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いつかきっと幸福な結末  作者: 染井吉野
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第14話 小休止

≪カズヤ≫


 雨がシトシトと降り続いている。

 本日は朝から空を重い雲が塞いでいる。

 こぼれ落ちてきた雨が地面にあたり、音を鳴らし続けている。

 スケベ村長をクマから助けた俺達は早朝から旅立つ予定であったが、あいにくの雨模様、エロ爺がウロウロする危険極まりない村で足止めを余儀なくされている。

 宿はスケベ村長の家の離れに滞在させてもらった。


 いつものように、アリスマジ天使は村の食糧倉庫の片隅にてボランティアの即席治療院を開いている。


「具合の悪いところはどこですか?」


「どうですか?もう少し?」


「まだ痛いですか?」


 聞こえてくる声だけで、心が癒され、昇天してしまいそうだ。


 倉庫の軒下に椅子を出し、軒先から落ちてくる雨粒が、地面を叩く音を聞きながら、俺はいつも通りの魔法の修行。

 今日は珍しくソフィも俺の隣で魔法の練習をしている。

 珍しく練習している、と言ってしまうのは大変失礼ではあるが、領地軍の臨時魔法教官さえ務めるソフィが、俺のような初心者と同じ、地味な魔法の基本練習をしているのは、何か思う所でもあるのだろうか?


 先程から、ソフィの作ったバケツサイズくらいの小さな風の渦が、地面に広がる水溜りの上を、落ち葉を巻き込み、水を跳ね飛ばしながらシュルシュルと回転している。

 時折、何か納得がいかないようで。


「うーん」


 首を捻りながら、ぶつぶつと聞き取れない独り言をつぶやいている。

 憂いを帯びたソフィの横顔も、また格別である。


 俺も魔法の練習に集中したいのだが、昨日判明した事実が頭から離れてくれない。

 昨晩、俺達の前に、村長の嫁だという『四人』の女性が現れて、ありがとう、ありがとうと感謝された。

『四人』だ、ボスの周りを固める四天王、お笑い四天王、ものまね四天王、青竜、白虎、朱雀、玄武の四神、とても強そうだ。

 四という数字には何か神秘的なものを感じる。

 あのスケベ爺に四人の嫁、いや、スケベだからこそ四人なのか?

 あのスケベ爺が俺の目指すべき高みにいるのだ。

 そう思うと、ジジイが輝いてさえ見えてくる。

 冷静になるんだ、俺。

 あの輝きは加齢による、ハゲのせいだ、勘違いするんじゃない。

 しかも、その中のひとりは、まだ三十代後半で、笑ってわがままを聞いてくれそうな、深みのある優しさをたたえた美人である。

 いったい何があったのか?

 何か弱みでも握られているのか?

 あの時、ジジイを後ろの茂みではなく、熊の目の前に突き飛ばしておくべきだった。


 ともかく、煩悩を振り払い、俺はオレで野球ボール程の石を浮遊の魔法で目の高さにぷかぷかと浮かべている。

 浮遊魔法は無属性の魔法で、基本魔法とも呼ばれている。

 魔力で石を包み込んで、持ち上げるイメージである。

 その場所で上下させる事が出来るだけで、前後左右に念力のように自由自在に動かせるわけでは無いので、それ程応用範囲は広くない。

 一般の生活の中では、重いものを持ち上げるときに補助として使う。

 馬車の旅では、車輪がぬかるみにはまった時に持ち上げる。

 または、魔力量の多いメイジであれば、浮遊魔法で浮かせた馬車を馬に引かせて、速度を上げ、一日に移動できる距離を増やすことが出来る。

 この利用方法は商会からの依頼に時々出てくるそうだ。


 攻撃魔法における使用例であるが、例えばアリスが使う氷の杭は、

 一、魔力を氷に変換して氷の杭を作る。

 二、一の作業と並行して、浮遊魔法で氷の杭を浮かべる。

 三、圧縮した無属性の魔法を解放して、目標に向かって弾き飛ばす。

 以上の行程を踏むことになる。

 注意しなければいけないのは、弾き飛ばすだけで、進路の途中変更、目標への誘導は出来ない、ということだ。

 つまり、魔法は打てば必中という訳ではなく、攻撃対象がそれなりの機敏性を備えていれば避けられてしまう。

 

