第23話 離反のリシテア
「助けてくれ!」
村の入口の向こうから男の悲鳴が聞こえる。
またもや面倒事かと思い、気乗りしないながらもダラダラ様子を見に行く。
麦が風に揺られる牧歌的な風景とは対照的に、一人の男が、剣を振り回す女の子に追い立てられて、村を目指し走ってくる。
「こ、殺される!助けて!」
魔法使いらしい若い男が、黒いローブを風にはためかせ、農道のわだちに砂ぼこりを巻き上げながら駆け込んでくる。
俺は逃げてきた男にあっという間に背中へ回り込まれ、爪を食い込ませるほど強く肩を掴まれ盾代わりにされてしまった。
「ちょ、待て!ふざけんな!」
背中の男を振り払おうとするが、俺の背中にしがみ付き離れようとしない。
剣を手にした女の子が、鬼気迫る表情で迫ってくる。
逃げてきた男に背中から羽交い絞めにされ、刃物を握りしめた殺人鬼の正面に置かれる。
わき目も振らず特急列車のような突進で、背中の男と二人重なったまま串刺しにされる未来図が頭に浮かぶ。
「マコト!ユカリは?ユカリはまだ生きてる!?」
あれ?
俺と背中の男を無視し、勢いはそのままに、セミロングの茶髪をなびかせ素通りしていった。
「あ、エリカ、もうだいじょうぶ、カズヤ君のパーティが助けてくれたんだ」
入口の騒ぎを聞きつけて、ソフィとアリス、そして薔薇パーティが出てきた。
「そっかあ~、よかった~」
どうやら、マコトちゃんのパーティメンバーのようだ。
そして、俺の背中に隠れ未だに怯えてガクブルしている男は、コジロウだった。
何故にコジロウが少女に追いかけられていたのか?
どうしてここにいるのか?
理解に及ばないが、どうせセクハラでもしたのだろう。
悪鬼の如くコジロウを剣で刺し殺そうとしていた女の子は、ユカリの無事を聞き安心して気が抜けたのか、ヨロヨロとその場にへたり込んでしまった。
「お前、何したの?」
コジロウが俺の背中にしがみ付いて、なかなか離れようとしない。
俺を生贄代わりに差し出そうとしたことは、一生忘れないからな。
「仲間が死にそうだからって、突然この女に教会から拉致されて、馬に乗せられたんだよ!馬も丸二日全力で走らされて潰れちゃってさ、そしたら、このバカ女が、俺の尻に剣を突き刺して無理やりここまで走らされたんだよ!」
コジロウが俺の背中から顔だけ出して喚いている。
「誰がバカ女だって!あんたがチンタラ走ってるからでしょーが!」
おそらく四人目の薔薇の騎士が歯を向いて怒鳴り返す。
「ふざけんな!カズヤ聞いてくれよ、二十四時間寝ずに走らされたんだぜ?ちょっと休もうとしただけで、後ろから剣で突いて追いかけてくるんだよ!どこの鬼軍曹だよ!メロスだってこんなにマジメに走ってねーよ!」
コジロウが俺の背中の服を掴んだまま揺らすので、俺の首もがっくんがっくんと前後する。
やめてくれよ、ムチウチになりそうだ。
それにしても、コジロウを鞭どころか、剣で脅して走らせるとは、さすが薔薇の騎士。
「だいたい、あんたが馬に乗れないって言うから、無理して二人乗りしたら予定より早く潰れたんじゃないの!」
「あのな、馬だって二日ろくに休憩もとらずに走らされたら、一人だろうと二人乗りだろうと潰れるっつーの!」
どうでもいいけど、俺を間に挟んだまま口論するのはやめてくれ。
「男がちょっと走らされたぐらいでヒーヒー言うんじゃないわよ!それに、あんた最初のうちはアタシの腰に手を回してニヤニヤしてたんだから、その分気合い入れて走ったらどーなのよ!」
そうか、上辺の可愛らしさにスケベ心が騙されたか。
「ぐっ・・・、カズヤ、何とか言ってやってくれよ!」
女の子との二人乗りに夢を見る気持ちは分からないでも無いが。
「そうだな・・・、とりあえず、俺の背中に隠れるのはやめろ」
「そうよ!ひとの背中の陰からいいかげん出てきなさいよ!」
女の子に一喝されると、亀のように首をすくめて俺の背中に戻って来た。
