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いつかきっと幸福な結末  作者: 染井吉野
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第12話 カニ

 お姉さんは、川へ水浴びに。

 お兄さんは、山へ薪拾いに。


 何故、ヒトは区別するのか?

 何故、ヒトは境界を作るのか?


 旅路の途中、俺は野営の為にカマドを作り、拾い集めてきた焚き木に魔力で火を点けようとしている。

 しかし、茂みの向こう側から聞こえてくる、水の跳ねる音や笑い声。

 時には、わざと聞こえるように、音量を調節しているとしか思えない、ナイショ話のヒソヒソ声が俺の精神集中をかき乱す。


 いつものように、野営地を川のそばに決定する。

 当然、水浴びが大好きなソフィア先生とアリスマジ天使が、川へ足を向ける。

 上着に手を掛けたその一瞬の刹那を狙い、『焚き木を拾って来なさい』と、言われる前に、俺は電話ボックスの中の超人のように、服を脱ぎ棄てて川に飛び込んだ。


「ああ!とても気持ちの良い川だ!」


 歯をキラリと輝かせて、ふたりが来るのを待ち構えた。


「それじゃあ、私達はテントを張っておくから」


 と、言い残して、俺に背を向けて立ち去って行った。







 この世界は混浴が基本である。

 最初の時は、ソフィもアリスも、俺が見ていることを知っていながら、ためらいなく服を脱ぎ、川へと入って行ったのだ。

 この世界の女性は、水浴びの姿を見られることくらい何とも思わない。

 立ち寄った村でも、井戸の周りに村のお姉さんや、おばさんが集まって体を洗っていたし、農作業の最中には、服の前をはだけて汗を拭っていた。

 これは、街の大通りを全裸で駆け抜けても良い、と言っている訳では無い。

 さすがに、それをやると、こちらの異世界ルールでも痴女、あるいは狂女扱いされて、アウトである。


 公衆の面前では、服を着て身だしなみを整えるのが常識である。

 決して、深夜の中華料理屋で全裸で食事したりしないし、全裸で踊ったりはしない。

 おっと、この異世界でも全裸で踊ってくれる場所はある。

 しかし紳士が集う夜の特殊居酒屋で、お金を払う必要がある。

 繰り返し言うが、この世界は混浴が常識である。

 なのに、何故、二人は俺を拒否するのか?

 俺の隣では、シリウスが嬉しそうに、ガフガフと水を飲んだり、バシャバシャと跳ね回っていて、うっとうしい。


 それはそれとして、先日、成功させたソフィとの合体魔法は、ソフィア先生から使用禁止命令を受けてしまった。

 異世界的にカッコ良く表現すると、禁呪目録に追加されてしまった。

 これは、ソフィと肉体的な、一時的接触を求めた俺の心を、見透かされたからではナイ。

 ソフィア先生によると、魔力の同調は、お互いの感情や感覚を共有してしまうので、魔法の熟練者以外が迂闊にやると、自分と他人の心の境界線があいまいになり、その結果、人格崩壊を起こしてしまうことがあるそうだ。

 蒼い顔をして地面に膝をついていたソフィを思い出して、深く反省する。

 

 なので、今一度、基本に立ち返り、俺流解釈の火の基本魔法を練習している。

 先程から、カマドの中の木片が、パチン、パチンと軽快に音を立てて弾けている。

 これは、俺の分子振動魔法【仮名】によって、木片が燃えるより先に、木片の中の水分が膨張して弾けてしまっている音だ。

 

 俺が目指しているのは、ファイヤーボールみたいに、炎の塊が、シュボボボボボッ、と音を立てて、魔物に飛んでいくカッコイイやつなのだが、いかんせん、今はこの電子レンジ魔法【仮名】しか出来ない。

 ネーミングが右往左往しているのは許して欲しい。

 正直、俺自身、何が出来て、何が出来ないのか解らないので、探り探りなのだ。


 せめて、一瞬で木片が燃えるように、魔力を急速に送り込んでみるが、イメージが固めきれずに、魔力が空しく散っていく。

 木片の温度が自然発火まで上がるように、丁寧に魔力を送ると、緩やかに蒸気の煙が上がり、次いで木片が燃え上がる。

 確かに、湿った薪を燃やすには便利な魔法かもしれないが、そういう事をしたいワケじゃない。

攻撃手段として、魔物相手に使うとなると非常に微妙である。

 あと、冷めてしまったお弁当を温めることもできるので、ソフィア先生には好評であるが、それは俺の意図するところでは無い。


 現在、俺の習得している魔法の中で、唯一の攻撃魔法と言えるのは、ライトの魔法を使おうとして、失敗したら出来上がった謎光線である。

 俺の中では、周囲に乱反射している光の波長を、プリズムみたいに魔力で束ねて強化しているイメージなのだが、昼も夜も使えるところをみると、魔力は正しく光に変換されているらしい。