 それでは、ソフィアの使う風魔法の竜巻であるが、目標に向かって右に左に進路を変え、または、目標の周囲をまとわりつくように、ぐるぐると円を描くことが出来る。

 これは、風魔法によって、魔力の力で意図的な風の流れを手元から造り、さらにその流れに乗せて追加の魔力を竜巻に注ぎ込んで進路を操作しているそうだ。


 ちなみに、ソフィアが放つ弓矢は、この風魔法との組み合わせで、発射速度を上げ、追い風を作り、尚且つ、風の道に沿わせてカーブさせることが出来て、木の影に隠れた標的を射ることができる。

 まさに、魔弾の名手ソフィアである。

 風魔法が使えるからといって、誰にでも出来る芸当ではない。

 俺は心の中で密かにサイコガンショットと呼んでいる。


「それじゃあ、アリスの氷の杭を、ソフィアの風魔法で誘導できるんじゃないの?」


 当然の疑問をソフィアに尋ねる。


「それは無理ね、重すぎるから風に乗れないし、速すぎて魔力が追いつかないから」


 そりゃそうか、むしろ、向かい風、横風の影響を受けないほどの発射速度を作りだし、高速で目標にぶつけるのが、攻撃威力向上の為の課題だそうである。

 

 話は逸れたが、俺がこの浮遊魔法の威力を上げて何をしようかと言うと、先日の熊との死闘において、この浮遊魔法で熊を浮かせてしまい、一方的に攻撃すれば良かったのではないか?と考えたからである。


「ムリ」


 最近、ソフィア先生の冷ややかな目つきと、吐き捨てるような一言が、俺のM属性を強く刺激するようになった。


「私に浮遊魔法をかけてみて」


 お言葉に甘えて、魔力を送り出し、ソフィの体全体を覆うように包み込む。

 意思を集中させて、持ち上げる。

 が、持ちあがらない。

 スカスカと魔力が空振りする。

 クレーンゲームで景品を確かに掴んだのだが、するりと抜け落ちていくような、非常にもどかしい感覚だ。


「ヒト、魔物、生き物は誰でも魔法抵抗を持っていて、何かを魔法で攻撃するときは、この魔法抵抗の壁を突破しないといけないの。攻撃する、というイメージが大事なの。アリスの氷の杭なら先を尖らせて壁を突き破るというイメージを強く持つ必要があるし、私の竜巻だと、薄いカミソリのような刃が、風の渦の中を回って、目標を切り裂くというイメージに意識を集中しているの」


 そう言って、ソフィが手近にあった木桶の中の雑巾を、先程から作り出している小さな竜巻の中に放り込む。

 巻き込まれた雑巾が風の渦にもまれ、切り裂かれて、竜巻の外に放り出されると、水溜りの中にぺちゃりと水しぶきを上げて落ちていった。


「それとは逆に、浮遊魔法は対象を壊さないように、魔力で包んで持ち上げるから、魔力抵抗を持つ生き物には効果が無いの」


「やっぱし、ダメか・・・・・」


「でも、カズヤだったら、出来るのかも・・・・・」


 最後の言葉が雨音にじゃまされて、よく聞こえなかった。

 もう一度言って欲しいと顔に出して問いかける。


「ゴメン、何でもないわ、気にしないで」


 そういうの、尚更気になるんだよなあ。

 

「それじゃあ、俺が自分を浮かばせるのもダメ?」


「それなら出来るわよ、本人の魔力抵抗と外へと送り出す魔力は同質だから、抵抗せずに受け入れてくれるわ、そうじゃないと、魔力による身体強化も出来ないでしょ?」


「あの時、俺が浮遊魔法で上空に逃げることもできた?」


 ソフィが眉間に一筋シワを浮かべて考え込む。


「どうかしら?出来なくは無いと思うけれども、あまり良い手じゃないと思う」


「どういうこと?」


「ためしに、やってみて」


 魔力を活性化させて、自分自身を包む。

 しっかり掴んだという、手応えを感じる事が出来たので、さらに浮かべるイメージを追加して魔力を発動させる。

 突然の浮遊感と同時に、頭のてっぺんに意識が飛びそうな衝撃を受けた。

 