「・・・・・・、コジロウ、お前、もう帰っていいぞ」
「紹介するね、もう一人の仲間でエリカ、カズヤ君のパーティの戻りが遅かったときの為に、一応、マラガから回復職のひとを迎えに行ってもらったんだ」
肩を少し過ぎるくらいの長さの茶が混じった髪、その毛先を緩くカールして遊ばせている。
落ち着くと、ふんわりした雰囲気のおとなしめの美少女であった。
これが、髪を逆立て、目を吊り上げ、剣を振り回すのだから、女性とは分からないものである。
ちょっと待て、まさか男の子じゃないよな。
「エリカ、こちらが、ソフィアさん、アリスさん、カズヤ君、治療師のアリスさんが回復魔法をかけてくれたんだけれども、カズヤ君とソフィアさんも手伝ってくれたんだ」
「ありがとうございます。マコトのパーティメンバーでエリカと言います。ホントはもうダメだと思ってました。良かったあ」
息を切らしながら、風で乱れた髪の毛を整えるのも可愛らしい。
しかし、さっきと今で裏表が激しすぎる。
「コジロウ君、無理させちゃってゴメンね、エリカも仲間の為に必死だったんだ、無駄足になっちゃったけれどありがとう」
マコトちゃん、誰彼かまわずに手を握りしめてくるのは止めたほうがいい。
真の性別を知っている俺でさえ、嫉妬でイラっとくる。
いや、俺とマコトちゃんは友達だからいいんだ。
親友だから、友達として好意を抱いているのは普通なんだ!
男とか女とか関係ない!
友達だからいいんだ!
女装しているわけでもないし、お姉言葉を使っているわけでもない。
それなのに、どんな女の子よりも可愛らしい。
アリスとは、別の方向性で天使すぎる。
ナチュラルボーン男キラーマコトちゃん。
「う・・・、うん、まあ、そういうことなら、しょうがないよな、うん、もういいよ」
犠牲者がまた一人増えたが教えてはやらん。
真実を知った時の苦悩をコジロウも味わうがいい。
「ありがとう!」
野の花が咲いたような無垢な笑顔で心の中に飛び込んでくるし。
マコトちゃんったら、小悪魔的に無自覚なんだから。
マコトちゃんには、麦わら帽子をかぶせ、白いワンピのキャミソールを着せて、真夏の向日葵畑の中に立って、にぱっ、と笑わせてみたい。
うん、すごく似合いそう。
似合いすぎて怖い。
思わず抱きしめて向日葵の草陰に押し倒してしまいそう。
「ふっ・・・、また一人バカな男が、マコちゃんの虜になったわね」
「いつになったら、気づくかしら」
「あいつ、バカそうだから、けっこう長持ちするんじゃないの?」
「ぷっ、くっくっ・・・」
おまえら、いい加減にしろよ。
俺もやられたとは言え、ちょっとだけコジロウが気の毒になってくる。
もちろん、ほんのちょっとだけだ。
ユカリは回復傾向にはあるが、まだ長旅が出来る状態でもない。
かといって、後は寝て食べて体力をつけるだけなので、これ以上傍にいる理由は無いのだが、このままサヨナラしても気になるし、俺達と別れた後に無理をして死んでしまったら夢見がわるいので、体力が回復してから一緒にマラガに戻ることにした。
もちろん、マコトちゃんとも一緒に帰れるし。
マラガからの強行軍を終えたエリカとコジロウを労い、少し豪勢な夕食を食べ終え、薔薇の腐女子達はさっそくソフィアを様付けで呼び、うっとり、目からハートを飛ばしながら話しかけていた。
ソフィとアリスにヘンな病気が移らないかスゲー心配。
マコトちゃんから渡されたお茶を嬉しそうに飲んでいるコジロウを隅に引っ張って行き、気になっていた事を尋ねた。
「コジロウ、『三つの誓い』って知ってるか?」
「ん?ああ、教会の人達が言ってるやつだろ?」
マコトちゃんをうっとりと見ながら答えてくる。
あんまり見るなよ、俺のマコトちゃんが穢れる。
早いとこ目を覚ませよ。
「実際どうなんだ?転生者の回復スキルって具体的に、何がどこまで回復できるんだ?」
アリスが使うこちらの治療魔法と転生者の脳内スキルでは違うはずだが、そこのところはどうなんだろう?