 これは、ぜひとも威力を上げて、実用化したいのだが、未だに真夏の虫眼鏡の域を越えることができない。


 魔法の練習はひとまず中断して、川へと食材を探しに行く。

 上流の方では、のんびりと水浴びをしているソフィとアリスがいる。

 目に魔力を集中して遠くに意識を持っていけば、超望遠レンズのようにはっきりと視ることが出来るが、魔力に敏感なソフィア先生なので、余計な事はやめておく。


 身体強化で泳ぐ魚を手掴みすることも出来るようになったが、岩が散在するので、そのうちの一つを浮遊魔法で浮かせてから、魔力でさらに筋力を上げて抱え上げ、少し離れた大きな岩に向けて放り投げた。

 大きな音を上げ、投げられたほうの岩が砕けるが、それと共に岩の下に隠れていた魚が、岩が当たった衝撃で気を失い浮かび上がってくる。

 場所を移動しながら、数回繰り返すと七匹の魚を得ることが出来たが、岩場の陰に、モゾリと動くモノが見えたので、意識を集中して目を凝らす。


 カニだ!

 20キロ以上ありそうな、一抱えほどのデカイ蟹だ!

 これは魔物?

 食材?

 だが、カニならばどちらでも構わない。ゲーム的にはマッドクラブと言うのかも知れないが、魔物であろうと、蟹はカニだ。

 アイテム倉庫から剣と盾を取り出し、ゆっくり近づくと、俺の細腕など一発で切断されそうな、巨大な鋏を突き出して威嚇してくる。

 

 しばし川の浅瀬をジャブジャブと水音を立てながら、お互いに円を描くようにけん制しあう。

 無理だとは思うが、モノは試しと蟹の甲羅部分を切りつける、予想通りまるで歯が立たない。

 俺の足元を狙って、空振りした蟹の鋏が、ぎちぎちと嫌な音を残して閉じる。

 だが、日本人として、蟹を目の前にして引き下がるわけにはいかない。


 両者、一歩も譲らない息詰まる攻防が続くが、俺の方がバックステップで距離を取る、外がだめなら内側だ。

 先程まで練習していたマイクロウェーブ魔法【仮名】を蟹に向ける。

 内側から蒸し焼きにしてやる。

 だが、俺が意識を集中しようとすると、ちょろちょろと逃げ回って上手くいかない。

 やっぱしダメか、そりゃ逃げるよな。

 そもそも、魔力が弾かれて霧散していく。

 これって、魔法抵抗値?

 想定の範囲内ではあるが、改めて謎魔法の運用の難しさを痛感する。

 

 再度、蟹と対峙し向き合う。

 相手の出方を待って静かな時間が流れるが、じれた蟹が突き出してきた鋏の間に盾のへりを押し込み動きを止める。

 一瞬の隙を見逃さずに蟹の腕の関節部分を狙い、鋏を切り飛ばす。逃げだす間を与えずに口元の甲羅の隙間に剣を突き刺す。

 口から泡を吹きながらじたばたした後動かなくなった。


 予想外の釣果?にうきうきしながら戻る。


「遅かったじゃない?どうしたの?」


 ソフィが心配して聞いてきたので。


「カニだ!」


 蟹の足をいっぱいに広げて持ち上げて、戦果を見せてあげた。


「そ、そう?良かったわね」


「カニだよ!蟹!ソフィはお米を食べたことある?」


「あ、あるわよ?」


「アリスは?」


「私はないよ?」


「そっか!食べてみなよ!カニだし!」


 実は、ここに来る途中、風に稲の穂がなびいているのを見かけたので、居ても立ってもいられずに、農場におしかけて米とオークを物々交換してもらったのだ。

 さすがに、ササニシキやコシヒカリとはいかず、長粒種であったが、久しぶりの米との出会いに黙ってはいられなかった。

 

「ソフィ、カズヤがヘンだよ?どうしよう?」


「しっ、とにかく様子を見てみましょう」


「う、うん・・・」

 おや?何だか、俺と二人の間に温度差を感じる。

 まあいい、なんたってカニだもん!