「ちょっと!大丈夫!?」


 軒を支える梁に思いっきり頭をぶつけて、落下した。

 頭から足のつま先まで、針を突き通したような激しい痛みに声も出せずにしゃがみ込むと、ソフィがあわてて、肩を抱いて体を支えてくれる。

 倉庫を揺るがすような大きな音がしたそうで、アリスも、治療を受けていた村人も倉庫の中から何事かと駆け出してきた。

 やっちまった。


 アリスに回復魔法をかけてもらっていると、隣でソフィアが腕を組みながら。


「もおー、どうして、そういう予想外の事ばっかりするの?」


 いや、俺もやろうとしてやったワケでは無いのだが、心配させて、ゴメン。

 気を取り直して、もう一度チャレンジしてみる。


「ゆっくりよ!少しずつだからね!」


 了解です。

 前回の失敗を踏まえて、慎重に体を浮かせる。

 三十センチ程浮いたところで。


「そこで止まって!そのままの高さを維持して!」



 ソフィア先生の指導が入ったので、このまま高度を維持しようとしたが、ちょー不安定である。

 一輪車のサドルの上に立った状態というか、緩いロープの上を綱渡りしている途中で立ち止まった状態というか、たった三十センチの高さを維持するだけで、冷や汗がだらだらと流れてくる。

 一分ともたずに、魔力を切って、地上へと降下する。


「どうだった?」


「うん、これはダメだ。ムリ」


 浮かんだ状態で弓矢を打つことも考えたが、とてもそんな余裕は無かった。


「練習すれば、もっと高い場所で安定できるようになるけれども、浮いているだけで何も出来なくなるから、下で待ち構えられると、どうしようも無くなるわよ?すぐに助けが来るとわかっているなら良いけど、それ以外はやめておいたほうが良いわね」


 それにしても、どうにかならないものだろうか?

 異世界と言えば魔法、魔法と言えば異世界なのに、どうして俺だけこうなるの?

 俺もファイヤーボルト!とか叫んで、炎の玉を打ってみたい。

 ソフィア先生は『身体強化は使えるんだし、前衛型の戦士ってことでしょ?剣と魔法を同時に使う戦士もいるけれど、大抵、魔法は牽制くらいにしか使わないから、それで良いじゃない』などとおっしゃる。

 確かに魔力を活性化させて身体強化すれば、飛ぶハエを箸で捕まえ、高い塀もひとっ跳びの超人になれる。

 でも、そういう事じゃないんだよ。


 そんな事をぐずぐずと考えながら、もう一度、浮遊魔法で石ころを浮かせる。

 向かい側に立っている木に向かって、やつあたり的に圧縮した魔力を解放して弾き飛ばす。

 命中はするが、これなら身体強化をして投げたほうが早い。

 何しろ、身体強化の補助があれば、メジャーリーガー以上の球速が余裕で出せるのだ。

 

 さっきから、スケベ村長がアリスとソフィに近づこうとして、その辺を意味もなくうろうろしているので、浮かべた石ころを軽く弾いて、村長の尻に当ててやった。


「こらっ!」


「ごめん、つい・・・・・イラっとして」


 また、ソフィに怒られる。

 なんだかんだ言って、このやり取りもまた楽しいものだ。










 ≪ソフィア≫


「そんな事より、カズヤ、この間、私の風魔法にカズヤが魔力を追加したことなんだけど」


 私はカズヤのひょうきんな子供がするようなイタズラに、いつものように小言を言うと、気になっていたことを切り出した。


「ごめん、もうしないよ」


 ちょっとへこんだ表情が可愛い。

 なんだか手の焼ける弟みたいだなあ。


「ううん、そうじゃなくて、どうやったの?」


 彼はいろいろやらかすけれども、大事なことはきちんと反省してくれる。


「どうやった、って言われても、いつもソフィがやってくれるように、魔力の同調をしただけなんだけれども」


「違うわ、魔力の同調っていうのは、相手と自分の魔力の流れを合わせるだけで、混ぜ合わせる事とは違うの」


 カズヤがちょっと首をかしげて考え込んでいる。


「魔力の同調っていうのは、例えばカズヤが道を走っているところに、私が速度と歩幅を合わせて並んで走るような事かな?カズヤがこの間やったことは、走っている私の後ろに追いついて、背中を押して走る速度を上げてくれたようなもの、って言ったら分かるかしら?」


