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いつかきっと幸福な結末  作者: 染井吉野
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第19話 駐屯地の一夜

「カズヤは転生者だよな?」


 アーロン副隊長が酒を注ぎながら聞いてきた。


「やっぱり、転生者って見れば分かりますか?」


 駐屯地の食堂に招かれ歓待を受けている。

 ソフィとアリスは商家の母娘と一緒に、女戦士達のテーブルで華やかに談笑している。

 なぜか俺だけ引き離され、ピチピチのシャツを着たむさい男達に囲まれてしまった。

 しかし、皆、何故小さ目のシャツを着て、筋肉を誇示するのだろうか?

 それ以上のサイズが無いワケでも無いだろうし、動きにくいし、気持ち悪いと思うのだけれども・・・。

 女戦士達もパッツンパッツンのシャツを着て、それでも形の崩れないおっぱいを、天高く主張させているのは眼福ではあるが。


「いや、見ただけではわからんが、仕草とか喋り方かな、まあ何となくだが」


 目の前には軍隊らしく、がっつり、こってり、ざっくりの料理が、所狭しと並べられている。

 ひとつひとつが大盛りだが、意外と繊細な味付けで予想外においしい。

 肉を焼いたものに掛けられたソースは、こちらに来てから味わった事が無く、どんな材料を使っているのだろう?

 先程から舌の上を転がしながら探っていた。


「なるほど」


 俺が盗賊の転生者に気付いたように、むこうからも分かるんだな。


「転生者とは何度か一緒に仕事したことがあるだけで、それほど親しくもしなかったが」


 アーロンさんは、球根状の野菜らしきものをボリボリ齧りながら話している。


「一緒に仕事ですか?どんな仕事ですか?」


 他の転生者や冒険者が軍隊と協力して何をやっているのか興味がある。


「そうだな、オークやゴブリンの群れが大きくなり過ぎちまって、この駐屯地だけじゃ手が足りなくなったときとか」


「この駐屯地の人数でも足りない事ってあるんですか?」


 今日見た限りでも、五十人以上はいそうだが。


「ああ、あいつらは繁殖力が強いから、目の届きにくい山の奥あたりで巣を作られると、あっという間に百、二百になっちまうんだ、そうなると魔法を使えるメイジだとか、弓や槍を装備したヤツなんかが混じってくるから、やっかいでな」


「オークのメイジですか?」


 尋ねながら、アーロンさんの空いたコップに酒を継ぎ足す。


「そうだ、オークだからってバカにしない方がいいぞ、数が集まると、中から指揮官クラスのやつが出てきて、軍隊みたいにまとまった行動をするんだ、人間のメイジ並みに威力のある魔法を打ってくるヤツもいるからな」


 百を超える武装したオークの集団とメイジか・・・。

 そこまでいくと魔物の討伐っていうより戦争だな。


「ここにいるやつは筋肉バカばっかりでな、そういう時は組合に頼んで、攻撃魔法とか回復魔法が使える冒険者を派遣してもらうんだ」


「筋肉バカはひでえな!」


 隣のテーブルからヤジが飛んで、ゲラゲラと酔っ払い達が陽気に笑っている。


「うるせぇぞ!ちっとは頭も鍛えろ!それとは逆に受けた依頼が手におえなくて、ここに逃げ込んでくる連中もいるしな」


「へぇ」


 相槌を打ちながら、さっきからアーロンさんの食べているものが気になり、手を伸ばしてひとつ取る。

 ビー玉くらいの小さな玉ねぎを酢漬けにしたもので、俺の田舎で春先によく食べた『のびる』に似ている。

 やっぱり味噌が欲しいな、味噌をたっぷりと付けて食べたほうが美味しそうだ。


「そんな事より、カズヤは他の転生者とは、ちょっと違うよな?」


 アーロンさんが、俺の空いたコップにドバドバと酒を注いでくる。

 口を付けると、果実の香りがほんのりと漂った。

 甘味が強く、炭酸の弱いビールに似ている。


「違う?どういうところが?」


 いろいろと不便な境遇に立たされているところは、確かに違うが、見た目では解らないはずだけど。


「うーん、何て言うか、雰囲気が違う、それと体の動きが違う。転生者ってのは大技の威力は凄いんだよ、その割には、基本の剣の振り方とか、足さばきが素人クサくて、どうにもチグハグなんだよな」


