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いつかきっと幸福な結末  作者: 染井吉野
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第13話 三人目の村長

 二度あることは、三度ある。

 お笑いというのは、繰り返してこそ洗練され、昇華されていくものだ。

 やがて、それは定番と呼ばれ、飛べない鳥倶楽部のように伝説となる。


 三番目の村に入り、村の代表者を呼んできてもらう。

 やはり、謎言葉の使い手であるお爺ちゃんと、通訳の孫娘のコンビ漫才師が出てきて、すっかり慣れた小芝居を演じて見せるのだろう。

 いいだろう、付き合ってやろうじゃないか。

 だが、お笑いには一家言ある俺様だ、ちょっとやそっとの事では、笑ってなぞやりはしない。


 ありきたりのネタ芸など、ソフィのように冷ややかな目で一蹴してくれる。


『ばあさんや、お昼ご飯はまだかいの』


『おじいちゃん、さっき食べたでしょ』


 こんなものはほのぼの日常会話だ。

 お笑いにすらなっていない。


『ばあさんや、わしの入れ歯はどこへ行ったのかいな、フガフガ』


『あ、おじいちゃん、ごめんなさい、あたしが使っていたわ(カパリ)』


 このくらいやってもらわないと、コラコラとつっ込む気すら起きない。

 そんな事を考えているうちに、向こうから孫娘らしき人影がこちらへ走ってくる。

 おや?孫娘とお爺ちゃんはセットのはずだが?


「おじいちゃんが居なくなった!」


 おっと、そうきたか!


「さっきまでは、家の中にいたのに」


 孫娘がおろおろして涙ぐんでいる。

 ボケたおじいちゃんには、首に鈴をつけておけ。

 または、家の入口に人感センサーをつけて、コンビニの自動ドアのように出入りする度に、ピロピロと音が鳴るようにしておくべきだ。

 

 さて、どうしたもんかな?

 孫娘も困っているが、俺達も困っている。

 そうこうしていると、『どうした、どうした』と、村の人達が集まってきた。

 事情を話すと。


「あの爺さんなら、それほどボケてねえし、大丈夫じゃねえか?」とか。


「どっか、散歩にでも行ったんだろ」など。


 楽観的な意見が多いので、それなら、宜しかろうと話を変えようとしたのだが、孫娘がうるうるした瞳で俺をガン見してくる。

 右に一歩動く、孫娘の眼も俺を追ってくる。

 左に二歩動く、孫娘の眼も俺を追ってくる。


「・・・・・・・」


 隣のアリスに目を向けると、ツイと目を逸らし、ソフィを見る。

 アリスにふられたソフィが、俺を見てくる。

 ソフィアさん、お笑い的には、そこで反対側の何もない空間に目をやるのがおいしいです。

 何故、俺にふるかな・・・。


 孫娘のうるうるには敵わない。

 仕方ないので、夕暮れまで探してみましょう、という事に相成った。

 行方不明の爺さんは、俺の田舎では大抵山で山菜取りに行って足を滑らせたか、田んぼの用水路に落っこちたか、あるいは、近所のスーパーの休憩所で年寄仲間相手にダベっているかである。

 この辺には、田んぼの用水路はないし、スーパーもない。

 畑なら誰か見かけているだろうから、村の裏山を探してみることにした。


 山と山の間を川が流れ、谷沿いに涼しい風が吹く気持ちの良い場所である。

 この辺では、魔物を見かけないというが、それでも剣だけは腰に吊るして山を登り始める。

 谷間を流れる風に揺られて木の葉がサラサラと歌いだす。

 川面に点在する石の上ではミソサザイに似た鳥が仲間に呼ばれて鳴き返している。

 このように全てが調和するような景色を見せられては、水浴びマイスターであるソフィとアリスは我慢できまい。

 案の定。


「私達は、下の方を探すから、カズヤは上の方をお願い」


 どうぞどうぞ、行ってらっしゃいませ。

 手を振って送り出す。

 ソフィとアリスの水浴びの件については、何かふっ切れたような気がする。

 そろそろ、俺も賢者と呼ばれる境地に近づいてきたのだろうか?

 もしかしたら、新しい魔法が使えるようになっているのかもしれない。


 煩悩が洗い流されるような、美しい自然の空気を肌で感じながら、山道を登って行く。

 しかしながら、誰かが足を踏み外したような跡はないかと、足元や山の斜面を注意するのも忘れない。

 やさしく包み込んでくるような癒しの空間の中にいると、女性の裸など、どうでも良いと思える。

 中学生や、高校生ではあるまいし、冷静に考えてみれば、女性の裸程度にがっつく必要はないだろう。

 俺は、もう二十八歳なのだ。

 漢と書いてオトコと読む、大人の漢だ。


 しばらく歩くと、ヒトの声が聞こえてきた。

 ひょっとして、足を滑らせて落ちた爺さんの助けを求める声かもしれない。

 視界を邪魔する木の枝をひょいと持ち上げて、山の斜面の下側を見下ろす。


 おおっ!これはっ!

