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いつかきっと幸福な結末  作者: 染井吉野
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第15話 商隊

「どうですか?気分は良くなりましたか?」


「このくらい?もう少し上?」


「え?もっと強くですか?」


「あ!そんなところまで!?」


 うが~~~~!

 違う!アリスはそんなんじゃ無いんだ!

 そんなキャラじゃないんだ!

 医療行為をしているだけなんだ!

 俺の邪な心が、勝手に妄想を掻き立てる。

 村の食糧倉庫の即席治療院から聞こえてくるアリスの声が、俺をダークサイドへと誘う。

 このままでは、呼吸音のやけにうるさい、黒いフルフェイスの兜を装着するしかなくなってしまう。

 あれ?その方が強くなれるかもしれないんじゃ?


 だめだ、俺はメンタルが弱すぎる、精神を鍛えねば!

 倉庫の軒下の地面にペタリと座り座禅を組む。


「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色、六根清浄、六根清浄、眼鏡に制服、三つ編み委員長、どじっ娘メイド、隣のお姉さん」


 この異世界は、誘惑が多すぎる。

 煩悩を振り払わねば!


「放課後の女教師、白衣の看護師、外資系のOL、ツンデレヤンデレ、木曜日は一般ゲー、金曜日はエロゲー、土曜日は徹夜、嫁がひとり、嫁がふたり、嫁が三人、嫁が四人!」


 いかん!

 お経を唱えていたハズなのに、俺の暗黒龍が外に飛び出そうとしている。


「ふっ、まだまだ若いのう」


 スケベ村長に鼻で笑われた。


「ジジイ!ぶっ飛ばす!」


 俺は膝を使い、地面からバネのように跳ね上がるとジジイに襲いかかった。


「ほれほれ、どうした?ちっとも当たらんゾ」


 動きはそれほど速くないのに、俺の拳をのらりくらりと躱す。

 こいつ、甲羅仙人か?


「あー、兄ちゃん、村長は引退して、こっちに帰ってくるまで、砦の部隊長をやっとったんだ、本気でやらんと、当たらんよ」


 俺とジジイのやり取りを、見ていた村人が笑いながら声をかけてくる。

 なんだと!?


「ジジイ!貴様、俺が熊と必死に戦っていたとき、気絶したフリして、俺に熊の相手を押し付けたな!」


「さて、そんなこと、おぼえとらんなあ、フォッ、ホッ、ホッ」


「都合の良い時だけ、ボケたフリしてんじゃねぇ!許さん!」


「もう、またやってるし、仲が良いんだから」


 ソフィが両手を腰に当てて、苦笑しながら呟いていた。

 違う、違うぞ!ソフィはこの爺さんが、どんだけ危険が分かってないんだ!


 スケベ爺を追い掛け回して、村中を走り回った俺は、精根尽きて地面にへたり込んだ。

 孤児院の子供、スケベ村長、この異世界で越えなければならない壁がまた一つ増えてしまった。


 早朝から降り続けていた雨もお昼を越えると小康状態になり、やがて雲の切れ間から、太陽が顔を覗かせるようになった。

 しかし未だ雲行きは怪しく、道もぬかるんでいるので、大事をとって、もう一泊この村に留まることにした。


 午後に入り、村人の治療を終えたアリスは、お馬の稽古ならぬ、オオカミの稽古に勤しんでいる最中である。

 アリスを背中に乗せたシリウスが、嬉しそうに水溜りに映った空を跳ね飛ばし、洗濯物を入れた籠をかかえて家の中から出てきたおばさんを驚かせながら村の中を駆け回っている。


 ゲームの中では、騎乗できるように設定された狼だし、実際それなりにデカイので、乗れるだろうとは思っていた。

 試しに俺も乗ってみたのだが、体を固定させる為に掴む場所が、背中の剛毛しかないので、不安定極まりない。

 それに、気になってしょうがないのが、シリウスの背中の筋肉のうねりである。

 俺の尻の下で、鋼のような筋肉がうねうねと動くのだ。

 わかりやすく例えると、大手家電屋の超強力マッサージチェアの背中の部分のごりごりが、尻の下で激しく動いていると思えば良い。

 思わず、声が出てしまうほどの、不思議感覚であった。

 

 そのシリウスを、アリスはいとも簡単に乗りこなしている。

 シリウスの背中の毛を握りしめるでもなく、背中の肩甲骨の下あたりに軽く手を置いているだけなのだが、スーパーロデオのように飛び跳ねてはしゃいでいるシリウスを軽々といなしている。

 何かコツでもあるのだろうか?

 女性と男性の骨盤の違いか?