 なるほど、スキルは脳内システムの助けを借りることが出来るが、通常攻撃は自分の素の力でやるしかない。

 剣の基本を訓練していないと、アーロンさんのような玄人にはスキルと通常攻撃の差が目立って見えるんだな。


「だからお前とやった時も、大技を警戒して、小技のスキを狙いに行ったワケよ」


「俺も基本は出来てないですよ?狙い通り、やられてたじゃないですか」


 結果としては勝ったけれども、内容は散々だった。


「確かに訓練不足はあるが、基本の型はしっかりしてたぞ、少なくとも俺が会ったことのある転生者の中じゃ一番まともだった。」


 褒めてもらえるのは嬉しいが、実感がわかない。


「孤児院で教えて貰ったからかなあ?」


「孤児院?」


 アーロンさんが、不思議そうに見てくる。


「ええ、俺は他の転生者と違って、こっちに来たとき魔法も何も使えなかったんです。そんで、それじゃあすぐに死んじゃうから、って言われて、マラガの孤児院に連れていかれました。そこで、ソフィに魔法を教えて貰ったんですよ。剣の振り方もそこでボリスっていう人に教えて貰いました」


 自分で言っておいて何だが、首を捻りたくなる経歴だ。


「マラガのボリスって、『咆哮する獅子』のボリスのことか?」


「咆哮する獅子?」


 ナニソレ?カッコイイ!


「そうよ、ボリスは以前、『咆哮する獅子』っていう名前のパーティで活躍していたの」


ソフィの声が聞こえて前を向くと、いつの間にか空いていた俺とアーロンさんの向かいの席に腰を下ろしてきた。


「私にもちょうだい」


 そう言って、ソフィが差しだしてきたコップに、相好を崩したアーロンさんが酒を注ぐ。


「なんだカズヤは知らなかったのか?」


「ゼンゼン」


 俺が首を振ると、アーロンさんが呆れた顔をする。


「カズヤは、こっちに来たばかりだもの、仕方ないわ」


 ソフィが野菜の素揚げを手でつまみ口に運ぶ。


「『咆哮する獅子』って言やあ、バルト王国でも有名なパーティで、いくつもの大きな戦いや依頼をこなしていたんだ。その中でも軽戦士のボリスは、剣の腕前で広く名前を知られていたんだぞ?」


 そんな凄いヒトだったのか。

 訓練内容はスパルタ気味ではあったが、孤児院で子供たちの相手をしている姿からは想像できないな。

 それにしても『咆哮する獅子』のボリスか・・・。

 そんなカッコイイ二つ名を持っていたなんて、侮れない。


「年齢で仲間が引退しはじめるとパーティを解散して、今はフリーの冒険者で活動しているの、私と同じように自治領軍の臨時教官もやっているわ」


 ソフィが、そっとコップを傾けながら補足する。


「そうだったんだ」


 俺は肉の煮込みをフォークで突きながら言葉を返す。

 よく煮込んであって美味しい、肉の繊維がフォークの先だけでほぐれていく。


「なんだ、驚きが足りないな、ボリス殿の教えを受けたくて、わざわざマラガ勤務を希望するやつがいるくらいなんだが」


 コップを空にしたアーロンさんが、ソフィにお酌してもらって恐縮している。


「いやぁ、そう言われても、何しろこっちに来たばっかりで、比較対象が少なくて実感が沸かないんですよ」


「そんなもんかなあ、でも、マラガの孤児院っていうと、教会の運営のトコだろ?」


「ええ」


 奥歯の間に挟まった肉の筋を、舌で探りながら答える。


「なら、もっと凄いのがいるじゃねえか」


 アーロンさんが、一息に飲み干して、空になったコップをテーブルに叩きつける。


「え?誰のコト?」


 ソフィもクスクスと笑いながら見てくる。

 まさか孤児院の責任者のシスターマリサじゃないだろうな?

