにざわめき、鳥の群れが何かに追われるように、黒い塊となって空へと飛び立つ


 なんだ?


 森の奥の方から、木を圧し折り、地響きを立てながら何かがこちらに近づいてくる音がする。

 木立の向こう側に、何か大きな影が見える。


 森の木を両手で掻き分けるようにして、それが姿を見せた。


「サイクロプスだ!」


 ナオミが叫ぶ。


 マジかよ!

 ここは逃げの一手だべ。

 そう思いソフィを見ると、弓を出して戦闘の準備をしていらっしゃる。

 薔薇パーティもやる気になっている。


 マジで?

 これ、やれるの?


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