「カズヤはもう乗らないの?」


 俺の目の前でシリウスをピタリと急停止させたアリスが、シリウスの上から聞いてきた。


「俺には合わないみたい、難しいよ」


 汗を拭いながら、ヒラヒラと手を振る。


「え~、楽しいのに・・・・・、そうだ、私の後ろに乗って!」


 アリスが自分の後ろの位置をぽんぽんと叩いて誘ってくる。


「ん~」


「ほら、はやく、はやく!」


 急かされて、アリスの後ろに跨ると、アリスがシリウスを急発進させ、のけぞりそうになり、思わずアリスの腰に手を回してしがみついた。


「ね?気持ちいいでしょ?」


 シリウスを走らせ、風を切りながら、アリスが言う。

 うん、アリスの緩くまとめた三つ編みが揺れて、とても良い匂いがしてくる。

 俺が学生の頃に憧れていた、学校帰りに同級生の女の子と、いちゃつきながら乗る自転車の二ケツとは、男女の位置が逆であるが、素晴らしい体験であった。

 思春期を取り返したかのような、甘酸っぱい気持ちに酔っていたが、ふと、思った。

 シリウスの跳躍に合わせて、偶然の事故を装い、ほんの少し、今、腰に回している手を上にズラしてみたらどうなるのだろう?

 俺の灰色の脳細胞が、幾千もの状況をシミュレートして答えをはじきだす。


 アリスなら、ちょっと困った顔をして恥じらいながらも、気づかないフリをして許してくれるに違いない!


 これは不可抗力なのだ、事故なのだ!

 いける、これなら、いけるハズだ!

 指先に全ての神経を集中させて時を待つ。

 俺は、シリウスの後ろ足が地面を叩き、伸び上がるタイミングを一日千秋の思いで待ち構えた。

 いざ決行と意思を固めたとき、ふと視線を感じて横を見ると、ソフィア様が見ていらっしゃる。

 俺は額に汗をにじませながら、第四コーナーを曲がり終えて、ゴールにたどり着くと、何事もなかったかのように、シリウスの背を下りた。

 いろんな意味で、危ないところであった。


「お嬢さん、ワシも乗せてもらえんかね」


 そう言って、近寄ってきたジジイを蹴り飛ばして、水溜りの中へと沈めてやった。

 ジジイの弱点を発見した。

 スケベ心を出したとき、スキだらけになる。

 心当たりがありすぎる、俺も気を付けよう。

 

 そんなこんなで、甘酸っぱくも切ない、雨上がりの午後を過ごしていると、道の向こうから人の話し声が聞こえ、数台の馬車が近づいてくるのが見えた。

 王都を出発して、マラガ経由で、この先のセレネという町へ向かう商隊だそうだ。

 旅の途中に荒天に会い、天幕を立ててやり過ごしたそうだが、再出発した際に馬車が悪路にはまり、車軸を壊してしまったため、この村で修理の為に一泊させて欲しいそうだ。


 村人と話を終えた商隊は、村のはずれに馬車を止め、天幕を張り野営の準備を始めた。

 武装した五人の男が、剣を鳴らしながら辺りを歩いている。

 おそらく、あれが護衛の冒険者であろう。

 三十台ほどの年齢で、ひげを生やし、いかにもベテランの戦士といった雰囲気をにじませている。


 馬車の荷台から、商家の使用人らしき男達が荷物を下ろしている。

 村の為に簡易露店を開いてくれるそうだ。

 その中のひとりが、時たまポケットの中に手を突っ込んで、チャリチャリと小銭がぶつかり合う音をさせている。

 おそらく、貧乏ゆすりのような癖なのであろうが、一度耳につくとひどく気になる。


 幌付の馬車の中から、身なりの良い二人の女性が下りてきた。

 この商隊の雇い主だそうで、嫁ぎ先である商家の定期便に同乗し母娘二人で里帰りの途中だそうだ。

 親子だというが、この世界は婚期が早いせいで、まるで歳の離れた姉妹にしか見えない。

 上品な顔立ちをした美人母娘だった。


 比較的乾いた地面の上にシートが敷かれ、食器や雑貨などの小物類や、衣類が並べられると、村の女性たちが集まってきて、急に騒がしくなりはじめた。

 ソフィとアリスも露店の前に立ち、商家の奥さんと立ち話をしながら、商品を眺めている。

 俺も村のおばさん達の後ろから首を出して、商品を眺める。

 醤油や味噌などの豆類系発酵調味料を探したのだが、やはり無かった。

 食生活の基本が肉料理なだけに、香辛料、香草などを干して、ビンに詰めてあるものが多く置かれている。

 それでも、この際だから、何か珍しい香草でも買っておこうかな。

 塩味メインの食生活にも、そろそろ飽きてきた。

 昨晩の熊ナベも味噌があれば、もっとおいしかったのに。

 