 あんな優しい顔して、昔は『鮮血のマリサ』と呼ばれていました。

 なんて言われたら、そりゃもう、跪いて靴を舐めるしかない。


「ロバート司教よ」


 ソフィが、アーロンさんのコップにお酒を注ぎながら言う。


「へ?」


「司教様は昔、教会騎士団の騎士団長をやっていたの。引退した時、枢機卿に押す声もあったんだけど、それを蹴ってマラガの教会に、ただの司教として赴任してきたのよ」


「は~、そうなんだ」


「反応が薄くて、張り合いがねえなあ」


 俺が抜けた声で生返事すると、アーロンさんが、がっくりと肩を落とす。


「教会の騎士団とか、枢機卿とか、見た事無いし、付き合いもないから、どのくらい凄いのかピンと来ないんですよねぇ」


「やれやれ・・・、いいか、カズヤ。教会騎士団ってのはな。国家間の争いには一切関与せず。ひたすら民の為に魔物を追い求めて、魔境の奥深くへと潜って行く最強の戦闘集団なんだ。その騎士団長を務めあげ、枢機卿に任命されるってことは、最高位の教皇になれるかも知れない、って事なんだぞ?」


「はあ」


 あの強面だから、ドラゴンの一匹や二匹、素手で締め上げたと言われても、驚きはしないが、枢機卿ってどのくらい偉いの?教皇がトップなのは解るけど、


「それに、神々から授かっている祝福を見ることが出来る、王国でも数人しかいない審眼をもつ徳の高い坊さんだ」


「審眼?祝福を見る?」


 なんだ?ソレ?


「転生者ってのはこんな事も知らないのか?ヒトってのはな、生まれる時に七人の創生神のうちの一人から祝福を授かるんだ。剣のカロンに祝福されたやつなら、前衛戦士の職業に就くと成功するし、魔法のディオネならメイジとしての素質に恵まれる。普通は、どの神様から祝福されているのか自分じゃ分からないが、徳の高い坊さんの中には、稀に、神々の中の誰から祝福を受けているのか判るひとがいるんだ。その内の一人が、マラガのロバート司教だ」


 アーロンさんが、そう言うと、ごりごり齧っていた肉の骨をビシッと俺に突き付ける。


「俺はもちろんカロンだが、ソフィアさんは?」


「私は、風と狩りを守護する弓のテミスよ」

 

「はあ・・・」


 そういえば、こっちに来た初めの頃、ロバート司教からそんな話を聞いた覚えがあるが、その時は何気なく聞き流したような気がする。

 おそらく、ゲームでキャラクターを作るときに、どの神の守護を受けるか?っていう、ゲームにありがちなパラメーター補正の選択肢があったので、それが、こちらの世界でも設定として反映されているのだろう。

 キャラクター選択画面でこっちに飛ばされた俺はどうなっているのだろうか?


「もういいや、まあ飲め」


 アーロンさんは、諦めたらしい。


「ウス」


 俺とアーロンさんとのやり取りに、ソフィが堪えきれずに笑い出す。

 お酒のせいか、真っ白な肌にほんのりと紅がさし、いつもとは違った美しさに思わず見入ってしまう。

 兵隊のアイドル扱いも納得だ。


「カズヤ~、もっと飲め~」


 後ろから首に両手を回して、アリスが抱き着いてきた。

 酒臭い、誰かアリスに飲ませたな。

 こちらも、頬を桜色に染めて、ふにゃふにゃになっている。


 他の兵隊の皆さんも、かなり煮詰まってきて、テーブルに突っ伏したまま動かない者や、隅に固まってお椀の中に投げられたサイコロの音に一喜一憂する者も出始めている。

 商家の母娘もこちらのテーブルに移ってきた。


「カズヤさん達は、これからどうなさるんですか?」


 人妻の色気溢れるお母さんが、中世風のドレスの胸元からおっぱいの谷間を覗かせ、お酒に上気した顔で上目使いに誘うように聞いてくる。

 それ誘ってるんですか?

 誘ってるんですよね?