 川が蛇行し、川から切り離されたように三日月形の流れが緩やかで、周囲よりほんの少し水深の深い場所がある。

 そこで、村の女性たちが水浴びをしているではないか!

 女性のハダカだ!

 お姉さんから、おばさんまで、お婆さんがいないのが評価高い。

 これは、差別ではなく、単に個人的な好みの問題である。


 お姉さんは言うまでもないが、おばさんも年齢を重ねた特別な美しさがある。

 こちらの世界の農村の女性は普段から力仕事しているせいか、歳をとっても体に締まりがあり、ますます艶めき、若い女性とはまた違った美しさがある。

 

 おっぱいがいっぱい。

 揺れる乳、弾む尻、健康的な太腿、洗った髪を後ろからかき上げると、水に濡れた産毛がうなじに残る。

 

「ここからの景色の眺めは最高じゃろ」


「ああ、最高だ」


「ワシのとっておきの場所じゃ」


「そうだったのか」


「おお、相変わらずウォルの所の嫁さんは、ええ乳しとる」


「ほう」


「ジェシカは、そろそろ尻が垂れてきておるのう」


「それはそれで、味わいがある」


「坊主、おまえさん分かっておるじゃないか」


「まあな」


「見どころがある」


「当然だ」


 ん?


「あんた誰だ!?」


 俺自身の心の闇と対話しているのかと思ったら、いつの間にか後ろに爺さんがいた。

 俺に気配を悟られずに近づくとは何者だ?

 ていうか、おっぱいに夢中になっていて、気づかんかった。


「ほれ、騒ぐと気づかれるぞ」


「すまん、そうだったな・・・イヤ、違うし!」


「騒ぐなと、言うておるのに」


「ごめん・・・そうじゃなくて!あ!あんた村長だな!」


「うむ」


「うむ、とか偉そうに言ってんじゃねーよ!爺さんが居なくなったって言うから、わざわざ探しに来たんだよ!」


「なんじゃ、心配せんでもええのに、最近、孫娘も誰に似たのやら、口うるさくなってきてかなわん」


「さっさと帰るぞ、ジジイ」


「まあ、待て、ほれ、あの左端の娘なんか、大きくはないが、乳の形は良い、若いから将来に期待できるぞ」


「ゴフッ」


「うん、そうだな・・・って、あれはアリスじゃねーか!おい!見るな!目をふさげ!」


「こら、ナニするんじゃ、手を離せ!」


「ゴフ、ゴフッ」


「あれは、俺のおっぱいだ!ジジイは見るな!」


「やめんか!」


「ゴフ、ゴフ、ゴフッ!」


「シリウス!この爺さん引っ張って行け!って・・・あれ?」


 シリウスは、さっきから下でアリスにくっついてばしゃばしゃやっている。

 それじゃあ、さっきから後ろでゴフゴフ言っているのは誰だ?

 ゆっくり後ろを振り向くと・・・。


 クマだ!

 ある日、森の中でクマさんに出会ってしまった!


 俺はジジイのえり首を掴んでクマとは反対の方向の茂みに向かって投げ飛ばした。

 茂みがクッションになっているから、せいぜい擦り傷くらいで何とか済むだろう。

 目の前の熊が立ち上がると、二メートル、いや、二メートル以上ある。

 クマが腕を振り上げる。

 ヤバイ!

 身を低くして後ろへ転がるように避ける。

 俺の頭の上を、一振りで叩き折られた木の幹が吹っ飛んで行った。


「ソフィ!アリス!」


 気づいてくれるだろうか?

 目の前に立ちふさがる巨大クマが、『ゴフゥー』と口から、機動戦士の排気音のような息を吐き出しながら、俺に向き直る。

 

 再度、横に薙ぎ払ってくる爪を潜り抜け、下にかわしながら、右手の剣で足を水平に切り払う。

 クリーンヒットだったはずだが、わずかに刃が通っただけで、ダメージになっていない。

 マズイ、まるで勝てる気がしない。


 なんとか、大振りしてくる腕をぎりぎりでかわし続けるが、風圧だけで体がよろけそうになる。

 伝説の空手家と、リーゼントのプロボクサーは拳だけでクマを打ち取ったと言うが、俺にはムリぽ。

 鼻が弱点という都市伝説をあてにして、剣で突くように狙ってみるが、腕の一振りで軽くあしらわれる。


 怖い、めちゃくちゃコワイ。

 どうしよう?