 カズヤの首がさらに傾いていく、そうだよね、魔法を覚えてから、まだ二ヶ月ちょっとしか経っていないのに、難しいよね。


「ん~、なんて言ったら良いか・・・・・、ソフィは音叉って知っている?」


「ううん、知らないわ、どういうもの?」


「う~ん、それじゃあ」


 そう言って、カズヤが剣を取り出し、剣の腹を鞘の硬い部分で軽く叩いてみせると、剣が震えてコ~ンという音が鳴り響いた。


「ソフィの剣を貸してくれる?」


 私の細剣を鞘から抜いて差し出すと、それも同じように叩いてみせた。


「もし、この二つの剣が材質も大きさも同じものだとしたら、音の鳴る二つの剣を近づけると、それぞれの剣の音が共鳴して、もっと音が大きくなる、っていうのは解る?」


「それならわかる」


 金属ではないが、子供の頃、水を入れたガラスのコップのふちを指でなぞり、音を鳴らして遊んだ覚えがある。


「これは音波って言って、音っていうのは、空気の中を波のように伝わって行くんだけれど、この音の波の性質を揃えてあげると、共鳴っていう現象がおきるんだ」


 音波?波長?だんだん解らなくなってきた。


「俺の魔力とソフィの魔力が共鳴するようなイメージで、魔力を寄せて行った、って言うか、調整した、って言うか・・・・・、ごめん、自分でもあらためて、どうやったか、って聞かれるとよくわかんないや」


「ううん、ありがとう」


 私はそう言って、首を傾け続けるカズヤの腕をそっと叩いて、首の角度を戻してあげた。


 共鳴か・・・・・、確かに、あの時、私の中の魔力が震えるように音をあげて大きくなっていった。

 あの時の、とろける様な感覚は、そのまま身を任せてしまいたくなるような、味わった事のない甘美であった。

 自然と私の心が、カズヤとの同調を望んでいる。

 私とカズヤの境界線が曖昧になる。

 それならそれで良いか・・・なんて考えてしまう。

 気を付けないと。


 カズヤにはいつも驚かされる。

 魔力の同調どころか、共鳴なんて出来るとは思わなかったし、誰も考えもしないだろう。

 魔力の発現とは、それぞれの人が持つ考え方の現れだから、顔のシワ、手のシワ、指紋のように、ひとつとして同じものは無い。

 他人と同質の魔力を作り、水を継ぎ足すように、魔力を重ねるなど不可能だ。

 転生者だから?

 カズヤだから?

 

 それに、最近、私の魔法の力が上がった気がする。

 さっきから、カズヤと話しながらずっと風の渦を出し続けているのに、いっこうに魔力が尽きる気配がしない。

 カズヤが頭を屋根にぶつける珍事があって、一時、中断してしまったが、小さな竜巻にすぎないけれども、少し前の私なら、とっくに魔力切れで倒れている頃だ。

 単純に、私が成長しただけかもしれないが、そう考えるのは難しい。

 冒険を重ね、経験を積み、修行を繰り返してきて、魔力そのものの大きさについては頭打ちで、あとは、精度と効率を長い年月をかけて研ぎ澄ませていくしか無いと思っていた。

 越えられなかった壁を越えたというか、心の奥底のフタが開いたというか、自分でもよくわからない感じだ。

 はっきり、いつからという自覚はないが、きっとカズヤと会ってからだ。

 カズヤが私をひとつ上の段階に引っ張ってくれたような気がする。

 転生者だから?

 ううん、違う、カズヤだからだ。

 

 私が深く悩んでいるのをよそに、村長と楽しそうに追いかけっこをしてじゃれている。

 文句を言っているワリには、二人とも気が合うみたいで、仲が良い。


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