 そんなケシカランおっぱいだから、盗賊に狙われちゃうんですよ。

 もちろん、俺も目を釘付けにされてるし、アーロン副隊長もチラチラと目を泳がせている。

 ちょっと安心した、この世界でおっぱいが好きなのは、俺とスケベ村長だけではなかった。

 そりゃあ見ちゃうよね。


「マラガに戻るつもりです」


 ここに来る途中、ソフィとアリスに相談して、そろそろマラガに帰ろうという結論になった。

 当初の予定では、街道の村周辺に流れてきたオークやゴブリンの雑魚を相手にして、地道に実戦経験を積むつもりだったのだが、クマやら、転生者やら、副隊長やら出てきてしまってもうお腹いっぱいだよ。

 本来なら、街の門の周辺で青スライムや大ネズミなんかを、ヒノキの棒でいじめ倒しているレベルだと思うのだ。

 それに盗賊の転生者が持っていた認識票を組合に届けて報告もしなければいけない。


「そうですか、できればセレネまで同行して頂けると心強かったのですが、命の恩人のかたをいつまでも護衛扱いしてはいけませんね。いつか王都に来る事があったら、必ずコーウェル商会を訪ねてください。ぜひお礼をさせてください」


 王都か、どんな所だろう?

 そのうち行ってみたいな。









 でろでろに酔っぱらった兵隊達でカオス状態になった食堂から、そっと夜の練兵場へと抜け出す。

 木の長椅子に腰かけて酔いを醒ましていると、ソフィがやって来て隣に座ってきた。


「はい」


 ソフィが香草の良く効いたお茶を差し出してくる。


「ありがとう」


 コップを受け取ると香草の爽やかな匂いが、白い湯気となって夜の空へと立ち上がっていく。


「カズヤは元いた世界で何していたの?みんな魔物と戦ったり、戦争したりしてたんでしょ?」


 う~ん、やっぱりそういう認識なのか。

 俺はともかく、他の転生者は、こっちにくるなり魔物の群れに飛び込んで行って、剣を振り回し、派手な魔法をぶっ放しているから、剣なんて触った事も無いし、ましてや魔法なんか夢物語だなんて言っても、俄かには信じ難いよな。

 コンピューターとか、オンラインゲームだとか説明しづらいし、以前、組合のフルタ課長さんの言っていたことがよく分かる。


「ソフィが考えているほど、殺伐とした世界じゃないよ。俺の済んでいた国には、魔物もいないし戦争もなかったんだ。俺は、え~と、そうだな、建設業、つまり家を作る仕事をしていたんだ」


 正確に言うと、大型施設の設備建設をしていたのだが、そこまで詳しく説明しても混乱させるだけであろう。


「ふ~ん、そうなんだ、ちょっと意外かな」


「意外?」


「うん、あまりゴツゴツした体をしていないから、そういう力仕事をしていたようには見えなくて」


 ソフィが下を向いて、足元の小石を蹴飛ばしている。


「いや、建設って言っても、営業だったんだよ。なんて言ったら良いのかな?つまり、俺が知っている大工をお客さんに紹介して、その仲介料を貰う仕事をしていたんだ」


「そっか、それなら納得・・・、あのさ・・・」


 ソフィが言いかけた言葉が途切れて、なんとなく微妙な雰囲気になる。


「うん」


「あのね、カズヤは元の世界に戻りたいと今でも思う?」


 兵舎の窓からわずかに洩れた光が、こちらを向いたソフィの瞳に碧を灯す。


「そうだなあ、帰りたくない訳じゃないケド、今はもうこっちにいたいと思っている」


「ホントに?」


「うん、向こうにソフィはいないから」


「また調子の良いことばっかり言って・・・、本当にそう思っているの?」


 肩からこぼれ落ちた金色の髪が、下を向いたソフィの表情を隠している。


「うん、こっちに来てソフィに会えて良かったよ」


 何のてらいも無く、自然に出てきた。

 本心からそう思っていたが、微妙に静かな間が出来てしまった。

 俺が自分の言った言葉に照れて、慌ててソフィから顔を背けようとしたら、不意にソフィの顔が目の前にせまり、ほんの数秒、唇が重なって、そっと離れていった。


「私もカズヤに会えて良かった」


 ソフィの唇をもう一度確かめようとして、今度は俺から顔を近づけていくと・・・。


「カズヤー、どこ行ったー、もっと付き合えー」


 兵舎の中から、ばかたれアーロンの声が聞こえてきた。


「行ったほうがいいんじゃない?今度は実剣で戦わないといけなくなるわよ?」


 良いところを邪魔しやがって!脳筋アーロン、ぶっとばす!

 マジで!


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