 右に左にフェイントで剣を出してから、切りかかるが相手にされない。

 凶悪なクマの爪が目に入る。

 見たくなかった。

 狭く足場の悪い山道では、こちらが不利すぎる。

 クマの攻撃をぎりぎりでかわしながら、手数で応戦するが、いつまでも続けてはいられない。

 一瞬でも集中が途切れれば、そこで終わりだ。

 何かないかと考えていると、目に入るものがあった。


 木の枝が山道に突き出していたので、思いっきり後ろにたわませてから手を放すと、茂った葉と共にクマの顔に命中する。

 枝葉に視界を奪われたクマが枝を除けようと腕を上げて、胴がガラ空きになったところに、みぞおちを狙い、剣を両手で持って全力で突き刺した。

 クリティカルだと思ったが、剣はクマの腹にわずかに沈んでいるだけだった。

 それでも、剣を押し続けてぐりぐりと刺し込むと、手ごたえがありクマがよろける。

 そのまま剣を捻って、追撃のダメージを与えようとしたが、横から現れたクマの腕に体ごと飛ばされて、木の幹に叩きつけられた。


 立ち上がろうとすると、脇腹にずきりと痛みが走り、呼吸が苦しい。

 やばい、アバラがやられたかも知れない。

 しかも、剣がクマの腹に突き刺さったままになっている。

 次の一振りでやられる。

 何か、打つ手が・・・。

 痛みに霞む目で辺りを見ると、使えそうなものが目に入った。

 どうなるか解らないが、とにかくやってみる。


 クマの右に立つ木の上部に魔力を集中して、分子を激しく振動させる。

 そいつの顔の高さの幹が爆竹のように破裂して、顔に向かって破片が降り注いだ。

 クマが顔から破片を振り払い、俺から視線を外した。

 その隙に山の傾斜の下側にあたるそいつの足元に意識を集中して、踏みつけている木の根を分子振動魔法で吹き飛ばす。

 クマがバランスを崩したところを狙い、やつの懐に飛び込む。

 腹に突き立ったままの剣を掴み、足に体重をかけて突き飛ばした。


 時を置かずに、追撃しようとしたが、疲労と痛みで膝に力が入らない。

 剣を杖代わりにして、やっと身を起こすと、あいつも起き上がろうとしている所だった。

 もう一ラウンドできるかな・・・。


「カズヤ!伏せて!」


 地面に倒れるようにして身を伏せた俺の頭の上を、ソフィの弓矢とアリスの氷の杭が唸りを上げて飛んでいき、クマの顔と胸に突き刺さる。

 動きの止まったクマに向かって、残った力を振り絞り、両手で剣を握りしめて、同じ場所へ突き立てる。

 地響きを立てて背中から倒れていった。


「カズヤ!」


 ソフィとアリスが俺の所へ駆けつけてきた。

 アリスに治療魔法をかけて貰うと、胸の痛みが引いていき、呼吸もラクに出来るようになった。


「カズヤ、だいじょうぶ?」


「アリス、ありがとう、もう大丈夫、助かったよ」


 ソフィが、まだ心配そうな顔で見てくるので、立ち上がりながら。


「これで、俺も熊殺しを名乗れるかな?」


 と、ふざけてみた。


「バカ・・・、心配したんだから」


 目の端に涙を浮かべながら苦笑してくれた。


 熊五郎を俺のアイテム倉庫に格納し、茂みの中に転がったままになっていた村長を引き抜いて村へと戻る。

 ジジイのおかげでヒドイ目にあった。


「お嬢さん、ワシにも回復魔法をしてくれんかね」


 と言いながら、スケベ爺がアリスの手を握ろうとしてきたので、背中から蹴り飛ばして、もう一度茂みの中へとダイブさせてやった。


「ちょっと、カズヤ!」


 いけね、つい足が出ちゃった。


 村へ辿り着くと、孫娘が喜んで駆け寄ってきて、感動の再開場面ではあるが、裏事情を知っている俺は、どうにも微妙な気分だった。

 あと数年もすれば、この孫娘も、エロ爺の覗きの犠牲者となるに違いない、イヤ、既になっているかもしれない。


 村の男達も集まってきたので、アイテム倉庫から熊五郎を取り出して、事の成り行きを説明する。


「あんた、すげぇな、こりゃ、この辺の森のヌシだぞ」


 凄い、すごいと感嘆の声が上がるので、ちょっと鼻が高くなってしまう。

 本気で、熊殺しのカズヤを名乗っちゃおうかな?

 村人の称賛を受けているとスケベ村長が近づいてきた。


「今度来たときには、もっと良い場所を教えてやろう」


 こそこそ話しかけてくる。

 うるさい、せっかくヒトが覗きの事は黙ってやっているのに、一緒にするな。


「おまえさん、ワシの若い頃にそっくりじゃ」


 いい感じで、おなじみの台詞を言うんじゃない。


「ワシと同じ匂いがするんじゃ」


 だから、そういう事を言うな。

 今度は井戸の中へ蹴り飛ばすぞ、ジジイ!


 その夜は、熊肉を村に提供すると、村の広場でクマ鍋での宴会となった。

 焼酎に似た味のする酒がふるまわれて、クマとの必死の格闘の話を酒のツマミに大いに盛り上がった。

 

「どうせ、爺さん、覗きでもしてたんだろ」


 みんな笑い転げている。

 なんだ、知ってたんかい。


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