ゲームの中では、もちろんHPのバーが増減するだけであった。
「具体的にって言われても難しいけど・・・、息はしていても『ああ、これはダメだな』って何となく分かるんだよ。俺はフルリカバリーをかけてダメだったら、それで諦めてる」
『フルリカバリー』はゲームの中では、HPゲージを百%回復し、毒、混乱、睡眠、パラメーター減退など全ての状態異常を同時に治すことができた。
通常の小中大のヒールとは別枠で、回復系のスキルの中で最上位の回復魔法だった。
「深追いすると治療者の生命力が削られるって聞いたけど、コジロウのスキルでもそういうのあるのか?」
「うん、あるね、俺はそこまでやったこと無いけれど、特大ヒールでも回復しない時って、余計にMPが減る。何て言ったらいいのかな?ヒールをかけてるやつに引っ張られるっていうか、引きずり込まれるっていうか、とにかくゾッとする時があるんだよ」
アリスと同調している時に、補助しているだけの俺でさえ何かに引きずり込まれ、何かに俺の背中を押されるようなイヤな感じがしていた。
「こっちに来た転生者で、その・・・、ヒールに失敗して自分のほうが死んじまったやつって知ってるか?」
「直接は知らないけれど、話に聞いた事はある」
「どうなるんだ?」
「これは、あくまで聞いた話だけどな、見る間に歳をとっていって、骨と皮だけのじいさんになって、心臓が止まってたってさ」
「そうか・・・」
アリスと俺もかなり際どいところだったんだな。
なんとなく、その場の流れでやってみようなんて言ってみたけれど、ソフィのいう事をちゃんと聞かなきゃダメだな。
「だから俺は、ダメそうだなって思ったら、感情移入しないように気を付けて、ヒール一発かけてそれで諦めてる」
「リザは?」
リザレクションはゲーム内で、HP全損からの復活魔法だった。
「ん~、これも聞いた話だけどな、結果だけ言うと可能、ただし生き返っても心臓が動いているだけで、意識は無いし、もちろん話すことも食べることもできないから、結局すぐに死んじまう。それに、失敗して術者のほうが死んじまう可能性のほうが高いから、たぶん、頼まれてもやるやつはいないと思う」
コジロウが手に持ったコップの底を覗きこむように下を向いて語る。
「ふむ・・・」
「だけどな、それがさ、自分のパーティメンバーだったり、子供抱えた母親に泣きながら頼まれたりするとキツイよな。まあ、やらないけどサ、だからさ、カズヤもアリスちゃんにそういう事やらせないように気を付けろよな、あの娘、優しいし、まだイヤなものも見てないだろうし、その場の勢いと情に流されて、やっちまうかもしれないから。教会の坊さんが言う通り『声をかけない、引き留めない、連れ戻さない』を守れよ」
やらせちまった・・・。
「それじゃあ、体の欠損ってどうだ?例えば剣でバッサリ腕を切られたときとか?」
「その時、ちぎれた腕がその場にあってすぐにヒールかける事ができれば、ちゃんと元通りになる。ほら、元の世界でもきれいに切れていて何時間以内ならくっつけることができる。っていうのあっただろ?たぶんアレと同じ感覚だと思う。腕が魔物に食べられちまったり、時間が経ち過ぎていると、切断面がきれいに治るだけで腕が生えてきたりはしない」
「そうか・・・」
「まあ、そんなに暗くなる必要はないさ、今言ったように、手遅れにさえならなけりゃ、寿命以外ならほとんどの病気とケガを回復魔法で治せるし、そういう意味なら元の世界よりも、言い方はヘンだけど、医療技術?治療技術?は高い。なんてったって魔法だからな」