 お米だもん!

 食べれば幸せになるさ!


 カマドが足りないので、もう一つ増やして、水をいっぱいに満たした大ナベを火にかける。

 カニをひっくり返して、『ふんどし』とよばれる部分を引き剥がし、足を内側に折ってもぎ取る。

 全体的な形は沢ガニなので、足が短く、太くまるまるしている。

 見るだけでヨダレが垂れそう。

 足の付け根にびらびらのエラが付いているので、丁寧にナイフで切り取ってから、川の臭みを取るために数枚の香草、一掴みの塩と一緒にカニの足をぐらぐらと煮え立ちはじめた大ナベの中に放り込む。


 もう片方のナベでは、水を入れて研いだ米を炊く。

 取り分けておいた三本のカニの足も米と一緒に投入しておく。

 残念ながら、土鍋や、飯ごうのようにフタをしっかり閉めて、圧力を掛けられるようなナベがないので、水の量は少なめで、少し硬めの炊き上がりを目指す。

 魚も内臓を取ってから、良く洗い、木の枝を削って作った櫛にさして、カマドの壁に立てかけて焼く。


 カニの匂いと、米の匂いが立ち上る。

 さらにテンションが上がりウキウキして、自然と鼻歌が飛び出してくる。


 「カニカニカニ♪カ~ニカニ♪カ~ニカ~ニ♪」


 「ソフィ、カズヤがおかしいよ!どうしよう?」


 「カズヤ、その・・・、ごめんね、仲間外れにしちゃって、これから一緒に水浴びしようか?」


 「いいさ、そんなこと気にして無いヨ!だってカニだもん!お米だもん!」


 「ソフィ!カズヤがすごくおかしいよ!どうしよう!」


 カニの足が程よく煮えたようなので、湯から足を取り出す。

 食べやすくする為に、硬い外骨格を薪を割るように、ナタを上部にあてて河原の石に打ち付けながら縦に割る。

 米と一緒に炊き上がった三本の身をほぐして、ご飯に混ぜ合わせ、カニ飯のおにぎりを作っていく。

 甲羅の中身は内側の膜など余計な物を取り除き、カニ味噌だけを残し、焦げ目がつくまでしっかりと火で炙る。

 

 ◆本日のお品書き◆

 ○カニ飯のおにぎり

 ○茹でガニの足

 ○カニ味噌の甲羅炙り

 ○焼き魚


「今日の糧を全ての神々に感謝!ああ!生きているってスバラシイ!」


 あっけにとられて俺を見てくる、ソフィとアリス。


「さあ!食べて食べて!いただきます!」


 アリスがおにぎりにフォークを突き刺そうとするので。


「アリス、おにぎりはこうやって食べるんだ」


 片手におにぎりを持ち、片手に焼き魚の櫛をにぎり、交互にかぶりつく。


「ウマーーーイ!」


 カニの旨味が口の中いっぱいに広がっていく、最高だ!

 食べなれた日本米ではないので、ぱさぱさ感が気になるが、これはこれで良いだろう。


 味付けが全て塩味なのが悔やまれる。

 この世界でまだ、醤油や味噌などの発酵調味料を見たことが無い。

 先発組の転生者が、そろそろ再発見していないだろうか?

 大豆を煮てどうにかするらしいが、その先の作り方までは解らない。


「ソフィは、こうやってお米を食べたことある?」


「こういうのは初めてね、お米料理っていうと、大抵スープで煮てあるから」


「これも美味しいだろ?」


「うん、美味しい」


「この食べ方は、俺の故郷の食べ方なんだ」


 初めは恐る恐る食べていたアリスも、今は夢中で頬を膨らませている。

 茹でたカニの足を取り上げ、カマドの火で軽く焦げ目を付けて、甲羅のカニ味噌にこすり付けて食べる。


「素晴らしい!シェフは誰だ!あっ!俺でした!ハハハハハハ!」


「ソフィ、カズヤがヘン」


「もういいわ、放っておきましょう」


 カニ味噌には抵抗があったソフィとアリスだが、最後には甲羅のおこげを、スプーンでガリガリとこそげ取りながら食べていた。

 日本酒が飲みたい。

 誰か作ってないかなあ。


 あれ?今気が付いたんだが、ソフィとアリスが水浴びしている間に、俺がメシを作るのがいつの間にか決まりになっていないか?

 これでいいのか?ナンか違うゾ?


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