 またチャリチャリという音が聞こえてきて、後ろを振り向くと商隊の四人の使用人が荷物を抱えて通り過ぎるところだった。


『ちょっと待って、何か落としましたよ』


 俺は道に落ちていた金属の破片を拾って、振り向いた男に渡した。


「いえ、僕の落としたものでは無いですね」


「そうですか、間違えました。仕事中に余計なことを言ってすいません」


「いいえ、それじゃあ」


 そう言って、俺から目を逸らして逃げるように走って行った。

 手の中の金属片をわきに放り投げて、男の背中を見る。

 あいつ・・・・・。


 もう一度、露店に向き直ると、ソフィとアリスがマントやローブ、ドレスを広げながらあーでもない、こーでもないと熱心に品選びの最中であった。

 俺が後ろにいることに気付いたソフィが、服を持ったままこちらを振り向こうとしている。

 マズイ。

 男には係わってはならない領域が、元の世界でも、こちらの世界でも存在する。

 それは、女性の買い物だ。


「ねえ、この赤色の服と、青色の服とどっちが似合うと思う?」


「赤色かな」


「うーん、そうかなあ」


 そう言って、商品を棚に戻す。

 では、青色の服と答えた場合はどうだろう?

 やはり、首をひねって商品を棚に戻すのである。

 女性はこの無意味な行動を、二時間でも三時間でも繰り返すことが出来る。

 ここで、少しでも退屈なそぶりを見せてしまうと、その後、最低でも一週間はヘソを曲げ続け、哀れな男性諸氏はご機嫌取りに奔走することになる。


 これは、恋人である彼女だけに見られる現象ではない。

 多くの男性が経験済みであると思うが、たまたま母親と買い物にでかけると、今夜の夕食のメニューについて尋ねられる。

 俺がカレー、と答える。


「うーん、カレーかあ」


 俺の意見が採用される事は絶対にない。


 何故、女性は聞くつもりもない意見を聞きたがるのだろうか?

 それなら、正解はいったい何だったのか?

 その答えは男性にとって永遠に解けない命題なのである。


 では、俺はどうするのか?

 答えは、簡単、逃げる。

 これしかない。

 むしろ、これ以外の答えを知っているひとは教えて欲しい。

 そういう訳で、敏感に気配を察した俺は、護衛の冒険者たちの元へ逃げ込んだ。

 最近の魔物の生息地帯の情報やら、お互いの剣を取り出しての即席品評会に興じ、親睦を深めることに成功し、商隊の護衛に関するノウハウや、王都の商家の噂話など聞き出すことが出来た。

 

 やがて日も傾き、俺達は商隊の人達と食糧を提供しあい、同じ焚き火を囲んで食事をした。

 ソフィとアリスは、商隊の母娘と仲良くなったようで、食事をしながら楽しそうにしゃべっている。

 時折、声を落としてヒソヒソ話に切り替えたり、チラチラとこちらを見てクスクス忍び笑いをしている。

 何を話しているのか大いに気になるところではあるが、ここで首を突っ込むと、とたんに態度が冷たくなりウザがられるのは、すでに苦い経験済みなので、俺は黙ってオークの肉をかじっていた。

 

 商家の奥様から、お酒の提供があり、使用人が樽ごと運んできたので、冒険者たちと飲み交わし、リュートを取り出し、二、三曲披露すると大いに盛り上がった。

 使用人のチャリチャリ男は、ひとり輪の中に入らず、静かにコップに口をつけている。

 うん、わかるわかる。

 飲み会の時、輪に加わるタイミングを一度外すと、なかなか一緒の話題に入れなくなるよね。

 その後、女性たちは簡易宿泊施設とした食糧倉庫に引き上げていき、焚き火の周りの男達も、誰からともなく寝息を立て眠りについた。






 天候の回復した空に浮かんだ月が山の向こう側に沈む。

 あたりは全き暗闇に覆われた。

 カマドの残り火が静かに赤い色を放つ村の中を、影がひとつ、むくりと起き上がり、村の裏山へと動いて行く。

 真夜中の山道を音も立てずに静かに登っていく。

 村を見渡せる山の斜面まで迷うことなく辿り着いた。

 人影が手元のランタンの覆いをはずし、腕を伸ばして高く掲げる。

 明かりで円を描くように三回くるくると回す。

 しばらくすると村の向こう側の木の陰から同じ様に、やはり三回、ランタンであろう明かりが円を描いて返事を送ってくる。


「やっぱり、そういうことか」


 俺は、ランタンを持ったまま、じっと満足そうに、村を見下ろす男に後ろから話しかけた。




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