「ふむ・・・」
「そうそう、それに回復魔法が使えると、貴族や王族のお抱えになって、一生左うちわで暮らせるぞ。地味だけどキツイ回復職やってて良かったよ、ホント。ところでさ、あのパーティすごいよな。美少女ばっかりだ。ひとり性格が最悪なヤツがいるけどよ。特にマコトちゃんが、めっちゃ可愛いよな!」
性格が悪いのは、マコトちゃんを除いた全員なんだが、もうしばらく夢を見せておいてやろう。
それにマコトちゃんは、俺のもんだからお前にはやらん。
「そういえば、リシテアって知ってるか?」
三つの誓いの中に出てきた名前だが、心当たりがまるで無い。
「それって八人目の神様じゃん」
「八人目?そんなのいたっけ?」
キャラクターを作るときにステータス補正のボーナスとして選べるのは六人だけだったと思う。
ソラリス神は選択肢に無く、イベントだとか、特別な時に現れて、強力な補助魔法をかけてプレイヤーを助けてくれる存在だった。
ソラリス神を足しても七人だけれども。
「ほら、ゲームのバックストーリーっていうか、基本設定にあっただろ?『離反した神、リシテア』ってのが」
「?」
腕を組んで首を傾げて夜空を見上げて考える。
「本当に覚えてないのか?」
「ゼンゼン」
俺はゲームの公式ホームページにある背景設定とか世界観だとか、ゲームの長ったらしいオープニングとかは、メンドクサイから読み飛ばす派だったのだ。
「しょうがねえなあ。ゲームのメインストーリーだと、この世界の始まりにソラリスとリシテアの二人の夫婦神がいて、その二人が世界の基本を作ったことになっている。んで、その後に、カリスト、テミス、ディオネ、カロン、アトラス、テティスが生まれて、それぞれの得意分野を担当して、この世界が完成した」
「へ~」
「へ~、ってお前、ゲームのオープニングでムービーが流れるし、ホームページの先頭にもでっかく書いてあったじゃん」
「そうだっけ?」
「そうなの。その後、ソラリスとリシテアが夫婦喧嘩して、怒ったリシテアがこの世界から消えていった。リシテアは世界の果てで眠りにつき、神様がひとり欠けた世界は不安定になり、それが原因で魔物が現れるようになった。っていうのがゲームの基本の世界観だったんだよ」
「コジロウは、そんな細かい設定よく読んでるな、俺はそういうの全部すっとばしてた」
「・・・、いるよなカズヤみたいなヤツ、オープニングどころかイベントシーンもスキップするやつ」
焚き火の向こう側では、ようやく歩けるようになったユカリがアリスに付き添われながら部屋から出て来て、焚き火の輪を囲む仲間に加わり、薔薇パーティから喜びの声が上がっていた。
「それで、どうしてリシテアの道とか、門とか、街とか出てくるワケ?」
「こっちの教会の話だと、ソラリスと別れたリシテアは闇と冥府の神様になって、世界の最果てに辿り着き、そこから魔物を産み出して、やがて魔物に支配された地域が魔境と呼ばれるようになった。そして虎視眈々と世界の支配権を狙っている。ってことになってるからだと思う」
「なるほど、闇と冥府の神様か」
マラガに帰ったらロバート司教に詳しく効いてみるかな。
さっきから、にぎやかな女性達の輪に入りたくてソワソワしているコジロウを解放してやった。
エリカの剣でツツキまわされたせいでツギハギだらけのコジロウの背中と尻を見ると、さすがに気の毒ではある。
どうせ相手にはされないだろうが、がんばってこい。




